336.家
「ホムラ、材料は集めるから、引っ越しが決まったら蕎麦頼む」
笑顔でロイ。
「ん? 引っ越して来る方が配るのでは?」
「おう! 向こう三軒両隣に挨拶して配りたいから、頼む! 報酬はちょっと珍しいレシピで」
「ああ、引っ越し蕎麦を作って欲しいってことか」
これはあれか、自分で食う分も私が作ることになるやつ……っ!
「すまん、報酬は魅力的だが、蕎麦とラーメンは一家言持ってる人が多くって避けとるんだ。タオルとか――引っ越し挨拶なら菓子とかの方がいいのでは?」
ラーメンは雑貨屋では作っているが、売りには出していない。
蕎麦やラーメンは、私より食べ歩いて真面目に追求している人が多いし、スキルを使っても好みが多岐に亘りすぎて、要望に応えられる気が全くしない。
言い直したタオルは【生活魔法】があるから、現実世界のように必ず使うということがない。住人は使うけど、異邦人は微妙だ。
「……一家言って何?」
そっと隣のクラウと暁に寄って、口の横に手を当て二人に視線を合わせないまま聞いているロイ。
「その人ならではの意見や主張、論説。独自の拘り、自論ってところです。――住人に蕎麦は微妙じゃないですかね?」
「蘊蓄たれるヤツだろ。――食い方教えなきゃなんねぇだろうが」
二人がそれぞれ答える。
「あー確かに。それに俺もレオと論争になったしな」
納得するロイ。レオと論争ってことはラーメン好きか。
「じゃあ、焼き菓子かなんか頼めねぇ?」
「剣屋のピアーズが、甘いもん好きだしな」
ロイの言葉に暁が続く。
「いいが――」
いいのか? 雑貨屋のおやつだし、エリアスのところもカレーを詰めるついでに持っていっているのだが。そして剣屋と取引があるのか。あの店の商品は格好良くって、使わないのに買ってしまいそうで困る。
手続きを進めてもらうと言って、ロイたちは帰っていった。
「希望者多いみたいだけど、ファストへの貢献度から言ってロイたちに決まるだろうね」
お茶漬がカップを口に寄せたまま言う。
「お向かいさんか。それにしても、ペテロはともかくお茶漬はいつカルと会ったんだ?」
ペテロは扶桑で一緒に宴会に参加している。
「会ってない、会ってない。顔を合わせてないのに、把握されてそうで怖いって話。雑貨屋の前を通ったら、無言でにっこり笑顔みたいなの想像するね!」
疑心暗鬼になってるお茶漬。
大規模戦の時に、なんでそんな細かいことまで把握してるんだ? ってカルに対して思った記憶があるので、否定ができないが。クラン面子は普通に把握してそうだ。
「私も仕事では会ってない、ファストの仕事はギルド通してるし。姿は見せない主義です」
人差し指を唇に当てるペテロ。
「さて、僕はちょっと休憩」
「お疲れ」
「お疲れ、また後で」
個室に引っ込むお茶漬を見送る。
「ホムラ、【大工】持ってたというか、数寄屋は作れるよね?」
「ああ。今度、寝殿造にチャレンジする」
「何をどうしてそうなった」
ペテロに聞かれて答えれば、浮かべた薄い笑顔が固まって聞き返された。
「いや、クズノハがな。帝国戦でのお陰か『庭』がだだっ広くなったことだし、扶桑に寝殿造の『設計図』があるみたいだし」
クズノハは狐の眷属をたくさん増やして、農作業に勤しんでくれるつもりのようだ。
素材は『再生の欅』からせっせと【採取】して貯めた材木と、買い込んだもの、扶桑の陰界の屋敷をくるくるして集めたもので何とか揃いそうだ。【大工】のレベルを上げねば。
「ホムラは飼ってるの多いから」
ちょっと呆れたような顔をされる。
「で、何だ?」
数寄屋が作れるかは、私が日本家屋を作れるかの確認。
【大工】の分岐は和・洋・中があるのだ。洋風建築はトリンに任せているし、【大工】のレベルを本格的に上げたのは、扶桑の山籠りの時だったため、私の進んだ分岐は和風建築。和風の家を建てて欲しいのは予測がつくが、どこにだろう?
