302.アシャの火
おはようございます。
魅惑の二連休。昨日は朝っぱらからログインしてほぼ一日――ゲーム時間で休憩睡眠を抜けば五日ほど幼女だったので、元に戻った今は視界が高くてほっとする。『性転換薬』が高いので目一杯時間を取ろうとした結果、全員休みの日曜日に使ったのだ。私は月曜定休なので珍しく二連休!
まだ朝早いので生産して時間を潰し、みんなが起きてくるのを待つ。今日は扶桑に行く予定なのだ。
できれば雑貨屋の慰安旅行に全員で温泉に行きたかったのだが、冷静に考えたら敵も強いしラピスとノエルには危ない。温泉はハウスに作ることにしよう、その前に材木を揃えて家もなんとかしなくては。
クズノハの希望を聞いたら北の対とか西の対とか出てきてどうも寝殿造っぽいのだが、果たして私に建てられるのだろうか? それとも似たような別のものでいいのか? 不安だ。眷属の狐を増やしたいそうなので広いの希望だそうです。
「主、おはようございます」
「おはよう」
錬金の手を止めて、声をかけてきたノエルに向き直れば遠慮がちに抱きついてくる。朝、ラピスより早起きをして調薬をしているらしい。最近はラピスとギルドの依頼もこなしているようだ。もっとゆっくり子供時代を楽しんでほしいのだが、やはり環境だろうか。
かといって私がつきっきりというのもできないので、せめて会った時には抱っこしてスキンシップ多めに。朝からブラッシングタイムです。
「おはようございます」
「おはようございます、ラピスも!」
カルとラピスも起きてきた。
「おはよう、狭いから居間に移動しよう」
ラピスは何故か私の膝に伏せてブラッシングされるのが好きらしく、犬のブラッシングをしている気分になる。毛量も多いし長いから座ってブラッシングされると疲れてしまうのだろうか? 尻尾ももっふもふ。
耳かきイベントが起こせるらしいんだがどうやるんだろう? この世界、生活魔法があるから基本耳掃除不要なんだが。トイレがない世界なのに腹下しイベントがある家にだけトイレがあったりするし、なにかフラグがあるはずなんだが。
「あらこれ美味しいわ」
朝ごはんにシナモンフレンチトーストを作ったらカミラに好評。
カル、レーノ、ノエルも好きそうだが、ガラハド、イーグル、ラピス、ついでにクルルカンは可もなく不可もなく。黒はソーセージをさらって寝床に引っ込んだので謎。
主食はフレンチトーストと小さめの山型パンとバター、他はコーンスープに野菜サラダ、ソーセージにベーコンと洋食の朝食らしい朝食にした。――扶桑では何を食べよう?
「ホムラ、頼みがあるのですが」
「なんだ? 珍しいな」
食後のお茶を飲んでいるとレーノからのお願い。
「半月後にパルティン様と緑竜と火竜の戦いに立ち会っていただけませんか?」
「二対一なのか? 確か二匹に言い寄られてるんだったな」
そしてその二匹は私の抹殺リストに載っていた気がする。特にルバの故郷を襲った緑竜。
「一応、一対一で順番に。ですが蓋を開けてみなくてはわかりません、青竜翁にもご足労願っているのですが……」
どうやら一対一なら問題ないが、条件を守らず二匹で挑んでくる可能性を心配しているようだ。今年は木の年、緑竜の力が増す。火竜を抑えるための青竜だろうが、緑――木は火を強化する。
「わかった、日が決まったら教えてくれ」
「ありがとうございます」
ところで青竜ってまさかプルプル竜のことじゃないよな?
