307.全員合流
騎獣を降りて、雪の積もる風景を眺めながら石段を歩く。石段は雪が掃かれ黒く濡れた色を晒している。一直線の四角い階段ではなくて、形の違う大小の石が積み重ねられたような石段で、両脇から葉に雪を積もらせた椿が枝を伸ばす。
この風景に巫女服いいな、着てるの天音だけど。
「いらっしゃい」
広い玄関、一枚板の式台の上で笑顔の右近。
「お邪魔します」
「驚かないね?」
「一晩くらい離れられそうだと言ってたからな」
予想通りだ、そしてやっぱり膳が足りない。
いや、食事は上げ膳据え膳だから大丈夫か。左近の家でも白峯の他は朝夕いただいたし。
「カルは扶桑に帰る道中で会ってるな?」
ペテロとルバが再会の挨拶をした後、カルを紹介する。
「こっちは紅梅」
紅梅は紹介するべきか否か迷ったが、お互い視線を下げないまま少し頷くような挨拶で済ませた様子。
「もっと大人数だと思っていたけど、割と少ないね? 左近もいないし」
「後から来ると思う。この場所は左近が知っているだろう?」
話しながら部屋に向かう。行く手を遮る板戸や格子戸の前に女官さんがいて、絶妙なタイミングで開けてくれるのだが、右近にそれを気にした様子はない。女官さんがいないかのように歩く速度も一緒だし、そちらに視線をやることもない。
「温泉に近い離れのほうがいいかと思ってね」
渡り廊下を渡ってようやくゴール。広いぞ、離宮!
部屋は雪見障子の小障子が開けられ、雪に覆われた庭が見える。畳は張り替えられたのか薄いグリーン、火鉢が置かれほんわりと暖かい。
離れというと小体なイメージだが、ここは渡り廊下で繋がっているだけで一軒家に近い。広間と部屋がいくつかあるようだ。
「さて、落ち着いたところでいくつか聞きたいんだけれども」
女官さんが茶菓を置いて下がったところで右近が言う。
「なんだ?」
白峯の帯と私の手首に結んでいた下げ緒を解く。
「先ずその紐は?」
「天津に貰った下げ緒だな」
以前、天津からペテロが巻き上げた時に私も便乗して貰ったものだ。『紫紺下げ緒』、通常刀に結ぶものだ。
「そうではなく、何故白峯公を?」
「ああ、なんかふわふわ飛びそうだったから」
馬上で手を繋ぐのは難しかったもので。
「迷子防止なのかい……?」
「ちょっ! 天津にってもしかしてそれ胡蝶の作品なの!?」
困惑気味の右近の隣から天音が悲鳴のような声を上げる。
「ああ、そうだな」
胡蝶は天津の鍛冶弟子の少女だ。鑑定すると、その銘が出るので彼女が作ったのだろう。
「江都で剣を取る者の憧れのアイテムなのに、なんて勿体ない使い方を……っ」
「天音、結んでいるのが白峯公だから勿体ないとも言えない」
「使い方が雑……っ」
「それは僕も否定できない」
右近と天音、二人の会話がなんとも言えないテンポ。天音が表情豊かで大げさ、右近はほとんど表情も抑揚も変わらない。
「次の質問だけど、ペテロはどうやって来たんだい? この時期、船では渡れないよね? 防衛面からもこれから増えるだろう異邦人の対処のために聞いておきたいんだけど。飛行タイプの騎獣かな?」
「ああ。私はうちのA.L.I.C.Eがちょっと浮けるんで実験的に。ダメだったら諦めるつもりだったんだけど、アザラシに賄賂を贈ったら、足場になってくれたから」
「どんな状況なんだそれは」
「アザラシ二頭に鼻で突き上げられて、ホップ・ステップ・ジャンプですよ」
思わずつっこんだらシュールな答えが返って来た。アザラシは海竜のお供のあの二匹だろうか。
「言ってくれれば」
「実験も兼ねて自力でね。自分で行き来できた方がいいし」
爽やか笑顔のペテロ。アザラシの絵面が愉快なんでちょっと見てみたかった。
「おかしいわよ!」
「まあ、大鳥居をくぐって来たならば問題はないね」
――あ。大鳥居を潜らず呼ぶのまずいか、右近の言葉にちょっとだけ目を逸らす私。扶桑への道中で私がペテロを呼び出せることはばれているし、私への釘さしだと思って自重しよう。
出されたお菓子は柔らかなお餅に甘さ控えめなちょっと紫がかった餡が乗っている。皿も添えられた三寸ほどの黒文字楊枝も華美ではないが美しい。この離れの全てが隙なく手をかけられている、そして邪魔な主張をしてこないためとても落ち着ける。
クズノハの住まいはこれが理想かな。いや、女性だしもうちょっと華やいだほうがいいのか? 生産でこの域に行き着くのは大変そうだ。
「失礼いたします」
雪が降り積む庭を眺めながら、温かいお茶を飲んでいたら声がかかった。右近が応えると襖が開いてどやどやと。
「右近様、遅参申し訳ございません」
「じじい! なんてとこに飛ばすんだよ!」
「寒かった!!! 疲れた!!!!」
「完全に巻き込まれた」
「ぬしさま」
「ホムラ!」
「これがそなたらの君か」
急に騒々しくなった。
「あでででで!」
「主についていたのではなかったのか?」
ガラハドは笑顔のカルにアイアンクローを食らっている。
「ほんに騒がしい。二人ともいっそ戻ってこねばよかったものを」
「んだと!?」
「争いに参加もせぬくせに、何食わぬ顔をしてぬしさまの傍におるとは……っ!」
酒呑と紅葉は紅梅の口撃を食らっている。
「ご飯はまだかの?」
「騒がしいとまた白峯に飛ばされるぞ」
白峯に雑煮と漬物を出しながらこれ以上うるさくならないよう注意を促す。
さっきまで音が雪に吸い込まれていくような静けさだったのに落差が激しい。
「静かな時間だったんだが……」
「短い静けさだった」
ルバとペテロもどうやら同じ気持ちだったようだ。もっともペテロはレオとシンで毎回騒がしいのには慣れているので半笑いだが。
「いや、待て。どなただ」
なんか一人知らない顔が混じっている。
可愛らしい顔をしているが冷たい印象を与える性別不明の童子――たぶん鬼。
「え。ホムラの関係者じゃないの?」
「初対面だ」
「今更一人二人鬼が増えてても驚かないけどね」
天音に驚かれ、右近に呆れられる。
「私とは無関係な鬼だぞ?」
何故私が責任者っぽいんだ。
「こちら冠者殿です……」
左近が少し言いづらそうに紹介してくる。
「そなたが隊を送り込んだ鬼ノ城の主よ」
「隊?」
ん?
