317.人の戦闘を眺める
『連れ出したけどどうするんだこれ?』
とりあえず自分の席に戻るため歩いているが、戻った後にどうしていいかわからないので無駄に歩みはゆっくりだ。
『それを聞くのか』
ガラハドの呆れた声。
『どうしたかったの?』
『あそこから助け出した時点でやりたいことが完了した』
カミラに答えたらため息を返された。
『主、席を用意させましたので』
『カル、ありがとう』
よし、あとは普通の雑談に流れよう。
「待ってください! その人は――」
鈴を転がすような可愛らしい声に呼び止められる。
私はスルーする気満々だったのだが、クリスティーナの足が止まってしまった。足が止まったというか、固まった気配。
仕方なく振り向くと、小柄な少女が先ほどの四、五名の少年を背に大きな目に溢れそうな涙を浮かべて立っている。ほっそりした首、白い肩、ゆるく巻く金髪、庇護欲をそそるような弱々しい姿、だがこちらを見る紫がかった青の瞳は――
「身外身、私に魅了は効かん」
「な……んのことでしょうか」
戸惑うように問いかけてくる少女。
その少女を少年たちが慰る。私の方が年上で背も高いので、なんか私が叱責というかいじめてる図になってる気がするが、気のせいです。視線が若干痛くて、ちょっと遠巻きに小声でヒソヒソされてるけど、カルを始め同じ席にいた人たちが動き出している。
「ここには【鑑定】の上位スキルを持つ者が、私以外にもいる」
「捕えよ!」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、第一王子の声が鋭く響く。指差す先はあの少女。
「な、兄上!」
第二王子が抗議に近い驚きの声をあげる。
「ああ! あの子攻略できそうでできないのってイベントキャラだったからか……っ!」
「侯爵家半分ダメだったのもこれのせい!?」
「え、でもアンリ様――ヴァルノール三男は落ちてるじゃない! 難易度高いだけでいけたんじゃない!?」
「ああ、あのヒロインちゃんから剥がしたらマトモになった……」
「身外身ってなに?」
「孫悟空が自分の毛をぶちっとやって分身つくるやつ。このゲームでは九尾の分身!」
「えー、じゃああれ封印の獣の手下か!」
「婚約破棄でも略奪でも好きにしてくれ。俺、ドォラ侯爵令嬢といいかんじだし」
「最初いいと思ってたあのイケメンたちが、どんどん性格がクズになったのはあの子のせい?」
「更正させたイケメンとラブラブよね」
プレイヤーの状況判断早いけど、飛び交う単語の中身がイケメンとか美人を慰めるとか若干恋愛よりなのは学園だからだろうか……。青春、青春がそこに? いやでもこの内容は恋愛だろうか?
それにしても第二王子、この流れでこれということは色々認められないくらいに惑わされてるか、盆暗かのどっちかだな。けっこう優秀で瞳の色も金――紫の瞳の第一王子より王太子にふさわしいと言う貴族も裏では多いと聞いていたのだが。
賢いのと教養があるのとでは違うし精神的にどうだったんだろうこの王子。どうもクリスティーナのペンダントを巻き上げようとしたり、いい印象がない。【魅了】にかかって盲目的な恋をしていたとしても、誰かから何かを取り上げたり、他人に暴力を振るったりはしないよな? せいぜい他に目がいかなくなって周囲や仕事をないがしろにする程度だと思うのだが。
積極的に嫌がらせしてくるのは理解できない――などと思ってたら、プレイヤーVS身外身とその御一行が始まった。この広間、高そうな物がたくさんあるのに! 思わず【結界】を張る私。私にはもう狐のもふもふはいるから譲ってあげよう、はっはっはっ。
ああでも、たぶん少年たちを戦闘不能にしたらパーフェクト勝利にならないから気をつけて? それ第二王子混じってるから。などと思いながら今度こそテーブルに戻る私。すでにもふもふを手に入れているという余裕は心を広くするね!
「ガイナ殿下に傷をつけるな!」
「いや、生きていればいい! ここには高位の治癒を使える者も……っ」
「アルバル候嫡男、タタシャの神官長子息、ドゥラの大商会の子息、全部帝国に近い領地の者ではないか!」
「当主には少なくとも登城の際に『聖水』を飲むことを義務付けている。だが学園は……っ」
大人たちの間でも何か怒号に近いものが飛び交ってるけど気にしない。『庭の水』が聖水呼ばわりされてる気がするけど気にしない。エカテリーナなんて桶に柄杓いれて夏の打ち水みたいに笑顔でぶっかけてるのに。
『ああ、帝国への進軍が決まる前から入り込んでたかんじだね』
イーグルが戦闘音などで聞き取りづらいやりとりからそう推測する。
『進軍はホムラとじじいがいなきゃいつまでたってもなかったろ。こりゃあ、近い将来内乱起きてたか、帝国の傀儡政権が始まってたかのどっちかだな』
コーヒーを飲みながら行儀悪く、椅子に斜めに座って戦闘を眺めるガラハド。
『でも方法は彼の方――マーリンらしくねぇな』
『ああ』
『あら、でも時間はかかるけど効果は高いし費用も手間もかからないわ』
ガラハドたちが言い合う。
「このパーティー、参加者には『庭の水』を入り口で飲ませる手配だったわよね?」
「申し訳ない、係の者が第二王子ということで手心を加えたのだろう」
先ほど衛兵に指示を出した第一王子がちょうど戻ってきたところで、カミラの言葉を聞いて謝罪する。
パーティー会話で話しまくってるけど、はたから見たら無言で戦闘を眺めていて、カミラが警備の不備に苦情を一言、みたいなことになってるような気が。
王族に謝罪される行儀の悪い一団……。クリスティーナの居心地がものすごく悪そうだが、諦めてもらおう。安全第一です。
「主、新しい紅茶を」
侍従から受け取ったカップを私の前に笑顔で差し出すカル。もう少し広間の戦闘を気にしてもいいんですよ?
