339.雑貨屋の居間で
鈍色だった刀身は淡く輝き、黒く濡れたような、白く焔立つような、不思議な印象。反りのある片刃、日本刀にしては幅があり、剣にしては細い。
――美しい刀剣。
「今のランクは1、【破壊不可】。魔物を斬った数が一定数になると、強化ができる。強化できるようになったら、強化素材を集めて俺のところに持ってくれば強化する」
ルバが言う。
「ありがとう」
一瞬私が受け取っていいものか躊躇ったが、どう考えても私のための剣。遠慮をする方がルバの気持ちを無にする。
うっかり『月華の刀剣』を使う前に、最終武器を手に入れてしまったような気がするが、あの剣は適正レベルになったらパーティーで使おう。パーティーでは魔法使いプレイしかしていない問題があるがな!
「最初とランクの10の倍数の時の強化で、アイテムに応じた特殊効果がつけられる。つけられる効果の上限は全部で6つだ」
それは是非、『月影の剣』についていた【斬魔成長】を。いや、剣自体が強化できるのならば、別のものでも……。【装備制限解除】は黒白の魔剣士に転職したので、刀剣と杖に関しては自身のレベルにプラス30ランクまでいけるので迷うところ。魔法使いの時は剣への制限がきつく、魔法剣士はレベルと装備できる剣・杖のランクは同じ。【精神攻撃を斬る】【魔法を斬る】も欲しいところ。
奉書紙に墨書き、つけられる特殊効果と対応するアイテムの一覧を渡され、メニューで確認できるようになった。紅梅ほどではないが、ルバも達筆。
目の前で刀身を眺め【鑑定】すると、剣の名は『天地魂魄の刀剣』。魔物の牙で基礎攻撃力、骨で耐久をあげるなど、強化素材の説明がある。剣と同ランク以上のアイテムが、ランクの十倍の数必要になるようだ。売るに売れずにいたアイテムがたくさんあるので、暫く強化素材に困ることはなさそうだ。
「早いうちにアイテムを揃えて、強化を頼みに行く」
ルバに目礼して『天地魂魄の刀剣』を納める。
「待っている」
短く答えて笑うルバ。
「バハムート様……っ」
「パルティン様、落ち着いて!」
こちらは終わったが、パルティンとレーノはまだ騒いでいる、ナルンは死んだふり続行だし。
「パルティン、雑貨屋の方は人型でならたまには構わんが、来るなら島の方に」
金竜がドラゴンのまま来たら雑貨屋が物理的に潰れる。
いや、カルの防御で……周りが更地だな。やはり却下で。
「カル、帰ろうか」
「――はい、主」
立ち尽くしていたカルがはっとしてこちらを向き、返事をする。
「ルバもお疲れ。レーノ、先に帰るぞ」
あれでルバが本懐を遂げられたのか謎だが、とりあえず終了だ。
ルバを送って扶桑へ【転移】。
「緑竜が死ねば、目標を失い以前のように無気力になるかと思っていたが……。敵を討てた喜びは別として、剣を打つことに関して緑竜の存在は思いの外、どうでもいいようだ」
神社の境内で、鳥居を潜る前にルバが言う。――扶桑の転移門は、神社の境内だ。
「追いつかれぬように、修練に励む。己の造った剣を強化できぬようでは格好がつかんのでな」
愉快そうに笑うルバ。
『天地魂魄の刀剣』を鍛えるには、ランクが高くなるほど職人としてのレベルも必要になる。私の性格からして、せっせと魔物を倒して剣のランクを上げることに励むと思うので、是非頑張って欲しいところ。
「せっかくだから鉱石と酒を持ってゆけ」
ここぞとばかりに素材を渡す。
知り合った住人の生産職はプレイヤーが持ち込んだ依頼や素材で生産し、レベルを上げるのだそうだ。まあ、それがなくともルバには鍛冶を続けて欲しい。なにしろ鍛冶のことを考えているルバは、難しい顔ではあるが楽しそうだからな。
出会った頃のルバは、鬱々としていた。緑竜を倒すために振るう剣を打ち続け、結果鍛冶師として名を上げた。名と共に剣の値段も上がり、寄ってくるのは『神匠ルバ・スピリツォ』の剣を飾っておきたいやからばかり。緑竜を討つという者は現れず――。
