301.もふもふの裏で
いつも感想ありがとうございます。
質問疑問に中々答えられなくて申し訳ないですが、参考にさせていただいてます。
応援もありがとうございます!
前半お使い中のガラハドたちの話です。
上空、騎獣の上から海に建つ赤い鳥居とその後ろに続く白い砂浜に縁取られた島を見下ろす三人。扶桑には結界があり、鳥居と呼ばれる門をくぐらねば入ることができない。
背にしている下の海は、噂に聞く海竜が通った後なのか渦を巻いて大きくうねり、白波を立てている。
「さて。話にゃ聞いてたがフソウに入るのは初めてなんだが、果たして通してくれんのかね?」
「ホムラが連絡取っておくと言っていたけど、フソウは外との交流を嫌うからね」
「左近という人をまず訪ねればいいのよね?」
鳥居をくぐるのは簡単だが、その後本島への移動に許可が出るのか不安がある。
実際、商人たちは鳥居のある小島で取引を済ませ、本島に渡ったことがある者はごくわずかだ。移動の許可は扶桑の住人の、それもある程度地位のある者からの推薦が必要なのだ。
「ここまで来て門前払いは嫌よね」
「すごすご戻ってジジイに報告すんのは避けてぇな」
「ランスロット様、あれ絶対店番がなかったら自分で来てたわよね」
「先の剣帝斑鳩様の紹介状を持っているとおっしゃってたね」
ため息をついて、騎獣を駆り鳥居をくぐる三人。
砂浜に降り立つと、緋袴を穿いた女性が数人行く手を阻むように現れる。
「ようこそ、交易の時期ではありませぬな。扶桑へは何をしにおいでか?」
ようこそ、と言う割に声音は冷たい。
海が凪ぎ、鳥居の下に階段が現れる時が扶桑と他国の短い交易の期間なのだ。今、海は渦を巻き、階段を隠し、鳥居は島から離れ海の中に建っているように見える。
「こんにちは。私はイーグル、こちらはガラハドとカミラ。江都に左近殿という方を訪ねたいのですが……」
騎獣を降り、名を名乗る。
「おお。どうぞ連絡は受けています、こちらへ。騎獣は結界内では走り、飛ぶことができませぬ、帰還させるがよろしかろう」
ガラハドたちの心配をよそに、用件を話すと女性は態度を変えあっさり三人を受け入れた。
女性に従って木々に囲まれた社に行く、ガラハドたち三人には珍しい建物だ――。
「中々厄介な場所だな」
「ランスロット様がいい修行になるとおっしゃっていたのはこれか」
「確かにスキルの使用は最小限で、最大の効果を考える様になったわ」
「あのジジイ、知ってるならもうちっと説明しろっての」
一番心配していた移動の許可はあっさり取れ、スキルと魔法が使えないという予想外の縛りを受けたが、数日後に無事、江都へ到着した。人を訪ねるには遅い時間だったため、一泊した後、ホムラが書いてよこした地図の家を見つけたところだ。
「それは、置いといて。本当にここか?」
見慣れぬ造りだが、門被りの松から見える家と敷地の広さが今までに見て来た家々と明らかに違う。
「ここだね」
「ホムラがフソウに来てたのは短い期間だったと思うんだけど、相変わらず謎の交友関係ね」
これなら移動許可も確かに取れるだろうと納得する。
ここでも用件を告げるとあっさり家の中に通され、少々待たされはしたものの左近に会うことができた。
「手間かけてすまねぇな」
「いえ、ホムラ殿には大変世話になっております。それに鍛治寄り合いの『火』の話であれば、西家も無関係ではいられませんので」
左近の言う寄り合いというのは、他の国でギルドと呼ばれる組織に当たる。
「天津殿、ルバ殿、いらっしゃいますか?」
案内されたのは炭と土の匂いの入り混じる静かな家。
「左近殿、入られよ」
中には土間に正座して項垂れる子供、その前の板の間にルバを含めて難しい顔をした男たちが何人か座っている。
「先触れを貰ったからな、集まってもらった」
天津がしかめ面のまま短く言う。
「子供が地べたとはあんまりいい構図じゃねぇな」
「いえ、自分はしてはならないことをいたしました!」
ガラハドが土間に座った子供を立たせようとすると、涙声で叫びそのまま伏せてしまった。
伸ばした手を引いて、ルバと中心にいる男――天津に目を向けるガラハド。イーグルもカミラも黙って説明を待つ。
「……そこな子供はこの扶桑が世界から切り取られる前から続く、大切な火を消してしもうた罪人じゃ」
紫の袴を履いた老人が忌々しげに告げる。子供に冷たい目を向ける、浅葱色の袴を穿いた若い男二人はこの老人の付き人だ。
「我ら鍛治師は年に一度、守り刀として新刀を城に奉納する。鬼どもから表の世界を守る結界の一部となるものだ。その刀を打つための『火』を粗相して消してしまった」
ため息をつきながら天津が事情を話す。
「扶桑は人の世と鬼の世、二つの界が重なりあっています。鬼が跳梁せぬよう結界が張られているのです。破られれば人の半分は必ず死にましょう」
左近が説明を挟む。
「そりゃ大ごとだな」
土間に伏せて泣いている子供に心配そうな視線をなげつつ、小声で呟くガラハド。
「この扶桑ではもう手に入らない特別な火なんだが、外でならあるいはと思ってな」
ルバが言う。
「ふん! 外でも簡単に手に入るものではないわい! どれだけ、どれだけ我ら火の社の者が大事にしてきたかと……っ!」
怒りながらも涙ぐむ老人に沈黙が落ちる。
「とにかく、どのような火か教えるだけ教えて欲しいわ」
「無理だとしても努力はしましょう」
