316.戦前の宴
アイルで戦前のパーティーが開催されている。戦の参加者を募った場所と同じ会場が、花が飾られ正装した男女であふれている。
二挺のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロにコントラバスの弦パート、七人の管楽器奏者、パーカッション、ハープ、ピアノ。緩やかな音楽の生演奏。
古今東西、戦いの前に宴会があるのは、明日死ぬかもしれない仲間と最後のときを過ごし、自軍の士気を高めるためか。死ぬ覚悟をする時間であり、個人ではなく自軍のために命を捧げる覚悟の時間。
そこに悲壮感はない。
今回は異邦人が多数混じってるので年配の騎士、戦に参加するらしい貴族らが大丈夫かこいつらみたいな顔をしているのが申し訳ない。
壁のシミになってひっそりしてようと【うつろう心】を使用。相手の心を逸らして集中させず、存在の認識を逸らしてくれるスキルなのだが、問題発生。私を見ている人が多すぎる、この人数の集中力を一度に切らせたら、さらに宴がグダグダになること請け合いだ。
今日はペテロは夜勤で帰れず、このパーティーには参加していない。私も帰宅してギリギリにすべりこみ、顔を合わせる暇のないまま、お茶漬とさっきクラン会話で挨拶をしたかんじだ。
「主、こちらへ」
やたら身分の高い人が集まる区画が嫌で脱走してたのだが、微笑みを浮かべるカルの迎えにおとなしくついてゆく。
『ふらふらしてると集られるぞ』
パーティー会話でガラハドに注意をうけつつ席につく。
だから何故私がここなのか。開けた転移門の数らしいのはなんとなくわかったけれど、それでもやっぱり何故だと問いたい。特に住人をナンパしてパトカをもらうつもりもないし、アグラヴェインの視線も気になるし。カルと仲良くしてほしいとは言わないが、カルの頭部を睨むのはやめていただきたい。
「お久しぶりです、レンガード様」
「ああ、一別以来だ」
声をかけてきたのはハディル少年王。パーティーの雰囲気に飲まれているのか、少年らしく戦に気が高ぶっているのか、ほっぺたが真っ赤。後ろにいるお付きの騎士が直立不動で朗らかなハディルとの対比がなんとも言えない。
「その節はありがとうございます。アローンはすっかり良くなって、今は国で戦の準備で忙しくしています」
「何よりだな」
くっ……、私の宰相が!
握手をして席にもどるハディル少年。私にわざわざ挨拶に来るあたり、腰が軽くてあんまり王様らしくないが、これからアローン宰相が教育していくのだろう。
「賢者殿」
ハディル王が離れたと思ったら、この国の第一王子が来た。適当な挨拶を交わしてこちらも握手して終了。
何故私のところに来る、面倒だからやめろ! そう思ったのが顔に出たのか、その後はカルがあしらってくれた。
流れていた音楽がピタリと止まり、ファンファーレ。ざわついていた会場が静かになる。アイルの国王陛下の登場らしい。
「皆の者、ついに帝国との戦いの時が来た。アイルの貴族はその責務を果たせ!」
王様の演説が始まった。
あ、クリスティーナ発見。
黒髪につり目気味の紫水晶の瞳、すらりと伸びた手足に伸びた背筋。――しかし、なんでドレスが黄色いのか。正直似合っていない、レストランであった時は趣味のいい落ち着いた服だった気がするのだが。
『どうかされましたか?』
『いや、この国で知り合った女性がいたもので』
カルの問いかけに素直に答える。
『ホムラが女性となんて珍しいわね』
『確かに神殿のエカテリーナ女史とナヴァイの末姫くらいしか思い浮かばないな』
いや、待て。それじゃあ私が女性と縁がないみたいじゃないか! カミラとイーグルの言葉に、他に浮かぶ女性の名前を思い浮かべようとしてちょっと愕然とする。クランごとの付き合いとお仕事対応を抜いたら少ない……っ! そもそも、私が食べ歩きと戦闘しかしていない疑惑。
『どういう知り合いなの?』
『一見さんお断りな高級レストランに連れて行ってもらって、食材の入手ルートを教えてもらった』
『……』
『……』
『……らしいな』
カミラに答えたら、なにか残念なものを見る目で全員から見られたのだが。
『クリスティーナ=アルディバンス、アルディバンス公爵の令嬢で第二王子の婚約者ですね。ドレスは第二王子の瞳の色です。アイルの侯爵までの高位貴族の女性は相手の瞳の色のドレスを、男性は女性の瞳の色のタイピンやカフスなどの装飾をつける習慣です』
『それ、相手が茶色の目だったら茶色のドレスになるのか?』
『王族と公爵家は金眼か紫。特に金眼が尊ばれるようです――侯爵以下の貴族には青も多く、貴族たちは瞳の色で相手を選ぶこともあるそうです』
なんというか、個人の資質より血か、見た目か。そういえばこの国は獣人差別もまだ根強いのだったな。
『伯爵以下は色は自由よ。装飾品に相手の色を入れるのは流行っているけど』
そういうカミラはいつものスリットの入ったマーメイドラインではなく、裾の広がるドレス姿。色は落ち着いた赤、同じ色の長手袋。黒い髪と白い肩と鎖骨のコントラストが目を引く。
ぴったりしているわけではないのに腰から膝上までは体の上を流れる布のラインがちょっと悩ましく、膝上から広がるドレープは作り出す布の陰影が美しい。胸元にはレース編みのように繊細な光沢を抑えた銀の首飾りがあり、紫紺の石が胸元を彩る。
カルは白を基調とした詰襟の軍服みたいな服。襟や袖に金の装飾、胸ポケットから紫紺のチーフがのぞく。春の陽だまりのような微笑みを浮かべる美形に大変お似合いです。おのれ。
イーグルも白基調の詰襟、形もカルと一緒で襟や袖の装飾がややおとなしい。装飾の色は銀、胸ポケットに紫紺のチーフ。こちらも涼やかな美形度が三割まし。
ガラハドは同じ形で黒と金。胸ポケットのチーフは――もしかして私の瞳の色か貴様ら!
