292.アルドヴァーン
切りどころがわからなくて増量
そしてステータスを前話にくっつけるのを忘れていることに気づく……(吐血)
悪役の語りを聞く時に必要なのはポップコーンだろうか、アイスクリームだろうか。アメリカ映画でよくリッターサイズのアイスクリーム抱えて食ってるシーンがあるけどあれは食いきれてるんだろうか? 参加型でなく、傍観型のVRドラマのいいところは飲み食いしながら鑑賞できることだ。
何が言いたいかというと、話が長い。状況が分かってありがたいのだが長いものは長い。
まとめるとこうだ。神官長バーンは元々結構な老齢、王の座と若い肉体、シルヴィア王女を得るために帝国の話に乗った。危険のないよう裏でこそこそ工作していたようだが、肉体を壊した時に香炉に魂を移す算段をつけてから迷宮に出てきたらしい。
ウィリアムとやらの魂を抜き出し空にした肉体に神官長バーンの魂を移したのは、後ろに付き従う者たちだ。神官長バーンの肉体替えが上手くいったのを確かめた上で、自分たちも肉体を替えた元老人。
王女とスイグの反応を見るに、それぞれ結構な権力を持つ面々だったようだ。――その割に主張を感じないなと思ったら、魂を移す前の肉体に服従の細工済みだそうだ。
「聞いていると帝国の人間だということさえ曖昧だな」
「それでいて神官長バーンには帝国の使いだと確信させて疑うことをさせてない。いざとなったらトカゲの尻尾よね」
「『フェル・ファーシの雫』が宰相に効く薬の材料だと思ってた時点で、な。最後は彼の方に行き着くんだろうが、実働がどのスジか分かんねぇな」
言い合うガラハドたちの関心は目の前の神官長バーンからすでに背後関係の洗い出しに移っている。
「迷宮で使っていた六属性対応の結界が魔法だったな。マーリンが直接教えに来るとも思えないし、間にいる者も伝達出来る程度には魔法に詳しい者かな? 自力で学んだにしては闇属性に至らないのはおかしい」
私が持っているのは精神依存の結界スキル、神官長が持つなら普通はこっちだろう。それにサディラスの神官長ならば確実に持っているのは闇の属性だ、それを試さずに六属性を防ぐ知力依存の結界魔法。誰かから教えられたとしか思えない。
「……そうなると限られてくるな」
何人か浮かぶのか宙を見上げ眉間にシワを寄せるガラハド。
「この香炉の数々の中にウィリアムの魂があるぞ? むやみな攻撃は控えることだ。落としてしまえばもう二度と戻ることはない!」
などとやっていたら話が進んでいた。
「……!」
「シルヴィア様!」
王女が思わずといった風に一歩踏み出したところで見えない壁に弾かれ、よろめいたところをユニちゃんが支える。
「ハハハッ! 進化した我が【結界魔法】! ミスティフ以外、月の加護ある者は一歩たりとも通さぬぞ! 石板も一つとは限らぬぞ!」
いやまあ、闇属性を先に思いつけとは思ったが。また行動範囲を限定されたところから戦闘が始まるのか。いや、相棒のミスティフと協力しろということかな? ――まあ私だけなら結界をスルー出来るのだが、ミスティフ関係だしイベントが終わるまで待とう。
『人間……?』
少し朦朧としている様に見えるイシュヴァーンが神官長の笑い声に反応したのか、身じろぎして顔を上げる。もふっと胸毛がこう。
『蓄魂の香炉』は字のままに魂を蓄えることが出来る香炉、作り出しているのはイシュヴァーン。
「イシュヴァーン……?」
白が難しい顔をしている。いかん、よその毛玉に心奪われている場合ではない。
「作り出したのはイシュヴァーンかもしれんが、利用しているのは人間だ」
