334.予定の整理と相談と
「私の方もやらかしたから強くは言えないけど」
微妙な笑いを浮かべてペテロが言う。
「レンガードと黒の暗殺者で何しようといいけど、身バレだけは気をつけて。レオだけでも面倒なんだから!」
お茶漬が言って、コーヒーを口に運ぶ。
「はーい」
「レオと同列……」
ショックを受けているペテロ。
レオは本人に何か言っても「わはははは」としか返していないらしく、時々菊姫やお茶漬がレオの動向を聞かれるらしい。「レオの今日の予定とか聞かれても困るでし!」と菊姫がぷりぷりしていた。
私も一度街で聞かれたことがあるが、ペテロが「さあ?」と答えたのを真似して、「さあ?」と気のない返事をして終了した。
お茶漬がいろいろ噂を流したり誘導して、「あくまで偶然会わないと幸運の効果がない」ということで落ち着いている。――はたして本当に幸運の効果があるか、そこから謎だが。
「あ、暗殺のマージンは美味しいんでどんどんどうぞ」
いい笑顔のお茶漬。
「『雑貨屋』の向かいが誘き出すのに便利で困る」
こちらもいい笑顔のペテロ。
雑貨屋の向かいは、エリアスに絡んでいた『黄金の槌』だか『黄金のトンカチ』だかの店だったのだが、大規模戦後に空き家になった。黒百合関連の場所も含めて、綺麗に吹き飛ばしたので資金難にでもなったのだろう。
あ、暗殺ってバレていいのか? バレたら暗殺者のスキルの類を取り上げられるはずだが……。バレてはいけないことだから聞くに聞けない。
「ああ。私は職業クエストクリアして、独り立ちしたから大丈夫。所属はしてるけどね」
変な顔をしていたのだろう、私の顔を見てペテロが説明してくれた。
職が職だけにあまり詳しいことが聞けないが、ギルドを通さない依頼も受けられるようになったらしい。それに伴って、暗殺者と名乗っても平気になったようだ。
「でもこれからも隠す方向だから」
笑いを含む口元と、言葉を紡ぐ短い間じっと私を見る目。
はい、さっさと私も暗殺者のクエストを進めろってことですね。わかります。
「これからの予定だけど、とりあえずアイルの戦勝会でしょ。エルフ大陸には個人で行くとして、クランとしてはサディラスで香炉取って、もう一回鵺だね。ホムラが行ってた方もやった方がいいの?」
お茶漬がコーヒーのカップを置いて聞いてくる。
「ああ。鵺の後にエルフの大陸に行くなら後からでもいいのかな? 鵺戦への影響は正直わからん」
私が行ってた方というのは、マーリンの塔のことだろう。塔でもらったキーアイテムは『絵馬』、鬼の界への通行証――扶桑で陰界に行くためのものだ。エルフの大陸に行くならば後回しにしてもいい。
「じゃあ、塔をどうするかは残りの三人に意見聞いて決めようか」
お茶漬が言う。
レオは新しいところに行きたがる気がする、だが同時に移動の資金を持っていない気がする。
私はアイルで戦勝会とクリスティーナとの面会、扶桑で逃げ込んだ玉藻の討伐をしてクズノハのもふもふ増量。パルティンの火竜と緑竜との戦いの立ち合い。
ああ、扶桑に行ってルバに会ってこよう。同じ竜かはわからんが、緑竜が友達の仇だったはずだ。後は暗殺者のクエストを進める、と。あれ、けっこう忙しいな?
「ロイからメール」
お茶漬がウィンドウを操作する。
「私にも」
「ああ、私にも来た」
どうやら三人に一斉送信したようだ。
内容は『ちと相談!』。相変わらずロイのメールは詳細が謎だ。
「そして今度はクラウからっと」
お茶漬も予想していたらしく、ロイのメールを追うように届いた二通目に目を通している。
クラウからのメールは、個人でハウス購入を考えているので、会って少し意見を聞きたいという問い合わせ。
「今からオッケーしちゃっていい?」
「どうぞ」
「かまわん」
お茶漬に返事を任せて待つ。
「個人って全員個々に買うつもりかな?」
「さあ? あちらは大規模クランの中心だからね。個人でハウスを構えても、手入れをする暇があるのかどうか」
ペテロの言う通り、人数が多くて忙しそうだ。
「イベントの大規模戦でだいぶ損害出たみたいだし、拠点を他にも作って資産を分散させる気かもに。ハウスへの転移許可出した、来るって」
「邪魔するぜ!」
よっ! とばかりにロイ。
「急にすみません」
少し申し訳そうな顔をしたクラウ。
「邪魔をする」
仏頂面の暁。
「こんにちは」
少しのんびり話すシラユリ。
「こんにちはー」
「こんにちは〜」
モミジ、カエデの双子プレイ。
お茶漬が言い終わるタイミングで、次々に転移してくる面々。
「いらっしゃい」
お茶漬が座ったまま手を上げる。
私はコーヒー紅茶と甘物を出しながら、ペテロと一緒にお茶漬の隣に移動して場所を開ける。
「相変わらず落ち着く部屋だな」
笑いながら座るロイ。