だが、緑竜が現れる前からルバは剣を打っていたはずだ。おそらく今のように楽しそうに。目的が敵討ちにすり替わってしまったことも、鬱々としていた原因だと思う。飾りうんぬんもあるだろうが、純粋に打てなくなったから苦しくなったのではないかと疑っている。好きなことは何の煩いもなく、楽しくやりたい。
「礼を言う。今日は友を偲んで飲むとしよう」
鳥居を潜り、階段を降りるルバを見送る。
「一段落だな」
「はい」
何となく漏らした言葉に、カルが相槌をくれる。
ルバの長年抱えていた気持ちに決着がついたことに、私の方も温かくて少し寂しいような、不思議な気持ちになって『雑貨屋』に【転移】。
「ただいま」
と言っても今は店が開いている時間、三階に人はいない。そう思っていたのだが、マーリンがいた。
「我が主よ。無事のご帰還、祝着に存ずる」
姿を見せたマーリンが、左手の上に右手を乗せ、胸の高さまで持ち上げて頭を下げる。大袈裟な言い回しが通常運転のようだ。
隣でビシッと物音がした気がして見ると、笑顔のカル。気のせいかと視線をマーリンに戻すと、にんまりと何ともいえない笑いを浮かべている。何だ?
「無事もなにも、ただの立ち合いだ。閉店するまでもう少し間があるな。茶でも飲もう」
階段を伝って聞こえてくる客の声を背に、酒屋の居間へ。
トリンに改装を頼んでいるのだが、手を付けるまでもう少しかかるらしい。クランハウスや個人で家を持つ異邦人が増えたそうで、順番待ちだ。
居間のソファに座り、おやつにベイクドチーズケーキを出す。高温のオーブンで焼き、表面を黒っぽくなるまでキャラメル状にしたそれにナイフを入れて切り分ければ、断面はしっとりとしたごく薄い黄色。生クリームと甘酸っぱいベリーのソースは、好きなだけ掛けられるよう小瓶で。
「主、お疲れ様でした」
お茶はカルが淹れてくれる。
「ありがとう。カルもお疲れ」
礼を言って受け取る。
ただそこにいただけの私と違って、防御で働いていてくれたのだ。疲れた様子は全くないが、付き合ってもらったことだし労いたいところ。
「マーリン殿も」
「おぬし、いつからそんな甲斐甲斐しき男に……」
胡乱なものを見る顔で、自分の前に置かれた茶とカルに視線をやるマーリン。
「ドゥルに言祝ぎをいただきましたので」
答えて微笑むカル。
そういえば、ドゥルは家庭も司ったような……? それで茶を淹れるのがやたら上手いのか? だが、甲斐甲斐しいのは元からな気がする。
「いや、待て。その量は……」
カルの前に置かれた皿に、マーリンが引いている。
皿に載ったケーキは、私にワンピース、マーリンにワンピース、残りをカル。
「甘味を食い尽くすのは、ドラゴニュートだけではなかったのか……!? おぬし、食全般に興味なぞなかったろう!」
ドン引きのところ悪いが、これでも少ない方だぞ、マーリン。
「主のつくられる物は、どれも美味しいので」
ニンジン食わんくせに、笑顔で答えるカル。
私の留守の間に戸棚の甘味は普通に減っていたのだが、もしやマーリンの目を盗んで食べていた? 隠す気があったのか……。
「この料理が美味いのは認めるが……。形式さえ整っていれば、味なぞ構わなかった男が」
ぶつぶつ言いつつ、一口食べてベリーソースを追加するマーリン。
カルは生クリーム多め。生クリームに砂糖は入れていないが、クリームの口当たりも好きな模様。
ベイクドチーズケーキはバニラビーンズがふわりと香り、濃厚だがさっぱりしたクリームチーズが口の中を満たし、最後にレモンの味がほんのりと残る。なかなか美味しくできたし、紅茶とも合う。菊姫曰く、ワインとも合うらしいが、その辺の判断は飲兵衛に任せる。
