311.底上げ
「そろそろ玉藻と鵺との戦闘がありそうなので、本日はレベル上げです」
嵐の前の静けさというか、嵐の前のどんちゃん騒ぎを終え、本格的に帝国に喧嘩を売る準備を騎士たちが始めている。サディラスからの協力を得られることになり、一気に進んだらしい。帝国との間になる小国の過半数の協力を取り付け、残りも積極的に参戦しないという約定を内々に結んだそうだ。
国同士や権力者の争いには近づきたくないので、戦闘能力を上げて備える方向。
「……増えてる」
「もふもふダブルです」
本日は、ペットの喚び出し数の制限解除の【ドゥルの血脈】とペットの装身具『ヴェルナの絵本』を活用してクズノハ、白、黒、リデルを召喚。
クズノハが黒を見て呟いた通り、黒の初参戦。場所は三十四層。
「マスター、リデルはみんなより走るのが遅いです。頑張りますが、遅れたらごめんなさい」
「いや、走る必要は――、一戦一戦ゆっくり行こう。進むのは倒し終えてからで」
走る必要がどこに? と思ったが、白とクズノハと目が合って言い直す。
うん、前回は敵を誘引しながら状態変化系のスキルをばらまいて結構なペースで走ったな。
「……」
「なんじゃ? 気合いを入れんとレベルを上げ損なうぞ。こやつが戦闘に喚ぶのは珍しいのじゃ」
何故か誰とも目を合わせない黒の様子を白が気に掛ける。
「知ってる、知ってるとも! 共有した留守番させられる黒の記憶もさることながら、こいつが俺を初めて喚んだのはブラッシングのためだったからな!!」
「……」
叫ぶ黒――どうやら中身はアルドヴァーン――から、今度は白が目をそらした。
黒はハスファーンに憧れていたことと女王だと思っていたことが私にバレていることに気づいて絶賛引きこもり中。本来ミスティフは気ままな生き物で一匹で生活することが多く、個人主義。女王ができたというか現れたのは数が減った後に生き残るために指導者が必要だったかららしい。
白やアルドヴァーンたちが暴れた時に人間側が勝手にミスティフの王認定したか、勢い余って俺は王だ! とか言ってしまったとかはありそうだ。黒は数が減った後に生まれた個体、そして他のミスティフよりは長生きで何代かの女王の姿を見てきたらしい。
女王に対して思い入れが強いんだな、などと思いながら黒を撫でる。出会った頃のあの針金のような毛並みを思い出すと感慨深い。隙をみてはブラッシングをしていたのだが、下半身のガードが固くて。
「尻の毛玉がなくなってなによりです」
目指せ、白並みのもふもふ。
「おぬし……」
「ぬしさま……」
なんだか白とクズノハが残念なものを見る目をよこしているけど気にしない。リデルは黙って私を見ながらゆらゆらと揺れ、目が合うとはにかむ。
黒っぽい落ち葉が積もる湿ったフィールドを進む。目印は木の根に侵食され崩れた壁の石積み、倒木もあるがジャングルにしては木々が大きく進むのが楽だ。
「……頑張るわ」
クズノハがぶるっと身を震わせたかと思うと尻尾がもふ増し。いや、大きくなった。
人型の尻尾はどこから生えてるんだろう? 一本ならともかく三本もとなると想像がつかない。
「ん、頑張る」
そう言って指の間の試験管を掲げるリデル。
「対象自分にNo.031『スピード』を使用」
「対象自分にNo.032『シールド』を使用」
「対象自分にNo.040『防御力マイナス速度プラス』を使用」
リデルが手放すと試験管はいとも簡単に割れて中身が降り注ぐ。
「よし、行くのじゃ!」
「ハスファーン……いや、いい」
やる気の白を見て、黒が何か言いかけてやめる。
うん、好戦的なミスティフって珍しいんだろうな。白と黒が一番身近なせいでこっちの方がむしろ自然なのだが。
そして使われる【誘引】。
駆け出す二頭。
だから急ぐ必要は無いと言うのに!
慌てて後を追うはめに。
「対象広範囲にNo.014『暗闇』を投擲」
丸いフラスコが飛び、クズノハの誘引で集まってきた敵の只中で割れる。黒い煙のような闇が敵を包み消えた。残されたのは視界が奪われたらしい右往左往する敵。
赤雨大鷹の降らす酸を避けながら【混乱】をばらまく白。
物理攻撃を仕掛けてゆく黒。黒の能力は攻撃と同時に対象の能力を一部奪うのだそうだ、今はどうやら矢蛇の『速さ』を奪ったらしい。
そして始まる高速マラソン。
わらわらと【誘引】にかかって群がってくるのだが、【魅了】にかかった敵の同士討ちはあるわ、【暗闇】で明後日の方を向いているわ、【混乱】にかかってその場でぐるぐるしてるのはいるわ、またカオスになった。
「ちょっと待て、戦い方おかしいだろう!?」
「全面的に同意します」
驚き怒鳴る黒に同意しながら、状態異常にかかったまま寄ってくる敵を倒す私。
「レベルを上げるの。これは敵との戦いじゃないわ……」
クズノハ、その認識もどうかと思う。
「なるべく多くの魔物にいかに効率よく攻撃を入れられるかじゃの。ほれ、貴様だけ取り残されるぞ」
喋りながらも攻撃の手を緩めない二人。
「マスターが一緒の時はボーナスタイム」
リデルの認識もひどい!