カルとイーグルの詰襟姿は割と見慣れているのだが、ガラハドの黒の詰襟姿が新鮮な気がする。カミラは綺麗だし、三人とも格好がいい。私は面倒なのでいつもの白装備。
会話の後に会場内を改めて眺めれば、服装でなんとなく派閥がわかる集団が。取り巻きが同じ系統の服を着ていて一人目立つという構図がこう……。同じ花を頭につけてたり、色違いのドレスだったりお嬢さん方のお揃いは可愛いのだが。
『アイルは公爵家が三つ、古くからあるアルディバンス家とアルムデル家、先代の王弟のために一度断絶した家を復活させたアルカート家です。アルディバンス家が王家の血が濃く、領地も豊かなので筆頭公爵の座にいます』
カルの説明によると、侯爵家はアルバル、ヴァルノール、ドォラ、ルルシャ、ファルノール、タタシャ。治める都市の名前と同じなのでこちらはわかりやすい。
中でもアルバル、ヴァルノールでは金を払えば誰でもハウスを建てられる場所が解放されているのでプレイヤーには馴染みのある都市だ。まあ、帝国が攻めてきたら一番最初にぶち当たるだろう場所なのだが。
「今日この時を楽しめ!」
王様の演説が終わったようで、杯を持つ手が掲げられる。軽快な音楽が始まり、高貴な方々がまず中央で踊る。私のいる付近の人数がごそっと減った。今のうちに食べよう。
アルスナの料理はルールズのイメージが強かったので正直いまいち。だが、これだけの量で温かい料理の提供ができるのはすごいと思う。ガラハド曰く、酒はいい酒らしい。
『主』
呼びかけに顔を見ると、カルの視線が流れる。視線を追った先にはクリスティーナ。
『あら。出番じゃないかしら、ホムラ?』
『ちょっと行ってくる』
「あれは――」
私が立ち上がったところで、第一王子も騒ぎに気づいたらしく人だかりの方を見て声を漏らす。
近付くとクリスティーナが床に手をついている。対峙している数人に突き飛ばされた?
「失礼」
対峙していたのは金髪金眼――ということは第二王子? それと数人の少年と女の子、護衛らしい騎士が二人。クリスティーナの護衛騎士の姿はない。遠巻きにしている貴族、そして見世物を眺めるようにがぶり寄ってる異邦人たち。
「白レン様……っ!」
白レン?
なんかどこかから声が飛んできた。
「大丈夫か? クリスティーナ」
「あなたは……」
クリスティーナに手を差し伸べて立たせると、胸元から腹にかけて何かのシミ。
「レンガード殿、その者は帝国と通じ――」
「それはあり得ない」
なんか第二王子がいい始めたが言い終わる前に否定。
親は知らんが、クリスティーナが帝国と通じるなどということは考えられない。大規模戦前の邂逅で王家への忠誠と私への誓いで揺れたクリスティーナを思い出す。
「レンガード様なの!? 第一王子が来るのかと思ってた!」
「マジ!?」
「え、え、これ悪役令嬢と仲良くしてた方がよかったパターン?」
「うわ、最強のお助けキャラじゃないですかーやだー」
「アホ王子、やっちゃったな」
外野から聞こえる内容が半分くらいわからないんだが、とりあえず最後のは不敬罪に問われるんじゃなかろうか。第二王子の人柄は知らんが、思っていてもここで口に出しちゃダメだろう。私も思い切り会話に割り込んでいるので人のことは言えないが。
ワインのシミを消すついでに、【意匠具現化】と【ルシャの指先】でガルガノスの家で見せてもらった夜空のような色をした繊細なドレスに変える。【意匠具現化】は一度手に入れた物を再現できるスキルなので、ガルガノスに説明の上、お願いして色々なものを一度仕舞わせてもらった。ドレスはその中の一つだ。【ルシャの指先】は既製品を作り変える。
「疑惑があるなら他の者を疑うべきだな」
クリスティーナをエスコートして席に戻る途中、止まっていた音楽が再開した。
マント鑑定結果【これでダンスに誘えば完璧、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
やめろ、踊れない!
 




