326.称号は選べない
『皇帝はどうした?』
マーリンのとる、この少年の姿は皇帝の子供のころにそっくりとか、そんな話だったはず。サディラスの宰相の話では、皇帝は病気――同じ呪いか毒で臥せってるんだったか。
私が思い浮かべている宰相は猫の姿だが、今回の戦いでは人の輸送にアイルからの【転移】を許可し、ヒゲ騎士と連携して軍行がスムーズにいくように努めているらしい。
『皇帝はもうこの世にはいねぇよ』
ガラハドが答える。
『――それは、残念だったな。お悔やみ申し上げる』
仕えていた人を守り切れなかったというのは、どんな気持ちなのだろう。だが、これで攻撃をためらう理由が一つ消えた。
相変わらずガラハドたち以外は、マーリンの戦闘フィールドから弾かれている。そして今のマーリンの攻撃は全体に精神系の攻撃をばら撒くことと、魔物たちを強化することが主で、自分の周囲は黒い靄に任せている様子。
その辺の同士討ちを始めた騎士たちに、『ディスペル』やら『リフレッシュ』を『回復』とセットで適当に配りつつ、状況の確認。
眼下では騎士の同士討ちは収束しつつある。どれがガラハドたちの知り合いか分からんので、ガラハドたちに近いところから作業。視認できて届く範囲は正気に戻し終えたかな?
浮いていると広範囲が見渡せて便利だ。冒険者は知らん、遠いし。何とかできなかったら死に戻れ。転移代払ってマラソンガンバ!
騎士たちがマーリンのフィールドに近づけず、襲い掛かってくる魔物と戦う喧噪の中、カルは特に急ぐでもなく魔物を処理しながら進む。時々剣の先で地面に何かをしている。
ガラハドとイーグル、カミラはマーリンの領域に踏み込んでいるが、時々襲い掛かる魔物を危なげなく倒し、何故か間合いに入るあと一歩というところで端に戻される。黒い靄のかかったフィールドが空間ごと移動している?
『ああくそ! 面倒くせぇ!』
黒い靄が体にまとわりつくのが不快なのか、剣で払うガラハド。
『矢も方向を失うなんて……。何か法則がありそうよね』
『森の賢者様らしい仕掛けだ』
『あ、そういえば森のマーリンの抜け殻の方、最初フクロウだったけどゴリラに変身したぞ』
『ぶっ! お前はどうしてそうっ!』
『ホムラ君……?』
『ホムラ、今報告することなの?』
いやだって、イーグルが森の賢者って言うから。
『主、毛並みの良い動物でなくて残念でしたね』
カルののどかな声。
『ジジイ! ホムラ視点で会話に乗るな! 絶対今はそういう話じゃねぇ!』
ガラハドが少々乱暴に魔物を斬り捨てる。
『ホムラとランスロット様の会話を聞いていると、自分が戦闘中なのが信じられないわ』
『しかも相手は彼の方なのですが……』
困惑気味のカミラとイーグル。
『近づけない仕掛けは、魔物を倒す順番じゃないか? 今気が付いたけれど、その辺で暴れている魔物の色の系統が八つ、マーリンの周囲で回っている玉みたいな物も八つ』
『しれっと話を戻した! ――順番に入れ替わってマーリンの正面に来てやがるな、よし!』
ガラハドがマーリンの正面で輝きを増した玉と同色の魔物に突っ込んでいく。
『って、せっかく治したのに!』
またマーリンが状態異常をばら撒き始めた。
お茶漬:ありがと。
ペテロ:あたっ! ありがとうwww
とりあえずお茶漬を治すと、お茶漬がペテロを殴る。今回ペテロは睡眠。
『主、気にせず攻撃に移られては? 二度目は自己責任でよろしいかと』
騎士たちを治す作業に移ると、カルが声は穏やかなまま厳しいことを言って来る。
確かにランダムで状態異常を施しているのなら、いちいち回復するのは面倒だ。でもこれ、最初はともかく、今のはガラハドが「正解」を倒したからのような気がする。
『ジジイ、笑顔が怖えよ!』
ガラハドが叫ぶ。
少しの間。
ガラハド、カルに頭掴まれてないよな? 流石に戦闘中だし。
『みんなは平気なのか。すごいな』
間に耐えられず、話題を振る私。
『予測して精神と耐性を上げる薬を飲んでいるわ。それに私たちは、ほかの騎士より今ではレベルが高いの』
カミラの答え。
なるほど、確かにプレイヤーと違って、住人は命がかかっているんだし、騎士として戦場に立っているのだから、各種薬は用意が欲しいところ。マーリンが敵側なのは分かっていたはずだし、せめて魔法での状態異常耐性を向上させる精神UP薬は飲んでおいて欲しい。
『いや、待て。聖法師が状態異常かかっているのに、騎士にそれを求めるのはどうなんだ? 薬を飲んでも劇的には変わらないはずだ。四人ともスペック高くないか?』
お茶漬がかかってるのに。
『誰のおかげとは言わねぇけど、無茶なとこに放り込まれたりしてるからな!』
ガラハドが小型の魔物を屠りながら言う。
それは私じゃないよな? カルのことだよな?
