342.暗殺者の夜
「で? 申請するのかい? 断られるのがオチだが、伝えるだけは伝えてやるぜ」
「ああ、頼む」
明かりを最小限に抑えた部屋、特徴のない男の印象がさらに希薄になる。場所はファストの住宅街、色々やることが多く結果的に足の遠のいていた暗殺者ギルドに来ている。
【暗視】を使っても部屋の中はなお暗く、輪郭がはっきりしない。スキルで阻害されているというより、背景になる壁や建具、服の色合いのトーンを揃えて見づらくしてるのか?
私の持つ称号、【ヴェルスの眼】は欺瞞・隠蔽・偽りなどを見抜く。扉を開けてくれた男や、ひっそりいる人たちはふとした時に違う姿に映るので、称号は効いている。だが、目の前にいるジョンドウは特徴のない顔のままだ。今、この部屋はひと払いがされジョンドウと私だけなので、改めて確認はできないが効いているはずだ。
うん? この顔が本当の顔とは思えないんだが。そういえばペテロも【隠蔽】を見破られた時のために、髪の色を黒にする変装をしてたな。欺瞞でも隠蔽でも偽りでもない何か、か? 単純にスキルのレベルが高いとか、【眼】持ちなだけかもしれんが。
ジョンドウの手から何か黒いものが消える。何だろうな? 後でペテロに聞こう。
「さて。断られるのはほぼ確実だが、その前にいつ返事が来るかの保証もない」
変わらぬ表情のまま、手をひらひらさせるジョンドウ。
相変わらず感情の読めない顔だ。私、今、覆面はしていないもののペテロの装備のお下がりを着ていて忍者なんですが。いや、まあ、異邦人が変な格好をしているのには慣れているのかもしれんが。いや、待て、見慣れすぎて違和感なかったけど、このなんちゃってヨーロッパでペテロの格好は変か?
「ま、断られたら諦めるほうが利口だな。暗殺者同士、仕事場で鉢合わせたら命を取られても文句はいえねぇ。――返事だ、運がいいなあんた」
ジョンドウの指が動いてウィンドウが開く。
なるほど、あの黒いものはジョンドウのメールか。ヴェルナが蝶を飛ばしてきたことを思い出す、住人のメールの位置付けは精霊の囁きだったかそんなのだ。
「おい……。いや、『黒の暗殺者』を詮索する気はねぇ」
身を乗り出そうとしてやめ、逆に椅子に背を預けるジョンドウ。
ペテロさんや、鉄壁のポーカーフェイスが崩れかけたんですが、普段どんなお仕事してるんですか? ここが人払いされたのも、『黒の暗殺者』が絡んでるからですよね?
これ『黒の暗殺者』が私からバレるとかないだろうな? ジョンドウならば大丈夫だろうけれど、少々心配になった。【うつろう心】を使って、ギルドに入る前は認識を逸らしていたことを思い出し、少しほっとする。
――そういえばジョンドウには見抜かれたな。やはりなんらかの【眼】のスキルか称号持ちだろう。それもおそらく神々関係。
仕事の依頼票を貰って、外に出る。外は夜だが、闇が濃いのは暗殺者ギルドの中のほうだ。
外に出るとすぐにペテロからパーティーのお誘い。黒髪のお仕事バージョン、狐面つき。狐面は素材を揃えてクズノハに改めて造ってもらったもの。狐面は【認識阻害】付きだ、合流したし私も装備しておこう。暗殺者ギルドの仕事は基本ソロでしか受けられないので、ペテロに外で待ってもらっていた。
「受けられた?」
「受けた。二重にマッチポンプしている感」
マッチポンプ、自作自演の手法や行為のことだ。最近、マッチで火をつけて自分でポンプの水で消す、だと知った。
「いいからお掃除にかかろうか」
爽やかに笑うペテロ。お掃除イコール暗殺だが。
今夜は『雑貨屋』の向かい、ロイたちが買う予定の家で『雑貨屋』を狙う者たちを暗殺する日。ちなみに依頼者は匿名だけどお茶漬。『黒の暗殺者』への指名依頼、協力者は一人まで、暗殺対象は名指しが何人かとその場にいる共犯者。
指名依頼はギルドから届くメールに了承の返事をするか、メニューからクエスト受託を選べばいいのだそうだ。冒険者ギルドや、生産ギルドでも同じだが、普通は依頼を受けた後で大抵依頼者に直接話を聞きに行く行程がある。暗殺の依頼にはそれがなく、お互い顔を合わせないまま仕事が行われる。
通りの隅でペテロが依頼を受けたのを確認し、他のプレイヤーが受けてしまわないよう直後に暗殺者ギルドの扉を叩いた。待ち合わせてるので、返事が早いのも許可の返事が来るのも当たり前なのだ。
向かう先は『雑貨屋』のお向かい、元『黄金の槌』の店舗兼工房だ。私たちの侵入経路は屋根を伝って、なのだが瓦が落ちている。
「思ったよりもボロボロだな」
建物内に入るのは楽でいいが、裏側がこんなに傷んでいるとは思わなかった。
「イベント中に使ったアイテムが戻らないのと一緒で、破壊された参加プレイヤーの拠点は正しい時間軸でも壊れるんだって。住人にとってイベントは”なかったこと”だから、徐々にらしいよ?」
「そういえばロイたちが拠点の修復で金がかかるとかいってたような……」
『雑貨屋』側から見るこの家は、割と普通に見えるのだが。なるほど、黒百合姫が持ち出した黄色いドラゴンのブレスを浴びた方向から壊れていくのか。
「普通の修復よりは安いそうだけど、大変だよね」
まったく大変そうと思っていない口調で言うペテロ。
少し離れているが、人の気配に狐面を被り直して、気を引き締める。
ペテロ:立派な忍者にw
ホムラ:貰った装備がいいから
ドロップ品のいいところは、キャラの大きさ関係なく装備できるものがあるところ。ペテロはもっとランクが高い忍者の専用装備を手に入れたそうだ。
ホムラ:廃屋探検かこれ?
