303.扶桑満喫中
昼は左近に連れられて天麩羅屋さんです。
左近の紹介ならばきっと天麩羅職人さんも特殊個体さんだろう、美味しいに違いない。蕎麦、寿司、天麩羅、鰻は押さえておきたいところ。
猪牙舟に乗せられて小さな川を遡ることしばし、木々に囲まれた趣味のいい建物。古いがよく手入れされて暗さは感じない歴史がありそうな雰囲気――この格好は場違いじゃないだろうか。
「ちょっと緊張するな」
「箸はホムラのおかげで扱えるけど」
建物の様子にガラハドとイーグルも少し不安になった様子。
「日本酒がうまいぞ」
ルバは来たことがあるのか嬉しそうだ。
ごま油の香り漂う店内で、一枚板のカウンターに陣取る。お座敷でも調理道具をセットして目の前で揚げてくれるのだが、椅子のほうがいいだろうということで。私も職人さんがベストな状態で調理する様子が見えるこっちのほうが断然いい。
「どうぞ」
飲めないが、気分的にここは日本酒だろうと左近の酒を受ける――やっぱり匂いで挫折。
「ふー。旨いな」
「含んだ時の匂いが華やかなのに残らないね」
「さっぱりするわ」
「天麩羅と交互にやると止まらんぞ」
などと四人は美味しそうなんだが。左近もしてやったりみたいな顔で嬉しそう、私はその中に混じってお茶です。
最初に出て来たのは海老。『矢車海老』という細い足がたくさん付いた海老の頭と身を揚げたもの。頭の殻は取ってあるようだが、衣からオレンジ色に染まった足が透けて見えて広がったそれが花火のようだ。ぱりぱりした足と濃厚なミソ、身はぷりぷりで甘い。
イカ、銀杏、鱚。さつまいもは厚切りで外側がぱりっとして中はほくほく。口中をさっぱりさせるためか合間に出てくる刺身やよく冷やされた出汁につかった鱧の小鉢。
穴子を油に落とすと花を散らしたように広がる衣、サクッと二つに切って和紙の敷かれた皿に置いてくれる。茗荷、白甘鯛。油のしつこさはまるでなく、素材によって変えているらしい緻密な火通しの天麩羅は、衣がさくりと口の中で小気味良く砕け、素材の甘味を伝えてくれる。
大変満足いたしました。
「ホムラ、ラーメン食いてぇ」
満足してない男が一人いた。
店を出て帰りの猪牙舟に揺られている、私以外は酒も進んでいい具合に気持ちよくなっているようだ。
「貴方、お腹周り気にしてなかったかしら?」
「そのうち摘めるんじゃないかな?」
イーグルとカミラの視線がガラハドの腹に向いている。
「うまかったけど、おかずだけ食ったみたいで腹が落ちつかねぇ」
「そういえばご飯出てこなかったな」
ラーメン、それぞれこだわりを持ってる奴らが多そうなので封印していた。だがしかし、自分が食いたくなって雑貨屋でならいいかと出したらガラハドがハマったオチだ。どの種類のラーメンでも美味そうに食ってくれるのでいいんだが。
これはもしや飲んだ後はラーメンが食べたくなるという現象だろうか。ちょっと足りない時とか小腹が空いた時用に、少なめに作ったもの用意しとくべきかこれ。
船に揺られながらなので油そば。名前を聞くと油っぽそうなのだが、スープのないラーメンの一種だ。よく冷やした太麺に分厚く柔らかなチャーシュー、メンマと刻み海苔、半熟卵。
「器の底にタレが入ってるからよくかき混ぜて食べてくれ。好みで辣油と酢もどうぞ」
「ありがとう。ああ、やっぱりいいな!」
美味しそうに啜り上げるガラハドの姿に、結局私も含めて全員ラーメン追加。
食べ方が美味しそうで幸せそうなのは一種の才能だと思う。
「それにしても対価はあれでよろしかったのですか?」
左近が聞いてくる。
火の社からもらって来たのは境内に生えていた『義仲檜』、とりあえず目的を一個クリア。それだけでは気が収まらないと言って、扶桑から帰るまでに良さげな木の苗をいくつか用意してくれるという。
「いや、まあ孫娘と大泣きし始めたし居た堪れなくて」
火を消してしまったのはヒゲ神主の孫娘だそうで、きつい処罰をせずに済んだとあの後再び泣かれた。
「あんなに怒ってたのが身内だったとはな」
「身内だからこそだったのかしら」
「だろうと思います、あのように声を荒げる方でも取り乱すような方でもないですから」
ガラハドとカミラに左近が告げる。
「ですが話を聞くと、もうあそこの火も弱々しく消えかけていたのでは?」
「そうです、他の火の社に比べて保った方でしょう。ただ、手順を一つ落としたのは間違いなく、立場上咎めぬわけにはいかなかったのでは」
この世界でプレッシャーの強いお勤めは避けたい。達成感と誇らしさはあるのだろうけど、それは現実世界だけでいいです。こっちの緊張感と達成感はボス戦とかの攻略で得る所存。
「宝物殿に強い武器あったんじゃねぇのか?」
報酬は宝物殿から好きなものを一つ、と申し出があったのだが断った。防具は今の装備の方がいいだろうし、武器は――
「あの火があればルバがいい剣を作ってくれるんだろう?」
「おう。炉の石は分けてもらえることになってる」
