295.休息
風呂はゲストルームに個別にありました。
島にみんなで入れる露天風呂作ろうかな。雑貨屋の風呂を増やす計画もある、酒屋の改装はトリンに依頼済みだ。もしかしたら帰ったら出来てるかもしれないが、バスタブやら家具の買い足しがまだだ。
「さあ、観念してもらおうか?」
それぞれ急遽割り当てられた個室の風呂に行ったが、私とカルは濡れていないので風呂に入る必要はない。宿ならともかく、人のうちの風呂というのも落ち着かんので帰ってから入るつもりだ。
カルはなんか宰相と少年王、ユニちゃんたちと報告会的なものを行ってるはずだ。私は面倒なのでサボりです。
――そういうわけで今、部屋の中に人目はない。
「さあ、諦めて私にその身を任せよ」
「……っ!」
「お主、悪役っぽいのう」
白が呆れた半眼をよこすが気にしない。ブラシを持ってアルドヴァーンに迫っている現在。
「尻の毛玉がようやく何とかできる」
「それが最初の命令か! おかしいだろう!?」
膝の上で往生際が悪いアルドヴァーン。
「こやつがおかしいのはもう諦めるのじゃ。積極的にゆかんと戦闘への参加も怪しいところじゃぞ。――まあ我はそろそろ帰る」
帰ると言う白に頬を寄せてしっとりさらさらな感触を確かめる。
「白、また」
「ふん」
鼻を鳴らして白が消える。
「さあ、覚悟しろ」
ブラッシングタイムの始まりだ。
「いい加減にしろっ! ……つっ」
「はいはい、おとなしくしてね〜」
「腐っても誇り高き……をあ」
誇り高くても尻に毛玉があったら台無しだと思います。
「ようやく普通のミスティフくらいにはなった」
数分後、膝の上でぐったりしているアルドヴァーンの姿。なんだかデジャブ、白と出会った時が懐かしい。
そのまましばらく撫でていると、むっくり起き出して懐に入ってくる。
「黒?」
「……」
懐の中で無言。確実に黒の方ですね!
懐に入り込んだ黒を服の上から軽く叩いてもふもふタイムを終了し、『ヴェルナの絵本』を取り出す。闇色の表紙を開くと白紙が続く。その白紙にイシュヴァーンから貰った鈴のような香炉を近づける。香炉が水が落ちたものを飲み込むように絵本の頁に潜ってゆく。
使い方がちょっとわからなかったのだが、どうやらこれでよかったらしい。白かったページに縁を飾る模様が現れ、ページが全体的に暗くなり、ぼんやりと伸びている黒の姿と香炉の絵が浮かび上がった。……もしかしてこの暗いのって私の服の中か? 思わず上着の襟元を広げて覗いたら、黒がシャーシャー言って来た。うん、絵が明るくなったし黒が動いたし確実に服の中ですね。
――絵本を通して呼ばなくても近くにいる場合はどうなんだろうか? 謎だ。
後で白虎とリデル、クズノハも登録しよう。そういえば【眷属】はどうしようかな? バハムートと白に頼む……、いやミスティフはこれ以上増えないか。島には増えるかもしれないが、戦闘に連れてったりは出来ないし、する予定もない。
多分、自作のダンジョンで多く配置する種類がいいんじゃないかと思うんだけど、竜しか思いつかない。竜をこれでもかと言うほど配置してみたい野望。そして最後はバハムートで締めてもらえれば……、道中がどうなってても誰も攻略できませんね! 私も無理だ。
「おう! ジジイはまだ会議か?」
ガラハドが首にタオルをかけたまま部屋に入って来た。いつも烏の行水なのに、今回は長めだったのでやっぱり冷えたんだろう。
「まだ戻ってないな」
「ぴぎゃ!」
バハムートを磨き終え、ミノタウロスからドロップしたロース肉を出したところ。手を止めた私に催促の鳴き声がかかる。
「うまそうに食うな」
「バハムートが食べてるのを見ると肉が食いたくなる」
大きな肉にかぶりつくバハムートは表情は読めないが嬉しそうに見える、見てると腹が減ってくるのだ。
「ぴぎゃ!」
