293.戦いの終わり
白の体から同じ形の白い影がぶれる。
――だがそれだけだ。
「ふん! すでに捨てた名よ!」
決着がついたと言わんばかりのアルドヴァーンに攻撃を叩き込む白。
『ば、馬鹿な! 貴様、誰に名付けられた!? 誇り高きハスファーンが何故使役獣に堕ちた!』
「おぬしこそ何で同胞殺しなぞしでかした! いつも仲間を見守っていたおぬしが!」
白が怒りに任せ、叩き込む攻撃に状態異常を乗せているらしく、アルドヴァーンの劣勢は明らか。ほっと息をついて周囲の状況を確認する。
「っざけんなっ! こっちからはダメで、向こうからはいいのかよ!」
星座の騎士が悪態をつくとおり、神官長バーンの取り巻きたちが攻撃を仕掛けて来ている。
乗っ取られた体のほうか、乗っ取った魂のほうか、どっちだか知らんが高レベルの【闇魔法】使いがいるらしく、『シャドウストーカー』がユニちゃんたちを襲っている。私はまだ使えないが、レベル60相当の魔法で対象の影を実体化させて攻撃を行うものだ。もちろん実体より弱いものだが、結界魔法に阻まれて前に出ることができないユニちゃんたちは苦戦している模様。
しかも影から無数の真っ黒な槍が現れる『スティングシェイド』や『シャドウクロウ』が飛び交っている。何かあっちに攻撃が集中しているような気がするが。
いや、『シャドウストーカー』が行ってるだけか。他はカルたちがきっちり防いでくれているせいで、あっちに多く行っているように思うだけだ。私が白たちの推移を見守って戦闘をサボっている間、有難いことに文句も言わず防いでいてくれた。
本で読んだより『シャドウストーカー』が強そうなんだが使い手の違いだろうか。それとも王女のイベント関連で特殊なのかな? 両方かもしれん。
「すまん、ありがとう」
「ふふ、たまにはね」
「いいってこった!」
そう言って、カミラが結界を越えた『シャドウクロウ』に器用に魔法をぶつけて消し、ガラハドが大剣の腹で防ぐ。普通の剣でやったら折れてしまいそうだが、ガラハドの剣はその辺の盾よりよっぽど厚みがある。――菊姫に教えたら、何かスキルが出ないかと森の狼で絶賛修行中らしい。そのうち盾を捨てて、大剣でどっかんどっかん攻撃する幼女の姿を見ることができる気がする。
それにしてもサボっていたというのに四人とも若干嬉しそうなのは何故だ。特にカル、上機嫌に見えるのだが。
さて。ステータス低下中だが、参戦と行こう。
黒も含めてミスティフたちはローブの男たちの妨害をかいくぐり、石板を探して香炉を足場に天井を飛び交っている。私が白に気を取られていた時間は戦闘中としては長いが、探し物をする時間としては短い。まだ石板は見つからないようだ。
「ハハハハッ! 白いミスティフは思わぬ邪魔だが、こうなればただの獲物だ! 香炉に封じる媒体として血の効果は強力ぞ!」
馬鹿が勝手に喜んでいる。
――結界は通り抜けられるけど、この状態で独り前に出るのは流石にまずいか。
ああでも、白が泣いている。涙を流しているわけじゃないが、アルドヴァーンに怒りながら泣いている。あの二匹の間に割って入ることはちょっと出来ない。それにもう決着が付く。
「いや、ミスティフの手駒は二匹で間に合っているな。見れば美しい毛並み、傷が癒えたら皮を剥ぎ、我とシルヴィアの褥にしてやろう!」
……。
「今何と?」
ブチっと音がした気がする。この場合切れたのは血管だろうか、堪忍袋の緒だろうか。
「ハッ! 貴様のミスティフか? 迷宮でも『赤の騎士』の周りでちょろちょろしておったな! だが、結界の外で何を言おうが負け犬の遠吠えよ! 古の女王はミスティフの腹の毛だけを集め部屋に敷き詰めたという、あれなら一匹で足りそうだ!」
「結界……、結界というのはこれのことか?」
「主……」
カルが諌める声を聞こえないふりをして、足を踏み出す。
【畏敬】敵意を持つものには軽い行動阻害から気絶を、好意を持つものには鼓舞と高揚を。でも現在効いているのは統合されたはずの【畏怖】。周囲に畏れと怖れを振りまき、敵味方問わず動きを阻害する。
【技と法の称号封印】があまりの憤ろしさに切れそうな気がする。冷静に、冷静に。
「――何ってやってられるか、ボケナスが」
低い声で呟くと同時に、気配にたじろいだのかローブの男が香炉を取り落とす。床に打ち付けられた香炉は、衝撃で留め金が壊れたのか、金属質な音を立て蓋が飛んだ。
「うあああああああああっ!」
香炉を落とした男が叫びをあげ、その体から白い靄が抜け出てゆく。
『おお! 体! 戻れる、戻れる!』
天井の香炉からざわざわと大勢の気配がし、その中で一つの香炉が震え装飾を加えた細い鎖から外れ落ちてくる。『浮遊』をかけ落ちる勢いを殺し、【ヴァルの薫風】のそよ風で手元に引き寄せる。使い方が違う気がするが、他に思いつかなかった。割っていいものか迷ったので確保したかったのだが、白に貸しているので走って間に合う自信が無かった。