「お待ちしておりました」
待ち合わせ時間に扶桑に転移する、転移したのは私とガラハドたち三人。場所は左近がいる西家の管理する区画の神社。すでに左近と天音、ルバが迎えに来ていた。
カルも後から合流予定。雑貨屋勤務を終えた後、しかも別の転移場所から徒歩なので少々時間がかかる模様。扶桑は封印の圧のおかげで並の騎獣は飛べない上、普通に許可がないと騎獣禁止だそうです。バハムート飛びまくってた気がするんだが、乗っていないからセーフだろうか。
「久しぶりだな」
「呼び寄せてすまんな」
「お久しぶりです、本日はありがとうございます」
ルバが謝り、左近が頭を下げてくる。
「いや、ちょっと用事もあったし。後でいい温泉教えてくれるか?」
「温泉ですか? 西家の領ですと柚冨峯にある湯ですね、紹介状を書きましょう」
「ありがとう」
「今回、あの男はいないの?」
ガラハドたちの軽い紹介と挨拶の後、天音が聞いてくる。ペテロのことかな?
「今は留守だな、後で呼ぼうか?」
芙蓉宮に行って戻った頃にはログインしてくると思うんだが。
「いいわよ、別に」
ちょっと不機嫌気味にそっぽを向く天音。
「後からカル――ランスロットも来るぞ」
「えっ、あのっ、そうね! 北家にツテがあるから温泉の紹介状、私もとってくるわ! 柚冨峯もいいけど、北家ならまだ雪が残ってるからこの季節なら北家よ」
何がそうねで温泉の紹介状につながるかわからぬ。
「柚冨峯は――」
「ランスロット様に似合う季節は冬か春よ!!」
「……そうですね、白濃川に比べれば柚冨峯はすでに少々暑いでしょうか。もう少し早ければ新緑が美しいですし、秋であれば名物の朝霧がありますし、紅葉も綺麗なんですが」
左近のお国自慢が天音の何かに押し負けたようだ。因みに天音は北家の血筋でもなければ立場的にも関係がない。
若干、『湖の騎士』への天音の夢を砕いてしまうんじゃなかろうかと不安を覚えるが、諦めてもらうかカルは別人だと思ってもらうか。紹介だけしてもらって、後から出直すつもりだったのだがこのまま温泉コースが確定したなこれ。
「か……右近さまがお会いしたいそうよ。明日左近の家に昼の五つ下がりに迎えに来るから」
さっそく手配しなくちゃ、などと言いながら帰ってゆく天音。
「あの子、伝言だけしに来たの? ホムラに聞いた旅の仲間よね?」
「ジジイのファンかよ」
「ちょっと忙しかったね」
天音が乗った籠を見送りながら三人が言う。
「ガラハドは三人とちょっとだけ会ってるな、パジャマ兼用装備の時」
「そう言えばいたな。だが、せめてアグラヴェイン襲撃の時とか言ってくれ」
「左近って西家の嫡男よね? そんな人にそんな格好見せたの?」
「着替える間もなく蹴り出されたんだよ!」
もっと上の地位でしかも女性に見られたことは黙ってたほうがいいだろうかこれ。
「では火の社へ」
「うるさくして申し訳ない」
左近に蹴り出し犯のイーグルが「私はこいつらとは違いますよ」みたいな顔でにこやかに詫びを入れる。
途中、焼き団子を購入。海苔が巻いてあるから磯部団子かな? 海苔も入手しないと。海苔、昆布に鰹節、麹屋で何種類か麹、最低限これらは手に入れておきたい。あと能面用の檜の苗木、樟、桂、朴。そう言えばペテロが和箪笥を作りたいそうで、桐も頼まれている。
まあペテロは間に合わないかもしれないが温泉に呼ぼう。
「ホムラ、誰かにその格好で串物食うの止められたって言ってなかったっけ?」
「仮面はつけていないのでセーフでお願いします」
「アウトよ?」
「アウトだと思う」
ルバが声をたてずに笑っている。
四人がひどいんです。
マント鑑定結果【染みをつけるのはやめてくださいね、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
生活魔法で汚れを落とせるから大丈夫です!
