308.鬼の宴会
食前酒は梅酒。強い酒は飲めないけど、これくらいなら。
八寸、元は八寸角の杉のへぎ木地の角盆。その名の通り八寸――約二十四センチ四方の盆に、一口大の少量ずつ旬の海の幸や山の幸を数種類盛った贅沢な皿。分かりやすく言うと酒のアテ。
若干視線が痛いが、ご飯と汁物を先にもらう私。ご飯が後から出てくることといい、会席って飲む前提のメニューなのが悪いと思います。
菜の花の辛子和え、湯葉としらす、このわた和え、鮃の昆布締め、貝殻の器に入ったハマグリ、葉付金柑黒豆……ここは二月か三月頃の季節なのか。人の作った料理は美味しいし盛り付けが綺麗だ。
粕仕立ての椀物、鯛と赤貝と鮪のお造りと続く。
「ちまちましてやがるな〜」
きれいなんだが酒呑には不評。まあ、体も大きければ口も大きい。お箸も大きいものを用意してくれたが、まだ小さく扱いづらそうだ。同じく大きな小次郎は小さな箸を器用に使ってきれいに食べているが、酒呑は思い切り料理を潰している。
ほぼ到着順に並んでいるので酒呑は離れているのだが、声が大きいのでよく聞こえる。小次郎は話す時は話すのだが普段は「うむ」とか「ああ」とかふた文字くらいしか話さないので今回も黙々と食べているのだが、どうも可愛らしいものが好きらしく、花型に飾り包丁を入れられた人参を嬉しそうにつまみ上げている。
「なかなか壮観ですね。中央を含む五家の方々と鬼との宴会とは」
カルが笑って言う。
胡座をかいていても行儀がよく見える男。外での宴席では好き嫌いを見せず、ちゃんと食べている様子。
「ホムラ様の前でなくば、酒でなく血をすすっておったでしょうね」
物騒なことを言ってうっすら笑みを浮かべている紅梅。
「Sランク冒険者と同席してもなんとも思わなかったが……。今は俺がここに混じっていることが不思議でしょうがない」
「ふっ。どうしてこうなったとか考えたら負けです」
ルバが酒を飲みながら言えば、ペテロが答える。
紅梅の次にペテロ、ルバ、右近の順。ルバには悪いがペテロとともに鬼との緩衝材状態だ。なお、白峯は膳の並びを無視して私の斜め後ろ。
「あ〜。あ〜。ランスロット様……」
天音がうっそりした感じでさっきからぶつぶつ言っているのだが、カルが完全スルーなのはきゃーきゃー言われたり頬を染められるのに慣れているからだろうか。私は目を合わせないようにするので精一杯なんだが。
いや待て、左近も右近も――というか全員スルーだと!? 私の修行が足りないのかこれ?
「肉付きのいい小娘はどうやらぬしさまに興味が薄いようよな」
「恋とは違うけどあれは崇拝対象を見る目ね。問題は右近かしら……」
「あの胸のないほうの小娘かぇ?」
カミラと紅葉はいつの間に仲良くなったのか、扇の陰で顔を寄せて何かをひそひそと話している。
ガラハドはガラハドで額にうっすら指の跡がついてて、話していてもついそこに視線が行く。何か私も話題を探してそっちに意識を持って行こう。
「カル、そういえばガラハドの先祖が酒呑だとか言ってなかったか?」
「ぶっ!」
カルに話題をふったらガラハドが噴いた。
「ああん? 俺の血筋だあ?」
酒呑が疑わしそうな半眼でガラハドを見る。
似てると思います。誰彼獣構わずやたら触るところとか、豪快な割に面倒見がいいところとか。
「いや、赤毛にかけた冗談だろ」
ガラハドが軽く否定する。
「ガラハドの叔父君から聞いた話です、家には扶桑の赤毛の鬼の血が混じっていると。名門の家を出奔して踊り子になった女性が高名な冒険者になり、家に戻った時には鬼との子がいたそうですよ」
