338.竜のイメージ
空中高く舞い上がったバハムートは、すぐに私の元に戻ってきた。二つの心臓を咥えているため、いつもより大きい。そして血だらけ。
「バハムート」
とりあえず【生活魔法】の『清潔』と『浄化』。よし、きれい!
「……傷?」
滑らかなはずのバハムートの額に、見覚えのない微かな傷を発見。え、あの竜二匹、そんなに硬かったのか!?
指先でそっと傷のそばに触れながら、バハムートに『回復』をかける。今回はさすがにMPが空になるほどでもない。バハムートにとっては、膝小僧擦りむいたより軽いものなのだろうが一応。
「ん?」
傷を治すと、私をみて首をちょっと伸ばすバハムート。
「くれるのか?」
聞くと、そうだと言わんばかりに咥えた心臓を突き出してくる。竜の心臓をもらってもちょっと困るんですが。
いや、【鑑定】したら「武器防具の強化素材」とある。夢のドラゴンスレイヤー作成フラグだろうか? いや、もう一つ強化できるものがある。
「食べると竜は強くなるんだな? バハムートが強くなって、傍にいてくれた方が嬉しいぞ」
ちょっと首を傾げて考える風なバハムート。
強化対象に竜種と特定の種族とある。特定の種族にレーノもあたりそうだが、後でケーキを出すから心臓を食べるのはご遠慮いただきたい。
「うん、バハムートはそのままでもぶっち切りで強いが。――では、一つくれるか? 手前の方。それで武器を造ってもらうから」
手前はズボッとした順番的にカビ竜の心臓。
バハムートに食べさせるにはいささか食あたりが心配だし、ルバに渡せばちょうどいい……ような気がする。
「ありがとう」
バハムートはともかく、私も血塗れになることが多いな〜などと思いながら、カビ竜の心臓を受け取る。まだどくどくと動いているくせに血は垂れる程度、サイズは両手にずっしり。そういえば、パルティンもいつもの竜の姿より小さかったな?
「ぴぎゃっ!」
私が一つを受け取ると、残る一つを飲み込んで一声鳴く。
《ソロ初討伐称号【残虐の火竜の討伐者】を手に入れました》
《ソロ初討伐報酬『残虐の火竜の逆鱗』を手に入れました》
《お知らせします、『火竜グラシャ』がソロ討伐されました》
《火竜グラシャの牙×5を手に入れました》
《火竜グラシャの翼×5を手に入れました》
《火竜グラシャの剣を手に入れました》
《火竜グラシャの魔石を手に入れました》
《火竜グラシャの紅玉を手に入れました》
《火属性強化のオーブを手に入れました》
《『火竜グラシャの心臓』を手に入れました》
《『火竜グラシャの心臓』をペットの強化に使用しました》
《ソロ初討伐称号【悪虐の緑竜の討伐者】を手に入れました》
《ソロ初討伐報酬『悪虐の緑竜の逆鱗』を手に入れました》
《お知らせします、『緑竜タラル』がソロ討伐されました》
《緑竜タラルの爪×5を手に入れました》
《緑竜タラルの皮×5を手に入れました》
《緑竜タラルの壺を手に入れました》
《緑竜タラルの魔石を手に入れました》
《緑竜タラルの緑玉を手に入れました》
《毒属性強化のオーブを手に入れました》
《『緑竜タラルの心臓』を手に入れました》
『蒼月の露』に戻るバハムート。胸に飛び込んできたバハムートに、もう一度『清潔』をかけることに成功。後でゆっくり磨こう。
称号がなんか物騒だな。カビ竜から出たアイテムは毒だしペテロに売るか。後で説明を読んでから決めるが、なんかネトネトしそうで嫌だ。あと壺って何だ。
「ルバ、これを……」
振り返ったら後ろで固まっている面々。『蒼月の露』があるから、畏怖やバハムートの気などの影響はないはずだが。
「本当に竜王バハムートでいらした……」
レーノが呟く。
「……図に乗っておりました」
カルが微妙に悲壮な顔をして空を見上げ、ぽつりと呟く。
――あ。防御のあれか、内側からバハムートが破ったのか! なるほど、バハムートの額の傷はそのせいか。カルの防御を破って、さらに二連ズボっとしたら、それはさすがに傷くらいつく。一応、二匹とも名持ちの竜だし。
「カルは十分強いと思う」そう声をかけるべきか、それとも「挫折を知れ! そうすれば、お前はもっと強くなる!」とか、ベタなセリフをかけるべきか。迷った末に放置を決める。
それより一瞬視界に入らなかったナルンが、眠くなったハムスターみたいにぺったり地面にのびていてだな。
返事はないが、カビ竜を眺めて立ち尽くしているルバに心臓を渡すと、受け取ってくれた。無言で今度は手の中に抱えた心臓に視線を落としている。すまんな、親友の敵なのに情緒がなくて。
「大丈夫か?」
自分自身に『清潔』をかけながら、ナルンに声をかけたらビクッとされた。でも起き上がらない。顔を見ようと伸ばした私の手に、顔の青を濃くしてビクッと。額に脂汗。――死んだふり疑惑発生。
「ホムラ、あまりナルン老を追い詰めないであげてください」
「レーノ、人聞きの悪いことを。私は介護をしようとしただけだ」
人畜無害の私に対してひどいと思います。
「だいたい何故死んだふり!?」
それに死んだふりとバレていては効果はないのでは?
