319.忍者
大規模戦再び。
今回はメインが住民側で異邦人は完全にお手伝いだったらしく、ある程度こちらが有利になると簡単に引いて、枯れ川を挟んでにらみ合いになった。
異邦人の何パーティーかが突撃をかけるが、どうやらイベント的に枯れ川は越せないようだ。
ペテロ:ホムラ、そろそろ行く? こっち止まったみたいだし。
ホムラ:はいはい、行こうか
お茶漬:行ってらしゃい
帝国にある転移門を解放するクエストが発生している。対象は複数あり、この解放クエストは個人の転移門の解放であると同時に、解放された転移門のある土地までアイルの軍隊が進めるという仕組みだ。進めるというだけで戦果をあげないと負けるので、お茶漬のように軍の方に参加したままのプレイヤーも多くいる。
シンは残業で、菊姫はリアル飲み会で遅れてくる。……菊姫はお休みかな?
個人的には帝都に近い場所を解放したいけど、手前を解放しないと軍が進めない。まあ、奥を解放しておいて一気に進むのもありなのかな?
「行ってきます」
「主、ご無事で」
「変なのに引っかかるなよ」
「ん、怪我しないでね」
「気をつけて」
ガラハド、変なのってなんだ、変なのって。
それぞれから返ってきた言葉を背に、ペテロに合流するため【転移】。人目の少ないところで着替える。
ペテロ:ホムラ、コートなんだ?
ホムラ:前回の潜入と同じ格好だな
ワイバーンのコート、せっかくドロップしたのになかなか使う機会がなくてですね……。あと、いるはずのペテロの姿がない。
ホムラ:ペテロがどこにいるのか分からん
ペテロ:とうとう忍者になりましたから
ホムラ:おお? おめでとう
パーティーの誘いが来て、承諾するとペテロが見えるようになった。結構そばにいた。【気配断絶】というスキルだそうだ、忍者すごいな忍者。後で神器着て見えるかどうか試させてもらおう。
【認識阻害】のついた狐面をつけて、神殿からもう一度戦場へ戻る。アイルで簡易の転移プレートを戦場に用意しているため、王城で帝国遠征の募集に乗ったプレイヤーは利用ができる。
レ オ:へい、二人とも乗ってかね?
目の前に赤いタヌキがずさっと走りこんでくる。相変わらず皮がだるーんと遠心力で伸びる丸いフォルム。
ホムラ:4WDとか書いてありそうだ、レオのアルファ・ロメオ
ペテロ:いや、待ってww 私の【気配断絶】が仕事してないwww
レ オ:乗れる人数、四人に増えたんだぜ!
ペテロ:普通のタヌキは幅的にパーティーで乗るものです!w
ホムラ:二人分は速さに変換されたのか……
ペテロ:ホムラ、素直に納得するのやめて?
お茶漬:ペテロ、ツッコミ頑張って
レ オ:わはははははは
「幸運の赤いタヌキ!」
「どこどこ? あ、本当だ! 珍しく止まってる」
「あれ、あのコートって大規模戦の時? アリス出した人?」
人が集まってきたのでアルファ・ロメオにさっさと乗り込む。赤いタヌキは目立つのだ。とりあえず帝国内に向かってもらい、敵にエンカウントするまでは乗せてもらうというゆるいかんじだ。
レ オ:行くぜぇぇぇぇッ!
ホムラ:ごふっ
ペテロ:……っ
Gが。内臓と上半身を持っていかれそう。
ホムラ:騎獣の乗り心地は上げない方向なのか
レ オ:速さに全振り!
ホムラ:……
ペテロ:諦めた方がw
スタートダッシュの衝撃が薄れてきた頃にレオに聞いたら明確な答えが。これからも赤いタヌキの乗り心地はこのままらしい。タヌキって乗り心地あげると、もっふもふのふわふわに埋もれるようになるって聞いてちょっと楽しみにしてたのに。
ペテロ:ところで本当に【気配断絶】どうやって見破ったの?
レ オ:勘!
ペテロ:……
ホムラ:諦めた方が
レオが理不尽なのは今に始まったことじゃない。
ペテロ:レオのスキルと称号を一回見てみたい
ホムラ:カオスなこと請け合い
レ オ:俺も何がどう作用してるのか分かんねぇんだぜ!
決して戦闘で強いとはいえないけれど、ソロで世界各国秘境の地を回って釣りをするその能力は突き抜けてすごいと思う。よく死に戻ってるけど。
レ オ:おっと、ここまでだぜ! 頑張れ!
その言葉とともにアルファ・ロメオが急停止して勢いのまま放り出される私とペテロ。
ホムラ:レオ!