鬼もあれだが、カルがさらりと紹介した女性の経歴がなかなかすごい。
「えええ?」
「アイツの血筋か!」
声を上げるガラハドと、杯を手に持ったまま驚いて目を見開く酒呑。
「あれ、もしかして茨木が褌と晒しなのって踊り子の衣装……?」
話を聞いていたペテロが珍しく困惑した声を出した。
ビキニに腰布的あれか! 酒呑の好みに合わせてあれを和服というか手近なもので再現しようとしてるのか! 全然方向が違うぞ! 私も驚いた。ペテロ、よく気づいたな。
「そう言えばどこか面影が……。いや、髪を伸ばせばそっくりだ!」
「ぶっ! どんな女だよそりゃ!」
酒呑の言葉に再び酒を噴くガラハド、その隣でイーグルが咳き込んでいる。
すまん、私は想像できない。というか、先日のシンのおっさんの女装が浮かんだ。
「大柄な美女と聞いていましたが……」
カルも珍しく困惑している様子。
「酒呑は強さ以外は、大きいか小さいか女か男かくらいしか区別をつけていませんからね」
紅梅のさらりとした一言で納得した。ガラハドと酒呑の周辺は声が聞こえなかったと見えてパニックなままだがほっておこう。
ああ、ご飯美味しい。
「小龍、烏天狗、影鰐は自ら下がったね。上は酒呑童子、白峯公、茨木童子ですか……」
「な、なにさ!」
周囲を観察するように黙々と酒を飲んでいた冠者が誰にともなく呟いたのに、茨木が反応して酒呑の首に抱きつく。そして酒を飲むのに邪魔だと邪険にされる。
紅梅の『閻魔帳』に紅葉、小次郎、細かいの。
酒呑の『閻魔帳』に白峯、茨木童子、冠者、影鰐さんたち、細かいの。
どうやら署名したモノが自動で上に来るというか、署名すると私の属性の影響を受けてその分強くなる。明らかに自分より強いモノには戦わずに項を譲っているらしい。性格にもよるっぽいが、どうも頁が若いほど強い証明になるようだ。中でも第一項というのは『閻魔帳』にある鬼の棟梁で、持ち主の影響が強くなる、特別な項だ。
「冠者殿は署名はなされませんか」
紅梅が杯を手に持ち言う。
表情からして『閻魔帳』の第一項の争いを煽っているのだろう。酒呑の『閻魔帳』のほうが数が多いが、手形だけでなく署名をもらっているのは酒呑と白峯の二人だけだ。
冠者、本性は二十畳サイズの巨大な鬼らしい。獅子頭に角を生やし、針金のような体毛を持つ鬼なのだそうだ。今は色白の線の細い少年なのだが……、少年姿は趣味なんだろうか。
「フン、署名する気なぞないわ。酒呑とは飲み比べででも雌雄を決めようか」
「ああん?」
杯を口に運ぶ手を止めて、目を細める酒呑。
そうして始まった飲み比べ。
「酒呑、頑張れ〜」
茨木が酒呑に声援を送る。
最初に用意されたのは座興杯、器に穴の空いた杯だ。指で抑えていないと酒が漏れるため、飲み干さないと置くことができない。大きさが大・中・小とあり、コマを回して出た目の器に酒を注いでもらい、それを飲み干すお座敷遊び用の杯だ。土佐可杯のようなもの。
が、小さいと言われて却下された。
今使われているのは一升が入る朱塗りの大盃。かなり重いと思うのだが、さすが鬼の腕力は物ともせずゆうゆうと片手で盃を傾けている。
「この離宮の酒を飲み干す勢いだね」
右近がさすが鬼と感心している。
「いいお酒なのに勿体ない」
「私が持ってる強い酒に変えようか?」
ペテロが嘆くのを聞いて提案する。
「そうだね、このままだと酒が尽きても決着がつきそうにない。お願いできるかな?」
右近に言われて飲み比べの席に近づく私。すごく酒臭い!!
