337.竜の気配
「……っ」
「ナルン老、どうかなさいましたか?」
私の姿を視界にいれて、プルプルし始めた青竜ナルンを気遣うレーノ。
いや、別に理由なく攻撃したりしないから、私を見てプルプルするのやめてくれんか?
場所はパルティン山脈、パルティンの寝ぐらに近い山裾。本日は金竜パルティンに言い寄っている竜二匹との対決の日で、レーノに戦いの立ち合いを頼まれた日。面子は私、レーノ、カル、ルバ、そして同じく立ち合いのナルン。先ほど扶桑でルバを拾って、レーノとナルンと合流したところだ。
青竜ナルンは人型を取っている。見えている手の先、髪、髭の先がほんのり青みがかり、手の甲に鱗があるが、小柄な老人の姿だ。私が老人を怯えさせているようで、大変外聞が悪い。だからプルプルするのやめてくれんか?
「ホムラ、改めて礼を言う」
ナルンに何か言おうかと思ったら、目の前でひと振りの剣を持ったルバが頭を下げた。
「礼はレーノかパルティンにだろう? 私は移動を手伝ったくらいのものだ」
「むろんレーノ殿にも礼を。しかし、ホムラがいなくては竜の求愛の戦いに、立ち合いを許されたとは思えん」
大したことをしていない私に、律儀に礼を言ってくる。
パルティンに言い寄っている火竜グラシャと緑竜タラルは、人にとってあまりタチの良くない凶暴な竜だ。そして緑竜タラルはルバの親友の敵でもある。
「割って入れるのは竜であるナルン老のみ、求愛が終了するまでは手出し無用です。――ですが、その後はご自由に」
「ああ、心得ている。それに、弱っている方が都合がいい」
釘を刺すレーノに答えるルバ。
ルバの目的は当然ながら緑竜を討つこと。ルバには剣の素養はあるが、そう強いわけではない。正しくは、緑竜が高確率でパルティンに倒される可能性があるため、倒れた竜に剣を突き立てることが目的。おそらく、それで友の弔いとするつもりだろう。
ルバが提げている剣は、折れた親友の剣を打ち直したものと聞いている。
親友に「炉に一尺の髪を捧げ打たれた剣は、龍の鱗をも突き通す」と聞いた時から、いつか最高の一振りを打つために伸ばしていた自分の髪を、打ち直す際に捧げたらしい。なお、ルバは禿げてない。
髪や血を捧げる出典はなんなのだろうな? 中国の皇帝が時を知らせる大きな鐘を期日までに鋳造できなければ、職人を殺すという命令を出し、どうしても作ることができないでいる父のために娘が炉に身を投げる、という話が小泉八雲の集めた話にあったが。
あとは髪は血の余りだと言うから、そのあたりからの連想だろうか。生贄より平和でいいと思います。
「戦闘が始まったら、頼む」
「承りました」
結構無茶振りしている気がするのだが、カルが笑顔で受け合ってくれる。
緑竜がパルティンに倒されなかったら私が手を貸すつもりではいる。だがその前に怪獣三匹大決戦みたいな状態で、ルバの身を守り切る自信が全くなかったため、カルに頼んでついてきてもらった。今日はガラハドが初めての一人用心棒で、雑貨屋に出勤している。
プルプルしているナルンをレーノが介護しながら山道を進む。大丈夫ですか、おじいちゃん。ルバは引き結んだ口を開かないし、カルは春の笑顔だし。私はどういう顔をするのが正しいんだろうか?
