290.天秤
前半はユニちゃん……、の中の人視点でお送りします
魚座のピケス:これ初回特典?
蠍座のスオン:じゃね? すげェやっぱ王族より上なんだな
魚座と蠍座の会話が流れるのはクランのチーフ以上、ユニと星座の騎士が参加できるクラン会話だ。機能としては大きくなったクランの運営用なのだろう、コモン以下まで会話に参加するのは非効率的だ。だが、実際はどうでもいい雑談に使われていることがほとんどだ。
射手座のリウ:何かあったのか?
双子座のジニエ:広間でレンガードがお茶をしている
射手座のリウ:何故!?
双子座のジニエ:知らん
射手座の疑問に双子座が端的に返す。魚座の言うとおり初回特典だろうか? 王女はミスティフがらみのイベント、レンガードは拾った情報から考えると帝国がらみが予想される。
牡羊座のエリス:えー。いいなあ〜
ユ ニ:みんなのために頑張ってSS撮りますね
魚座のピケス:僕が撮っとくよ、ユニ様下手くそだから
可愛いものは可愛らしく撮れる、動いているものを撮るのは苦手、時々失敗して床や空を撮ってしまう。完璧だ!
蠍座のスオン:床すげェ! 全面模様! 全属性!
ユ ニ:すごく綺麗です
双子座のジニエ:ついている騎士のものも見事だ
ユ ニ:アローン宰相様が人に戻ってらっしゃる……
どうやって戻したのか。呪いを解くならアイツだろうと思っていたのだが……。アイツは毛が生えた生き物全般に甘いからな。
魚座のピケス:どうやって戻したんだろうね? 愛を囁いたとも思えないけど
蠍座のスオン:人間じゃねぇとイベントに支障があんじゃね?
双子座のジニエ:なるほど、強制的に戻すためにレンガードが招かれたのかもしれぬな
射手座のリ ウ:解呪の条件さえも無効化か。万能便利キャラだなレンガード
蠍座のスオン:王族立たせて優雅にお茶かよ、おい
魚座のピケス:あ〜お茶美味しそう! これなんの匂い?
ユ ニ:苺ジャムを煮ている時の匂いでしょうか? 出来立てですね
双子座のジニエ:ユニ様はジャムも作るのですね
ユ ニ:苺くらいです。作ってる時はいい匂いだし、色が一度抜けて鮮やかに戻るのが好きなんです
実験的に自分で作った時は、甘い匂いに撃沈してしばらく気持ち悪かったが。甘く可愛らしいお菓子が好き――でも体重を気にして普段は控えめにしている――自分の理想を追い求めてユニを作っているが、中身が自分だとこのように時々支障が出る。
レンガードは結局ダンジョン攻略のお助けキャラだったようだ。近づこうとするとレンガードの騎士がそっと本人に分からない様に阻むので直接の会話は少ない。もっとも近づこうとしたのはユニの星座の騎士達だが。たとえ懇意になるチャンスだとしても積極的にグイグイ行くなど論外だ。
護衛対象枠で王女がパーティーに入ってきた。ユニは王女に信頼されている、男だけにもてて女に嫌われる様な性格ではない。ユニを取り巻く男もユニ至上でありながら他の女にも紳士的に接するよう持って行きたいのだが、なかなか難しい。
王女を守りながら慎重に道を進む。参加者はミスティフを運良く手に入れたユニと射手座、双子座、蠍座、魚座、そして牡羊座。ユニのミスティフは手足と尻尾の先が白く、額に菱形の白い星がある。出来れば可憐なユニに似合う真っ白なミスティフを入手したかったが仕方がない。客観的に見て十分可愛らしい部類であるし、ユニは外見で対応は変えない。
「あちらはもう到達したそうです」
「アホか。何をどうしたら着くんだよ」
二度目の戦闘を終えた時に王女が発した言葉に皆唖然とする。言葉が悪いのは蠍座だ。
「実力差があるにしてもさすがに納得行かん」
癇性な双子座が眉間にしわを寄せる。ユニに癒されて大分マシになったのだが、この男をおおらかと言うには無理がある。
「思ったより短いのでしょうか?」
不思議そうに首を少し傾げて見せる。やりすぎは良くないが、アイツに教えられたシャンプーに変えたせいか髪がさらりと揺れていい感じだ。
「いいえ、そのようなことは――申し訳ありません、私にも神官が何を言っているのか理解できかねるのです」
通信機が役にたたん。
「とにかく私たちは出来ることを確実に。レンガード様たちをお待たせしてしまうかもしれないけれど、みんなが大怪我をするのは治るのが分かっていても嫌です」
「ユニ様……」
射手座と双子座の言葉がかぶる。ユニの名前を呼んであとは言葉を飲み込んで見つめてくるパターンがこの二人だ。
「ふふ、心配性ですね〜」
牡羊座はいわゆる腹黒なのだが、ユニの前では隠して柔らかく笑う。
「ユニだからしょうがないよ」
ユニだから、と脳停止しているのが魚座。しょうがないから自分が、と発奮するのでまあいいだろう。馬鹿だが。
「へへっ、そんなヘマしねぇよ!」
蠍座は一見攻撃的だが仲間と認めた者には分かりにくい優しさを発揮する。
元々ユニを守ることに特化したパーティーだ、護衛対象の王女もついでに守るのもお手の物。戦闘に時間がかかるのだが、今回敵が少ない。レンガード側がどれだけの敵を倒してるのか知らないが、これが普通なのか?