『私たちはホムラの称号効果の下にあるしね』
イーグルが言う。
それを言われると、むしろ私がかからない謎がある。今回の混乱系の耐性をとる前から、魅了とか混乱とかかからないんだよな。
『まあ、反射系のスキルがないか、ちょっと様子見している最中だ。回復は暇を埋めているだけだし、気にしなくていい』
あと、途中参加の私が、冒険者が誰も取りついていないのに始めてしまうのは少々悪い気もしている。
『主、感謝を。ガラハド、スキルを試せ』
『全体反射だったらどうすんだよ!』
『私が主に怪我をさせるとでも?』
『地上にいるその他大勢の話をしてんの!』
ガラハドとカルが緊張感のない言い合いを始めた。
『その前に、この靄をなんとかして辿り着くのが先だと思うわ……』
『あと四匹、他の色を倒してはいけないとなると、マーリンの前に玉が移動するのを待つのが少々だるいね』
真面目に処理しているカミラとイーグル。
お茶漬:ホムラはまだ始めない?
ホムラ:私は途中参加だし、最初からいた誰かが来たら始めようかと。でもガラハドたちがもう届きそうだから、そろそろ始める。だが反射があったら怖い。
ペテロ:スキルか魔法の反射? 確かにありそうな雰囲気だね。
ホムラ:さすがにこの人数の蘇生薬持ってないしな。
お茶漬:待って。何の話?
ペテロ:単体スキルにしといてwww
ホムラ:単体でも一緒。大技使って反射食らった場合、私が絶対死ぬ自信がある。で、私が死ぬと当社比2倍の流星が降り注ぐ仕様です。
【終の星】。なお、戦闘不能時の【封印解除】やらの強化は考えないものとする。
シ ン:祝・ジェノサイダー就任
ペテロ:大☆量☆虐☆殺
お茶漬:その仕様は欠陥品
ペテロ:最強騎士さんに、ホムラが死なないように頑張ってもらうしかwww
お茶漬:死ぬのをいとわないで突っ込んでいく人が何てもの搭載してるの、馬鹿なの?
ホムラ:称号を選ばせて欲しい
いやもう本当に。選べないまでも自由に捨てられるなら、【傾国】を即抹消する。あ、【終の星】はソロに便利なのでそのままで。私、一回はほぼ確実に蘇生するしな。
ペテロ:ホムラのスキルを受けて喜んで死にそうな人も一定数www
ホムラ:何だその変態
菊姫 :こっちのでっかい魔物倒したら、混乱耐性のスキル出たでし!
ペテロ:お早い
菊姫 :救援出して2パーティー一組でやってるでしから
お茶漬:ロイのとこ多いもんね
ペテロ:お茶漬も『蓄魂の香炉』は今持ってて入れないんだよね?
お茶漬:持ってる、持ってる
ペテロ:じゃあ、あっちのボスみたいなの倒して称号かスキル取ってこいが条件かな?
お茶漬:よし、どっか潜り込もう
シン :こっち空いてるっつーか、でかいの当たって苦戦中
お茶漬:行く、行く
ペテロ:エリアスいる方? ソロだからよかったら誘って~w
お茶漬:傷つく貴方を見捨てていけません、ってミス
ペテロ:www
お茶漬:今、騎士ナンパして僕二人パーティー!
シン :ナンパ早っ!
ホムラ:よくそんな恥ずかしいセリフを……
ペテロ:騎士いない方に入れば、フラグ的にもちょうど?ww
菊姫 :レオは赤い狸を暴走させてるでしよ……
ペテロ:レオのことはもう諦めようwww
お茶漬:静かだと思ったら……。放置で。
ペテロとお茶漬、クラン会話しつつソロだったのか。相変わらずだな。
何故かペテロはパーティーが三人以上でないと入ってこない。何故かって、ソロの方が効率がいいスキル構成だからだろうけど。冷静に考えて、聖法師のお茶漬と忍者のペテロが組んだら、隠れられないお茶漬にペテロが釣った敵の攻撃まで集中してしまうので、この状況は組んでいないのが正解だ。
そしてお茶漬、仕事が早い。
ロイたちのクランは人数が多いので、複数パーティーが参戦している。炎王たちのクランは六人ピッタリだが、今回エリアスと騎士が混じって、2パーティーに分かれている。
エリアスと騎士、武闘家ギル、戦士の炎王とそれ以外。騎士が盾で、回復はエリアスが薬を投げているらしい。シンがそこに混じってるから、炎王のところは五人。残りがハルナとコレトの兄妹、大地とクルルの四人だそうだ。
無事合流してパーティー会話に切り替えたのか、クラン会話が静かになった。
狂化は防御力低下の攻撃力アップで制御不能、暴走は目の前のものを破壊しながら走る、混乱は物理でとにかく殴り始める、錯乱は魔法を乱射とか、ちょっとずつ違う。殴って治るものもあれば、魔法や薬でしか治らないものもある。今回魔物の色の分、八種類の状態異常がばら撒かれている。
混乱系のスキルに、全対応できないよう種類を豊富にしている気配がそこはかとなく。ついでに私が三つとってしまったけれど、八種類の称号がある気がする。大きいのもたくさんいるけれど、おそらく同系統の魔物で一括り、早い者勝ちだろう。




