318.帝国
『メールを出したが返事はない』
『いや、反応に困るだろ、なんて送ったんだかしらねぇけど』
ガラハドに呆れたかんじの目を向けられる。
『主、こういった場ではメールはまず読みません。目を通すならば、この場から控えの間に下がった時でしょう』
何故か私の隣に立ったままのカルが言ってくる。
『ランスロット様に椅子を勧められた状態で退出とかできないでしょ。と言うか、メールするような関係だったの?』
『初めて出した』
『パトカは交換しているのかい?』
『微妙?』
カミラとイーグルの立て続けの質問に答える。
『微妙ってなんだよ、微妙って』
ガラハドに突っ込まれるが、パトカは交換したがイベント期間だったせいで名前が灰色、これで交換したと言えるかは微妙だろう。
メールはそばにいたので普通にタゲって送った。考えてみれば、私もパトカの交換やらパトカの交換をしていない人との対話やメールは拒否してるので届かない。クリスティーナも同じ設定かもしれない――いや、こっちにメールが返ってこないので届いてはいる。
『パーティーに誘いましょうか?』
カルが聞いてくる。
『後にしろ、後に。この状況でパニックになっても困るだろうが。あっちが佳境だぞ』
ガラハドが言うので、ちょっと体をずらしてカルの後ろからプレイヤーの戦闘を覗いたら、身外身が人型からもふもふに!
『主、わざわざご覧になることもありますまい。ガラハドは後で』
『うっ』
にっこり笑ってガラハドを見るカルと、その視線に言葉につまるガラハド。
『い、いや。ホムラだって九尾とは戦ったんだろう?』
『だが、わざわざお見せすることは――主?』
視線をそらす私。
『ホムラくん? 君は九尾と戦ったんだよね?』
さらに視線をそらす私。
視線を逸らした先には真面目な顔の面々。帝国にいったら玉藻がいるから、身外身の上位互換と戦うことになる。私より前に出て立っている騎士たちはもちろん、視界に入った王子やそれなりの地位にいる者たちも戦闘の推移を見つめ、視線は外さないまま対処法などを検討し合っている。
『分かった。帝国戦、玉藻がいるところは別行動な』
ガラハドが深く頷きながら言う。
『ホムラが玉藻側についたら壊滅するわ』
『イエ、チャント戦闘シマスヨ』
『何で片言なのかな?』
カミラに答えたら、イーグルに真顔で聞かれた。
『主が望むのでしたら生け捕りに……』
『じじい! 難易度跳ね上がること言ってんじゃねぇよ!!』
おかしいな? 他の面々は真面目に戦闘を見て分析してるのに、私のパーティーはどちらかと言うと私の対処法だぞ? カルは見えないように遮ってくれてたらしいが、もしかしてクリスティーナへ同一人物だと明かす話題も戦闘から意識を逸らせるためだろうか。
そこまで気を使ってくれなくても大丈夫なんだが。もふもふとの戦闘は私だって――ファストの森の狼が最後かな……。あの狼がもふもふだったかと言われると自信がないが。あとはロイたちと倒したグリフィン? あれ?
そのロイたちは身外身との戦闘のアライアンスに参加してるのだが。真面目に戦闘を見たらエリアスもいる? 大盾を始め、重装備も混じってるし、パーティー用の派手な衣装で戦っているのもいる。もしかしてお茶漬もいるのかもしれないけど、混沌としてよくわからん。
カルもついでに並んで壁を作ってくれていた騎士たちも見えるように間を開けてくれた。大丈夫、私は冷静だ。
誰かが大技を使い、身外身が悲鳴をあげる。体を巻き込むように小さくなってゆく。毛になるのかと思ったらピンク色の桃のようなオーブになった。如意宝珠というのか、上部が尖っているあれだ。何故か台座も出現。
「おおお!! 勝った!」
「お疲れ〜!」
「報酬いいなこれ!」
「どなたか領巾と何か交換してください! これ男、装備できねぇ!」
「おお? これ触ると【傾国無効】つく!」
「ああ、本体対策か!」
「雑貨屋さんの『庭の水』でよくね?」
「『神水』か『聖水』って言えよ、神官に笑顔で怒られるぞ」
何!? 【傾国無効】とな!?