扶桑から非表示にしていた『アシャ白炎の仮面』を、そっと表示状態に戻す。仮面とタシャの白葉の帽子は非表示にしていることも多い。装備しているけれど、見かけが透明になるマスターリングと同じ機能。
仮面の特殊効果は認識阻害、戦闘における自分と仲間の鼓舞と高揚、敵の畏怖。自分と仲間のSTR・VIT・AGIが3%上昇、敵のSTR・MID・DEXが3%下がり、他の同系統のスキルや食事などの効果と重複可。
非表示であろうと認識阻害は効くのだが、人のいるところでは表示してます。なぜなら、丸出しは落ち着かないのだ。なお、時々忘れる模様。
非表示の場合、レンガードの仮面姿を見たことがある人には仮面を被っているように見え、見たことがない人には顔を見ることが叶わないらしい。見えないというか、意識からそこだけ抜け落ちるようだ。そして、私だと知ってる人には顔丸出しだ。便利、最近は【うつろう心】も併用。
「ナルン老、わざわざすまんな。ホムラにも礼を言う」
人型のパルティンに迎えられた場所は、寝ぐら近くの谷。大きな石がゴロゴロと転がり、左右に崖のある広い裂け目。おそらくガラハドたちが帝国から抜ける際に通ったという、パルティンの狩場の始まりの場所だ。
「ついたか……」
汗を拭うルバ。
「お疲れさま」
『回復』と『リフレッシュ』。
パルティンから影響を受けて岩と砂で出来ているような場所だ、生産職なのにここまでついてこられたのはすごい。私には【運び】があるし、扶桑の山籠りで慣れている。ちなみにカルは至って普通だった。
パルティンは、私とナルン以外をスルー。そしてカルもスルーしてティーテーブルを出し、紅茶を淹れ始める。並べたグラスに、うんと濃い紅茶と蜂蜜で漬けたオレンジ――ここまでは私が作ったもの――と氷を入れて、上から濃いめの紅茶を注ぐ。
「主、どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたアイスティーを飲む。
「ルバ殿もよろしければ」
「ああ……」
カルに声をかけられたルバが、また汗をかいている。
「二体の名持ちの竜の気に耐えられるとは、肝が座っておられる」
「なかなかキツイ。涼しい顔をしている騎士殿は流石だな」
……。
私だけ竜の気スルー案件! 鈍い、鈍いのか私!?
「ちっ! 古臭え青竜がいやがる」
「下僕のドラゴニュートはともかく、矮小な人間どももいるぞ!」
黒い影が差したかと思えば、三下っぽいセリフとともに火竜と緑竜が上空に登場。遠いしデカいしで、届くまでに拡散してしまいそうなものだが、不思議と普通に聞こえる。
火竜のほうは顔も首も腕も長い印象、鱗がでかい。緑竜は――
「カビ?」
「主……」
「ホムラ……」
カルが困ったような笑みを浮かべ窘めるように私を呼び、レーノが残念なものを見る目で見ている。
いや、レーノは瞬膜を閉じてるのでそう感じるだけだが。白っぽい顔より少しだけ灰色が濃い瞳を覆う不透明な膜。陸地は目が乾くのでほぼ閉じてるのだそうだ。不透明で見えるのか不思議な気がしたのだが、私も仮面かぶっていても普通に見えるしな。
緑竜の背中は灰色がかった緑で覆われている。もこもこと可愛い系ではない、ぼこぼことしてじっとりした何かだ。
「緑竜タラルは鱗の隙間から少量の毒を滲ませ、長い年月の間に毒で覆われた体を作っているのです」
レーノが解説してくれる。どうやら滲んでは乾き、滲んでは乾きした結果のようだ。じっとりしているのは、固まったものの下からさらに滲んでるからだろう。
「ナルンは分かるが、こいつが立ち合い?」
「花嫁が俺のために用意したご馳走だろう」
「パルティンを番にするのは俺だ」
そういえば二匹とも人を食うんだった。
「!?」
「!」
言い合いを始めた途端、急にピタッと止まってこっちを見る二匹。
「ややこしくなりますので、控えていただけると」
レーノがカルに声をかける。
何かしたのかと思って顔を見るが、いつもの春の微笑みを返された。
「人間のくせにいい度胸だな、あぁん?」
「パルティンの手前、食うのは後にしてやろうと思ったのになぁ?」
そして絡んでくる三下っぽい竜。
「若者ども! これをあまり刺激するな! さっさと始めるがいい!」
慌ててナルンが割って入ってきた。
いや、あの私を危険物みたいに扱うのやめてくれんか?