「そう言えば、火の社って一箇所だけで火を守ってたのか?」
「最初、火の社は各地に存在していました。ただ、封印を受けた長い年月の間に元々あった神の気配とも言うべきものが薄れ、何をしたわけでもなく守っていた火も消えてゆき、最後に残ったのがこれから向かう社と聞いています」
ここ扶桑で『アシャの火』は特殊な環境の元でしか燃え続けないそうで、鍛治のために炉に移した火も二十日と保たないため、その期間寝食を忘れて玉鋼を作り出し、刀を打つのだそうだ。
スキルが制限されてる割に鍛治が盛んで工芸品も多いのは、金の神ルシャが施した封印でその力が多いからかな? クズノハ降したら出てきたし。
「着きました」
目の前に長い階段と鎮守の森。着いたような着いていないような?
鳥居をくぐると温度がちょっと変わったような感覚があった。イベントエリアなのか、一瞬鳥の声や葉擦れの音が途絶え再び聞こえ始める。歩いてきた道が舗装されておらず少々埃っぽかったせいか、ここの空気は清浄で落ち着く。
由緒がありそうな社なので仮面を装着。お偉いさんの前でポーカーフェイスを保つのは面倒なので隠しておこう。
「そなたが『アシャの火』を持つ者か?」
「そうだが、どこへ灯せばいい?」
ヒゲの立派な神主っぽい格好をした老人が迎えに出てきた。同じ格好で袴の色が違う二人を引き連れているが、その二人はヒゲ神主の後ろで袖の中で手を組み目の高さにあげて顔を袖で隠している。
さっさと済ませて買い物をしたいので堅苦しいのは最小限にお願いしたい。この場所で感じる背筋が伸びるような清々しい気持ちは嫌いではないのだが。
「こちらじゃ」
一度私を頭からつま先までジロリと見てから、案内のために背を向ける。二人の神主が手を少し上げて軽い礼をし、後を追う。
拝殿を抜け、その先にある本殿へ。ヒゲ神主が止まると御簾の前でこうべを垂れる。それに倣って頭を下げると、左右に回った二人の神主が御簾を開けた。
薄暗い部屋の中、そこには胡桃くらいの輝く透明な石の乗った華を模した燭台があった。
「その『時の金剛石』に『アシャの火』を」
金剛石ってダイヤモンドか。日本ではお高いイメージがあるんですが……。それに確か六百度だかなんだかの高温じゃないと燃えないんじゃなかったっけ? 燃えるのかこれ? 燃えたら燃えたで灰すら残らないらしいが、条件を整えないとまず燃えないよな? これで燃えなかったら恥ずかしいぞ。
炎が揺らめいている黒い二つの石、『アシャの火』を取り出してドキドキしながら軽く打ち合わせる。
「火を移すのでは……」
左近が何か言い終える前に、透明な石が白く染まったかと思うとオレンジ色の光を発し金剛石が燃え始めた。
「おお! おおう!」
「『時の金剛石』に火が!」
金剛石の乗った燭台の受け皿が光を反射し、部屋を照らす。部屋に置かれた装飾も受けた光を反射し『アシャの火』を彩る。
【鑑定】するとちゃんと『アシャの火』と出たので安心した。
「なかなか綺麗だな」
陰影が濃い部屋で、アシャの火で白いほど明るく燃える金剛石が美しい。やはり特殊な宝石なのか燃え尽きる気配は今の所ない。
「おおう! おおう!」
ヒゲ神主が先ほどから言うことが何かオットセイっぽいので、何事かと見たら滂沱の涙。火を点けるだけで何故だ。
「どこかで燃える『アシャの火』の火種を移すのかと思っていたんだが……。もしかして消えてもいつでもつけられる……のか?」
ルバが呆然と呟いた。
「その方法は面倒だし、竃から移したら『竃の火』とか『庭の火』とかになりかねない」
「庭の?」
「前科があるものね……」
カミラの言葉に絶賛目をそらす私です。
ニコニコ漫画で連載していただいてます。
http://seiga.nicovideo.jp/comic/39097