「人間の魂なぞどうでもいい、我も大勢屠ったしな」
ぷいっと顔を背けた白に黙って頬を寄せる。生き物を殺せば、たとえ同胞のためだとしてもミスティフの輪から外れてしまう。白も黒も生き物を殺したからにはミスティフの側にいてはいけないと、自ら距離をとっている風でもあった。
そんなミスティフたちの態度に若干イラッとくるのだが、白がそうしたミスティフたちの在り方を是として好いているのでしょうがない。ちょっかいをかける人間さえ居なければ平和で穏やかなままだったのだろうし。
ローブの男たちが手に持った香炉をゆらゆらと揺すると、中から煙があがりミスティフの姿をとって空を駆ける。煙のミスティフの自由は一瞬で、天井から下げられた別の香炉にすぐ吸い込まれてゆく。
「ミスティフの気配が沢山する。どういうことだ? 目に見える数どころではないぞ」
イシュヴァーンの声かローブの男たちの香炉に反応したのか、黒も肩に出てくる。
「今目の前におるミスティフ、姿はイシュヴァーンのもの。じゃがイシュヴァーンの気配ではない、あれは、あれはまるで――」
「さあ起きろ、アルドヴァーン! 人間が侵入してきたぞ!」
『人間! 我が同胞を狩りその身を飾る醜悪な生き物よ! ハスファーンが滅ぼしそこねた咎人がっ!』
ごうっと音がするほどの気配の増大、体毛が逆立ちこちらを睨めつける。
「ハハハッ! アルドヴァーンよ、王女の名はシルヴィア! 媒体は白銀の香炉! そこの青二才はスイグ、暗き八寸の香炉だ!」
アルドヴァーンを見上げ、両手を掲げて王女とスイグの名前を告げる神官長バーン。
『シルヴィア、白銀の香炉に封ず!』
「きゃあ!」
アルドヴァーンの言葉が終わると、シルヴィアが悲鳴をあげて倒れ、その体から煙が抜ける。抜けた煙は白銀の香炉に吸い込まれる。
『スイグ、暗き八寸の香炉に封ず!』
スイグから抜けた煙は、やはり神官長バーンの告げた暗い印象の大きさ八寸の香炉に吸い込まれた。
「ハハハッ! 真名がなくとも媒体があればこの通りよ! 王の髪も手に入れ一番良い香炉を用意してあるぞ!! 後は空の器に処理すれば、我に従順な傀儡の出来上がりよ!」
「なんてことを……っ!」
ユニちゃんが王女の体を支えながら神官長バーンを睨む。あ、スイグは倒れる間際、ガラハドがサッカーボールを操るかのごとく膝で支えて、崩れ落ちる前に襟首掴んで後ろに寝かせた。
「馬鹿な……。アルドヴァーンは死んだはずじゃ」
白がつぶやく。
「アルドヴァーンの魂がイシュヴァーンの体に入っているのか?」
狩り人が仕えていたのも、サディラスが守り秘匿してきたのもどうやら体だけは同じようだ。
『許さぬ、許さぬ! そなたらも、ハスファーンが起った時に何もせなんだミスティフも!』
あれ? これ白のお友達? そういえばこっちも古馴染みと言っていたか。パルティン山で狩り人がアルドヴァーンの名前を口にした時、大分驚いていたのにその後の反応が薄かったのは死んだと思っていたからかな?
眠そうだった時はくるんと丸まって手足の爪も見えなかったのだが、今は鋭い爪が洞窟の硬い床に跡をつけている。振るわれた尻尾からは針どころか槍のような毛が高速でこちらに飛んでくる。カルとガラハドが防いで私たちは無傷なのだが、逸れた毛は壁に突き刺さっている。
「ああ! ミスティフではなく人の形の霊体があちらの香炉に!」
ユニちゃんが指差す先には沢山の香炉が下がっている、どれだか分からん。そして香炉から上がっているのは煙ではなく霊体か……。いやでも煙に見えるぞ、香炉だし!