というか、死んだふりが有効なのは他に死体が沢山ある時くらいではないだろうか。……竜の死体は2体あったが、アナウンスが流れた後に消えたしな。
「ナルン老はどうしてか、ホムラを必要以上に恐れておられた。間を置いて1対1の戦いを二度行う当初の予定を変えるほどに。三体の間の力の調整はかなりの負担だったでしょう」
レーノが説明してくれるが、ナルンが三匹の力の調整してたのがまず初耳なんだが。
いやだが、『暗殺者の矜持』も二人の間の能力操作系か。手袋に隠れた右手の薬指にちらっと目をやる。私が持っていた印象よりナルンは強いというか、特殊な能力を持っているようだ。
どうしても人の話を聞かずにクドイセリフを重ねる姿と、ぷるぷるしているイメージが先行してしまうのだが、冷静に考えて割と凄い竜なのではあるまいか。
「ナルンが調整というのは――」
「今のは? 今のは竜王様か!?」
聞き出そうとしたら、パルティンが私の前に降りてきた。
背に翼を広げ、金の髪がたなびく少女の姿。野生の怖さを思い起こさせる、いつもの瞳の強さは形をひそめ、きらきらと輝いているせいで印象がだいぶ可愛い。
「当代の竜王は知らんが、竜王バハムートだな」
ちなみにイベントの時にすでに経験済みで、こうなったパルティンを制して話を聞くと言うのは無理なことだとわかっている。諦めてパルティンに向き直る私だ。
「バハムート様!」
顔の隣で両手の指を組んで嬉しそうに名を呼ぶ。
「あー。嫁は無理だが、バハムートの眷属になるか?」
「なるとも!」
パルティン、即決。
「え、パルティン様!?」
レーノが慌てているが、二度目なので話が早いのだ。
一度目は私も言を左右に抵抗したのだが、最終的にまた腕ひしぎ逆十字固めを食らってですね……。スキルポイントを消費して、体術系で何か取ろうかな? カルに相手をしてもらったおかげで、体術系は幾つか出とるし。取ってレベルを上げたら、体術で一度くらいカルとパルティンに勝てるだろうか。
いや、自分の職のスキルでだったら私だって強いんですよ?
「バハムートは私のペッ……いや、飼っ……、いや、守護竜なので、私に支配を受けることになるが大丈夫か?」
答えは知っているのだが、一応聞く。
私が言い淀むたびに、倒れているナルンが視界の端でビクン! ビクン! ってするのが気になるのだが。
「バハムート様のお側に侍れるのならばかまわん!」
「ちょ……っ! よく考えてください!」
レーノが慌てて止めに入るが、自分より遥かに強い竜を見たパルティンは暴走乙女なのである。
「私の知る中で最強だからな。考えてもパルティンの気持ちは変わらんだろう」
実際、変わらなかったし。
「ですが……っ!」
パルティンに言い募るレーノ。
「黒々とした御身体、緑竜の毒も火竜の熱もものともせず、歯牙にもかけない強靭さ」
話しかけられてるパルティンは聞いていないが。
「――『積もる経験の石』はすでに使い尽くし、取得できる防御系スキルは現在覚えているものより劣る。まさか、ここに来て己の経験不足に気づくとは……」
防御のドームがあったあたりを眺め立ち尽くすカル。垂らした腕、ぐっと拳を握りしめる。
いや、カル? カルが経験不足だったら軒並み騎士がダメな感じになるからな?
なお、私はバハムートを止められる気が全くしないし、止める気もない。バハムートはデタラメに強いところも可愛いと思います。
「ホムラ、この剣を受け取って貰えるだろうか?」
固まったままだったルバが、私を見て言う。
地面に緑竜の心臓を置き、下げていた刀剣の鞘を払う。以前私にくれたものより、扶桑風で刀に近い。刃は鈍色だが、決して折れぬ色に見える。
「我が友の剣、我が身を捧げた剣! これで我が手を離れ、最強の剣へと至る!」
ルバによって、緑竜の心臓に真っ直ぐに振り下ろされる剣。
振り下ろすルバの顔は鬼神のように赤く染まり、渾身の力がこもった剣は心臓を派手に破る。飛び散った緑竜の血は、どこかに赤いシミを作る前に光の粒となる。
魔物が光の粒に変わるよりも眩しい光。光が収まると、ルバの手にある剣は姿を変えていた。
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・増・
称号【残虐の火竜の討伐者】
称号【悪虐の緑竜の討伐者】
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専用ページを作って頂けました。
4巻1/20 5巻4/20発売です。読んでいただいている皆様に感謝!