ペテロ:これはひどい
「わはははははは!」
笑い声を残して遠ざかる赤いタヌキの姿。文句を言おうにも、すぐにイベントの別エリアに出てクラン会話も届かなくなるだろう。
「不審なヤツめ!」
敵の前に残されたというか、ぽいっとされた私とペテロ。
私がアルファ・ロメオのあげる土煙を見ている間にペテロがさっさと帝国兵を沈める。夜とはいえ、あの土煙上がってたらそりゃあ発見されるのも早いな……。早く移動しないと。
帝国兵は殺さず、縛り上げて念のために私が眠りの魔法をかけ水車小屋に押し込む。レオにぽいっとされた場所は帝都ではないが、帝都からそこそこ近い町の外にある粉挽きのための水車小屋の前だ。
『ちゃんと忍んで行こうか?』
『……頑張る』
見つからないように間合いを計って、とか苦手だ。いっそレオ方式で堂々と速さで振り切ってゆくか殲滅してしまいたい。
だが今回はあんまり派手に動くと転移門にロックをかけられてしまうらしいので慎重に。このクエストは敵に見つからず、敵を倒さずミッションを遂行するという私が苦手でペテロが得意な分野なのだ。
敵を倒すとカウントされて、百に達するとその町での転移門の解放は失敗になる。私たちだけではなくこのエリアにいるプレイヤー全体の話なのだが、アルファ・ロメオに追いつける騎獣がいるとは思えないのでたぶんまだ私とペテロしかいない。なお、見つかってもカウントはされないが増援を呼ばれたり、肝心の神殿の見張りが増える。
ロックがかかった地域は進軍ルートには選べなくなってしまうので、失敗が多くなるとルートが限定されて帝国軍が有利に、全部失敗すると枯れ川のあそこで決着をつけることになる。そこで勝てても戦果が低い状態でのクリアとなり、アイル――プレイヤーに有利な条約が結べなくなる。
転移門が制限されたり、商業ギルドの委託が制限されたり、帝国内にあるダンジョンへの入場料があがったりが、城でお偉いさんの話題に上がっていた。
『この町はどうする? スルーして帝都行くか?』
『帝都の転移門解放しても戦争が終わらないと他の国とは行き来できなかったはずだから、一つは開けといたほうがいいかな?』
戦争中なので、アイル側も帝国からの転移を止めている。ペテロに従って、この町を解放して逃走経路の確保を行うことにする。
『ペテロなら正面から入れるんじゃないのか?』
『動きながらはEPの消費が激しくて。レベルを上げないと気配を断てる時間もかなり短いしね』
『残念』
気配を断つと言うか、見えなくなるので存在を断つみたいな何かだけど。
まあ、正面から堂々と忍び込み放題のスキルがお手軽に使えたら困るので仕方がない。【不意打ち】し放題になるだろうし。
『正面は流石に門が閉まってる上、門の向こうに見張りがいるな』
ちょっと離れた岩陰から、まずは町の観察。見張りの姿は見えないけれど、門の向こう側に見える篝火の明かりが揺れたりするので側に人がいるのがわかる。
『門塔にも人がいるだろうね。でも警戒してるのは軍隊に対してが大きいと思うから。――見張り窓の位置だけ気をつけて行ってみようか』
ペテロの言う門塔は門の左右にある町壁にくっついた塔のことだ。
『鉤縄が登場するとは思わなかった』
『忍者ですから』
そう言ってどの門からも遠く、中に明かりが見えない壁の前に立つ。ペテロの手には縄の先に鉤爪がついたあの道具、くるくると回して放り投げ、二、三回引っ張って鉤爪がよく引っかかったことを確認すると、難なく壁を登る。
私もペテロに倣って縄を掴み、壁を登る。スキルや魔法は感知されるので使えないのだ。
壁を越え、物陰を移動する。転移門を抱える神殿があるだけに、結構大きめの町だ。神殿は大体町の中心部にある広場に面して建っているか、正門を入ってすぐの広場に面して建つかどちらかが多い。街の中ではパーティー会話も控え、アイコンタクトとハンドサインで移動する。
神殿は町の主要施設なので外にも巡回の兵がいる。物陰でじっと観察をして、巡回の間隔を割り出してタイミングを計る。
第一関門、神殿の敷地を囲む壁。ペテロが直刀を立てかけ、器用に鍔を足場に壁の上に。私が下からペテロの残した直刀を上に放り、ペテロが受け取る。私はこれくらいなら普通に跳べるので問題ない。
第二関門、庭の巡回兵と何故かトラップ。神殿って帝国の市民もはいるよな? 罠かけとくってどうなんだ。ファストの白と会った中庭に罠があったら泣くぞ。
神殿の中は柱に隠れながら巡回兵をやり過ごし、ある時は用意された小道具を使って兵の気をそらし進む。通路の真ん中にワインを置いたらなんで飲み始めるのかわからんけども!
転移門の解放には同じ神殿内にある呪文と言う名のパスコードを探さねばならず、けっこうあちこち行かされた。神官の部屋とかならともかく、何でワイン蔵にあるかね?
――後でお茶漬に聞いたら、この町は帝国でもワインで有名な町だそうで、それがヒントだったんじゃない? と軽く言われた。下調べは大切ですね!
『カウントが十二になってる。プレイヤー来てるね』
ペテロがウィンドウを確認して言う、だがもう私たちは転移門の前にいる。
『パスコードの入力がパズルなんですが……』
『スライドパズルっていうんだっけ? 巡回やり過ごしながら並べるしかないね』
ペテロと二人で少々困惑気味。
正方形の枠に縦横四個ずつの数字のついた四角が並び、パスコードになかった数字が一つあったので取り除くとその空間を利用して数字を動かすパズルになった。
ちょっとパズルをかち割りたくなったけど、無事クリアして転移門を解放。これスタートダッシュ決めても、パズルで追いつかれることもありそうで怖い。まあ、誰が解放してもいいんだけれども。
ニコニコ静画のコミックが5話に更新されております。
相変わらずパワフルに面白く描いていただいておりますので、ぜひ。