「おぬし、少し力を借りるぞ! じゃが手を出すでない、これは我の戦いじゃ!」
そう言って白が結界の向こうに駆けて行く。
私の状態に下矢印が付いたのだが? 白さんや、借りるってステータスのこと? 状態異常になった場合にアイコンの出るHPバーの横に、ステータス低下を表す下向きの矢印が点滅している。そういえば闘技大会で白は私に自分の能力を貸してくれたが、逆も出来たのか。
「アルドヴァーン!」
白はみるみる大きくなり、たどり着いた時にはアルドヴァーンとほぼ同じ大きさ。
『ハスファーン!?』
「貴様、同胞を殺したな!? 何故じゃ!」
『何故だと? 戦わぬ奴らに嫌気がさしたのよ! 俺が倒れた時に戦ったのはお前独り、お前が倒れた時に戦ったのはイシュヴァーン独りだけだ! 人間もミスティフも共に滅びればいい!!』
勢いのまま戦闘に入る二匹。
お互い喉元を狙って爪を振るい、牙をむく。
二匹が位置を入れ替えるたび、香炉が揺れ霊体が空を彷徨う。
「白……デカかったんだな」
「ガラハド、出る感想がホムラに似てきてるわよ?」
流し目でガラハドを見るカミラ。
「なるほど、『封印の獣』の本来の姿ですか」
カルが白を見て感心している。
そして袖口から顔を出す蛇。うん、クルルカンも『封印の獣』だしな、出会った時の姿を見せたら感心してくれるかもしれんな。すでに私は記憶に遠いけど。
「ハスファーン、ハスファーンだと!?」
黒がショックを受けて肩で固まっている。白とは喧嘩してたが、ハスファーンには少し憧れてる風だったもんな。他のミスティフはハスファーンの名前が出ると感謝していると口にしつつもフイっと消えてしまうのが常なのに。
むしろアルドヴァーンの言い分に共感を覚える私です。ミスティフに対してはどうにも複雑、純粋にもふりたいのに。白と旧友を戦わせることになった原因のローブどもは許さん、こっちはシンプルだ。白に止められた手前、白たちの決着がつくまではおとなしくしているつもりだが、さて、どうしてくれよう?
「ば、馬鹿な!」
神官長バーンが狼狽えている。
「まあ、いきなり守護獣と同じサイズのミスティフが出てきたら驚くよな」
「完全に予定外だろうね」
動向を見守りながら話すガラハドとイーグル。その間にもアルドヴァーンの攻撃はこちらにも飛んできているのだが、雨粒を払う仕草に似て、まったく危なげなく防いでくれている。まあ、白が居なかったらこちらにもユニちゃんの方にももっと強力なスキルが飛んで、ここまで余裕はなかっただろうけれど。
「あちらのミスティフも動き出したわよ?」
カミラの言葉に周囲を見回せば、ユニちゃんたちのミスティフが王女とスイグの魂の入った香炉に取り付いたところだが、その衝撃で香炉が揺れると魂は別な香炉に移ってしまった。
「空の香炉を全部壊さねぇとダメじゃねぇか!?」
「ええ!」
香炉が揺れても魂が移らないようにだろう、星座の騎士が提案する。
「結界を破るためには石板を壊さねばならない。空の香炉がなくなった時に、魂入りの香炉に石板があれば攻撃ができなくなる。石板を見つけ結界を破るまで空の香炉を落とすのを控えるべきだな」
ミスティフや王女たちの魂ごと失われる覚悟があるなら別だが。そういえば、魂はあるがミスティフには器がないな。
「承知した!」
結構距離があるので白たちが戦っている音もするし、いつもより声を張った甲斐あって一番こっち寄りに居た星座の騎士にはちゃんと聞こえたようである。
「黒、石板を探してくれ」
「ふん、非常事態だ。聞いてやる!」
ハッとした黒が結界をすり抜けて駆けてゆく。
ミスティフたちに攻撃が当たらないよう誘導し、同時に自分たちへの攻撃に対処する。
『何故だ! 何故、日和見のミスティフどもの肩を持つ! そして何故、人間と共にいる!?』
「うるさいの! 静かにそこにあるのがミスティフ、我が異端なだけじゃ! あの人間どもは成り行きじゃ!」
怒鳴りあい、位置を変え、牙を剥き合う二匹。白の毛並みが所々赤く染まっている、黒くてよくわからんがアルドヴァーンも似た状態だろう。
『ハスファーン! 貴様、恨みを忘れたのか!』
「昔の話じゃ!」
距離をとる二匹。
『おのれ、では貴様も香炉に入れ! アビヤッド・ハスファーン! お前の魂は真名を以って香炉に封ず!』




