333.放置していたものを進める
酒屋と雑貨屋の商品補充を済ませ、島に移動。
相変わらず右を見ても左を見ても渦巻く雲に囲まれ、時々稲妻が走るのに、真上は満天の星。空気中の塵芥を風が雲の中に巻き込んでいるせいか、冴え渡る夜空だ。
星降る丘も綺麗だが、我が家もなかなか。【暗視】を切って、しばし眺める。――星降る丘だけ、なんで流れ星が見えるか謎だな、そういえば。
島は二重カルデラ。外側の断崖は半分崩れて砂浜を抱え、内側のカルデラ内にはミスティフたちの住む森がある。この森はせっせと【魔物替え】を行い、植生にも少々手を入れている。
今私がいるのはミスティフたちのいる森の、私の家の前。内側の崖の中に半分埋まるように家がある。そと側からだと崖に小さな扉だけがついてる配置にしているのだが、面倒で転移プレートのあるこちらからしか出入りをしていない。こっちが裏口なのだが。
扉を開いて家に入る、振り返ってすぐに扉を開けて『庭』に出る。家の中からだと両開きに見える扉は、外に繋がるものと、『庭』に繋がるものと左右で違うのだ。
あれ?
庭の端の風景に設定した山陵が遠い。
「おかえりなさい、マスター」
「ぬしさま、『庭』がまた広がりました」
家の中から出てくるリデルとクズノハ。リデルは睡眠を必要としないし、クズノハは夜行性だ。
「ハルさんとポチたちはお利口で、最初に定めた範囲にしか行きません」
リデルが報告をくれる。
『庭』の広がる条件って、住人を助けるとか何かいいことをした時だったか。帝国、帝国戦に参加したからか?
「ああ、ありがとう。今日は、クズノハとリデルの家の場所を決めようと思ってな。どのあたりがいい? 地形もある程度変えられるから」
クズノハには能面の材料、檜を周辺に植える約束をしている。住む場所が広ければ狐の眷属を増やすそうで、広い家が希望。狐たちには森と畑の手入れを頼めるらしい。
『再生の欅』もリデルがせっせと収穫してくれて随分溜まったし、荏油も確保した。扶桑で山籠りした時に大工の腕も上がったし。何より扶桑で建築用のユニットが売っていることを発見した。
リデルは現在、この家の地下に部屋を持っているが、人形作りをして、手を増やしたいのだそうだ。人形なので小さな家でいいそうで、この家に増やしてもいいのなら不要だそうなのだが。いや、うん、私も帰るとビスクドールが動く家は嫌です。
「ぬしさま、檜と紅葉の山に……」
「リデルはハルさんたちに近い、オークに囲まれた森に」
それぞれ大体予想通りの希望を伝えてくる二人。
「部屋数とか、生産設備が欲しいとか、欲しいものを紙に書き出してくれ。箇条書きでも間取りでもどちらでもいい」
「はい、マスター」
嬉しそうに前後にゆらゆらゆれるリデル。
「全部希望を書いたら高くなるわ……」
袖で嬉しさに上がる口角を隠しながら、それでも高くなると注告を口にするクズノハ。
「二人にはいつも『庭』の管理をしてもらっているし、一度に叶えられんかもしれんが希望は全部書き出せ。ただ、自分で整えたいところもあるだろうから、それは倉庫から金を出して揃えていいぞ」
そう伝えると、二人が書き物をするために嬉しそうに部屋に戻ってゆく。
そして私はバタバタしていて忘れ気味だった約束を果たすため、『庭』の適当な場所にゆく。扶桑で買った桐の苗を植えて、スキル【植物成長】及び【神樹】の発動。
途端に枝を伸ばし、大きく成長する桐。【植物成長】はその名の通り、植物を成長させるスキルだが、通常こんなにいっぺんには育たないらしい。どうやら称号【ドゥルの果実】【ドゥルの指先】などが働いてこの結果のようだ。
で、【ルシャの下準備】っと。
大量のアク抜き済みの桐材が目の前に積み上がる。【ストレージ】に収納して、準備完了。
ホムラ:ペテロ、前に頼まれてた箪笥の桐材できた。クランハウスの収納に入れとくか?
ペテロ:レンガードさまwww
ホムラ:なんだいきなり
ペテロ:掲示板が大事故ww
ホムラ:事故
ペテロ:お茶漬もいるから、暇ならクランハウスへ
ホムラ:はい、はい
何だろうと思いながらクランハウスへ【転移】。
「いらしゃい、渦中の人一人目」
ペテロに居間で笑いながら迎えられる。
「一人目?」
「二人目は不本意ながら私」
「うん?」
要領を得ない会話に首を傾げながらソファに落ち着く。私とペテロが掲示板の渦中?
「忘れないうちに」
「ありがとう。あとで何か獲ってくる」
桐材をペテロのポーチに放り込む申請を出して、了承される。
「って、神樹? 作るのはただの箪笥なんですけど」
「元は扶桑で調達した苗木だ。茗荷とか色々もらっているし気にせんでいい」
コーヒーをペテロの前に、紅茶を私の前に出す。お茶請けは何がいいかな?