「はいはい、食後の運動行ってらっしゃい。帰りは雑貨屋かな?」
「ぴぎゃ!」
「……相変わらず放し飼いかよ」
閉じ込める気は一切ない。
「鍵をかけておこうか?」
次に帰って来たのはイーグルで、約束通り喚んでもらったタイルを、抱きつくようにもふっている私の姿を見て、入って来た扉に鍵をかけた。
「あら、鍵? 開けてくれる?」
イーグルが開けたが、カミラもやっぱり入った途端に鍵をかける。
タイルは毛が短いので柔らかくてすべすべなんだが、ほっぺたのあたりはもふもふ。
「おう。撤収、撤収」
三人が揃ったところでガラハドにより、タイルが撤収されてしまった。
用事も済んだしカルが来たらさっさと帰ろう。
「ホムラ、お疲れ様。タオルありがとう、洗って返すわね」
風呂上がりのカミラはいつもと違う匂いを纏って額の生え際にキスしてきた。顔はゼロ距離だし、胸も近いですよ! タオルを渡しただけで何という役得。
「お待たせしました」
ノックの音がしてカルの声が。
宰相付きで戻って来たカルをガラハドが招き入れる。
「この度は我が国の騒動に巻き込んだ挙句、不快な思いを。守護獣を鎮めていただきありがとうございました」
視界に入らなかったがその後ろに少年王もいたようだ。何か神妙な顔をして口上を述べ始める。
「サディラス国内のすべての転移の解放を。サディラス王ハディルはレンガード様に敬意を表します」
いや、あの緊張した顔で頭を下げられても困るんですけど。
「受けよう」
ソファの横に立ったカミラにつつかれて、イーグルに囁かれて言わされてます。
ほっとした顔で頭を上げる少年王。どんだけ怖がられてるの私?
「ただいま」
「お帰りなさい!」
雑貨屋に帰って来た、いつものようにラピスとノエルが抱きついてくる。少年王と同じような年頃だが、二人には怖がられてない、いつもより多めにもふ……撫でておく。
「お帰りなさい」
レーノも立ち上がって出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」
「さらっと混ざるな!」
淀みない動作で深く体を沈めるカーテシー。スカートの中でどんなことになっているのか謎だが、微動だにしないウル・ロロ。せめて子供がするバレエの挨拶みたいなのなら許容出来るんだが。
「まあ、ちょっと早いが夕食にしようか」
「はい」
ラピスが嬉しそうに額をぐりぐりしてきて、ノエルの弾んだ声の返事。
サディラスの王宮は上品で綺麗に整えられた部屋で、きらびやかすぎるということもなかったのだが、やっぱり家が落ち着く。
さて、全部スキルで仕上げてしまってもいいのだが、初めて作る料理は好みの味に調整して登録したい。なので時短にスキルは使うけど、毎度台所で料理をする。作ってる時の匂いや見た目も食欲そそって好きだしな。
まずは『黒鞠猪豚』の背脂を熱して、油を取る。白い脂身がどんどん縮んで、代わりに小さな泡をふつふつと上げる脂が溢れる。
覗き込んできたガラハドに、縮みきって少しきつね色になった脂身を退けてちょっと塩を振って渡す。
「やべ、これ酒欲しい」
「ああ、ビール出すぞ」
今は夕食が入らなくなるからダメだがな。それにこれは沢山食べると脂で胸焼けがする、少量だから美味いんだ。
塩と山椒を擦り込んで寝かせたブロックの豚肉をその脂で揚げる。火を落とし時間促進、脂が冷えるまでに大きな肉の塊にも熱が回ってしっとり、肉の脂身はぷるぷる。
五ミリくらいの薄切りにして、ニンニクと唐辛子で葱・パプリカと炒める、味付けは甘めの味噌ダレ。肉はたっぷり。
「お運びします」
ウル・ロロがあっという間に盛り付けて食卓に運んでゆく。
……くっ! このままでは居住権を主張されてしまいそうなんだが、どうしたら。気配なく視界にぬるりと入ってくるのやめろ!
