312.杖と物理
称号【隠形を視る者】はその名の通り擬態などで隠れているものがはっきり見える。もっともちゃんと視界に収めないと効果がないので【心眼】で気配を探って、目視できなくても斬る派の私にはいらない能力かもしれない。
『姿隠しのマント』はその逆に装備した者の姿と気配を断つ。ただ動くとアウトなのでじっくりどこかへ潜入する時用だ。真っ黒でフード付きのいかにも怪しい人です! みたいな見た目なのがなんとも。
白が還ったタイミングで黒やクズノハたちも還す。黒は懐に入るだけだが。
思ったよりうちの召喚獣とペットたちが強い。リデルは生産職なので心配だったのだが無用のことだったようだ。『アリス』になるために確実に戦闘に連れ出す場面が出てくる、ちょっとホッとした。
迷宮は湿って鬱蒼とした雰囲気から暮れる寸前の森に変わった。土の匂いがするがじめっとするほどではなく、太い木々の並ぶなかなかいい雰囲気の森。ただし、大きな木のシルエットは黒々として敵を隠し、さわさわとそよいで【気配察知】を微妙に阻害している。レベルが低かった時のように近くに来るまではぼんやりとしていて見つけにくい。
【心眼】と【糸】も併用しているのだが、【心眼】が【気配察知】の影響を受けるスキルなのでこちらもいつもより不確かだ。
気配のする方に目を向ければ【隠形を視る者】の効果か見えるだけでなく、気配もはっきりする。それでもやはり「見る」という作業が一つ入ることによって対処に遅れが出る。
初めてガラハドたちと迷宮に入った時に、音や振動の話をしたことを思い出す。【音聞き】や【振動察知】、【霊感】などの敵の居場所を探るスキルが取得リストに出てるのに取ってなかった。一つくらい取っておくべきかな、これ。【心眼】の強化にもなるし。
完全に鳥ルートに入ったようで四対の羽を持つ鳥から飛べない鳥まで、出てくるのがほぼ鳥系の魔物になった。ドロップ品は武器の材料から食材と様々、羽毛はまた菊姫に布団を作ってもらおう。
手羽先の甘辛煮、カリカリに焼いたやつにネギ塩。皮焼きは首の周りのだけを使って外はパリっと香ばしく中はもっちりしたタレ焼きと、伸ばして塩でパリパリに焼いたやつの二種類を作ろう。親子丼はどうしよう、肉が卵に負けるからバランスが悪くなるんだよな。
飛んでくる敵に魔法を放つ、自身のスキルとクルルカンのレベル上げだ。せめてリデルに瓶詰めにされない程度には強くしたい。
灰色の鳥の集団を相手にした直後、胸に顔のある鳥がスキルを飛ばしてきた。思わず剣を持っているつもりで払いのける。
「すまん!」
クルルカンに謝りながらスピードが速い【風魔法】『ウィンドエッジ』で羽を落とし、【氷魔法】『氷のエストック』でとどめを刺す。
クルルカン、どうにもバハムートに噛まれてぐったりしているイメージのせいか虚弱な気がしていたのだが、けっこう丈夫のようだ。
魔法は無詠唱のおかげで発動は一瞬、ただ発動から目標へ進むスピードが魔法ごとに決まっているので使いどころが難しい、下手をすると避けられる。普通は盾役が敵を引きつけて固定しているものだし、仕方がない。
ソロならば着弾までが早い魔法で敵の動きを止めて、威力が高い魔法を当てるのがいい。つい速さと威力の両方を備えた【雷】を使いたくなるが、ホワイトヒドラで失敗してるし、他もきっちり上げたい。
クラウにドルイドの60の『テュールの剣』という隻腕の神を喚ぶ魔法を見せてもらった。テュール、もしくはチュールは北欧神話のオーディーンの前に主神だった神なのだが、フェンリルに片腕を噛みちぎられ、世代交代している。それでも軍神マルスと同一視され、火曜日の語源にもなった強い神だ。本来は軍神ではなく天空神だったっぽいが。
【ドルイド魔法】を極めたら隻腕ではない『テュール』が喚び出せるんじゃないかと、クラウと盛り上がった。そして他の、特に氷や雷、時などの複合魔法も高レベル魔法が楽しみで真面目にスキルを上げている。戦闘力強化はもちろんだけど、まだ見ぬ魔法って浪漫だ。
「よし、鳥ルート四十層のボスだ」
ボスへと続く石造りのでかい扉の前、手の中でクルルカンが杖からちょっとだけ元に戻って私を見る。
――ちょっと可愛くなってきた。いや、騙されるな、これは人型になれるし、打算も見え隠れする蛇だ。
気を引き締めて扉に手をかける。四十層のボスはフェル・ファーシと同じレベルだ、大丈夫だとは思うが慎重にいこう。
キーンという高い金属音と共に四方から現れる六羽の鳥。ステージは湖畔の森、湖の青と同じ色の鳥は金属の翼を持ち、登場の仕方も動きも航空機ショーの戦闘機のようだった。
【黒耀】を喚び出し防御を固め、【時魔法】『ハイヘイスト』を回避用にかける。磨かれた鏡のように周囲の緑を映す羽根に嫌な予感を持ちつつ【雷魔法】のレベル10『青雷』を放つ。
嫌な予感は的中し、鳥に命中した雷は羽根を滑るように弾かれ空中に消えた。
反射しないだけましか。鳥ルートで一番ダメージを上げられる有利なものは物理遠距離、弓だったな、と思いながら青い鳥の攻撃をかわす。翼は薄い刃のような羽根でできており、当たるのはどう考えても不味い。
