332.旧友?
本日、コミック2巻発売日です!
4巻もそろそろかな? よろしくお願いいたします。
私が起き抜けだったので、カルにはおはようと言われたが今は夜だ、深夜に近い。
「寝るか? 飲むか?」
疲れているであろう二人に、それでも飲むかと聞く。
「飲む!」
「いただきます」
嬉しそうな顔で答えが返ってくる。
おそらく私も似たような顔をしている。気恥ずかしいので言葉にはしないが、喜んでいるのが丸わかりだろう。これはこれで照れる。
「二人の帰還に」
「雑貨屋に」
「主に」
それぞれに乾杯して、ワインに口をつける。場所は酒屋の三階の居間、テーブルにはつまみが並ぶ。
「はー、終わった、終わった!」
ガラハドは一気に飲み干して、ぷはっと息を吐くと開放感に溢れた声でいう。
「お疲れさま」
「これ、外がカリカリして美味いな。かかってるのの塩気がいい」
『金じゃがいも』の焼きニョッキを口に放り込みながらガラハドが言う。かかっているのはパルミジャーノチーズ。
「こちらは爽やかですね」
カルが食べているのは『白岩ガレイ』のカルパッチョ。
青柚の果汁とグレープシードオイル、香りとほんの少しの苦味のために青柚の皮。『赤尾長鯛』の薄ピンク色のカルパッチョと紅白で。ちょっとお祝い風に華やかに。
つまみにチョコを出したこともあるのだが、カルも酒にはしょっぱい物のほうがいいらしい。腹が減ったというガラハドのために、スペアリブとリゾット。
「そういえば、跪く時の膝って左右意味があるのか?」
「あー。剣が抜きやすいかそうじゃねぇかだな……」
微妙に視線を合わせず答えるガラハド。
「ん? では鵺の前に跪いたのって危なかったんじゃないのか?」
着物の合わせが右前なのと同じ理由か、左前は刀が引っかかる。いや、魔物の溢れたあの場面で跪くこと自体、危ない。
「いっそ両膝をつきたいところでしたが……」
いつもの春の笑顔を浮かべて言うカル。
「もっと危ないから止めろ。カルが私を雇用主として認めてくれているのは嬉しいが、変な演出に命をかけるな」
「ふふっ。今回は望外の喜びでした」
やたら嬉しそうに思い出し笑いをするカル。
「このジジイ、跪くためだけに防御スキル全開にしそうで嫌だ……」
ガラハドが珍しく半泣きっぽい嫌そうな顔。
カルって演出好きか! 天馬で空から降ってきたり、星を降らせたり――すごく思い当たる! 気付くの遅いな、私!?
「……主、新たな皇帝から伝言です。主に何か報いたいと」
「いや? 私は鵺と戦いたかっただけだし要らんぞ」
カルもガラハドも私財を置いてきたと言う。近隣諸国への賠償、帝国国民が飢えないよう食糧の輸入。きっと帝国はこれから金がいくらあっても足りない。
「封印の獣の件だけでなく、金竜パルティンの行動範囲が変化し、おそらく数年の後には帝国領でも麦が採れるようになります。後を任された中枢に近い者たちは歓喜したようですよ。先が見える忍耐と見えない忍耐では民の心持ちも違いますので」
「ああ。今まで金竜パルティンの影響がでかくって、植物の育つ範囲が減ってたからな。代わりに鉱物がよく取れるようになったが、飯がなくちゃ生きていけねぇ。俺がいた時、帝国内の空気は周囲の豊かな土地を手に入れたいってんで、武器製造一直線だったな。帝国は強いと言われてたが、ありゃ国民全員の将来の不安の裏返しだ」
グラスを持ったまま、宙を見つめて言うガラハド。
「パルティンと仲良くなった後で微妙だが、カルがいればなんか討伐できてしまいそうだが……」
ミスティフに影響を与えてしまうと自重していたパルティン。人間としては他に自重して欲しかったのだろうが、パルティンの方に不自由を選択し、ずっと閉じこもっている義理はない。
「パルティンが土竜を倒し、心臓をくらって力を増した時には隠居しておりましたので」
カルが言ってグラスを口に運ぶ。
「隠居……」
本当に何歳なんだ?
「なんかもらってやれ、あっちも面子がある。今は吹けば飛ぶようなもんだが、あれだけ貢献したホムラに何もなしじゃ、帝国が謗られる」
「なるほど。では転移門の解放とか、エルフのいる大陸への渡航許可とかか?」
ガラハドの話に納得し、金のかからなそうな提案をする。
「お前、他の大陸へは自力でいけるだろ」
「堂々と行けるというのはいいことだ?」
呆れたようなガラハドに答える。思いつかないんですよ!