「紅茶、ありがとうございます」
穏やかに微笑むクラウ。
「うふふ。美味しそうですね」
甘いものがどこに入るのかわからないシラユリが、左右の手の指先を口の前で合わせて可愛らしく微笑む。
本当にそのくびれたウェストのどこに入るのか謎なのだが、それを気にするとうちの従業員さんにも2名ばかり甘味がどこに入るのか分からないのがいるからな。消化液が強いとかなのだろうか……。
「おいしそうー」
「おいしそう〜」
手を取り合ってテーブルの甘物に視線をやるモミジ・カエデ。尻尾と耳がぴこぴこと。
「なんだ?」
つい暁の頭に目をやったら聞き返された。黒豹さんは留守ですね。
「クランの拠点の他にハウスをそれぞれ持つのか?」
ロイに聞く。
「それぞれっつーか、俺ら六人だけな。いただきます」
コーヒーを飲むロイ。
「うをっ! なんだこれ?」
そしてびっくりしている。
「お茶漬が根性で見つけて来た『バロンの隠れたコーヒー豆』で淹れた」
私はほとんど飲まないので、わざわざ探すことをしなかったのだが。というか、そんなものがあることも知らなかった。高ランクの食材なので、前にロイたちにふるまったものより美味しいはず。
「ふふ。高いよ?」
満足げなお茶漬。
「紅茶も美味しいですよ。クランの【料理】持ちが全員コーヒー派で、肩身が狭いです」
クラウは数少ない紅茶派仲間だ。
しばし関係のない雑談をして、本題へ。
「んで、ハウスなんだが実はファストの『雑貨屋』の前が空いてな」
「ぶっ」
ロイの言葉に吹き出すお茶漬。
「痛っ」
カップを歯にぶつけたらしいペテロ。
「ごほっごほっ」
紅茶が変なところに入って、咳き込む私。『雑貨屋』ってうちか!?
「大丈夫ですか?」
「そんなに驚くな」
クラウと暁。
「『雑貨屋』ってあの『雑貨屋』?」
お茶漬が聞く。
「そう。すげぇだろ、商業ギルドからどうかと打診もらってな」
ロイが笑う。
「すごいと言うかなんと言うか……」
反応に困る。
「あの『雑貨屋』の前ということで、欲しがっている方々は多いのですが……。商業ギルドは変な方に貸し出すくらいなら空き家にという意向だったらしいのですが、どうも空き家にしとくと治安がよくないそうで」
クラウの説明に視線を逸らす2名。
「で、割とファストの住人と上手くやってる俺たちに話が回って来た」
クラウの説明を引き取って、ロイが続ける。
「一応借りる方向ではいるんだが。ただ、雑貨屋の隣って炎王たちと仲がいいエリアスの店だろ? 元々『黄金の槌』のウェンスが、エリアスに嫌がらせのために出店してたって言うじゃねぇか。近くにハウス構えてギスギスしたくねぇ。雑貨屋の隣のエリアスって、どんな感じだ? あんたら炎王のとことも仲良いだろう?」
どうやらロイたちの目的は、ハウスの場所候補見学ではなかった様子。
「予想外の質問」
「トップ争いしてるクラン同士は大変だね」
お茶漬と、気のない労りを口にするペテロ。
「炎王たちもいい奴らだし、ロイたちとも気は合いそうなのだがな」
炎王は、ライバルと馴れ合わない主義のようだから難しいか。
「――ロイたちが近くにハウスを構えても、エリアスは気にしないと思う」
「含みを持たせる言い方だな?」
片眉を上げて聞いてくる暁。
「ギルと炎王、クルルはよく出入りしてるから、会うんじゃないか? エリアス自体はむしろ、その反応を見て楽しむ方向な気がする」
あと、おそらくうちの従業員さんのチェックも入りそうなのだが……。
「なるほど。家主がおおらかならば問題なさそうですね。炎王さんが睨んでくるのは変わらないでしょうし……」
クラウが言う。
「炎王の眉間の皺は通常営業だからな」
私もよく睨まれます。
「立地がいいんだよ、立地が! クランハウスから離れすぎてないし、かといって近すぎもしない」
「クランハウスにいると何かと持ち込まれて落ち着きませんからね」
力説するロイの隣でクラウが紅茶を飲みながら、のんびり解説。
「何より『雑貨屋』が目の前!」
ロイの力説にどう反応していいか分からない私。
「内見させてもらいましたが、『雑貨屋』のガラスは店舗以外は遮蔽ガラスでしたね〜」
シラユリさん? それは内見なの?
というか遮蔽ガラス? いつの間に? カルに防御面の事を言われた時に好きにしていいとは言ったけど、その一環? 遮蔽ガラスで外から見えないなら、風呂が見えそうだからって、中庭の窓を一箇所潰す必要なかったな。
「いいんじゃない? 時々、誰かが神殿にかえる光が見えるかもしれないけど」
お茶漬が言う。
「レンガードの店に押し入るチャレンジしている奴らか。飽きねぇな」
暁がコーヒーを口に運ぶ。
いや多分、お茶漬が言ってるのはペテロのお仕事対象。私の店周辺がなんか物騒なんですけど!




