310.今再びの疑惑
おはようございます。
パンツの脱着、穿くほうは簡単にしてくださいと要望を出すつもりのホムラです。宴会場(?)は死屍累々というか、人間の酔っ払いが倒れている中で白峯とルバだけが淡々と朝まで飲んでいたらしく、なかなかひどい光景。
白峯以外の鬼は消えている。そういえば手形を差し出すことで多少緩和されるものの、昼間はマイナス補正付きなんだったか。マイナスがなくなるのは第一頁の鬼である紅梅と酒呑だけだ。が、白峯は特に無理をしている様子もなく、普通だ。やはり強い鬼なのだろう――たぶん。
茨木童子もペテロの第一頁だが、褌娘は単純に酒に弱かった。
「他は己が根城に帰ったようですね、朝日が厳しいとみえる。ホムラ様の御前で無様な……」
ここにいない酒呑たちに冷たい言葉を吐く紅梅だが、部屋の襖を開けたらカルと一緒にいたんだが紅葉を警戒してくれてたのか部屋までたどり着かず廊下で寝落ちてたのかどっちだ。
「楽しかったならそれでいい。今回はそういう趣向だったしな」
そう言いつつ部屋がどうしようもなく酒臭いので、そっと生活魔法で臭いを消す私。ついでに酒や肴をこぼした跡も綺麗にしておく。
なんで畳が毛羽立ってるんだろう? ――ああ、酒呑の足の爪を切ってもらうべきか。とりあえずこれも元に戻す。
「おはよう」
「おお、朝か。おはよう」
ルバは障子の向こうが明るくなっているのに初めて気づいたらしく、目を細めている。
「おはよう」
押入れがガラリと開いてペテロが顔を出す。
「待て、そこで寝たのか?」
「呑んでたらちょっと部屋に戻るの面倒に」
清々しい笑顔だが状況がひどい。
さすがに右近はいないようだが、天音が瓢箪を抱えて幸せそうに転がっている。よだれが垂れとるけど、なんだか幸せそうだ。
「ごはんはまだかの?」
「はいはい、寝なくて大丈夫なのか?」
白峯の前に膳を用意し、ついでに自分も食べてしまうことにする。
「あ、私も」
ペテロが言い出し、カルと紅梅にも所望されたのでルバにも出して六人分。
「この味噌美味しい、どこの味噌?」
「信州の『まぁーず』もどきにしてみた」
ペテロの食べている蒸し野菜につけたのは酒粕・野沢菜の刻みの入った味噌。
「はて、シンシュウとは聞き慣れぬ土地ですが美味いものですな。こちらの鰈も大変よろしく……」
紅梅が食べているのは小ぶりの鰈を丸揚げにしたもの、紅葉おろしと万能ネギを乗せてポン酢で。一月二十五日に道眞公の掛け軸を飾って焼き鰈を食べるのは福井だったか? 焼きカレイではないが、紅梅と一緒に食べたら頭が良くなるだろうか。
どうやら紅梅も鰈は好きなようなので、次は梅ヶ枝餅もどきを作ろう。
「主の料理はどれもこれも美味しいですね」
そう言って豆腐をひとさじ掬って口にするカル。
やめろ、それは飯を食い終えてからにしろ。
他は生姜、胡麻、万能ネギ、海苔など薬味を好きに選べるようにした弛めの柔らかい豆腐。カルだけ黒蜜掛け、最近のお気に入りのようなので出したが、おかずになるものじゃないと思います……。
カルと紅梅は果たして楽しめたのだろうか、この二人だけはちょっとわからない。とりあえず好物っぽいものをだしてみたが。
奥蛸の大船煮はちゃんと柔らかくできた。抵抗なく嚙み切れ、旨味が染み出す。
白芋茎のとろろ昆布和え――芋茎は里芋の葉柄を栽培したもので、アク抜きしないとエグいだけではなく喉に細かい針が突き刺さるような痛みに襲われひどい目にあう。うん、本当になんであんな危険物を出されたのか……。
思わず現実世界の思い出に遠い目になったが、ちゃんと処理すれば上品な味のものだ。
他は『黒鞠猪豚』の炙りに柚子胡椒、枝豆入りの卵焼き、かまぼこ。迷宮でドロップした棍棒――じゃない、鰊の昆布巻き、白御飯、赤だしの味噌汁、漬物五種。朝ごはんは少量ずつ品数を多くした。
白峯は上機嫌で食べているし、ルバも嬉しそうだ。気に入ってくれたようで何より。
「うむ、酒が欲しくなるな」
ルバ……? どこまで飲むつもりだ。
そして別れの時間。
「うう、頭いてぇ」
呻くガラハド、眉間にしわを寄せているイーグル、ふらついているカミラ。ルバを除いて鬼との飲み比べは鬼の圧勝だったようだ。もっともルバは自分のペースを守り、小次郎印の『鬼酒』などには手を出していなかったようだが。
右近とルバは涼しい顔だが、左右にいる左近と天音は表情が硬い。左近は強く勧められると断れずに呑んでたからな。
「ホムラ様、いずれまた」
紅梅が消える。
「火の社の件といい世話になった。白峯公は責任を持って預かるよ」
右近と握手して銅鏡の前に仕切られた陣の中に入る。大陸のものとはだいぶ違うと思ったが、発動の瞬間に鏡から反射した光の陰影は私たちのいる床に見慣れた転移陣の模様を映した。
四人に見送られて帰って来たファストの神殿。
すぐさま雑貨屋へ転移。
「あれ?」
一人足りない。
ペテロ:すごい神殿内がざわついてるwww
ホムラ:そういえば雑貨屋への転移は解放してなかったっけ? ――カルとガラハド目立つからな。
ペテロ:www NPCとはいえ、たくさん住んでるし妥当でしょw
ホムラ:すまん、すまん。お疲れ!