「そんなことを言われても、クルルカンの鱗ももらってるしね」
「できたのか?」
「何とか?」
クルルカンの鱗はペテロとカミラに渡してある。クルルカンがいた部屋に大量に落ちていた鋭利に割れた黒耀石のような鱗だ。触っただけで切れる、触っただけで毒。毒と言えばペテロということで、何かに使えないかと渡している。
カミラは鏃にすると言っていたが、生産レベルが足りずに今はレベル上げをしているはず。矢を作る生産スキルは取っていたものの、魔法をメインに据えていたので、弓スキル共々レベルが上がっていなかったらしい。ただ、帝国に懇意の職人がいるようなことも言っていたので、帝国戦が終わった今はそちらに素材を預けて依頼するかもしれない。
「あ、来た。クリア後ボス」
「クリア後ボス……?」
お茶漬が生産部屋から出てきての一声。
「掲示板でラスボスとか、クリア後のお楽しみボスとかいろんなこと言われてるよ。あ、僕にもコーヒーちょうだい」
「コーヒーはいいけど、なんでラスボス。前も言われたような?」
お茶漬の前にコーヒーを出す。
よし、パンケーキにしよう。甘さ控えめのクリームをたっぷりと、抹茶アイスを添えて。
「あー。いいですねぇ」
そう言ってパンケーキをぱくっとやるお茶漬。
「パンケーキ、これ焙じ茶?」
「そう、焙じ茶のパンケーキ」
お茶漬の質問に答えつつ、私もぱくり。うむ、いいでき。
「アイスも美味しい」
ペテロ。
「掲示板、何かすごいのか?」
「封印の獣をほぼ一方的にボコって騎士たち全員回復、信頼と実績からのラスボス様呼ばわりですよ」
お茶漬が言う。
「あ、ファルの回復は私も助かったのでお礼を言っておく」
ペテロがこちらを見て言う。
「何か危なかったのか? 大技使ってたようだが」
「そう、自分の技の反動食らってた。『活性剤』使ってたんだけど、間に合わなくって」
「パーティーの回復は?」
ペテロのパーティーは、シン、炎王、ギル、エリアス、騎士だったか。エリアスがアイテムで回復してたのか?
「姿を消してたからね。自力回復です」
本職の回復役がいないと大変だな、と思っていたら別な答え。
「レンガード様の黒の暗殺者お披露目! って掲示板が賑わってたね」
お茶漬がコーヒーを飲みながら言う。
「私の? お披露目? いや、それより正体バレは大丈夫だったのか?」
黒の暗殺者がペテロだって分かったら、騒がしくなると思うのだが。
「お陰様で認識阻害つけてたから、セーフです。戦闘中はほぼ姿を消してたし。パーティーメンバーはシンと騎士以外は薄々気づいてるかな?」
ペテロが少し考えながら言う。そこで気づかないシンクオリティ。
「まさかあの腹筋チャレンジがいい方に働くなんて……」
お茶漬が首を振る。なんだ腹筋チャレンジって。
「レンガードのって言うのは、大規模戦でも黒の暗殺者の格好で呼び出しからの参加をしてるし。まあ、雑貨屋に粗相をしようとするのを、お茶漬に暗殺依頼出してもらって狩るとかしてたからしかたない」
ペテロがパンケーキを切り分けながら言う。
「あれは、なかなかいい実入り」
お茶漬けからも一言。
「私は餌か!?」
「そうとも言う。依頼するだけの簡単なお仕事。ペテロから依頼料に色をつけて補填されるし、いい商売」
「私は依頼料だけじゃなくて、対象からアイテムを一つ奪えるし、スキルレベルも上がっていい商売」
笑顔で告げてくる二人。ひどい。
「雑貨屋の騎士も、他の帝国騎士全員強制的に跪かせてる鵺に対して、立ってたじゃん?」
集団行動できないのかと思ってたら、あれはその他大勢が強制的に跪かされたのか。
「あの青騎士と赤騎士、掲示板で人気がうなぎ登りで、青騎士さんにはついに専用スレッドができたよ」
「ああ、派手だし二人とも格好いいからな」
いやもう、本当に何で雑貨屋の店員に収まってくれているのか謎。
「青騎士さんも笑顔で暗殺依頼出してくるし、なかなか……」
ペテロが微妙な笑いを浮かべる。カルさんや、何をやっているの?
「今回の鵺は派手だったけど、これ本来は生産者用の封印の獣っぽい」
「倉庫だから?」
「そう。あと、パーティの中の器用が一番高い人が遭遇したボスの中から、あのボス詰め出るんじゃないかって」
「へえ? それでエリアスじゃなくペテロのアリス?」
ボス詰め、イシュヴァーンとアリスと鎧のバハムートとクルルカン。ペテロ、生産職のエリアスより器用高いのか。
「じゃないかって話、まだ一度目だからね。ただ、やりようによっては弱いボスで済むかもって」
お茶漬が言う。
「なるほど?」
私は何故バハムートではなくクルルカンだったのかが謎なんだが。
「パーティメンバーが戦ったことのある『封印の獣』と『守護獣』からランダムかもしれないともあったね。きっと、あの時点では『守護獣』からランダム想定だったんじゃない? 誰かのせいで『封印の獣』が混入してたけど、ちょっとあれはハードル高すぎ」
そう言うペテロ。
誰かって誰だ!