カミラとイーグルが取りなす。
「そんなに知りたければ教えてしんぜる、消された火は『アシャの火』よ」
老人の言葉に再び沈黙が落ちる。
「ほれみよ! この扶桑にはもう存在せず、外であってもおいそれと手に入れられるものではない。江都は鬼に蹂躙される!」
泣きながら笑う老人と、渋い顔をする天津とルバ。
「あー、いや」
「ちょっと反応に困った」
「その火って、あの火よね? 台所の……」
悲壮な雰囲気の中で、三人だけが戸惑っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「幼女だと白虎の顔まで届かないんだ」
「あてちと同じく最小でしね〜」
部屋で白虎の胸毛に埋もれる遊びをしながら待っていたら、ペテロと菊姫が約束通り黒天と白雪を連れてきてくれた。
本日は約束のもふもふに埋もれる日です。交換条件がなくてもクランのお祭り騒ぎにはたぶん乗ってたと思うのだが、それはそれこれはこれ。
菊姫とペテロの後ろからアルファ・ロメオが顔を覗かせる。アルファ・ロメオこと赤い狸は丸い耳と尻尾がもっふもふ、とても高速で走る騎獣には見えない。
なお、飼い主のレオは現実世界トイレ事情でアルファ・ロメオをクランハウスに呼び出した直後にログアウトしたようだ。シンはカジノのねーちゃんの件についてお茶漬から事情聴取を受けている。
シンもレオも必要なものを買ってから散財すればいいのに。
「ささ、こちらにどーんと」
「羽根布団四枚敷、本気だ」
「もふもふに埋もれて寝るのはロマンでしね〜」
絨毯を敷いた床の上に羽根布団を敷き詰め、お待ちしておりました。羽根布団は理想のもふもふ部屋に必要なものです、無駄遣いじゃないぞ。
騎獣四匹に猫団子を作ってもらい真ん中に埋もれる私。普段そんなにくっつかない四匹なのだが、頼んだら仕方ないな、みたいな顔をして横になってくれた。アルファ・ロメオに至っては普段家の中より外を好んで、その辺の木のウロなどで寝ているので、レオがいない時にハウスにいることが稀なのだ。
「おお!」
もっふもふですよ、もっふもふ。白虎は絹糸みたいな毛触りで筋肉質、黒天は黒い毛がつやつやとして白虎よりややしなやかな手触り。白雪は真っ白で体を含めてどこまでも柔らかい。アルファ・ロメオはふかふかで、特に耳の手触りがすばらしい。
「まあ、うちの騎獣が手触りがいいのはホムラがブラッシングしてるお陰だからね」
猫団子の外側、黒天と白虎の間に寝そべるペテロ。
「特に白虎は手触りいいでしね。それにアルファ・ロメオがふかふかなのが奇跡的でし!」
白雪とアルファ・ロメオの間に座り込んで酒とツマミを出し始める菊姫。
ああ。いつまでも埋もれていたい。
約束の時間を過ぎ、菊姫が生産に、アルファ・ロメオが外に駆け出していったところで夢の時間は終了。私の方にもガラハドから呼び出しのメールが届いている。
「誘拐されないようにね。この間、幼女にちょっかい出して衛兵に連行されてたプレイヤーいたから」
「ぶっ。何をやってるんだ、何を」
不穏なことを言い残したペテロはA.L.I.C.Eと一緒に毒草園へ。
白虎を撫でてアイスを出す。アイスクリームから果汁を凍らせただけの氷菓まで、アイスなら何でも好きなようだ。白雪たち用にクランの共有倉庫に好物を入れておこう――黒天用はトカゲ系モンスターのドロップ肉でいいんだったな。微妙に不憫なお茶漬の黒焼きとシンの武田君にも。
心の中でもふもふを思い返しつつ、雑貨屋に向かう。
「嬢ちゃん、どうやって紛れ込んだ?」
酒屋の三階への扉を開けたらガラハドに呼び止められた。
さて、何と答えたものかと思っていたら横からカルに回収され、戸惑っている間にソファに座らされ、どこかから捕まえてきた黒をそっと渡される。む……もうちょっと手入れしないと毛並がいかんな。
「おい」
「主、お茶は飲まれますか?」
不審そうなガラハド、それに構わずソファの側に膝をつき、私に視線を合わせて聞いてくるカル。
「よく分かるな? お茶は下さい」
「はい」
にっこり笑うカル。
「はい?」
ぽかんとするガラハド。
「何故そんな姿になっているのだ?」
黒じゃなくてアルドヴァーンの方かな? 大人しく撫でられてるし。どうやらガラハド以外は私が分かる様子。
「ちょっと友人たちとサキュバスやるのに。明日あたりには戻るぞ」
「ホムラか!」
「お前は主の見分けくらいつけろ」
笑顔のまま片手でガラハドの額あたりを掴んでみしみしやるカル。
「あだだだだだ」
カルの方を見ているとたいした力を入れている風でもないのに、ガラハドの頭がみしみしいっている。
「何の騒ぎ?」
カミラとイーグルが部屋から出てきた。
「すまん、私がこんな格好だったのが原因で騒がせている」
「ホムラ?」
「はい。遅い時間にすまんな」
これ以上、事件が起こらないうちに先に名乗りますよ。
「主、お茶を」
「ありがとう」
ひとしきりまた騒ぎがあり、ようやく落ち着いたと思ったら何故かカミラの膝の上です。後ろに柔らかい障害物がですね……これ寄っかかっちゃまずいよな?
「明日には戻っちゃうのね、もう少し見たかったわ~」
髪の毛に編み込みをされました。
「ところでルバの方はどうなってるんだ?」
「ああ……」
聞いたらガラハドとイーグルにあからさまに目をそらされた。後ろからカミラのため息も聞こえる。
何があった!