六羽の鳥は見事な連携で逃げ道を塞いでくる。道中でも敵が認識し辛かったが、ここでもやはり一緒で鳥たちは森の緑と湖の青に紛れる。数が多いので前座かと思ったがとんでもない、厄介な敵だ。
こちらが敵を見つけるのが遅く、あちらは早い。雷だけではなく、広範囲の魔法も無効らしく、むしろ魔法のエフェクトを目くらましに使って飛び込んでくる始末。魔法耐性というよりそのスピードで突き破って振り切っている印象を受ける。
効くのは単体魔法。うん、いざとなったら剣で戦おう。
今覚えている高レベルの魔法は範囲になっているものが多く、使えるものが限られる。レベルが低い魔法は当然威力が弱いが当たらないよりはましだ。
結果。
もう諦めてその場から動かず、目を閉じ【心眼】に集中する。飛んできた鳥を認識した時点でそちらに視線をやることもなく、【範囲魔法】を外した『氷のエストック』を突き刺す。
ほとんどゼロ距離で当てるそれは、正しく獲物の中心に先端を埋める。最初は角度がずれて、鳥をかすってそのまま先が向いた方向に飛んで行ってしまったのだが慣れてきた。
鳥が金属音を上げて体勢を崩したところに、【ドルイド魔法】レベル40の『トールの鉄槌』という雷系統だけどとても物理な感じのハンマーを振り下ろす。鳥の金属音は鳴き声なのか、そのまま金属の体が軋む音なのか判別がつかない。
魔法使いなのにとても物理近接職みたいな状態です。そういえば私は魔法も使える近接職、魔法剣士系列だな。これで戦い方正しいのか? いや、剣を使ってない。そもそもクルルカンのレベル上げなので杖を使わないという選択肢はないのだが。クルルカン、打撃武器もいけないかな?
《ソロ初討伐称号【終の星】を手に入れました》
《ソロ初討伐報酬『ヘラクレスの弓』を手に入れました》
《お知らせします、迷宮蒼天ルート地下40階フロアレアボス『ステュムパーリデスの青い鳥』がソロ討伐されました》
《ステュムパーリデスの青い鳥の矢羽×5を手に入れました》
《ステュムパーリデスの青い鳥の羽毛×5を手に入れました》
《ステュムパーリデスの青い鳥の嘴を手に入れました》
《ステュムパーリデスの青い鳥の魔石を手に入れました》
《ホワイトオパール×10を手に入れました》
《魔力の指輪+4を手に入れました》
《『幸運の羽根』を手に入れました》
ステュムパーリデスってヘラクレスの倒した何かか。ヒドラとか黄金の林檎とかのほうが有名な気がするが……。
称号【終の星】は戦闘不能になると星を降らせて大ダメージを与える、【流星】系のスキルがあればダメージ倍。あの雨あられみたいなスキルの倍……。結構酷い有様だった気がするのだが。ファイナルアタック流星? ヘラクレスが亡くなった後星座になってることに引っ掛けたのかな?
でもこれ、戦闘不能前提だからクリア報酬のアイテムが貰えん気がそこはかとなく。『身代わりのペンダント』があるからセーフだろうか。『蘇生薬』があればパーティーなら生き返らせてもらえるか――って、倒した後じゃやっぱりアイテム貰えないな。微妙に使えない、スキルと違って称号では自動発動だし。
さて、魔法もクルルカンのレベルも上がったし、刀剣系のスキルゲージもマックスになってるし、帝国戦に向けての準備は大体済んだ。あとは『兵糧丸』の改良くらいか。
『兵糧丸』の味を思い出して眉間に皺が寄る私。食べたらEP回復するし、EPの減りも緩やかでお世話になってるのだが。
ちょっと私も休憩、美味しいものを食べよう。
ボス部屋から魔物の来ない転移部屋兼休憩エリアに移動し、扶桑でもらってきた鮎を取り出す。
普通は黒っぽいのだが、この鮎は丸々と太って黄色い斑紋が浮かぶ、藍藻をたくさん食べた証拠なのかな? 小さいうちは虫も食べると聞くけど、藻だけ食べてる鮎は安心してワタも食べられる。生きているうちに焼くと骨が柔らかくなると聞くけど、生き物の収納はできないのでそれは現地で食べるしかない。
余分な水が抜けるように頭を下にして焼く。切れ込みを入れないなら、魚の丸焼きは余分な水が抜けるよう口を下になるように斜めに置いて、脂が身に回るように何回か串を返して焼くのが美味しいと思う。
以降の予定としてはカルたちからの連絡を待って騎士たちと合流、打合せの後、討ち入り。私は玉藻か鵺を抑える役割の予定なのだが、鵺は皇子でほぼ確定として、玉藻の居場所がなかなか特定できないらしく他の準備は整ったものの足踏み状態だった。
その玉藻の居場所がほぼ特定できたということで、今細かいところを詰めているはず。特定してきたのペテロとロイたち、兎娘なんだけど。
レイド戦になる様相なんだが、私は蚊帳の外でフラフラしている現在。ペテロも権力者とのやりとりが面倒で影に徹するそうだ。
香ばしい匂いが辺りに漂い、じゅっと鮎から脂が垂れる。鮎の塩焼きの完成、ガブっといきますよ、ガブっと。
□ □ □ □
・増・
称号
【終の星】
□ □ □ □
ああ、直さねばいけないことが溜まってゆく。
いつも誤字脱字、その他お知らせありがとうございます。
感想も読んでうれしくて心浮き立つかんじで感謝しております!