「こっちの強い酒に――、おっと間違えた。これに変えていいか?」
うっかり違うのを出した。
「おう!」
「強くてかまわぬが、不味いのはいかん。間違えた方も酒のようだが?」
即答する酒呑と少し不審そうな冠者。
「これはうっかりできた強いを通り越して毒酒だ」
そう答えて小瓶を脇に避け、あとから出した酒を二つの大盃に注ぐ。
「因みにこちら、小次郎に浸かってもらった『鬼殺しの酒』です」
強い鬼ほど強い酒ができるらしい。――なお、本来は殺して酒に漬ける模様。
私は人の浸かった酒など飲みたくないが、ワインもワイナリーで昔ながらの作り方! って言って浸かって混ぜてるの親父だし酒呑なら気にしないのだろう。
「ホムラ? 今、不穏なこと考えた?」
ペテロは何故私の心を読むのか。
「ほう、小次郎殿の」
「旦那のか!」
少なくとも鬼は気にしない模様。
「もう一度確認するよ。より多く呑んだ方が上位、不満があるなら一年ごとに飲み比べを行うこと。異存は?」
何故か審判をやっている右近。
「ねぇ!」
「それで良い」
酒呑と冠者の二人がお互いを睨んだまま答える。
「では、始め!」
右近の掛け声とともに傾けられる大盃。
「はぁ〜、流石に効くな」
「フン、まだまだ」
四杯、五杯と重ねられる盃。
間に白峯に新しく膳を用意したり、まともな酒をみんなに配ったり。カルと紅梅、ルバと右近以外は酔ってきたようだ。右近は審判をしているので酒はほどほどだし、ルバは少しずつずっと飲んでる感じで無茶な飲み方はしない。カルと紅梅も酔ったとしてもほろ酔い止まりで乱れるということはない。
またログアウト時間の警告が来る前に温泉に入りたいし、ちょっと抜け出そうかな?
「面倒ですし、これでいいのではありませんか?」
春の日差しの微笑みで毒酒を手に持つカル。
「酒呑も冠者も丈夫な鬼、多少の毒などものともせぬでしょう」
煽るように視線を二人にくれる紅梅。
私の心を読む男がこっちにも二人いたわけだが、ダブルで物騒。
「いや、これは――」
「おう! 寄越せ!」
「頂こう」
言い終える前に当事者二人から了承があり、先ほど放置された座興杯にそれぞれ注がれる。
「おい」
「まあまあ、鬼は死んでも復活するし」
ペテロが爽やかにひどいことを言いながら、説明しようとする私を止める。ああ、ペテロもそろそろ警告音が鳴るのか。
「では、始め!」
再び右近が掛け声とともに扇子を振り下ろす。一気に飲み干す二人。
「ぐがっ!」
「ごっ……!」
そして撃沈する二人。
沈黙する周囲。
「……何の酒なんだい?」
扇子を振り下ろした格好のまま、右近が問いかけてくる。倒れ伏している二人の突き合わせた頭のちょうど境目に扇子があって、まるで右近が扇子で二人を倒したみたいに見える。
「クルルカンの蛇酒」
「クルルカン? 封印の獣だっけ?」
ペテロが聞いてくる。
「タシャの封じる獣終わりの蛇『クルルカン』――の蛇酒だ」
格好よく言ってみた。
えへっという顔をして袖口から顔を出すクルルカン。
蛇酒は私の銘が入っているが、リデルが瓶詰めにしたところにペテロのA.L.I.C.Eが酒を注ぐ現場に遭遇して助け出しただけだ。私が露店でジョスの鉄板を借り、ゲーム内で初めて料理した時のように、A.L.I.C.Eに料理スキルが出現したに違いない。いや、ペテロが持ってるからもう取得可能リストにはあるのか。
それにしても『庭』でクルルカンを自由にさせると、必ずリデルに瓶詰めにされてるのは何故なのか。
クランメンバー相手には元々ハウスの鍵をかけていないのだが、そう言えば来るのもA.L.I.C.Eのみだな。
マント鑑定結果【店舗スペース以外に入れると思うなよ?、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
そう言えば雑貨屋からの転移くらいしか移動手段がないんだった。――まず雑貨屋の住居部分にリデルとセットのA.L.I.C.E以外が招き入れられることが想像できない。実質A.L.I.C.E以外には解放されてないな!
修正と疑問を持たれたようなので追記。




