335.お向かいさんが決定しそうです
「ロイたち六人で住むのか? 店も出す?」
向かいの建物の作りは一階の間口が広く、店舗になっている。
元は倉庫が立ち並んでいたのを、取り壊して整地した場所だ。向かいの建物は私の『雑貨屋』より広い。
「もし住むなら半分にして俺、クラウ、暁で。もう半分はシラユリ、カエデ・モミジとその女友達-ーうちのとこの生産トップだな」
ロイが指を折りながら教えてくれる。
「趣味のものを売りたいそうですー」
「具体的にはフィギュアです〜」
「フィギュア? あれ、もしかして前に露店で出してた?」
「ええ。今の本職は盾や鎧に、能力付与の装飾を施す盾飾り師ですわ」
何か思い出したらしいお茶漬に、シラユリが答えを返す。
「ああ、ロイの盾の立体的な模様?」
「おう! あれで守りの範囲が少し広くなってる。全体食らった時に、左右の二人くらいはダメージをちっと軽減できる」
聞いたらなかなかの効果。
「あとは私が絨毯を売ります」
ニコニコと言うシラユリ。
「絨毯?」
「何故に絨毯?」
思わず聞き返すお茶漬と私。
「趣味ですわ〜」
「「趣味」」
思わずハモる私とお茶漬。ペテロも参加していいのよ? って、カエデとモミジに懐かれとるな。通常営業。
「――違うからね?」
視線を感じたらしいペテロが、微妙な笑顔を貼り付けて私に言う。
「……」
ちょっと冷たい目で見ておく。A.L.I.C.Eには割とスパルタだし、そうでないことは知っているが、お約束のようなものだ。
「織っていると心が落ち着くんです。生産職ではありませんし、ただの生活雑貨なのですが、住人の方にもご購入いただいていますわ〜」
「ハウス持ち増えてるし、需要は増えそう」
隙間産業お茶漬先生のジャッジはいいようだ。
「二階と三階で分けるつもりでしたが、そんなに物騒なら雑貨屋側とアトリエ側で分けるべきですか……」
クラウが手の中の紅茶のカップを見ながら言う。アトリエはエリアスの店の名前だ。
「攻略しようとするプレイヤーはともかく、『雑貨屋』の追っかけは、人が住めば場所を変えるんじゃないかな? 特にロイたちは有名人だし。対象がこなければ、暗殺者もこないんじゃない?」
第三者のような顔をして言うペテロ。
「『雑貨屋』も、張り付いてる追っかけとの距離ができて歓迎ですよきっと。ガンバッテ」
「ん? ちょっと最後ニュアンスおかしくなかったか?」
最後が棒読み気味なお茶漬の励ましに、ロイが聞き返す。
「だって僕、あの騎士と目が合う距離にいるの嫌だもの。それこそ何を把握されるか分からない感じ」
「同族嫌悪ですな」
お茶漬にペテロが笑う。
ホムラ:空き家埋まっていいのか? 暗殺と不労所得?
ペテロ:悪質なストーカーの退治ですよ、いなくなるならそれに越したことはないw
お茶漬:対象を聞いて暗殺依頼を出す簡単なお仕事だったけど、ホムラという餌を置いた状況をわざと維持したら、僕が騎士に暗殺依頼出されて暗殺されそう。割に合わないことはやらにゃい。
ホムラ:餌……
ペテロ:頼んで『雑貨屋』の遮蔽ガラスに、一箇所弱い所作ってあるんですよw「そこが見える場所」が限定されてるんで、対象の発見と位置取りが楽w見えそうで見えないけどw
ホムラ:誰に頼んだ!?