「あったぞ! 石ば……っ、ん」
そんな中、黒が香炉を叩き落とし、落ちた香炉は石板もろとも砕け散った。
解ける結界。星座の騎士たちが『シャドウストーカー』に反撃する中、天井から下がった香炉という香炉から白い靄が大量に抜け出す。
「ホムラ……っ!」
後ろでガラハドたちが色々言っているが、香炉が揺れて鎖が鳴る音、香炉同士のぶつかる音でよく聞こえない。
「な、なんだ!? 香炉が揺れん限り中から出ないんじゃなかったのか!?」
白い靄は広い空間を飛び交い、男たちや白をすり抜け私の浮かせた香炉に納まった。
「何だ! その香炉に何を入れた!? 香炉は媒体を入れん限り同じ条件、一番近くの香炉に移るはずだろうが! イシュヴァーンが我を謀ったというのか!」
「ああ――厄介なものは壊してしまおうか。『伏雷』」
喚く神官長バーンを無視して魔法を放つ。天井に吊られた香炉は雷に打たれ、一瞬カンテラのように光っては割れて次々に落ちてゆく。
アルドヴァーンが力無く横たわるのが目の端に映る、白とアルドヴァーンの戦いも終わったようだ。ではもうステータスの貸し出しは終了でいいだろう。
幽鬼のようなローブの男たちが、神官長バーンの動揺を表すように今はゆらゆらと揺れている。手を差し向ければ、袖からするするとクルルカンが抜け出て杖になってくれる。
「『雷神の鉾』」
狙いはまずローブの男たちの持つ香炉、対象に対して過剰な魔法だが、今は気分が荒れている。中空に現れた雷の鉾が一直線に香炉に落ちてゆき、衝撃でローブの男たちが吹き飛ばされる。
【雷魔法】レベル35、対象以外が吹き飛ぶほどではないと思うのだが。――【ヴェルスの裁き】の効果が出ている気がする。白を毛皮にするなどと口にした神官長バーンに怒っている。白の戦いに口も手も出せなかった苛立ちと、友だったろう二匹が戦うはめになったことへの憤りもある。
「おのれ、おのれ!」
後退りながら鮮やかなオレンジのオーブを握りしめてこちらに突き出し、火属性の攻撃をしてくるが避けるまでもなくダメージが無い。構わず近づくと足を取られ無様に転ぶ。
「ひっ、ひいっ!」
効かないことが分かっただろうに、相変わらずオーブを突き出してくる。ああ、ファル・ファーシを茹でるのに使ってたやつか? ならばこれも帝国の誰かから貰ったものなのだろう。
「……さよなら」
ヴェルス【断罪の大剣】でもぶつけてやろうかと思ったがその気が失せた。『月影の刀剣』で【一閃】、首をはねておしまい。
借り物の力と借り物の知識で、殺すことだけは簡単に。殺される覚悟はないまま、私の前にのこのこ出てこないで欲しい。
『ハスファーン……』
「なんじゃ」
私の肩にいる時よりは大きいが、レベル相応に小さくなった白と地に伏した大きな黒いアルドヴァーンが話している。
『もう一度会えるなどと思わなかった』
「貴様、今それを言うか?」
アルドヴァーンが微かに笑う気配がする。
「……その体はイシュヴァーンじゃろ、どうした?」
『イシュヴァーンが俺を自分に迎え入れたんだ。お前は相変わらず精神体への攻撃が得意なんだな、俺はもうこの体に耐えられるだけの魂の質量がない。俺が消えればイシュヴァーンに会えるだろう、喜ぶぞ』
「おぬしが居なくなって、イシュヴァーンが喜ぶわけはなかろう!」
ここは回復を使っていい場面だろうか? だが白が私を呼ばない。
『仲間を失って、お前を失って……。全部滅ぼしてやろうかと怒りと憎しみに駆られた俺はもうミスティフじゃないんだろう。お前にやられなくても、長い年月で魂が擦り切れてもうイシュヴァーンの体の圧に耐えられん。お前とまた喧嘩できたし、このまま消えていくのが幸せだ』
「おい! お前!」
しんみりしていたら黒がアルドヴァーンに話しかけた。
「いらないんならその力を寄こせ! 代わりに俺の体を寝ぐらにさせてやる!」
『何?』
「何を言っておるんじゃ貴様は」
あの戦いを見たのに白とアルドヴァーンに対して遠慮のない黒。顔を上げて胸をはり、相変わらずの踏ん張り具合で二匹より弱いのになんか偉そう。
「その馬鹿でかい体がダメなんだろう? 俺の体を貸してやる! 代わりにそいつと喧嘩できるその力を寄こせ! そいつに負けて馬鹿にされるのは我慢ならん」
『ふ、ふははははは』
アルドヴァーンが軽く目を見開いたあと笑い出す。
『よかろう。またこいつと喧嘩が出来るなら』
その言葉と同時にアルドヴァーン、いやイシュヴァーンの体から白い靄が抜け、黒の体に吸い込まれてゆく。
「ぬ……っ!」
黒の毛が逆立ち、すぐに収まる。
「結構疲れるな……」
『そのうち馴染むであろうよ』
同じ黒の体から黒の声とアルドヴァーンの声が漏れる。
「俺はちょっと寝る。アンタは済ませるべきことを済ませとけ!」
『おい、それはないだろう? ……逃げた!?』
「なんじゃ?」
白がアルドヴァーンに近づいてくる――って、回復せねば!