ペテロ:お疲れ様〜、ご飯ご馳走様
「うー。ちょっと寝るわ」
「同じく」
「私も」
半分ゾンビのように部屋に引き上げてゆく三人。
「主、お茶を淹れましょうか?」
カルが笑顔で聞いてくる。
「頼む」
ソファに腰掛け伸びをする、楽しいけど疲れた。
ちょっと一人の時間を楽しみに迷宮に来ている。みんなで騒ぐのも一人の時間もどちらも好きだ。
五十四層までを駆け抜けて、ミノタウロスの宝箱回収チャレンジ中。無敵のミノタウロスから離れすぎてもだめ、近すぎても攻撃がくる、距離のヒントはどうやらブモーらしい。
「ブモオオオオオ!!」
っ! 離れすぎた!
巨大な戦斧が壁を壊して現れる、距離を詰められたので失敗。宝箱の回収は中々タイト、その代わり『アリアドネの糸』というリデルと菊姫が喜びそうな素材が手に入った。リデルが思い出したスキル【人形制作】と【お人形操作】は予想に反して小さなぬいぐるみが動くという平和なものだった。だった、うん、過去形だ。
基本フリルやリボン、レース、色とりどりのパステル系でリデルの趣味は可愛いのだが、ビスクドールが可愛いと思うか怖いと思うかは個人によると思うのだ。特にそれが動くとなれば。
もういっそ滑らかに動いてくれればましなのだが、まだスキルが上がっていないらしくぎこちないところがまた……。リデルは嬉しそうなので止める気はないのだが、クズノハの家を建てたら人形の置き場としてリデルにも可愛らしい洋館を作ろうかと思っている。
失敗しつつも二つは確保した。
そしてミノタウロス戦。
「ストレス解消!!! 【金】! 『アイアンメイデン』!!」
牛に追い回され、思うように宝箱が取れなかったストレスをぶつける時間。ついでに人前で使えない魔法シリーズ開催。
ステージはオレンジ色に染まる夕暮れ、ミノタウロスに効果がなかった魔法が解禁される。ここも短い円錐をひっくり返したような土塊が浮いているので地震が来るのは、物理のステージと一緒だろう。
上から落ちて来た鉄の塊が、鋭い針のついたその内側にミノタウロスを疾く飲み込む。扉のしまった冷たい鉄の塊から響く獣の悲鳴と下から流れだす血。なかなか悪趣味だが【金魔法】レベル45のダメージはさすがか。
「次、【木】35、『冬虫夏草』!」
アイアンメイデンから吐き出されたミノタウロスに追い打ちをかける。斧を握り直す盛り上がったミノタウロスの背からエノキのようなものが生えたかと思えば、白い透明感のある細工物のような花が咲いた。そしてまたエノキのようなのが出て――焼き払うなりなんなりしなくては術者の魔力の強さに応じてたくさん生えてくる。そして寄生している間、HPとMPを少しずつ吸い取り、花が落ちた瞬間吸い取ったものを術者に返す。
ゴブリンなどには払われてしまうのだが、背中に手が届かないような獣型とか鳥型、このミノタウロスのように防御に関して無頓着なタイプにはよく効く。
これは思ったほど気持ち悪い見た目じゃないから人前で使ってもいいかな? いや、でもこれ花が咲くまではちょっと気持ち悪いか。使ったことのない魔法、忘れている魔法のエフェクトの確認をしつつ、ミノタウロスが動かないように合間に拘束系の魔法を挟む。
「『アイアンメイデン』」
何度目かのアイアンメイデン、上から降って来たかと思ったらミノタウロスの脇に落ちてそのまま地面に横倒しになった。
思わず唖然とした私。
「ブモ?」
何故か地面からゾンビが現れ、アイアンメイデンの胸を開き、不思議がっているミノタウロスを放り込んで戻っていった。あとはさっきまでと同じ結果。アイアンメイデンのデザインも表情も変わらないはずだが、気のせいか笑っている気がする。
なんだろう? 運営のお遊びだろうか。
「ブモオオオオオオッ!!!!」
ミノタウロスが吠える、このステージのギミックは簡単だ。一つ、自分の得意な攻撃手段が使えるステージを選ぶこと。一つ、ミノタウロスや自分の攻撃で浮いた土塊を壊してしまう前にミノタウロスに相応のダメージを与えること。一つ、斧を地面につけ柄頭に両手を重ねて力を溜め始めたら浮いた土塊の上に避難すること。
《ミノタウロスの角×3を手に入れました》
《ミノタウロスの皮×5を手に入れました》
《ミノタウロスの魔石を手に入れました》
《『白牛の第一胃』×10を手に入れました》
《『白牛の舌』×5を手に入れました》
《『白牛のロース肉』×10を手に入れました》
《『サーロイン』×4を手に入れました》
《『スキル石・溜める』×1を手に入れました》
再びの焼肉の材……いや、『サーロイン』ってなんだ! 何故白牛がつかないんだ? 疑惑の肉? また疑惑の肉なんですか?
『新しいゲーム始めました。』コミック一巻、明日発売です。
よろしくお願いいたします。
土日早売りもあったようで、すでにお手に取っていただいた方、ご予約いただいた方、ありがとうございます。
小説版ともどもよろしくお願いいたします。




