306.出立前夜
「やってまいりました、第二回膝枕選手権!」
酒が入ったガラハドが明るい声で高らかに告げる。
「いや、もう普通に一人で寝たいんだが」
「ホムラ様、もうあれらは放って寝てしまってもよろしいかと」
紅梅が言うように放っておこうか。商品よろしく五枚重ねた座布団の上に座らせられた私の声は、熱くなっている面々には届かないようだ。
「女、今日こそ決着をつけようぞ」
紅葉が手に持った扇子を開くと鬼火が六つ現れる。
「貴方、ホムラに迷惑よ」
カミラが指を水平に走らせれば、その後を炎が追う。
「ふん! 俺が勝つに決まってる!」
ニヤリと牙を見せて笑い踏ん反り返る酒呑。
「なんで酒呑が混じってるんだ?」
「単に戦闘狂なだけです」
紅梅が冷たい眼差しを酒呑にくれながら答えてくる。
「えー、会場からのお知らせです。物を壊した時点で失格となります」
ガラハドのアナウンスに隣で頷く左近。
以前ペテロと天音が戦って、この家の刀自殿が手入れをしていた皐月を一枝切ってしまい、左近の魂が抜けそうになったことがある。身軽な者同士、剣を合わせて戦ってそれだ、魔法とスキル中心の二人と大柄というかデカイ酒呑が暴れたらシャレにならない。前回の反省を生かして、鍛錬するための広い庭に面した座敷なのが救いか。
「ご飯はまだかの?」
「たくさん出しておくので食べてくれ」
白峯の前におひつ付きでおかずの膳をいくつかおく。
戦いの舞台を庭に移し、三つ巴の戦いが始まった。イーグルが母屋に被害を与えそうな流れ弾を処理している。なんだかんだ言って付き合いのいい男。
「だがしかし、私は寝る」
何故ならば、休憩を取らないとやばい時間だから。そろそろ警告音が鳴り出す。
そういうわけでお休みなさい。
「おはようございます、主」
「おはようございます」
朝起きたら布団を挟んで左右に紅梅とカルが正座していた。やめろ、怖い。
「おはよう、無事合流できたか」
「はい、主とは合流できました」
ん? 微妙に引っかかる言い回しだ。
「ご飯はまだかの?」
「はいはい、おはようございます」
聞こえてきた白峯の声に、ちゃっちゃっと膳の用意をする。
「どうした?」
膳の上にご飯、味噌汁、焼き魚、豆腐の梅味噌のせ、卵焼き、おひたし……宿屋の朝食風に和食を並べながら、カルに顔を向けて聞く。
「私が着いた時にはガラハドたちはすでにおりませんでしたので」
「ん?」
先に出発したのか? 何故?
「ホムラ様、昨夜煩くされた方は白峯様に陰界のどこかにまとめて飛ばされております」
紅梅が教えてくれる。眉根が少し寄っているが、笏で口元を隠しているので困惑しているのか笑いを堪えているのか微妙なところ。
「ルバ殿は無事のようですが……」
カルが閉まっている襖の先、隣の部屋に視線をやって答える。ああ、ルバは黙々と飲んでたしな。
「戻ってこられるのか?」
「残念ながら酒呑も紅葉も簡単にどうこうなる鬼ではないですからな。……簡単にどうこうできそうな方はそこで朝餉を食してらっしゃる」
フン、とでも擬音がつきそうな面白くなさげな声音の紅梅。うちの鬼の仲が悪い件。
目を向けられた白峯は上機嫌でご飯を食べている。
「しかたない。温泉の場所は左近が知っているだろうし、出る準備をしようか」
最悪現地集合というか、私が扶桑にいる間に帰ってきてほしいところ。
酒呑に紅葉、陰界では本調子ではないだろうけれど、ガラハドたちも強い。命の心配はないだろう。
女中さんが障子を隔てて、起きているか、朝食の膳を運んでいいか声をかけてくるのに応え、ルバを起こすために襖を開ける。ルバは静かだったがもう身支度を整えていた。忘れがちだがそういえば、かけられている【結界】のおかげで襖一枚で防音戸締りバッチリだった。
「ひと扇ぎだったぞ」
襖を開けて、目があった途端ルバから言われた一言が印象的。
迎えが告げられ、外に出る。左近たちがいないことはすでに伝わっており、私が言い訳することはなかった。いいのか? 嫡男とか言ってなかったか? 大丈夫なのか?
門の前には天音とペテロがいた。
「おはよう」
「おはよう、ホムラ」
「おはようございます」
挨拶を交わしたペテロと二人、作り声で挨拶した天音を見る。
天音の視線はカルをちらちらと。大変わかりやすい反応だ。
「こっちはペテロ、私と同じ異邦人の友人だ。女性の方は天音、扶桑で世話になった」
二人は紅梅のこともルバ、カルのことも知っているので省略。
「お噂はかねがね」
笑顔で握手をするカル。
まて、どんな噂だ。何を握っている?
