314.喧騒を逃れて
「うむ、分かった。しばらく狩場に行かねばいいのだな?」
「ああ、頼む」
パルティンのところに手土産を持ってお邪魔している。でっかい肉まん、肉はひき肉より大きく細切れにして、タケノコ、干し椎茸、玉ねぎ、ホタテの貝柱少々の具材。
肉まんと豚まんの違いは牛肉の産地が多い関西などで肉というと牛なため、誤解のないよう分かりやすく豚まんと表したからで、二つに違いはない。商品名になったらまた別だろうけど。
「期間中、『家』にいるリデルかレーノに声をかけてくれれば食事が出るから」
レーノの方を見ながら言う、こちらはあんまんを手に持ちながら真面目な顔で頷いて来た。
倉庫に肉料理を中心にこれでもかというほど詰め込んである。……甘いものも追加しておくべきだろうか。
「うむ。最近赤いのやら緑のやらが煩いからな、滞在させてもらおう」
肉まんを両手に持ってほおばっているパルティン。行儀は悪いが美味しそうで何よりです。
自分でも一つ、ふわっとじゅわっと。肉汁が溢れ出るが生地をべっとりさせることもなく、いい具合に熱々。大きいものなので、タケノコの食感がアクセントになってこれもいい感じ。
「ホムラの島は精霊の力が強くて、我が少々長くいたところでなんの影響もないからな」
「そうなのか?」
パルティンが空には風の精霊を呼んでくれたな、そういえば。
「うむ」
「最初は風の精霊、次に海竜スーンの連れて来た水の精霊があの島から離れず、どんどん増えています。パルティン様と海竜スーン殿の願いとはいえ、普通ではありません」
レーノの白いつるんとした顔に餡子がついている。
「そういえば『庭』にヴァルとファルから引っ越し祝いに貰った精霊がいたような……」
今でもいるはず、たぶん。
「神々から……。島の守りを命じているのか?」
「強大な精霊がいるならば、小さな精霊はそれは離れていかないはずですね……」
食べるのをやめて二人がこちらを見てつぶやくように言う。
「契約していないんだが」
契約していないのだから、守りを命じているわけもない。
「何故!?」
ダブルで叫ばれた。
「いや、自由がいいのかと思って」
あれ、もしかして契約しないとむしろ『庭』から出られない?
気配は感じたことはあるけれど、姿を見たことがないんだよな。生産物はリデルやクズノハに半分任せてしまっているけど、島には【魔物替え】をするために結構マメに通っているので、『庭』の様子も見ている。先日は扶桑でもらってきた木や野菜をせっせと植えたし。
私、つい自分で攻撃しにいってしまうので戦闘中召喚系は存在を忘れるし、特に契約の必要性も感じてなかった。『庭』のために精霊が住んでてくれるのは嬉しく思ってたけど、それが『庭』を気に入ったからではなくて自由を奪った結果というのはいただけない。
『庭』のどこにいるのか、時間ができたら探してどうしたいのか聞いてみよう。出てきてくれるか謎だが、根気よく行こう。
そういえば白の役目を代わってもらった精霊にも挨拶にいかねば。どうも神殿に行くと気が急いて、中庭に寄らずに早く移動しようとしてしまう。油断してるとエカテリーナはともかく、兎娘がうろついてるからもあるが、それよりも実はちょっと後ろめたいので訪れる決心がつかなかった。
白の代わりに縛り付けられてしまった精霊、しかも自由を愛する風の精霊だ。あのころはもふもふに夢中な上、あまり精霊の傾向を分かっていなかったから平気だったけど、こっちの世界が長くなるにつれちょっと罪悪感がですね……。
そういうわけで、手土産を持ってファストの神殿の中庭です。手土産は花、風の精霊はよく揺れる枝や花を好む。途中で久しぶりにエカテリーナとやりあって、料理を献上。
ところで中庭に来ても特に何も姿を現さないんですがどうしたら?
