305.茶番?
「ちょっと君には僕のことをどう思っているのか聞きたいね」
右近が不機嫌そうに言う。
やっぱり陰界から気が溢れでるのを押さえている中心のような右近の元に、白峯を連れてきたのはまずかったか。
「前回は無事帰ってきたかと思えば帰着の挨拶もそこそこに黒いミスティフのご機嫌取り」
あれ?
「こっちは心配していたというのに。うな丼はおいしかったけど」
「うな丼食うか?」
そっと差し出すうな丼。
「いただこう。――それに今回はそのご老体に夢中のようだし」
まだ畳に半分沈んだままで興味深そうにあたりを見回していた白峯を引き上げている私に、ジト目を向けてくる右近。
「いや別に老人に夢中なわけでは……」
どう考えても語弊があるので訂正させてください。
「一応僕も女だし、愛嬌のある方でない自覚はあるけど、美人な部類なはずだよ? 何なら巫女だし? 当然処女だし?」
「ちょっ……!」
待て。この会話はどこに向かっている!?
「右近様、うな丼食べながらなんてこと言い出すんですか!」
左近もうな丼を膝に抱えておろおろしている。
天音は額を押さえてうな丼に向かって俯いているので援護は期待できない。
「このうな丼、前回よりおいしいね」
はい、今回タレをちゃんと熟成させました。いや、うな丼と同価値の会話なのかこれ? 右近がわからない私がいる。あとムッツリなんで生々しいのはやめてください。
「……ご飯はまだかの?」
「白峯公にはないのかい?」
「さっき食べたばかりなんだが……」
鬼が太るとは思えないから、EPが回復するだけか? 食べさせていいのだろうか。
「気虚・血虚に陥ってるね、気も血も足りていない状態だ。回復するまで好きなだけ食べさせていいんじゃないかな?」
私の思考を読んだように右近が言う。
「わかった」
一度倒されて霧状になってしまったから色々足りてないのか? そういえばボス部屋に霧が漂ったままだったな。弱体化したボス、ということだろうか。どうしてゲームって敵が仲間になると弱くなるんだろう。
「白峯公に丼……」
左近がつぶやいて目をそらしている。
私もちょっとうな丼を食べて落ち着こう。
「ふむ。どうやら失敗らしいね?」
空の丼を見ていた右近が、ちらりと天音の方に視線を送って言う。
「何が?」
「恋の駆け引きとやらが」
薄く笑みを浮かべた口元を半分開いた扇で隠し、苦笑する右近。
「僕は恋というものを知らない。役目があるし、この性格だ。ただ、さっきも言ったけど一応女性の端くれだからね、一度くらいそれらしいことをしておこうかと思って。でも君と二人の様子から見ると失敗らしい」
肩をすくめる右近。
「いや、もう何を言い出すのかと思った……」
脱力する私。
多分これ天音の指導がちょっと入ってる気がする。そう思って天音を見れば視線をそらされる、やっぱりか!
「茶番に付き合わせたお詫びに温泉は僕が紹介するよ。ここ何代かは要から離れられなかったせいで使っていない離宮がある。白峯公の居場所としてもいいんじゃないかな」
「ありがとう」
残念なようなホッとしたような。
「いや、お陰で僕も一晩くらいならここを離れられそうだしね」
自身の座す要の石を扇の先でつっと撫ぜて右近が言う。白峯を連れ出したことで封を破ろうとする陰界の圧が下がったらしい。
微妙に疲れて左近宅へ帰宅。白峯を連れて駕籠に乗るまでの間、城内の女官に逃げ惑われる羽目になったが無事帰宅。二人で乗る広さじゃもちろんないし、ちょっと困っていたら大丈夫だからと言われ乗ったら駕籠の屋根に白峯公がですね……。左近にやめてくれと泣かれたので、駕籠には白峯公にお乗りいただいて、私は隣を徒歩で帰ってきた。
陰界で袖を引いて飛んだ時も思ったが、全く重さを感じさせない幽体みたいな。水平に移動すれば後ろに、垂直に移動すれば下にすこし流れるような感じでついてくる。酒呑や小次郎は頑健! という感じで物理的な存在感がどーんだが、紅梅や紅葉は幽体っぽい。でもここまで気薄な感じはしない、やっぱり気が足りないのか? 頑張って食べさせよう。
「おかえり! ――って左近どうした?」
ガラハドが笑いかけて真顔になる。
「すみません、少々疲れました」
ちょっと顔色の悪い左近。
「『回復』を使うか?」
「いえ、少し休めば大丈夫です。考える時間を下さい」
「うん?」
祖母に報告をとフラフラと廊下を歩いてゆく左近。大丈夫だろうか?