ケーキを食べ終えて、カルにもう一杯紅茶を淹れてもらい、ウィンドウを眺める。貰った称号や、アイテムの確認をするためなのだが、もはや何が何やら。
ソロ初討伐称号【残虐の火竜の討伐者】と【悪虐の緑竜の討伐者】の効果は、それぞれ火属性の領域と毒属性の領域での微弱回復。
【火の制圧者】で火属性系からのダメージ半減、灼熱などの気候、溶岩などの地形からのダメージ効果無効をすでに持っているのだが、これは場所特化? とうとう回復するようになった罠。
逆鱗は七日に一回、竜の幻影を呼び出せるアイテム。……いらない気がする。いや、待て、『迷宮』に対応した竜を配置した場合、強化できるようだ。竜ダンジョンの浪漫……っ! 【迷宮創造】欲しいな。当面は【魔物替え】のレベルを上げて、手に入れた時のために備えよう。
オーブはそのまま強化。基礎能力まで上がる『告げる鳥鸞の宝珠』と違い、基礎の能力の強化はなし。属性の強化も微々たるものだが、任意の対象の属性を強化できる。
通常は、属性同士相殺しあうため、強化できる属性は制限される。例えば火属性が100あるところ、水属性を強化すると火属性が下がって、火属性60水属性5とかいう結果になりがちなのだそうだ。自身の属性と相反するものならば、装備の強化に回すことが普通だ。
私の一番の特殊さは、おそらく全ての【寵愛】持ちで、相殺することなくそれぞれの属性を受け入れられること。毒にあまり相殺関係がないが。そういうわけでさっさと自身に使う。
《火属性強化のオーブを使用しました》
《火属性の耐性、スキル、称号が強化されます》
《毒属性強化のオーブを使用しました》
《毒属性の耐性、スキル、称号が強化されます》
火系の攻撃を受けた時の回復量がどうなったか、ちょっと楽しみなような怖いような。
『火竜グラシャの剣』は菊姫に要るかどうか聞くか。菊姫は幅広の大剣でどっかんどっかんしつつ、剣を盾にする戦い方なので、大剣ならまだしも剣はいらんかな? ガラハドも大剣愛用だし、イーグルは火属性は持っているがおそらく違う属性の方が合う気がする。一応、菊姫とイーグルに聞いてみて、いらんと言われたら炎王あたりに売りつけよう。
『緑竜タラルの壺』は、毒壺でした。一日一回、毒の回収ができるそうで――どう考えてもペテロ行き。
うーん。ルバに貰った剣、どんな特殊効果をつけよう。リストに並ぶ効果が、使えないもの――コップ一杯の水を出すとか――から、効果は高いが発動条件がきついものまで並んでいて目移りする。
大技は【ヴェルス断罪の大剣】や【アシャ掃討の大剣】があるので除外。【武器保持】を使い、全ての武器の大技を一斉に放つというオーバーキルをしてみたい気もするが、まずは実用性。枠が余ったら考える方向。
「どうかなさいましたか?」
難しい顔になってしまっていたのか、カルが聞いてくる。
「いや、ルバに貰った剣につける特殊効果で悩んでいた」
「それで嬉しそうだったのですね」
顔がにやけてる方だった疑惑! ちょっと恥ずかしいのだが。
「ルバと言うと、もしや『神の匠』か? 俗世に嫌気がさして引退したと聞いておったが。――なるほど、緑竜と引き換えに引っ張り出したか」
一人うなずくマーリン。
「ヴェルスの剣はおくとして、我が主人は我と同じ魔法使いではないのか?」
「魔法剣士だ」
お茶漬に魔法de剣士とか言われるが、系統的には魔法剣士だ。魔法剣士なんですよ?
「……」
マーリンが顰めっ面になる。
「マーリン殿をもってしても、今の主のステータスを見ることも読むことも叶いませんか」
珍しくカルがくつくつと声を漏らして笑う。
「……」
座った目でジロリとカルを見るマーリンは、見た目の歳を裏切る老獪な気配。
そしてそれに構わず笑い続ける年齢不詳の男、カル。
いや、何で私の職業でそうなるんだ?