「ホムラ、いったいナルン老に何を?」
パルティンが不思議そうに問いかけてくる。
「ちょっと合意の上で必殺技的なものを当てかけただけです」
証明して見せろと言い始めたのはナルンだ。
「ホムラの技ですか?」
興味深そうに聞いてくるレーノ。
「ええい! 始めるがよい!」
「ふははは!」
「さっさと済ますぜ!」
やけくそのようにナルンが叫び、二匹がまだ竜体になっていないパルティンに突っ込んでくる。
「叩きのめす」
そう言うと一声吠えて、竜体に変わりながら二匹のいる上空へ飛んでゆくパルティン。
「求愛の戦いに竜以外の手出しは禁止ぞ! 大人しく見ておれ! ……頼む! 本当……」
ナルン、言っていることの後半が怪しくなってくのやめろ。
始まった理由が、私やカルの戦闘参加を止めるためみたいで何か納得いかんが、上空で、あるいは崖に体をぶつけながらの三体の戦闘が始まった。
衝撃波や、弾き飛ばされた石が飛んでくるが、透明な丸いドームの様な物に守られているようだ。何かが当たった時だけ光り、そこに守りがあることを確認できる。
「カル、ありがとう」
守りのため、すでに動いてくれていたカルに礼を言う。
「お役に立てたならば、望外の喜びです」
相変わらず大袈裟な騎士殿。
胸に手を当てて少しだけ頭を下げる動作付きなんだが、これが絵になるのは限られるので真似できない。ギャグで返すのにやるくらいだな。
「私は継続的な攻撃を止めるのは苦手というか、できんからな。助かる」
【結界】のレベル上げ頑張るしかないかな。
竜三体の戦いは、火竜と緑竜が同時にパルティンを狙ったり、パルティンに迫るため隙を見せた片方に、もう片方が噛み付いたりと、三つ巴。パルティンが一番強い気はするのだが、火竜と緑竜は戦い方が小狡く相手をするのが面倒な感じ。
緑竜はパルティンや火竜ほど、パワーは無いようだ。おそらく、パルティンの鱗を破ることが困難なくらいには。代わりに自身の体が毒で覆われているため、パルティンや火竜が触れられる範囲が限られる。
そして、火竜がパルティンにつけた傷、パルティンが火竜につけた傷の上を狙い、噛みつきに行っている。
――ああ、毒か。
スピードが落ちてきたパルティンと火竜を見て思う。
「ふははは! 俺だ、パルティンを手に入るのは!」
「お飾り見てぇな牙の緑竜が! 引っ込んでろ!」
火竜が切り返しのような棘のついた長い尻尾を緑竜に叩き込むが、明らかにスピードが足りない。
「火竜グラシャ、お前の心臓をくらって俺が最強の竜になる!」
「うるせぇ! 最強の竜は俺だ!」
「最強の竜というのはお前らのようなものでは――」
「あ」
言い合う三匹の言葉に声をあげる私。
「どうかされました……か?」
カルがいい終える前に、私の胸から飛び出した黒い弾丸。
「最強の竜禁止ワード戦にしておけばよかったか」
戦いに手を出したのは竜なんでセーフだろうか……。
パルティンには、私の島に来る条件で自分が最強とか言わないよう約束してもらってるのだが、全部の竜に約束させるわけにはいかんし。それに火竜も緑竜も話をした途端、絶対口にするタイプだ。
ずぼっと簡単に二体とも突き抜け、口に二つの心臓らしきものを咥えて血塗れで振り返るバハムート。空で固まっているパルティン。
「なるべくしてなった結果ということでひとつ……」
やっぱり羽ばたかなくても飛んでいられるんだな、ドラゴンなどと思いつつ、誰にともなく言い訳する私の姿。
4巻、今月20日発売となります。
色々お知らせも載っておりますので、ぜひよろしくお願いいたします。