「また何かやらかしたのかしら?」
「右近様、という人に会いに行ったんだよね? 左近や周りの反応からすると身分ある方のようだが……」
カミラの言葉に考える様子のイーグル。
「絶対やらかしの原因、後ろの幽霊みたいなのだろ? こっちじゃ幽鬼ってのか?」
「ホムラが何かしたのは決定事項なのか?」
ガラハドの言葉にルバが不思議そうに尋ねる。
ルバの問いに答えずガラハドたちが私を見る。
「ちょっと鬼を連れて帰っただけだ」
「ホムラのことだからきっと名のある鬼なんだろうね……」
爽やかな笑顔のイーグル。
「今回振り回されるのは左近だな。俺たちは扶桑に不慣れなんで聞いても凄さが分かんねぇ」
何故かちょっと上機嫌のガラハド。
「こちら、帝国で言うところのマーリンポジションの白峯さんです」
「ホムラ……」
呆れたようなカミラの声。
「具体的紹介はやめろ!」
そして嫌そうなガラハド。
今夜は左近宅に泊まって、明日揃って温泉に出発する予定だ。行き先は天音推薦から右近推薦に変わったがきっといいところだろう。
「ところで客のようだぞ」
ガラハドが言いながら私の後ろ、開け放たれている障子の先の庭を見る。
「うん?」
振り返ったらデカイ体でぷるぷるしてる酒呑。
「酒呑?」
「ホムラぁっ!」
私が声をかけたら名前を呼びながらずんずん近づいて来て胸ぐらを掴む――ところで手が叩き落とされた。
「己が主人に何をするつもりですか」
気づけば隣に紅梅とガラハドが。大剣にかけられた手と振り下ろされた笏。
「仕合以外で怪我させる気はねぇよ! そんなことよりホムラ、なんで俺のほうなんだ!」
「数的に。紅梅のほうは三項が埋まってるし、同じだろう?」
紅梅の閻魔帳は紅葉・小次郎、酒呑の方は茨木童子だけだ。細かい手形というか足跡っぽい小鬼の物は除く、なんか自動で繰り下がってるし。
「そんな理由でこっちにふるんじゃねぇよ! 宮中の奴ら面倒なんだよ!!!」
「大丈夫、大丈夫。ほら、酒」
そう言いつつ、座敷に呼び込み大きめの酒盃を酒呑に持たせる私。
「大丈夫じゃねぇよ! ごまかされねぇぞ!」
そう言いつつも座敷にどっかりと座って盃を持つ酒呑。
「はいはい」
盃に酒を注ぐ私。
「あーくそ、うめぇな!」
「貴方は単純でよろしいですね」
「うるせぇよ!」
わざとらしくため息をつく紅梅に酒呑が言う。
「増えた」
「罠ダンジョンで見た鬼よね?」
「うん、大柄な方はランスロット様と剣を交えていた鬼のようだね」
「ご飯はまだかの?」
最後の一言にガラハドたち四人が一瞬の間の後、白峯をそろって見る。
「だいぶ忙しないが、いつもこんな感じなのか?」
ルバが呆れた目でこっちを見ている。
「紹介するからとりあえず酒に付き合ってやってくれ。白峯にも膳をだそう」
お膳を左近も含めて人数分出す私。
とりあえず夕食がこの家で出るかもしれんし、白峯は別として漬物と嘗め味噌、酒でいいかな。お膳は十組購入してあるのだが、カルに、右近に天音、紅葉と小次郎、もしかしなくても全員揃ったら足りない?
「ホムラ殿、『火の社』の神鳥殿から苗木が届いています。それとこちらも――」
左近が戻って来て声をかけながら部屋に一歩入って固まった。
「本当に勘弁してください。なんで我が屋敷に大怨霊とか大妖怪とか言われる方が三人も酒を飲んでいるんですか!」
「悪気はないのだが……。まあ酒の間はおとなしいから」
盛り上がると仕合というか死合が始まるが、そこは黙っておこう。
ガラハドたちは左近に慈愛の目を向けてる気配。
「――狭いですね、襖を外しましょう」
諦めたのか長いため息をついて、場を整え始める左近。さては苦労性だな?
襖を外して二間続きにした部屋で改めて酒を酌み交わす。なお、私は緑茶。
「ああ、そうだ。動揺してお渡しするのを忘れるところでした」
「うん?」
そういえば神鳥神主から苗木の他に何か届いたと言っていたな。
「『火の社』からだけではなく天津様たち鍛冶師から。重ねて礼を申されていたそうです」
そう言って左近が懐から紫巾に包まれたものを取り出し、包みを開いてこちらによこす。
「勾玉……?」
包みから現れたのは深い緑色の透明感のある勾玉。
「スキル石です、贈るものの相談を受けまして。兵糧丸が美味しくできるようですよ」
「おおお?」
それはすごく嬉しい! とても嬉しい!
こちらのスキル石は勾玉型もあるのか。早速使って、スキルを覚える。覚えたスキルは【薬膳】、どうやら薬草などを材料に回復や耐寒などの効果がつく料理を作れるようだ。回復薬などより効果は少ないが継続時間が長いらしい、そして薬などと重複使用可能とある。
兵糧丸が美味しくできるのがメインのスキルではないが、とても嬉しい。あの不味いやつ飲まなくて済む!
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・増・
スキル
【薬膳】
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