ルバも同じく握手を交わし、紅梅はかすかに会釈して挨拶は終了。白峯はもともと明後日の方を向いている。
「左近が来ないようだけど……」
門の中に目を向けて首をかしげる天音。
「昨日ちょっと事件があって後から合流する。……たぶん」
「何があったか知らないけど、騒がしくなくていいわね」
軽く流す天音、いいのかそれで。
「ご案内しますわ」
笑顔の天音が先に立つ。――天音にとってはむしろ私たちも邪魔でカルがいればいいというそういうことか! 笑顔がよそゆきです。
ペテロ:ホムラ、温泉のメンツって全員レンガードのことは知ってる? あと鬼が一人増えてるwww
ホムラ:全員知ってる。はい、ふわふわしてるけど最強っぽい鬼です、気をつけて。
ペテロ:何をどう気をつければいいの?
私も何をどう警戒していいかわかりません。
ルバは斑鳩との戦いの後、左近の鼻血事件の時に私が仮面をかぶるところを一緒に見ている。レンガードであることよりも、斑鳩と戦った私に驚いていたようだったけれど。まあ、基本ただの雑貨屋だからな。
「せっかく騎馬の許可を取ったのに半分以上が無駄だわね」
天音の言うように町外れに馬の手綱をとった一団。
「扶桑では騎獣はダメなんじゃなかったのか?」
確かそう聞いた気がする。
「普通はね。飛ぶのは封印の圧で無理……だったわね、地上も阻害されて自分で歩いた方が早かったんだけど、今は騎乗した方が早いわ。騎獣になる獣は封印の影響を受けやすいの。今は陰界と神の施した封印に押されて高まっていた圧が緩んで飛ぶことも可能かもしれないわ。空は騎獣より鬼が自由に動けるからお勧めはしないけど」
ごめん、その前に飛べる騎獣がレーノか、バハムートしかいない。レーノは飛べると言っても、散財してアイテムを用意しない限り飛行は水上限定なので実質飛べる騎獣はバハムートだけだ。そのバハムートは圧をものともせずに飛んでた。
しかし私、馬に乗ったことないのだが。白虎と同じ乗り方でいいのだろうか? こんなことならシンの武田くんに一度乗せて貰えば良かった。
白虎呼んじゃだめ? ああ、ダメですね。全員ひらりと跨ってすでに馬上だ。騎士で乗り慣れてるカルはともかく、ルバも当たり前の顔をして乗ってるし、ペテロまで涼しい顔なのは何でだ。
仕方がないので私も跨るが、皆乗れて当然みたいに流すのはやめろ。乗れないのが普通だ! ……普通だよね?
「出発しますね」
相変わらずよそ行き顔の天音が告げて馬の腹を蹴る。
「よろしく」
色んなお願いを込めて馬の首を撫でて、腹を軽く蹴る。
よく調教されているのか、しょうがないな〜とでも思ったのかゆっくり走り始めた。
馬が多いからか、当然の顔をして飛べるはずの紅梅も乗ってるのだが、その衣冠姿と天音の白い小袖に緋袴の馬が並ぶとちょっと格好いい。と、思って眺めていたが馬の脚を緩めて私の隣へ。反対の隣にはいつの間にかカルがいる。
カルに目を向ければ微笑まれ、紅梅に目を向ければ頷かれた。何だ?
「後ろは白峯様がおられますしご安心を」
紅梅が言う。
「道中なにか出るのかこれ?」
私が知らないだけでかなり危ないのか?
「出ないわよ! 右にランスロット様、左に雷公、後ろに白峯公って何と戦うつもりよ!」
天音が素に戻った。
「戦力過多よ! 何しに行くつもりなの!?」
私もそう思うんだが、昨夜より戦力は落ちている――いや、カルが入ったから上がってる? どっちだ?
「怪獣大決戦かな?」
ペテロが笑顔で答える。
「出ても熊くらいですぅッ!」
それに八つ当たり気味にぷんすかと怒る天音と声を立てずに笑うルバ。
乗り心地は揺れることは揺れるが、揺れの方向が一定なので白虎より合わせやすい。後ろにいる白峯は馬に乗っている風なだけで浮いているので一緒に揺れることはない。
馬を走らせることしばし、街道は新緑から季節を遡り冬の風情。
「風流だな」
ルバが言うのは風景のことではなく、先ほどから後ろで白峯が歌を詠んでいることだろう。耳に心地いい声が流れる。
「見えてきたわよ」
そう天音が言うが、山しか見えない。
「どの辺りだ?」
「目に入る風景全てですな。中央は栄華を誇り、借景などと言わず離宮から見える全てを己がものとしております」
紅梅の言う借景とは、庭園の構成に山だったり海だったり背景となる周囲の景観を取り入れることだ。例えば富士山が見えるように家を建てる時に富士山ごと買ったみたいなものか。
右近の持っている地位権力のレベルが違いすぎる! まあ、本人は自由に動けず使えないのだろうけど。大丈夫、一緒に旅をしてうな丼を食べた仲だ、多少変なことをしても大目に見てくれるはず。ちょっとドキドキしつつ、敷地というか領地に馬を進める。
マント鑑定結果【自分の島は?、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
私の島は流石にこれほど広くない、徒歩で移動できるレベルです。
マント鑑定結果【海竜と精霊がいて見渡す海と空に誰も入れないのに?、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
気のせいです!