「風の精霊ウィンさん、ご在宅ですか?」
中庭の巨木をノックしてみる。
ノック一回は身分の低いものが遠慮がちに、ノック二回は郵便・仕事関係で急ぎ、ノック三回はその家の者か親しいもの、ノック四回は貴族階級か上流階級がさっさと開けろという時、ノック四回を二回繰り返すのは王族や大富豪など。
今のビジネスマナーのノックは知らん。
『僕の名前を呼ぶのは誰?』
声が響いたと思ったら、イベント空間に入った気配。それと同時に木の幹から滲み出るように風の精霊が姿を現した。銀色のガラス細工のような少年の姿をした精霊。
「久しぶりだ。覚えているかどうかわからないが、ここの役目を押し付ける原因になった者だ」
『ホムラ?』
「そう。よく覚えてるな」
『一瞬だけだったけど、主人だったひとだからね。どうしたの?』
ウィンが首をかしげる、柔らかく動くのがちょっと不思議なかんじだ。
「白の役目を押し付ける形になったからな、どうしてるかと思って」
『ああ、気にしないで。僕ら風の精霊は気まぐれだけど、主人やヴァル様の望みを叶えるのは嬉しいんだ。ここは町の中なわりにいい風が吹くしね』
精霊としての格も上がったしと、エコーがかかったような声でクスクスと笑う。
しばらくウィンと話し、外に出る。神殿にある巨木がもうそろそろ精霊を生み出しそうで、ウィンの次に役目を継ぐことになるだろうとのこと。木の精霊は移動を好まないのでちょうどいい、ウィンの拘束期間が白のように先が見えないものでなかったことに安堵する。
ちょっと気分が軽くなって街をそぞろ歩く。ちょっとのんびりしたいと思ったのだが、周囲はちょっと落ち着かない。生産職は帝国との戦いに備えて、消耗品の生産に勤しんでるようで委託販売の端末に張り付いているし、戦闘職は需要が増えて値上がった素材の確保に走り回っているようだ。
今、高く売っても戦いが始まったら高く買う羽目になるんじゃないだろうか。
住人たちも保存食を作るための食料品を始め、長期間取っておけるものを買い求めて店が賑わっている。流石にファストまで戦火は及ばないと思うのだが、戦闘に参加する異邦人やファストに流れてきた騎士たちの落ち着かない雰囲気に引きずられているようだ。
むちゃくちゃ落ち着かないので古本屋に来ました。
「こんにちは」
「――新しく入ったのはそっちの棚だ」
相変わらず無愛想な店主が、本から顔を上げて視線で棚を指す。
「ああ、ありがとう」
木製の高いところの本を取るための踏み台兼椅子を持って、棚の前に陣取る。小さな『ライト』を一つ浮かべて興味を惹かれた題の本を手に取り読み始める。
店主のカディスは、私が選ぶ傾向を分かっていて古い物語や童話を中心に集めてくれたようだ。私が知りたいのはまだ闇の女神ヴェルナが人の前に姿を見せていたころのこと、封印の獣のこと、あと『庭』で寝たログアウトの時の謎の声のこと、邪神のこと。
アシャの封じる獣 雷獣ヌエ
ヴァルの封じる獣 白き獣ハスファーン
ドゥルの封じる獣 狂った人形ハーメル
ルシャの封じる獣 傾国九尾クズノハ
ファルの封じる獣 毒の鳥シレーネ
タシャの封じる獣 終わりの蛇クルルカン
ヴェルスの封じる獣 かつての竜王バハムート
ヴェルナの封じる獣 永遠の少女アリス
私が既に遭遇したのはハスファーン、クズノハ、クルルカン、バハムート、アリス。居場所がほぼ特定されているのは帝国にいるヌエ、エルフの森の巨木に住むというシレーネ、ついでに九尾の本体玉藻。
エルフのところにシレーネがいるなら、ハーメルはドワーフのところか魔族のところではないかと思うのだが手がかりがない。
月の伝説や光の神ヴェルス関連の本はカディスも興味があって調べているのか豊富で、また増えてた。いつか扶桑にゆく旅の途中で寄った廃墟はどうやらヴェルナ関連のようだ。
む、こっちは守護獣関連か。こっちまで手をつけると調べ物が終わらなくなるので、残念だが後回しだな。
「なんだ?」
気がつけばクルルカンが顔をにょろりと出して何かアピールしている。
「ああ、読みたいのか。カディス、すまんがこれに本を読ませてもいいか?」
カディスのいるカウンターに顔を向け、袖口のクルルカンを見せながら許可を取る。クルルカンも目があうとぺこりともたげた頭を下げる。
「――どうやって読む?」
少々固まった後、カディスの口から漏れたのは至極もっともな疑問だった。
そしてしばし、人型になったクルルカンと私の読書タイム。普段ならカディスもカウンターで本から目を離さないのだが、どうもクルルカンが気になって集中できないらしく、チラチラと視線を送っている。
視線を送られたクルルカンは気にせず本に没頭している。クズノハとリデルのところに本は少なくない量があるのだが、まあ行ったら瓶詰めだろうからな……。帝国の件が片付いたら『庭』にクズノハの家を建てよう。三人別居させるならばリデルにもおとぎ話に出てくるような可愛らしい家を建てるべきかな?
「カディス、お茶にしようか?」
店主でなく客の私から誘うのも妙な感じだが、菓子と茶を用意するのが毎度私なので仕方があるまい。
小麦粉の代わりに栗の粉を使ったサクッとしたケーキ、松の実入り。一口サイズの味違いのメレンゲ。カディスはサクッとしたものと、アップルパイのようなどっしりしたものが好きでクリーム系はイマイチのようだ。
普段は紅茶なのだが、メレンゲが少し甘めだし今回はコーヒーで。
「主、コーヒーならば私が」
紅茶には手を出して来ないクルルカンだが、コーヒーはセーフらしい。セーフとアウトの基準はカルなんだろうなこれ。
「ああ」
甘い匂いと古い本の匂いをクルルカンが淹れるコーヒーの香りが上書きする。
白手袋に少し上着の裾の長い黒のスーツ姿。整った白い顔と背筋の伸びた均整のとれた体型、どこからどう見ても執事です。ウル・ロロはメイドだったしなんだろうこの兄妹? 姉はどうなるんだろうと考えかけて、考えたら押しかけて来られそうなのでやめた。
「で? その男はなんだ?」
メレンゲを一つ食べ、コーヒーを口にしてからカディスが聞いてくる。
「クルルカンという私の飼い蛇だな」
「クルルカン……?」
すごく納得いかないような何か認めたくないものと戦っているかのような微妙な顔をするカディス。
「初めまして、タシャに封じられし終わりの蛇、クルルカンと申します。先ほどは蔵書を手に取ることをお許しいただきありがとうございます」
胸に手を当て、優雅に一礼してみせるクルルカン。
「……」
カディスが固まってしまった。
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