人参大根半月切り、ごぼうは斜め薄切り、蓮根、里芋、椎茸・舞茸なんかのキノコ類、水切りした豆腐、ちぎったこんにゃく、鶏肉……分厚い鍋で炒めて酒とだし汁イン、醤油で味を整える。だし汁はわざわざ入れなくてもキノコ類沢山入れるとそれだけで味が深くなる。あと何故か大量に作ると美味しい。
肉野菜炒めと、メインは具沢山のけんちんうどん、揚げ餅入り。鶏肉はいっとる時点で精進料理なけんちん汁からは離れたけど、いいとする。デザートはまだ出さないけど、ベリーをざっくり混ぜたアイスクリーム。
バハムートの食べる姿を見てステーキにするつもりだったのだが、明日はシンたちと遊ぶ予定だ。確実に肉のリクエストが来るので変更した。
「この脂身ぷるぷるして透明っぽいわね、しつこくないし」
カミラが大きめな具だと言うのに上品に食べる。
「肉うめぇ」
がしっと大量に箸で掴んで口に詰め込んでは、ビールを豪快に飲むガラハド。下品に見えず、食べるのを見ていると食欲をそそられるのが不思議だ。
「ステーキじゃなくってすまんな。後でまたミノタウロス手伝ってくれ」
ミノ・タン・ロースだけでなく、サーロインとか出ると嬉しいのだが。カレーやスープ用にスネ肉も募集中だ。
「あ、今度は僕が。代わりと言っては何ですが、この肉を少々パルティン様に頂けませんか?」
「おお、壺に脂ごと入れたの持ってっていいぞ。固まって白くこびりついた脂は蒸して落とすといい……ってやりそうにないな。脂落としたやつ包むから持ってけ」
レーノが手伝いを買って出てくれた。またルート開けからになるが、道中の野菜も欲しいし、ちょうどいい。
「ありがとう」
ペット呼び出しの『ヴェルナの絵本』を試せるかな?
「ラピスもノエルもいつも店を見てくれてありがとう、何か足りないものとか欲しいものはあるか?」
「ラピスは主がいればいい」
「何をして欲しいと主に望まれるのが至福です」
可愛いんですが、若干将来が心配です!
「カミラ、すまん。二人を買い物にでも連れて行ってやってくれるか?」
「ふふ、頼まれたわ」
「このうどんも体が温まっていいですね。サディラスでは少々寒かったですから」
カルと私は風呂に入ってないので、うどんがちょうどいい。
それにしてもカルが珍しく人参を食べている。味が滲み出て混ざり、その全体の味が戻って人参そのものの味が消えているからだろう。子供に嫌いな野菜を食べさせるのに成功した気分。
大部分の食材ランクは肉野菜炒めより低めなのだが、『庭の水』がぶっちぎりでランクが高いので、出来上がりは同じくらいになった。同じ『庭の水』から作ったやたら香り高い美味しい醤油が味の決め手だし。
「食べて暑くなったところで、アイスがいいね」
「美味しゅうございます。姉に自慢しましょう」
イーグルの感想にウル・ロロが相槌を打つ。
「止めよ! ヤツまでこの安住の地に押しかける未来しか見えない!」
「同意するが、私の袖の中を安住の地扱いするの止めろ」
袖口から顔を出して騒ぐクルルカン。
「ぴぎゃっ!」
掛けられた声に窓を開けるとバハムートが飛び込んできた。
――また血だらけなんですけど、何をして来たんですか?