実際、戦闘要員的な騎士たちはいつでも戦闘に入れるよう、立ち上がって壁を作っている。
「倒せねぇ邪魔なのがいる。ありゃ、面倒そうだな」
「時間がかかりそうね」
ガラハドとカミラ。
全体魔法で全員戦闘不能にして選んで生き返らせるのはダメなんだろうなあれ。全員倒したらイベントが進んで蘇生の時間をもらえないオチの気配がする。カジノで人数分の蘇生薬を手に入れるのも大変だしな。
「ところでドレスきれいね、似合ってるわ」
「デザインはガルガノスだ」
元のドレスに特殊効果がなければ普通のドレスなのだが、流れるラインがきれいで目を引かずにいられない。ガルガノスの技術とセンスが素晴らしい。あんなに太い指でどうやってこんな細かい作業が要りそうなドレスを作り出すのか謎だ。
「ガルガノスの……」
「あの、か」
「エウス国の皇女が一年間頼み続けてようやく作ってもらえた……」
途端にざわつく周囲。引きこもりだけど、知るひとぞ知るだったガルガノス。
『えーと。お代がビール一樽なんだが……』
『公爵令嬢には言わないようにね』
カミラに釘を刺される。
生地は最高級のシルクシフォン。薄く、軽く、柔らかく、絹なのに光沢がないのが特徴だが、縫い付けられた大きさの異なる何百という透明で小さなクリスタルが、動くたびに明かりを反射して星のように輝く。
「レンガード様、お礼を申し上げます。このドレスは後日お返しいたします」
クリスティーナと目があうと、立ち上がって綺麗なカーテシー 。
ウル・ロロといい上半身を微動だにせず膝を折るってなかなかの筋力。
「そのドレスはそのままでいい」
どう考えても元のドレスもオーダーメイドでクリスティーナにサイズぴったり、そういうわけで今のドレスもサイズピタリ。返されても困る。
『名乗らねぇの?』
『救出は済んだし必要ないだろう』
「それにしても水をかけても正気に戻らんのは厄介」
「かければ怯むし、効いてはいるね。騎士でも長期間【魅了】にかけられていた者は正気に戻るのに時間がかかる。それに今は元が側にいる」
イーグルが言う。
パーシバルとか一部の騎士は水をざばっとやっても、怯みはするがすぐに正気には戻らず逃げられたと聞いている。怯み方が驚くというより、額を押さえて急な頭痛をこらえるみたいな顔をするので【魅了】されているかどうかの判別はつく。頑張って捕獲してるようだが、実は結構逃げられている。神殿に戦力がないところもあるし仕方がないだろう。
「アシレイ――あの少女の学園への入学は昨年です」
戦闘の推移を見守るクリスティーナ。
運営さん? アシレイ、阿紫霊狐じゃあるまいな? 百歳までの狐だったか。
「直接触れていなければいいのですが」
女性の前だからかカルが表現を柔らかくしている。
まあなんです、ほにゃららしてたら正気に戻っても骨抜きというか、麻薬の禁断症状みたいなものが出るらしいです。
「身外身の【傾国】も異性にしか効かないスキルのようですね。効果範囲も限定されるようだ」
「スキル、なのか」
「帝国にいる玉藻は同じ名の称号を持っているらしいことがわかっています」
クズノハの傾国もスキル、どうやら本体以外は称号ではなくスキルのようだ。
「因みに対象は異性だけ、な」
カルの説明の後にガラハドが付け加えてくる。――なんで私の【傾国】は全方位なのか。
「弟がご迷惑を……」
第一王子がまた謝ってくる。
「迷惑をかけられたのはこちらの令嬢だろう」
「クリスティーナもすまない。頭を下げられぬ陛下に代わり、私が謝罪を」
「いえ、私は……」
困ってる気配。
まあ、婚約者として気づけずと答えても、先に家族が気づけよという感じだし。かといってそのまま謝罪を受け入れるのも躊躇われる感じか。
「どこまで帝国に利することをしていたかにもよるが、あれとの婚約は確実に解消となるだろう」
第一王子が何故か私の方を見る。
『ホムラを誘惑しろってことかしら? 貴族、って感じね』
『王子様だぜ』
『ドレスを着せているし、令嬢に誘惑しろではなくて純粋にホムラが気に入っていると思って便宜を図ってるんじゃないかな?』
ごふっ!
『あんまり私のせいでプレッシャーを受けて欲しくないんだが……』
どうしたらいいんだこれ。
クリスティーナ、微笑という名の無表情だけど困惑してる。持っていないのに扇で顔を隠そうとして手が彷徨ってるのを見てしまった。扇は多分、戦闘地点に落ちている。
『周囲に釘は刺しておきますが、本人には名乗られたらどうですか?』
『そうね、事情を理解してるから何かあったら相談しろって言えるじゃない』
『おう、相談したらじじいが処理できるしな』
処理――どう処理されるんだろう?
『では名乗ろうか』
ホムラ送信:やあやあ、こんばんは。目の前にいるレンガードはホムラです。
とりあえずメールを送ってみた。