ペテロ:前回来た時より荒れてる。
ホムラ:レオが好きそうだな、廃屋探検。
ペテロ:仕事にならなくなりますので、お誘いはご遠慮くださいwww
確かにレオが混ざると他の方向に行く。レオも忍者を目指しているはずなんだけどな……。
ペテロ:時々、見回りの衛兵もいるから気をつけて。
ホムラ:はい、はい
スラムから異邦人のための商業区になる過渡期は、空き家の見回りも多かった。『雑貨屋』には異邦人が忍び込もうとしたり攻撃を仕掛けてくることがあるので、今でもこの周辺は巡回がマメだ。申し訳ないので衛兵の詰所には時々差し入れを入れている。
建物内に入ったので会話を切り替える。一部壁が崩れ始めているし、床も踏み抜きそうな場所がある。というか、踏み抜いた先客がいる。
ホムラ:この家、使ってるなら金出して修理すればいいのに。場所を利用するだけで金は出さんのか。
ペテロ:そこは持ち主じゃないとw
ホムラ:それもそうか。
ペテロ:私も狩場として大分利用させてもらったから、少しロイたちに寄付しようかwww
ホムラ:一度更地にするらしいな?
ペテロ:ここまで壊れたらねw いっそ綺麗に崩壊すれば解体の料金浮くんじゃない?
ホムラ:そういえば時間はどうやって特定しているんだ?
ペテロ:お宅の騎士様が風呂の時間なんですよwwwwww
ホムラ:は?
風呂の時間、どうやって特定した!? カルの追っかけこわっ! いや、だが――
ホムラ:風呂は物理的にここから見えない気がするが……
ペテロ:ふっw
窓際で静かに動く影たちに黒い忍者が二人、音を立てずに忍び寄る。私は黒装束だけれど、髪は白いまま。狐面と【うつろう心】が大活躍だ。暗殺者ギルドの依頼はあまりこなしていないのだが、【運び】があるので音を立てずに移動することも苦ではない。
ああだが、大規模戦のイベント中に暗殺対象の住人やら異邦人やらをどしどし倒していたらしく、意識していないところで暗殺者としての実績が上がっていた。イベント中は『個人』を暗殺したというカウントにはならず、称号やギルドでもらえるスキルもなしだが、実績だけは飛び抜けていた。
さっき暗殺者ギルドに行くまで、暗殺達成にまったく気づいていなかった私です。というか、あれは暗殺なのだろうか……。
目的の部屋にたどり着く前に、のこのこ歩いていた不審者を一人沈める。近づくにつれ、地を這うような低いざわめきが聞こえ、落ち着かない気分になる。
ホムラ:何人いるんだ?
ペテロ:大勢が小声でしゃべってるの、なかなかホラーでしょ?w
「この場所は……っ」
「ここからの角度で……っ」
「青騎士様の部屋……っ!」
「あああ、あのガラスの端!」
「レンガード様のお部屋は明かりがないいいい」
「流れてきた噂は絶対罠、罠だけどぉおお!」
「0.001%の可能性があるなら湯上がり騎士見たい」
最大限小声で大興奮みたいな人たちが窓にたくさん群がっている。その壁に張り付くスキルは何だ? ヤモリか? 文字通り、上から下から窓を取り囲み、黒い影たちが揺らいでいる。壁ごと通りにバタンと抜けそうで怖いのだが。
ホムラ:この建物は壊してもいいんだよな?
ペテロ:どうぞご自由にw
ホムラ:『墜ちよ流星!』
ペテロ:ちょっ!www
にっこり笑って一掃。
ペテロ:衛兵いたらどうするのwww
ホムラ:あ。
ペテロの言葉に流星の雨を止める。――手遅れですね!
瓦礫の上、私のかけた魔法『浮遊』で浮いている私とペテロ。カラカラと音を立てる崩れた壁、綺麗に抜けて瓦礫が積み上がり影も形もない床。
ホムラ:まあ、早めに止めたし……。
ペテロ:NPCの印が二つ。その辺に埋まってるwww
ホムラ:……。
ペテロが指さした場所に崩れている瓦礫をどかす。
ホムラ:って、ロイがいる。
瓦礫をどかしたら、鎧を着た衛兵二人の下敷きになっているロイがいた。
ペテロ:あー。もしかして噂を拾って、衛兵連れて来た?
ホムラ:マメすぎる
ペテロ:巻き添いで戦闘不能にした人www
すまぬ、わざとではないのだ。カジノで獲得した『蘇生薬』をどばっと。
「うっ……」
傷が綺麗に消えて身じろぎるす衛兵さん二人とロイ。
ホムラ:よし、解決!
ペテロ:大雑把すぎるwww