嬉しそうに笑ってルバが請け合ってくれる。
今回のことで、天津の持つ設備にも使われているものを色々分けてもらえることになったそうだ。ルバは扶桑で修行を終えたらファストで刀剣鍛治を再開する、どんな剣ができるか楽しみだ。
「打ち上がったら火の社で祝詞をあげてもらうといいですよ。神鳥殿も喜ばれましょう」
左近の言う神鳥殿はヒゲ神主のことだ。
あ。しまった【雲夜残月】用に忍刀が欲しかったんだった。今更言えぬ……。
斑鳩を倒して得た『食溜絶食』も、符はなくなったものの無事スキルリストに載っていてホッとしたのもつかの間、必要スキルポイントが驚異の十五なんだなこれが。レベル上がってからでは覚えるまでに今よりも凄く時間がかかったんじゃあるまいか。
スキルポイント貯めないと。レベルアップ以外でも貰えるクエストとかあるのだろうか? ちょっと真面目にクエスト探そうかな?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うをっ!」
右近に会いに来て、うっかり結界を忘れて陰界に落ちかける私。
昨日は筍を手に入れたり、ランク付きの山菜を手に入れたり、和食特有の調理器具買ったり、飴細工でウサギを作ってもらったり、夜に紅葉とカミラに膝枕を競われたりして過ごし、今日は右近に会いに私と左近だけ城に来ている。ガラハドたちは斑鳩とケイト相手にダイエッ……特訓しているはずだ。
「大丈夫ですか?」
「せめて畳一枚分は余裕が欲しい……」
襖を開けたら穴があるのやめてほしい。
右近のいる部屋は、陰界と陽界――鬼の世界と人の世界の境で、陰界がこちらの世界に吹き出してくる真っ暗な穴だ。普通の人には封印の護符や蝋燭などがあり雰囲気はあれなものの座敷に見える。私は【ヴェルスの眼】のお陰で油断していると見えてしまうし、結界は【天地の越境者】で通り抜けてしまうので落ちかけたという……。
「この結界を素通りするのは君くらいだよ」
呆れた声が部屋の中央からする。
「久しぶりだな、右近」
「ああ、久しぶり。相変わらずのようで何よりだよ」
「ここに来るまで何か腫れ物を扱うようだったぞ、何だあれは?」
白い小袖に緋袴は巫女さんなのか女官なのか判別しがたいのだが、途中で遭遇した人は視線を合わせてくれませんでした。案内の人もおっかなびっくりだったし、城内仮面なしでこれなんですが。
「僕は別に」
扇で口元を隠し、視線をそらす右近。
「雷公がね」
「前回が前回ですからね」
苦笑いする天音と左近。天音は先にというか、右近に仕えているのですでに部屋にいた。
「右近さまも煽るし、貴方ここでかなり誤解されてるわよ」
「否定しきれない部分もありますが……」
いったいどう誤解されているのか怖くて聞けぬっ。紅梅もなんかここに雷落としにくるの習慣にしてるっぽいしな。
「君、温泉に行くんだって? 羨ましい」
右近は白い小袖に緋袴、長い黒髪を後ろの生え際から束ねて和紙で一まとめにして、袴と同じ緋色の飾り紐で結び、陰界を押さえつける石の上に坐している。
茶菓が出された後は人払いされて今は部屋に四人だけだ。濃厚で上品な甘さの羊羹に濃いめの玉露が良く合う。
「やっぱり城内から出るのは無理なのか?」
「一つ目の結界は僕自身、次は大勢の巫女たちが張るこの部屋の結界、次が各社の張る城の結界」
右近が指折り数える。
「城から出られるまでになれば、転移もできるし短い時間ならどこへ行こうとも自由にできるのだけれどね。結界を越えるというのはなかなか難しいものだよ、君のお陰で一番越えられないと思っていた結界を二つも越えさせてもらったけど」
お陰でだいぶ自由にさせてもらっていると右近が笑う。
最初この部屋はおろか石の上から動くことさえできないほど、陰界が膨れ上がり結界を破る寸前だったのだが、私がクズノハを連れて帰ったことにより陰の気が薄らぎ、右近はずっとこの部屋にいなくても良くなった。普段は陽の気が強まってゆく午前中は庭の散策などをして過ごしているらしい。
「まあ、君が扶桑に来ている間は雷公をはじめ大物の鬼が大人しくて助かっているよ」
「鬼といえばちょっと下に行って来ていいか?」
「陰界に?」
「前回倒した鬼の回収と、『芙蓉宮の荏油』がもう少し欲しくてな」
天音の問いに目的の説明をすることで答える。
「かまわないよ。君がたくさん倒してくれたら温泉に浸かるくらいはできるかもしれないし」
冗談めかして右近が許可をしてくれる。
「ありがとう」
早速結界を越えて陰界へ。結界の見えない天音と左近の二人には畳に沈み込んでいくように見えているはずだ。
「陰界に行くのになんでそんなに気軽なのか謎なんだけど」
「私も温泉に行くのと同レベルに感じます」
「僕は温泉の方には少し身構えてるように感じるけど」
「右近さま、それはますますこう……」
何か三人で言い合っているが気にしない。すでに探索済みな場所だしな。




