344.改装計画進行中
ログインしたら雑貨屋の前が工事中だった。
足場が組まれ、職人たちが働いている。おそらく、ロイたちがログアウト前に発注したのだろう。私のログインが夜中近くになったとはいえ、現実世界よりはるかに早い時間で家ができつつある。
スキルは便利だ。だが、微妙に手仕事の面白さを残してくれているのも好ましい。
ホムラ:ただいま
お茶漬:おかえり
菊 姫:おかえりでし
レ オ:おかえり!
お茶漬:シンが来たらどっか行く?
ホムラ:ああ。シンは帰れるのか?
お茶漬:午前様は回避した! って連絡きたからご飯とお風呂したら来るね
レ オ:その頃には俺のデスペナも終わってる!
菊 姫:ペテロは?
ホムラ:みんなが寝る頃かな?
デスペナルティ――死に戻って弱体くらっているレオはいつものことなのでスルー。シンは相変わらず忙しいようだ。
ホムラ:では、ちょっとロイと衛兵さんへのお詫び行脚を待つ間に。
菊 姫:何したでしか?
レ オ:なんかやらかしたか!
ホムラ:昨日、勢い余って殲滅に巻き込んだ。
お茶漬:掲示板のアレ、ロイ巻き込まれてたの?
ホムラ:対象しか入れないはずだったのに、持ち主という盲点がこう……。
お茶漬:かわいそう愉快。
掲示板で暗殺の一部始終がバレている気がするが、まだ報告していないのではっきりとは話せない。ロイたちに謝る前に暗殺者ギルドに寄って、手続きしてくる方が先だな。そう思いつつ、ロイに会えるか連絡を入れたが、迷宮に潜っているようで返事がない。連絡が取れるエリアに着いたら、返事が来るだろう。
通り側に丸テーブルと椅子を寄せて窓を開ける。現実時間の23時少し前、こちらの時間で昼下がり。3時のお茶には少し早いが、EPの回復をかねて軽食を取る。
「主、いらっしゃいますか?」
「ああ」
いそいそと並べて食べようとしたらカルに声をかけられた。プレイヤーのフレンド同士は、一覧を見れば、相手の名前が灰色から白に変わるのでログインしているかどうか分かるのだが、住人はどうやってプレイヤーのログインを知るんだろうか?
「失礼します。――窓は閉めていただいた方が」
「ん?」
「有象無象が通りにおりますので」
にっこり笑って窓を閉めるカル。テーブルに並べた食事に気づいたのか、紅茶を淹れてくれる。
「ごゆっくり。――レーノ殿が帰着されておりますよ」
そして出て行った。
窓を閉めに来たのか? 有象無象? レーノが戻ってるのか。あ、もしかして部屋の改築も終わっている?
窓ガラス越しに職人たちの仕事を見ながら、手のひらよりも小さなオープンサンドを急いでもぐもぐと。海老と卵をマヨネーズベースで和えたものは、エビがぷりぷり。生ハムとモッツァレラチーズとトマトはハズレがない。ルッコラと真鯛のマリネはバルサミコとオリーブオイルを多めにして、パンに少し染みさせた。これも目にも鮮やかな赤い胡椒の粒が効いていて美味しい。紅茶を飲んで腹ごしらえ終了。
ちょっとワクワクして部屋を出る。
――変わってないな、残念。
「あれ? こちらは改装を終えてるのか」
酒屋側の居間に入ったら、広くなっていた。
「おう、お帰り」
「お帰りなさい、またお世話になります」
「ただいま。お帰り、レーノ」
ガラハドとレーノと挨拶をかわす。
義理堅くて真面目で表情の読みにくい、このドラゴニュートが部屋にいることに安堵する。これでカミラとイーグルが帰ってくれば完璧なんだが。
「ここは改装終わって、後はホムラが寝てた雑貨屋の階と許可が欲しいもう1箇所だけだな」
「なるほど、すまんな。しかし許可はもう出していると思うが」
確かに私が部屋の中にいたら、スキルを使っての改装は難しいだろう。かといって、トンテンカンテン手作業されても困る。
「その辺はジジイがマーリンを連れてくっから」
ガラハドの目が半眼になりかける。
何だ、何がある? でもそうか、終わっているのか。あちこち見てまわりたい気持ちと、レーノと話したい気持ちがこう。
「パルティンは島に?」
とりあえずソファに座る。
「はい。ミスティフたちが住んでいますし、あそこはパルティン様の属性の影響をものともしない場所に変わっていて大分都合がいいようです。影響があるとすれば元々地形的に共鳴しやすい岩山くらいですか。パルティン様の元の住まいに出来た鉱石で、使えそうなものは持参金として倉庫に入れてあります――ありがとうございます」
最後の礼は、ローテーブルに出したおやつへのものだ。
タマとミーの卵、ハルさんの牛乳を生地とクリームにたっぷり使ったふわふわとしたロールケーキ。スポンジはフォークを入れるとふわっとしつつ、しっとり感も。スポンジはシロップを塗って少し甘さを強めに、代わりにクリームは口どけを軽くして、甘さよりも生クリームのミルクの味がわかるようにした。