壁を三つ越え、進み、行き止まりの部屋には吊るされた鳥籠のような大きな檻。その檻の下には穴があり、穴から燃え上がる炎が時々檻の底を舐める。それを視界に収めたとたん、背後に石の壁が落ち通路が塞がれ閉じ込められる。
大きさの割に頼りない細さの鎖で吊るされた檻の前に進み出て振り返る王女、肩から走り降りて王女の隣に移動するミスティフたち。
「選択の時が来ました、先に進むにはこの檻に人かミスティフを。どちらでも扉は開きますが、人を選べばイシュヴァーンの機嫌が良く、ミスティフを選べば悪い……」
灯を掲げ、檻を背に王女が真顔で選択を迫ってくる。
状況からしてこちらが選んだ方が檻に入るのだろうが、どっちも檻に詰め込むという選択肢は有りか?
「檻になんか入ったら檻ごと穴に真っ逆さまじゃない?」
「生贄か」
今にも千切れそうな鎖を見つめたままの牡羊座の言葉に、双子座が不愉快そうに吐き捨てる。
「そんな……、人かミスティフか選べというのですか!」
「ユニ様」
珍しく少し声を荒げると射手座が心配そうに名を呼んで、牡羊座は私のローブの袖をそっと掴んでくる。
「申し訳ありません、私自ら檻に入ることは許されていないのです」
選択を押し付けたことへの罪悪感か、目を伏せる王女。ふむ、目を伏せる時にこぼれない程度の涙を溜めるといいかもしれない。参考にしよう。
「人選んだらイシュヴァーンとは話し合い、ミスティフ選んだら戦闘ってとこか」
蠍座が表情を見る限り不愉快そうだが声だけは楽しそうに予測を口にする。蠍座は偽悪的な傾向があり、実際普段の態度は少々悪いのだが、戦闘などで何度か仲間を庇って死んでいるような男だ。
「普段ならユニ様に従うが、この選択は任せられぬ。ユニ様が憂う前に我らが」
「そうだね。ユニ様に決めさせられない」
双子座に魚座が髪をかきあげながら同意する。
「どちらも選びません、どちらかを選ぶくらいなら私はイシュヴァーンには会いません」
「いいえ、お会いください。時々イシュヴァーンの唸り声が聞こえ、大地が揺れるのです。民の安寧のためにも解決したい……、それに選ばねばこの部屋からは出られません」
「そんな……」
本当に面倒だな、心情的にはまとめて檻に突っ込んでしまいたいのだが、ユニ的にはそうもいかない。全員自決して神殿に戻るのも王女とミスティフが残ってしまうのでダメか。
かといって、重い選択を他に押し付けるのもユニらしくない。さて、どうしたものか。
☆ ☆ ☆
「よいしょ、がしゃーん」
「主っ!!!」
「がしゃーんじゃねぇ!! あほかあああああああああ!!!」
「貴方が入ってどうするのよ!!!」
「躊躇って言葉はないのか!」
「何をやっておるのじゃ! 投げるでないわ!」
真面目な顔をしたスイグから話を聞いて、それじゃあと檻に入ったら四人と一匹が凄い形相になった。念のためガラハドに向かって投げ出した白は心配と抗議と半々のようだが。
「いや、私なら万一落ちても復活できるし。それにスイグは生贄とは一言も言ってないぞ」
頼りなげに軋む細い鎖だが、落ちる様子はない。そして檻の扉を閉めた直後から正面の壁が持ち上がり始め、道が現れる。
「そんな不確定な話で危険なことをしないでいただきたい!」
「宰相と王はミスティフに危険はないと言ったぞ?」
それを信じればこれは贄の選択ではない。
「頼むから行動起こす前に説明してくれ!」
ガラハドが青筋立てて怒って来るが、説明しても危険があるならとか言って他が入りそうな気がしたので省きました。
「えー……。…………道が開きました。選択はなされ、人を選んだ貴方たちはイシュヴァーンの元へ行く権利を得ました。条件はいざという時、同胞よりミスティフを取ること、だった、んです、が」
スイグが灯を掲げて固まったまま決まり悪そうに説明する。
「もう出ていいか?」