「大丈夫じゃ、何をしてもこやつが全部倒す」
戦いながら言う白に、信頼されてるのかそれともヤケクソなのか迷う。
「本日は鳥ルートだ。私も初めてのボスだから用心するように」
帝国に行ったらどんな敵がどんなスキルを使ってくるかわからないので、知らない敵にみんながどんな動きをするか何度か見ておきたい。
階段の先は竹藪だった。ひと抱えもあるほど太く大きな竹が天を目指して伸びている。さわさわと竹の葉が音を立て、竹に負けない巨大な影が現れる。
「鶏……?」
姿を現したボスを観察しながら【黒耀】を呼び出し防御を固める。【鑑定】で視たボスの名前はバサン。
顔も体も鶏だが、足の大きさがおかしい。腿と同じ太さで続く足は鱗に覆われ鋭い爪を持ち恐竜を思わせる。目の周りから立ち上がる真っ赤な鶏冠は火が燃えるよう。
「ケエエエエエエエッ!!!!」
青い空に向かって一鳴きするとドスドスと音を立てて向かってきた。
『兵糧丸』を口に放り込む。苦い! 舌に触らないように丸呑みしているのだが、胃から上がってくる苦味と渋味。この味の改善のために【薬膳】のレベルをさっさと上げなくては。
『兵糧丸』の効果は腹を満たし、EPの減りが緩やかになること。普通に戦う分には必要がないのだが、不相応な神々にもらったスキルを使うには不可欠。【アシャの鉄腕】のレベル上げもしているし足らない。
「【天狐の火】」
クズノハの放つ白い炎。
「対象バサンにNo.044『防御力低下剤』を使用」
リデルが投げる試験管がボスに当たって砕ける。
白と黒、二匹が駆け出し空を蹴り、バサンの体を登る。【天狐の火】が絡め取るように燃え上がりバサンの足は止まっている。
二匹は大型犬より大きいサイズと私の肩に乗っている時のサイズとを必要に応じて使い分けている。避ける時は小さく、攻撃の時は大きく。――もふりたい。
黒が能力を奪い、白が状態異常を付加する。
バサンがふらついた後、怒って奇声を発し身を震わせて羽根を飛ばしてくる。
「もう少し優雅な攻撃が見たいわ……」
「マスターの前にいるのが間違い。溶けて?」
クズノハに届く前に羽根は燃えだし燃え尽き。リデルに届く前に溶け出し、そしてリデルが溶かした羽根が元あった場所、バサン本体も何箇所か溶け落ちる。
あれこれ私の出番がないやつだ。
《ソロ初討伐称号【隠形を視る者】を手に入れました》
《ソロ初討伐報酬『姿隠しのマント』を手に入れました》
《お知らせします、迷宮蒼天ルート地下35階フロアボス『バサン』がソロ討伐されました》
《バサンの羽×4を手に入れました》
《バサンの肉×5を手に入れました》
《バサンの鉤爪×4を手に入れました》
《バサンの魔石を手に入れました》
《バサンのシトリン×10を手に入れました》
《『バサンの羽飾り』を手に入れました》
「マスター、ありがとうございます」
「なかなか厄介だったわね」
「ただの飛べない鳥じゃと思うておったら姿を消すとはの」
「ふん、お前の十八番が取られたな」
飼い主の面目は保たれた。
バサンは後半、バサバサと音を残して姿を消し誰かの背後に現れては羽根を降らせ、熱くはないが状態異常効果のある火を吹いてまた姿を消すという攻撃を始めた。
気配を感じ、居ることを見破るのはリデル以外できていた。リデルはリデルで薬剤を撒いて分かるようにしていたので結果的には全員バサンの出る場所の見当は付いていたのだが、【縮地】を併用されて流石に狐火や薬剤の投擲では攻撃が追いつかなかったのだ。
まあ、私が出る場所、動く場所を予想して一度攻撃を入れたら、すぐに全員真似しだしてまたひどい状態になったんだが。出てきたところをすかさず攻撃はもちろん、置き薬とか置き火とか。
途中、予想が微妙に外れたらしく、白と黒が頭をゴチンっとやってパンチの応酬してたけど。
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・増・
称号
【隠形を視る者】
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次回は騒がしくない話になるはず……、たぶん。
おかげさまでコミックス好評のようです。ありがとうございます!
お暇でしたらこちらも。
「異世界で箱庭を。」
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