「白、とりあえず回復を」
無事で何よりですが、ひどい姿になってますよ!!!!
『ホムラ』
「ん?」
白を回復。とりあえずイシュヴァーンも回復するかと思ったところで、おとなしく様子を見ていたアルドヴァーンに声をかけられた。
『貴方と主従の契約を』
「は?」
『この体の持ち主がそうしろと言うのでな。本来は本人がするべきなのだが……』
「逃げたのじゃな? どこまでひねくれとるんじゃ!」
言葉では怒っているのか貶しているのか、という感じだがどこか嬉しそうな白。
『すでに名付けられているようだな、俺もその名を受け入れ共々に貴方に従おう』
どうしていいかわからず手を差し出すと額を押し付けてくるアルドヴァーン。押し付けられた額と手の隙間から光が漏れる。
そういえばこのイベントはミスティフ正式加入だと思って進めてたんだった。というか、すでに名付けてるというのは? 黒でいいのか?
『これで主従の契約は成った。俺も貰った真名、黒かっ……、……。何だこの名は!』
いきなり狼狽えるアルドヴァーン。
「ん?」
『貴様、名付け直せ!』
何故かアルドヴァーンが怒っている。
「そもそも名前を付けた覚えがないのだが」
『いいや、付けたのはおぬしで間違い無い! コイツはおぬしを主と認め、名付けを受け入れておる。黒でいいだろう、黒で! 何故余計なものをつける!』
「余計なもの?」
どうやら私が名前をつけた模様。確かに仮で黒にすると言ってそう呼んでたが、余計なもの?
『この黒の後ろについておるかっ……』
「うるさいのじゃ!」
アルドヴァーンが言い終える前に白のパンチが飛ぶ。
『何故邪魔をする! 俺は改名を望むぞ!』
「改名だけしてもらえばいいじゃろうが! わざわざ今の真名を口にする必要はないのじゃ!」
また喧嘩が始まった。まあ、じゃれあいなので放っておこう。
微笑ましいような、呆れたような気分になって後ろを振り返ると、もっと呆れる光景が繰り広げられていた。騎士による水かけ大会、ガラハドが桶を持ってカルを追いかけ、柄杓で水を撒く。華麗に避けるカル。
「何をしてるんだ、何を」
「何をしてるんだじゃねぇよ! お前のせいでこっちは阿鼻叫喚だ! いきなり【傾国】全開にすんじゃねぇよ! ジジイは『庭の水』避けやがるし!」
私のせいだった!
「向こうのパーティーは惚けたままだしね。とりあえずこっちの醜態を解決してから正気に戻そう」
「一応ランスロット様が防御したんだけど」
「本当に一応だったな、あれ。最初から防ぐ気が感じられなかったぞ」
「それにしてもバーン、まがりなりにも神官長を拝命していただけあったわね。【傾国】に耐えるなんて」
「敵対してる状態は効きづらいつってもあれだからな……」
まさかの神官長バーンが高評価!?
「ああ、くそっ! ここで防御力発揮すんじゃねぇよ、ジジイ!!」
「ホムラ、見てないで手伝え」
柄杓を振るうガラハドと桶を持って右往左往するイーグル。なかなか愉快な光景だがいつまでも見ている訳にもいかない。
「カル、水飲もうか?」
「頂きます」
コップに入った『庭の水』――字面がひどいが、ちゃんと飲めるしむしろ美味しい水だ――を差し出すと、カルが嬉しそうに受け取って飲み干す。
「簡単に解決したことを喜べばいいのか、これ?」
「それはとりあえず置いておいて、ガラハドも水かぶろうか?」
嘆息するガラハドにイーグルが笑顔で迫る。
「え?」
「私に一番にぶっかけたくせに、貴方も水避けてるわよね? 無意識?」
ジリジリと後ろに下がるガラハドにびしょ濡れのカミラが柄杓を構える。もともと体のラインが出る服だったが、張り付いてますます色っぽいことになっている。色々透けてそうなんですが大丈夫ですか?
「【傾国】、怖いような愉快なような……」
マント鑑定結果【どっちも誰かさんのせい、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
誰かって誰だ。
白(仮)
黒(仮)