そしてフライドポテトとオニオンリング。ガラハドは甘いものも食べるが、好きというわけではない。ロールケーキの切り分けは私とガラハドが2センチくらい、残りはレーノだ。代わりにフライドポテトとオニオンリングは私とガラハドが多め。
「雑貨屋で働いてもらっているし、気にしなくていいのに」
「パルティン様の島での滞在費代わりに。どうせ僕もパルティン様も使いませんし」
そう言って3センチはある厚さのロールケーキを口に運ぶレーノ。
「ところで、パルティン様が竜王バハムートの眷属になったため、パルティン様の眷属たる僕も自動的に竜王バハムートの眷属になることは分かっていたのですが、ホムラは本当に竜王バハムートの上にいるんですね。僕の基礎ステータスが強化されたようで驚きました」
「ああ。そういえばそんなスキルだったな」
【眷属】はペットや召喚獣、自分のダンジョンにいる魔物を対象に眷属化することができるスキルだ。眷属化したものはプレイヤーのステータスの2%分強化され、戦闘不能になっても『ハウス』や『ダンジョン』で復活する。――復活はペットや召喚獣にしている時点でするが、再召喚まで大分時間がかかるらしい。戦闘不能にしたことはないし、これからもさせるつもりはないので、違いを調べる気はない。
眷属化出来る数はレベルの十分の一だが、眷属が同じ種族を自分の眷属とすることで増えてゆく。私は初回特典でプラス1で二匹からスタートしたため、クズノハとバハムートを眷属化した。バハムートはあまり眷属を増やすことに興味はなさそうだが、クズノハがせっせと狐の魔物を召喚しては眷属化しているおかげで、もう一人眷属化できそうだ。
白も黒も他のミスティフを眷属化する気はなさそうだし、クルルカンが眷属を増やしたらウル・ロロが来そうで嫌だ。ここはリデル一択。
「一緒に迷宮に行ったが、ものすごく強くなってたぞ」
「自分の体の制御に慣れませんので、しばらくは迷宮通いを続ける所存です。やはりホムラの甘味は美味しいですね」
嬉しそうにロールケーキを切り分け、食べるレーノ。
「儂の部屋だ、勝手であろう!」
「未だ主の許可を得ていません。4階すべてに荷物を広げてどうするおつもりか」
カルが上からマーリンを連れて降りてきた。
4階は屋根裏部屋と普通の部屋の中間みたいなスペースで、特に部屋も作らず広いスペースのまま放置していた。その広い部屋いっぱいの荷物……。いったいどんな状態だ? 前に見た時は、本が床に積み上がっていくつかタワーを作り、天秤や天球儀やらに囲まれて、絨毯の上でマーリンがローブにくるまってぬくぬくしていた気がするのだが。
いや、4階はカミラとイーグルの部屋にするはずでは? ガラハド、イーグル、カミラの3人は緊急避難的に雑貨屋に住んでもらっていたが、この度正式に雑貨屋の従業員になった。一時的な住まいでなくなるならば、私物も増えるだろうし今の部屋では狭い。マーリンも増えたしで改装をすることにしたのだが。
私よりみんなの方が長く家にいるので、いくつか要望を伝えて後は自由にしていいと伝えてある。その代わり一定料金以上は個人持ちだ。
「主、お見苦しいところを。ご報告なのですが、マーリン殿が4階を今のまま使いたいとのことで、醸造設備のある2階をカミラ・イーグルの部屋としたいそうです。醸造設備については――」
言葉を切ってマーリンを見るカル。
「ふん。あのような旧式、もっと小さく効率が良いのがあるじゃろうが。それを手に入れる故、4階は儂の部屋にせい」
「生産効率が落ちんなら私は構わんが」
鼻を鳴らすマーリンに答える。
「うむ、相談は成った。そういうわけじゃ、小僧。励むがよい」
「うへぇ」
ガラハドに向かってマーリンが言う。口の端で笑うような悪い顔。
「揃えるのはガラハドなのか?」
何でだと突っ込まないということは、もうそっちの相談は終わっているのだろう。
「ガラハドは修行にちょうどいいでしょう」
にこやかなカル。
ガラハドの表情からして、すごく面倒臭い場所か、キツい場所な気配がするのだが。どこに行かされるんだ?
「手伝うか?」
「いい。レーノも強くなったし、俺もお前についてけるくらいには実力をつけときたい」
小声で聞けば、嫌そうな顔のままきっぱり断られた。
「『回復薬』少し多めに持ち出すけど、それは勘弁な」
私に向かって片手拝みで片目を瞑って見せるガラハド。
「どんどん持ってけ」
後で売り物以外を入れる、出し入れ自由の倉庫にたくさん詰めておこう。
さて、私はシンがログインしてくる前に暗殺者ギルドにいかねば。
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