檻の棒を二本掴んで間からスイグを見る私。
「あ、はい、どうぞ」
スイグが答えたところで、カルが扉を開けてくれる。床から十センチと離れていないのだが、隙間から穴に落ちないまでも時々大きく燃え上がる炎にローブが燃えないか心配になる。装備ランク的に大丈夫だろうけれど、裾が気になるのだ。
「もう! 無茶しないで」
カミラが腕に抱きついて額を肩に埋めてくる。謝罪代わりに絡められた腕をぽんぽんと叩いてカミラを落ち着かせる。
「これの無茶はいつものことじゃがな」
ガラハドの胸を蹴ってカミラとは反対の私の肩に移る白。
「……おかしい。おかしいだろう!」
スイグの隣で固まっていた黒が怒鳴る。久しぶりに自力で立っている黒はハチと呼びたいような踏ん張りっぷりだ、足の形が八になっている。
「お前の飼い主おかしいぞ!?」
怒鳴っているのは私にではなく何故か白に向けてらしい。ここの仕掛けを知っている風ではなかったのに、イベントが起きた途端に懐から出てスイグの隣に配置した黒。イベントの強制力って怖いな。
「誰が飼い主じゃ! それに気づくのも遅いのじゃ!」
白と黒の言い合いが始まったので、黒を懐に回収して強制終了。
「さて、この道を行けばようやくイシュヴァーンと対面かな?」
「はい、そう聞いております」
「進めるのはいいけど、本当に無茶はやめて欲しいね」
イーグルがため息をついて剣を持ち直す。
行く道はもはや枝道もなく、まっすぐ下って行くだけ。時々レイス系の魔物が現れるが【浄化】の【エンチャント】でさくさくと。――見ているとカルの剣かカル自身に祓う能力がありそうなんだが。
「何で毎回何か起こすんだ! 偶には普通の道中ってないのか?」
ガラハドが八つ当たり的に敵を倒す。
「慣れて来たけど、いつの間にか常識を書き換えられてるのが怖いわね」
力んでいるガラハドに声をかけるカミラ。
「ミスティフの認識だって! いつの間にか!」
無駄のない動きで、確実に敵の急所を狙ってゆくイーグル。イーグルもなんだか力んでいる、ミスティフが何だ?
「ほとんど【家】の中に入ったことさえないのに!」
「玄関で生産品受け取ってるだけよね」
「転移プレートから二メートルと離れていないっつーの!」
「お主ら……。玄関先でミスティフを見かける時点で普通ではないのじゃぞ?」
「そうよ、そうなのよ。冷静に考えればね」
「時々飛んでる金竜パルティンの方がインパクト強かったんだつーの!」
「ミスティフは夜の森に遊ぶのを遠目に見るだけだったからね……」
よくわからない会話を交わしながら敵を屠ってゆく三人と一匹。とりあえず人に会いたがらないリデルとクズノハから生産物受け取ってくれているようなので後で礼を言おう。
「それだけだったのに!」
相変わらず厚みのある大剣を軽々と扱い、斬るというよりは敵の防御ごと叩き潰すようなガラハド。
「ばっちり影響が出てたわねぇ……」
カミラの指先に炎が灯り、横に払われる。指先の炎はオレンジ色の尾を引いて格好良くも綺麗だ。
カミラは【無詠唱】は持っていないが、【詠唱短縮】との複合で魔力を込めた指先で特定の図を描けば魔法が発動するスキルを手に入れたそうだ。描かなければならない図もレベルが上がるごとに簡単になって行くそうで、今は【火】系統であるならば一文字に払うだけでレベル20までの魔法を使えるそうだ。
「かと思えば、慣れたつもりだったのにさっきは肝が冷えたし!」
「本当に!」
「ホムラの思考を追うのは大変だよ」
「どうせ深く考えておらんのじゃ」
触らぬ神に祟りなし、おとなしく後ろから魔法で援護しながらついてゆく。
「主……。私は騎士なので出来れば護らせて欲しいのですが……」
カルはカルでガラハドたちとは別の不満がある模様。
行いの方向性は変えられないので諦めて!