「転移・港の使用許可は、今回鵺の討伐などに貢献をした者たちに許可を出す方向になりそうです。釣り合いを考えれば、それだけとはいきますまい」
そうは言うが私はカルとガラハド、イーグルとカミラを奪ってしまったからな。もらいすぎだ。
奪ったとか言うと、戻ってきてくれた二人の意思を無視しすることになるんで口にはしないが、心情的には。言ったら言ったで「私は元々帝国のモノではありません」とか「元々騎士からはずいぶん外れてる」とか言いそうだが。
「帝国の宝物庫には、宝石のほかに杖や剣などが納められています。そちらから一つお選びになっては?」
「ああ、本人が選んだってんなら何を選んでも周りも何も言わねぇだろ」
「ではそうしよう」
特に欲しいものはないし、宝物庫からというのが気になるがそれで丸く収まるなら万々歳だ。
「そういえば鵺のドロップ――」
ごそごそと持ち物を漁る。いかん、いい加減持ち物を整理せんと。
「鈴だったんだが、不穏な名前がついていた」
「不穏?」
首を傾げる二人。
「『雷獣鵺・マーリン』」
取り出した鈴が硬質な音を立てる。
鈴の下から紫煙が床に落ち、人の姿を形作る。これ、鈴兼香炉か。煙は上に登るイメージなので、匂いもないし思い出すのはドライアイスの方だが。
「お呼びか」
姿を現す金髪の少年。
「わー。鵺かー」
棒読みなガラハド。
「リデルやクルルカンで予想はしておりましたが、使役獣とされましたか」
微笑んだままのカル。
「ふん。そなたが人に跪く様を見られようとは思わなんだぞ」
子供らしくない表情を浮かべる鵺。
「……マーリン殿か」
微笑みを引っ込めて真顔になるカル。
「うぇっ」
立ち上がって距離を取るガラハド。
「魔法使いだったのに、筋肉ゴリラでショタ枠確定!?」
驚く私。
「主……」
「お前、その感想はどうなの?」
二人から残念なものを見る目を向けられる。
「愉快な者に仕えておるようだな。我もこれから同じ主に使役される身――眺めていれば退屈はせぬようじゃ」
意地の悪い笑いを浮かべてカルを見る。
「相変わらず人の悪い」
珍しく困った様に笑うカル。
「我は鵺、そしてマーリン。主のためにできることは倉庫番とこの知識を差し出すこと。幾久しく活用を」
ソファーに座った私に向かい、表情を真面目なものに変えて両膝をついての跪拝をする少年マーリン。
カルよりも濃い色の金髪、肩までのボブ? 王子様カット。細い手足――魔法を使ったら、これがまたムキムキゴリラになるんだろうか? とりあえずフクロウはいなくなった。
「うわぁ……っ」
「……」
笑顔のカルから冷気が来るのは気のせいか?
「えーと、倉庫と知識?」
「はい、対価は必要となりますが、戦闘中でなければいつでも呼び出せる倉庫として。また、生産設備を中に納めたまま、生産も可能です。店舗販売用のストレージと紐づけていただければ、この家屋の倉庫が不要となります」
にっこり笑う少年マーリン。
「もしかして生産設備もしまえるのか?」
台所の方をみて言う私。
現実世界より遥かに大きなものが持ち歩けるとはいえ、ある程度大きなものは、アイテムポーチやストレージにしまえず、部屋に職人に設置してもらうことになる。
正しくは手に入れてもアイテムポーチの荷物扱いされず、自力で出し入れできない。職人――【大工】や【建築士】系を持っていれば、しかるべき場所があれば設置できるのだが。外は無理だな。
「ええ」
「おお、よろしく頼む!」
私が答えると、少年マーリンが一礼して笑顔で立ち上がる。
手作業でやるのも好きなんで、しまいっぱなしにするつもりはないが、生産部屋に出したりしまったりできるなら、今【調合】【錬金】【装飾】と、三つある部屋が一つにできるし、倉庫が要らんならだいぶ楽になる。なお、台所は出しっぱなしにする模様。あ、でも外でも台所使えるのか?
「これで部屋が広くできる。とりあえず雑貨屋側の三階の倉庫を潰して、部屋を作ってカルかレーノに移ってもらうか」
「ぜひ。私が移ります」
「ああ、ではそうしようか」
背景に花が飛びそうなくらい嬉しそうなカル。
2メートル近い男にあの部屋はやっぱり狭かったんだなと、ちょっと反省。でも酒屋の四階に部屋を作る話をしても、誰も気乗りしない感じだったんだが。ここの設計と建設を請け負ってくれたトリンに連絡をとらねば。
「揶揄うつもりが……あれは誰じゃ?」
「ジジイにちょっかい出しといて、ドン引くの止めろ。ジジイの殺気も上機嫌も俺の心臓に悪ぃんだよ」
マーリンとガラハドが二人で話している、やっぱりあれはマーリンに向けた殺気だったのか。向けられた本人はどこ吹く風に見えた。カルとマーリンの仲がいいのか悪いのか微妙にわからないが、上手くやってくれるだろう。たぶん。
その後、二人も参加して家の部屋の配置をわいわいと決める。後で他の希望も聞くので決定ではないが、留守の者たちのそれぞれの好みも反映しているので大きな変更はない気がする。
「ほっ、これはまた美味い。永の年月を生きてきたが、特殊食材を使わず、これだけの味は食した覚えがない」
食事がマーリンの口にも合って何よりだ。
ガラハドが寝落ちるまで酒と夜を過ごし、解散。いつでも会えるというのに、なんだか名残惜しい不思議。マーリンは酒屋の四階、何もない広い部屋に、自分の荷物を出して巣を形成した。うん、雑多なものが雑多に置かれて、部屋というより巣という表現がピッタリする。