何故ガラハドたちはあからさまに顔を背けるんだろう。
……。
「えー。もしかしてこの面々が迷惑をかけたと……」
「おう! ついでだから城一つ落として来たぜ!」
得意満面の酒呑。
落としちゃったんですか!
「ホムラ、すまん。出た先で槍を持った鬼に囲まれてな」
「酒呑と紅葉が戦い出したものだから敵かと……」
「完全に敵の真っ只中に飛ばされたと思ったの」
ガラハドとイーグル、カミラが言う。そのまま勢いで戦っちゃったのか。
「城に警備兵がいるのは当然でしょう」
冷たく言い放つ冠者。お子様なのに怜悧な印象、見かけ通りの年でも強さでもないんだろうなこれ。
「被害は?」
弁償か、弁償なのか。鬼は倒してもまた復活するけれど、どれだけ城を壊したのか。
「ホムラ様、酒呑の『閻魔帳』を」
これは鬼ノ城を訪ねて、スキルで直してくるしかないかと思っていると、冠者から答えが来る前に紅梅から『閻魔帳』を出すように促される。
「また俺のほうかよ!」
「私は今回のことに、一つも絡んでおりませぬ」
酒呑が叫んだかと思えば、紅梅に一瞥をくれられ座り込んでガシガシと頭を掻く。
「うん?」
「冠者はホムラ様の差し向けた者に敗れたのです。これはあなたの鬼になるという話ですよ」
状況がピンとこない私に紅梅が説明してくれ、吹き出しそうになる。
ペテロ:増えてる、増えてる。
ホムラ:何でだ、何でこうなる!?
ペテロ:飼い主の責任ですwww
ホムラ:吐血
そういうわけで鬼が増えました。
「君は鬼ホイホイなのかな?」
右近の一言が心に突き刺さる。視界の端ではペテロが笑ってるし、見えないところでまたお仕置きされてるらしいガラハドの悲鳴が聞こえるし。
「まあ、無事合流できてよかったんじゃない?」
「鬼ノ城は半壊しましたよ」
無理やりまとめようとする天音に冷めた声でかぶせる冠者。
「揃ったことだし膳を用意させるよ」
右近が手を叩く。
「あ、小次郎喚び出すのでもう一人増える」
左近に伝えてあったことなのだが、今さっきまで合流できてなかったので念のため。ちょっと紅梅が嫌そうだが諦めてもらおう。小次郎に第一項の鬼を奪うつもりはなさそうだけど、嫌なのはそういう問題でもないのだろうか。
「私もせっかくだから茨木童子喚ぼうかな。二つ増えても大丈夫ですか?」
ペテロも褌娘を喚ぶようだ。
「今更一人二人増えたところでどうとでも、と言いたいところだけどね。鬼の食欲はよくわからないから――持つかな?」
台所事情を気にしつつ現れた女官さんに指示を出す右近。
「ああ、最初の膳の後は私も酒肴を出すから」
安心してください、今日のために鬼用の強い酒がポッケにあります。
膳が運び込まれる間に小次郎を喚び出す。そういえば影鰐さんとかまだ喚んだことがないな、すっかりその他大勢扱いをしていたが、今度戦闘に喚んでみよう。
「呼んだかね」
「ああ、約束の酒宴だ。小次郎には協力もしてもらったしな」
「きゃー! 酒呑! 酒呑!」
「うげっ! 茨木!」
来た途端、ペテロではなく酒呑に飛んでいく茨木童子。よし、法被はちゃんと着ているな。
……。
「ペテロ、もうちょっと着せた方がいいんじゃないか?」
私の説得では法被が限界だったが、署名手形を貰っているペテロの言うことなら聞くんじゃないだろうか。
「もっと静かな鬼を手にいれる予定です」
「茨木童子を喚ばない気だ」
「フッ」
便利ならばどんな格好でも喚ぶと思うのだが、うるさい系だとペテロの戦闘スタイルと合わないのでしょうがない。宴会には喚ぶのだから上手くやってはいるんだろう。たぶん。
とりあえず全員集合した。呼び忘れはいないよな?
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・増・
スキル
【式】『冠者』
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