「私の庭に家を作ってくれない? 【大工】のレベルが40になってからだけど」
「もう40超えたぞ。A.L.I.C.Eの家の改築か?」
ペテロの庭は毒草園で、そこに建築ユニットを買い込んで小さな家を設置していたはずだ。
「いや、趣味。私の庭も広くなったからね」
そう言ってにっこり笑うペテロ。
で、毒草園にご招待いただいたわけだが。
「おお、本当だ。広くなってる」
「住人のために働いた覚えはないんだけど、レンガード「様」の側についたおかげで帝国戦である程度広がったかな」
ものすごく様の後ろに(笑)が見えるような抑揚。
「趣味の家ってどんなのだ?」
ペテロが建てて欲しいという場所に向かって歩く。
試しに周囲の植物を【鑑定】してみたら、説明が怖いもので溢れてるんですが。今歩いている場所は、ぱっと見は毒の木や草が植えられた畑というより、可愛らしい花をつけた野の花がそこここにある野道なのだが、花も木も満遍なく毒。相変わらずすぎる。
「『設計図』と素材は用意済み。囲炉裏が切ってある藁屋根の家なんだけど」
「敵が斬りかかってきたら、鍋の蓋で刃を止めるやつ」
引退した剣豪か、身を隠した忍びが住んでいそうだ。
そういえば車箪笥作るとか言っていたし、忍者のロールプレイに合わせて住むところも用意するつもりのようだ。本格的な生産を始めると、あの部屋の広さでは設備を置く場所に困るしな。共有の生産スペースもあるが、毒は作りにくいだろう。
「ここです、先生。お願いします」
前を行くペテロが止まり、言葉とともにトレード画面が開く。
ずらっと並ぶ、結構な数の家の素材。了承して受け取り、生産開始。『設計図』にはすでに『建築玉』で手を加えてあるようだ。内装用の『意匠玉』も揃っている。
ここまで素材を揃えるのは大変だったろう。レベルは足りているが、失敗してペテロの努力を無駄にするのは嫌なので『技巧の手袋』を始め、装備を変える。ばっと張り切ってたなびくマントさん。
「ここで白装備なの」
「これが一番器用さが上がる装備だ」
『活性薬』や『帰還石』の生産は白装備ではやらないが。
『天地のマント』は、神の名のつく装備が四つを超えると、その後は増えるごとにステータスが跳ね上がる。なので、器用さに関わっていない装備もフルで。
「では」
『設計書』を選ぶとウィンドウが開き、ウィンドウ越しに見えるペテロの庭に沿ってグリッドが表示される。
「この辺りでいいか?」
パーティーメンバーにはウィンドウの内容が見える設定に変えて、ペテロに聞く。
「ここに柿の木を植えたいから少しこっちにずらして」
ウィンドウを覗き込んで、ペテロが指差す。
「こう?」
「そう、ありがとう」
「『檜』か。染めは――『柿渋』と『荏油』の組み合わせは、なんかのっぺりしてるがいいのか?」
ウィンドウに浮かぶ、候補素材を選択するとどんな仕上がりになるか見られる。
今見ているのは、柱や梁の色だ。ペテロが集めた素材の組み合わせは、黒く染まるがペンキでも塗ったかのように見えてしまう。
「うーん。これなら塗らないほうがいいかな? 木目を残して色を暗くしたいんだけど」
残念そうなペテロ。『荏油』だけなら木目もいい感じなのだが、暗くという希望に沿っていない。
「ちょっと待て」
一旦ウィンドウを閉じて、【ストレージ】からアイテムポーチに荷物を移す。荷物を移す前にアイテムポーチの一覧を画面保存して、ペテロから受け取ったアイテムを記録するのも忘れない。
「どうだ?」
『檜』に『漆』。鼈甲のような光沢と深みのある飴色。
「もう少し黒く」
『杉』に『柿渋』『弁柄』『荏油』。
「うーん……」
微妙らしい。
結局、『杉』に『松煙』と少しの『弁柄』『荏油』に落ち着いた。
「ありがとう、黒でもだいぶ違う。『松煙』は後で集めて返したいけど、『黒五葉の松煙』って、ランク高いね」
「いや、私は透き漆にする予定だ。『松煙』は使う予定がないから新築祝いにどうぞ」
敵が私が欲しかった素材と一緒に落とすものだったので溜まっただけだ。【ストレージ】があるのをいいことに、溜め放題溜めている。
あとは預かった素材で問題なく。
「おお? なかなかの趣」
生産した私が感心するのも変な話だが、藁屋根に土壁、いい感じだ。
「でしょ。家具も何もないけど、どうぞ」
「後で庭に鶏放していいか?」
田舎な感じがこう……。柿の木を植えるというし、鶏を設置したい。大根を吊るして干すとか。
「世話できないし、毒で死ぬから」
笑いを含んだ答えが返ってきた。
仕方がない、大根にしておこう。
玄関を入ると土間、土間の隅には水場。囲炉裏が切ってある板敷の部屋、障子、板戸。眺めていると、ペテロが部屋に車箪笥を設置。囲炉裏に自在鉤と五徳、鉄鍋――例の蓋のあるヤツ――を出す。
「そこで筵なのか。痛くないか?」
囲炉裏の前に出された、おそらく座布団がわりの筵に思わず聞く。
「とりあえず、ね。雰囲気壊さないのがあったら変えるよ」
「まさか布団も筵……」
忍者の生活、ストイック!
「いや、さすがにこの部屋だけですよ。ほら、こっちは畳も入ってるし。和風にはするけど、見えないところは居心地をとる」
開けられた板戸の向こうは畳だった。まだ新しく、イグサの色が少し緑で綺麗だ。
「ぶれないのはいいな。私はどうも途中でひよって混ざる」
私は雑貨屋も酒屋もトリン任せにして正解だったと思う。
私がコーディネイトしたら、あれこれ取り入れたくなってカオスになる未来しか見えない。クズノハとリデルの家も、本人にコーディネートは任せよう。
次回はレーノとパルティン山!
1/20に4巻発売になります、よろしくお願いいたします。