『よし、みんなあの宝珠触ってこようか?』
色々その方が安心だ。
『おう! 空いたら触ろうぜ』
『サディラスの時危なかったからね。事故防止のためにも是非行くべきだな』
カミラとカルの返事がないのは何故だ。
「効果は十日か〜。ゆるいけどタイムアタックね」
……。
タイムアタックをこの世から無くしたい。
「クリスティーナ、陛下とアルディバンス公が別室に来るようにと」
第一王子に侍従が耳打ちすると、王子がクリスティーナにそう告げた。
王と一部の者は戦闘になった時に護衛に連れられてこの広間からは出ている。騎士がたくさんいるし、カルがいるここの方が安全だと思うのだが、まあ有事の時はそういう手順なのだろう。第一王子、第二王子もここにいるし、王族があまり集まっているのはよろしくないそうだし。
「はい。レンガード様、有難うございました」
もう一度礼を言って、クリスティーナが侍従に連れられて広間を後にする。
「戦前の宴で醜態をお見せいたしました。なにぶん発覚した事実に混乱しております。今回の謝罪と感謝はまた改めて」
「こちらは気にしなくていい。公正な処置を」
第一王子が私に向かって黙って頭を下げて広間を出てゆく。
私、座ったまま謝罪を受けてしまったが良かったのだろうか。
『主、そろそろ戻られますか?』
『ああ、帰ろうか。よければ【転移】するぞ』
『お願いします』
雑貨屋に帰還。
「面倒だった! 食えないし!」
結局お茶しか飲んでいない。
「飯はホムラの方が旨いから、あれは食わなくても大丈夫だ」
「手はこんでるんだけどね」
ガラハドの言葉に肩をすくめるイーグル。
「ホムラと踊りたかったわ」
「ワルツくらい習うべきだろうか」
勝ったら祝賀パーティーある予感が。
「お教えしましょうか?」
「帝国戦が終わったら頼もうか」
どうせならカミラに習いたいけど、女性と男性ではパートが違うんだろうな。カルは練習でも無駄に優雅に踊りそうだ。
「お帰りなさい!」
「お帰りなさい」
走り寄ってくるラピスとノエルを抱きとめる。
食事はメインに金花鳥のローストを丸々三羽、パーティーの食事に丸焼きが据えてあったのでつい。大きなトマトを入れ物に使った、エビとアボカドをマヨネーズで和えたサラダ。ロメインレタスとルッコラの上にクルトンを散らして半熟卵を乗せたシーザーサラダ。ピザを二種、ソーセージを三種、ピンチョス四種、ローストビーフ。
ラピスとノエルも私たちがパーティーに出ていたことは知っているし、食べられなかったしでパーティー料理にしてみた。
ワインとぶどうジュースで乾杯。
「おう、鳥解体すっぞ」
そう言ってガラハドが丸焼きを食べやすいように解体してくれる。もも肉と手羽を切り離し、腹にナイフを入れて器用に剥がす。
「おお、美味しい」
皮はパリッと中はしっとりを通り越してジューシー。
「獲ってきた甲斐がありました」
「ありがとう」
にこにこするカルに礼を言う。金花鳥はカルがどこからか獲ってきたものだ。
「主、美味しいです」
「ラピスはこれ好き」
お子様二人にも好評。
「ピザも美味しいわ」
もち明太ピザを食べているカミラ。もう一枚はクワトロチーズに蜂蜜をかけたピザで、こっちはイーグルが気に入っている。
食後にシャーベットを食べていたらクリスティーナからメールの返信。送信者がホムラだったので目を通したことと、あのパーティーに来ていたことに驚いたとあった。なお、私がレンガードだという内容については、今更感が凄いというかペンダントに銘があるわ的なことが返ってきて、パーティーのレンガードとは結びついていない模様。
最後に帝国戦が終わったら、『ルールズ』で会って欲しいと書いてあった。戦いの前に女性に誘われるって、これはフラグだろうか? 「俺、この戦いが終わったら……」よりは弱い?
私は戦闘不能になっても神殿で復活するけど、住人にとっては命がけ。戦争前のつかの間の平和だ。
パーティーから数日の後、パルティンの狩場で一度目の戦闘が始まろうとしている。枯れ川を挟んで対峙する二つの陣営、数は五倍ほども違う。
こちらの陣営の方が数が多く、血気盛んなかんじ。今のところ統率がとれているが、軍としては寄せ集めだ。いや、アイルの国軍とその統率の下についた協力的な小国の軍、帝国の元騎士、冒険者なので寄せ集めというのはちょっと違うか。冒険者が統率から外れるのは想定内だろう。
空の上からそれをしばらく眺める。大規模戦と同じく、左右に騎獣に乗ったカルとガラハド。この荒野での一回目の戦を終えた後は別行動の予定だ。
玉藻のせいじゃないぞ! 皇帝は帝都に、マーリンは森の塔にいるらしく、二手に分かれるというか私だけ別行動なのだ。姿をしばらく現さなかった皇帝が出てきたらしいのだが、代わりに皇子の姿が帝都から消えたという。マーリンと塔にいるのではないかというのでその確認だ。
私は鵺が目当てだし、いざとなったら【裁定者】の効果で移動を試みるつもりだ。使ったことのない称号なので、まずは帝国の神殿に忍び込んで転移門を解放する。こっちはペテロと一緒に行動をすることになっている、まだ仕事が終わらないのか来てないけど。
今は暇なので白の体に顔を埋める。
『ええい、何をするのじゃ!』
『武者もふりです』
『そんな言葉、聞いたことがないわ!』
ああ、いい肌触り。ささげ持った白の腹に顔を埋める至福。
「ああ、レンガード様が争いを悲しんでらっしゃる!」
下の陣営から叫びが上がる。
「いや、あれはすでに定められた敵の死を悼んでいるのだ!」
新たな声が続く。
は?
「おい、なんか誤解されてっぞ」
すぐ誤解だとわかってくれるガラハド。何を誤解されたか本人もわかっていないのだが、誤解なことだけは確かだ。
「主、もしかしてミスティフが手の中に?」
「……います」
白は姿を消しているはずだが、カルにはバレているようだ。
「ホムラ……」
「ちょっと自重しようか?」
カミラとイーグル。
「白は見えないしちょっとくらい……」
『やめるのじゃ!』
「それ、自分の手のひら眺めて首振ってるようにしか見えねぇ」
白に止められ、ガラハドに解説されて、しぶしぶもふるのを諦める私。