ペテロ:因みに弱いところの場所は、騎士の部屋ですねwww
なんで『雑貨屋』の観察なんか熱心にするのかと思ったが、そうかカルが目的か。ラピスとノエルも人気があるし、私も従業員さんの安全確保のためにも暗殺者クエスト進めるか。
ん? いや、守るために暗殺選択っておかしくないか? 気のせい? まあいいか、手段があるのはいいことだ。
「販売物も被らんみたいだし、エリアスにダイレクトに聞いてみる」
パートナーカードを交わしているフレンドの、ログイン情報を見たら名前が白いんで『異世界』にいるはず。ログアウト中は名前が灰色なのだ。
「え、エリアスの方とも親しいのか?」
「ああ、そういえはシンが鵺戦で一緒だったな」
ロイが驚いているが、暁は納得の様子。
「そういえば、黒の暗殺者と一緒だったんですよね? 結局あの方はNPCなのか、プレイヤーなのか……。闘技大会の時の方と一緒ならば、プレイヤーなんでしょうけど」
クラウが首をひねっている。
「炎王たちには聞きづらいし、シンがいりゃ聞くんだがなぁ。なんか言ってたか?」
「特には? ――やっぱりあれ、炎王のパーティーにいたのが黒の暗殺者?」
そらっとぼけてペテロが聞く。
お茶漬の「シンは節穴だからね」という真実を話す援護を聞きながら、エリアスに問い合わせ。
ホムラ:こんにちは、突然すまん。
エリアス:こんにちは、なあにぃん? カレーは無事受け取ったわよん。炎王の代わりにお礼を言うわん。
ホムラ:こちらこそ、属性石ありがとう。それで今、ロイたちがクランハウスに来てるんだが、アトリエの前の空き家に住んでいいかって。炎王とライバルみたいになってるから気にしてるみたいだ。
エリアス:あら〜ん? 私はウェンスみたいに、押しかけてこなければ誰が住んでも気にしないわん。
ホムラ:そうか、ではそう伝える。ありがとう、騒がせた。
エリアス:ふふ――炎王が面白いことになりそうで、楽しみだわん。
なんか通話を切る前に、含み笑いが聞こえたような……?
「じゃあアライアンスに入っていたパーティー以外は、黒の暗殺者が炎王のパーティーに混じってたこと自体、気づいてないんだ?」
「そうだな。多分、ソロ参戦かレンガードが呼んだと思ってるのがほとんどだろ。派手な技使った時も姿自体隠して、どこから使ったんだか分からなかったからな。その前から隠蔽使ってたから、近くにいた俺たちも、多分アイツが『黒の暗殺者』だったんだろう、程度だな」
「へえ。【隠蔽】使ってるのはバレてるんだ?」
「そんくらいはさすがに分かるぜ。分かっても、結局は顔も体型もぼやっとしたままだったがな」
エリアスとの対話から意識を離せば、居間ではペテロの誘導尋問に引っかかって、『黒の暗殺者』のことを話しているロイ。どうやら『黒の暗殺者』は技を使う前は目立たず、技を使ったあとは姿を眩ませていたので謎のままということらしい。
「お待たせ、エリアスは気にしないって」
ペテロが聞き出したいことを、聞き出し終えたところで声をかける。
「おー、サンキュ!」
ロイが笑顔で礼を言ってくる。
裏表のない爽やかリーダーだな。歯も白いし。
「じゃあ思い切って借りるか!」
膝を叩くロイ。
「ふふ、ケーキが買えるチャンスが増えますわ〜」
シラユリが嬉しそうに笑う。
「僕はイチゴが載ったやつがいいですー」
「僕はチョコレートがいいです〜」
モミジ、カエデ。
チャンスが増えるって、もしかして並んだことがあるのか? 自分の店のことながら、結構な行列だし、ケーキは毎度出してるわけじゃないのだが。
「『活性剤』と『帰還石』も忘れずに買ってくださいね?」
「善処しますわ」
クラウの不安そうな釘刺しに、笑顔で答えるシラユリ。
薬くらい融通するのに……って、レンガードだってバラしてないな。ロイたちはいい奴らだけれど、クランが大きすぎる。果たして身内に黙っていられるタイプなのか、黙っていることがプレッシャーにならないのかがまだよく分からない。
ロイは嘘がつけないタイプなんで聞かれたら挙動不審になりそうだし、シラユリとカエデ・モミジは今回クラン内に一緒に住むほど仲のいい人がいることが判明した。バラすとしたらクラウか暁に、だな。
引っ越しが本決まりになったら、クラウに話してみるか。うん、そうしよう。ケーキは販売数増量だな。
「間取りを決めないといけませんね」
「まあ、雑貨屋側は危ねぇから俺たちだな」
クラウが言えば、暁が意見を口にする。
「だな! シラユリとカエデ・モミジはアトリエ側でテューを守ってやって」
嬉しそうなロイ。
静かで穏やかなクラウと、斜に構えたところがある暁、生き生きとしているロイ。
「テューって、付与レベル凄い人じゃん。フィギュア、動き出しそう」
お茶漬が言う。なるほど、フィギュアの人がテューか。
「シラユリたちも嬉しそうだけど、三人も嬉しそうだね?」
ペテロが聞く。
「そりゃ、『雑貨屋』の目の前だしな!」
ロイが笑う。
「目の前だと何かいいことが?」
行列しやすいとか?
「偶然レンガードに会えるかもしれねぇし!」
「ですねぇ」
「ふん」
会ってる、今会ってますよ!




