288.神殿地下
宰相が神像の前に進み出ると、床に魔法陣が三つ現れた。宰相のいる魔法陣を頂点として正三角形を作る配置だ。
「それぞれ魔法陣へ」
宰相の言葉に魔法陣の中に入る。
私と雑貨屋の四人、護衛対象の神官と黒。隣の魔法陣にはユニちゃんと顔を知っている星座の騎士四人と見知らぬ騎士、護衛対象の王女……とミスティフ。ユニちゃんの肩で毛づくろいしあったりして仲がよさげ。うちの毛玉は顔をあわせると喧嘩をするのだが、何故だ。
白は封印の獣枠として、黒は気まぐれについてきた精霊パターンの様に好感度が上がれば仲間になるのかと思っていたが、黒正式加入イベントの予感!
「ミスティフを喚ぶ者は転移前に喚ぶように。神殿地下にミスティフ連れで入れるのはこの最初の一度きりとご承知願う」
宰相の言葉に、やっぱり連れているミスティフとのイベントがあるのだと思っていると、隣の魔法陣でミスティフ大量発生。ユニちゃんの肩に乗っていた一匹が双子座の騎士の肩に移り、他の騎士達の肩にも茶色くしなやかな姿が現れる。
もふもふ天国か!
少年王は集団の代表者――ユニちゃんにしかミスティフがいないような言い方をしていたが、誤解していたのかあえて間違えるように言ったのか。まあ、前者だろうな。後者だったら今現在ばれているわけだし意味がない、そもそもミスティフは人前に姿を見せたがらないのだ。
現れたミスティフたちにユニちゃんが嬉しそうに微笑む。それを見てニヤける騎士たちは目に入らなかったことにする。
「黒、黒、ミスティフがいっぱいいる!」
「……フン」
小声で黒に呼びかけ、服の上からつついたが返ってきたのは何故か気の無い返事。イベント進行中だからだろうか。
ユニちゃんとはサディラスに来てからまともに話せていない、何故なら必ず誰か騎士がそばにいるから。関わりません、関わりませんよ!!! パトカを交換した時はユニちゃんがクランと合流前だったので余裕だったが、こう四六時中誰かが周りにいてはちょっと交流が難しい。私がぽろっとユニちゃんの情報を出してしまったらどうしようかとドキドキするのだ。
この間も衝撃的な事実をさらりと言われて、呆れたというのに。
このゲームの発売日は仕事が忙しそうだったので、それで第二陣になったのかと思っていたら、「それもあるが誕生日が来るまで入れない設定だった」と表情を変えずに言った男に「お前、私と同じ歳だったよな?」と思わず突っ込みを入れた。
本当は永遠の未成年にしたかったらしいが、射手座の騎士やらには数年前にうっかり当時の設定年齢を言ってしまったらしく、断腸の思いで成人したらしい。
射手と双子、山羊とは毎度ゲーム内でそこそこ交流があって、いい奴らなのが分かっているので黙っているのが居た堪れない、かと言ってバラして夢を壊すのもどうかと思う。なるべく関わらないのが心の平穏な今日この頃。
「地下は地盤が特殊なのか、訓練を積んだ神官とシルヴィア王女との間でしか連絡が取れぬ。また、一方で敵を避け逃すと、もう一方に次の区間でその分敵が増えるそうだ。守護獣までたどり着くには、協力なくしては困難。ミスティフがこの世に留まるは夜の間だけ、夜が明ける前に守護獣との対話を終えねばならぬ」
タイムアタックの気配、ゆるいかどうかは地下の深さと複雑さによるので今は判断ができない。
「地下はイシュヴァーンの世界、人には厳しい。心して行け」
宰相の杖がカツンと床を付くと転移が始まった。
「案内を仰せつかった神官のスイグと申します、よろしくお願い致します」
転移が終わると神官が自己紹介してくる。
周囲は闇に囲まれた鐘乳洞。特に水の気配もしないし、石の色も黒っぽいので現実世界の鍾乳石ではないのだろうが、上から垂れた棒状の石や、下から生えた石筍のような形状があるのはそっくりだ。
【暗視】があるので私たちは灯りがなくとも困らないのだが、スイグはカンテラを持っている。そのカンテラで照らされた黒々とした洞窟は一部違った色を返して来た。既に三方向に分かれる道の一本だけが闇の中で白い。
「進む道はこの白い道を。他の道を行けば神殿に返されますゆえ、逸れませぬようお気をつけください」
「承知した、では行こうか?」
ガラハドたちが頷くのを見て白い道に足を踏み入れる。白いと言っているが周りが黒いのでそれで通じるだけで、実際には明るめの灰色だ。
どこからか風が吹き込んでいるのか、遠くで低い音がする。
「おいで、白」
「ふん、ようやく喚んだのじゃな?」
白が大型犬くらいの大きさで私の前に現れる。
「白い……!?」
スイグが白に驚いたのか、カンテラが揺れ照らされている風景も揺れる。
「さっきまで人が多かったからな。聞きたいことがあるんだが――」
「おっと! 早いな、お客さんだ」
ガラハドが剣を構えてどこか楽しそうに言う。
進みながら会話しようとしたら既に敵が現れた。走り出す白、肩に乗ってくれてもいいんだが。
「ミスティフが自ら戦闘に!? そもそも地下に来ては喚べないはずでは」
スイグがブツブツ言っている間にも戦闘は始まっており、ついでに敵に状態異常をばらまいた白が既に次に進もうとしている。
敵は黒く蠢く蟻の体に角が生えたような魔物。
「ちょっと待て! 敵多くないか!?」
「いきなりなんでこんなに!」
ガラハドが混乱している敵を横殴りに斬り、カミラが魔法を放つ。
「なんだろう、この現象は覚えがある」
イーグルが二人の攻撃から漏れた敵を打つ。
「白、待て! ここカンテラで白くなった道しか通れん!」
そして慌てて白の後を追う私。
「ガラハド、これを運べ!」
「え、ちょっ! これ神官!!!!」
「ひゃあああああああああ」
後ろからカルとガラハドの声が聞こえたかと思えば、妙な叫びと共に暗かった道が照らされ、白い道が見えるようになった。今の所は分岐がないのであれだが助かった。
「白、せめて【黒耀】で防御」
「当たらないから意味がないのじゃ!」
『封印の獣』のダンジョンより敵が弱いのが幸い、白を見失うことなく倒し進む。鸞の時よりは強い気がするが『守護獣』は推奨レベル低いんだろうか。
「白、右! 右!」
とりあえず先行する白に正しい道を伝え、雷を放つ。
「絶対おかしいだろうコレ!」
「う……っ。気持ちが悪い……」
「神官殿、お気を確かに。カンテラはどうやら貴方が持っていないと効果がないらしい」
「ジジイ! 涼しい顔してんじゃねぇ!!」
「迷宮でのこと思い出すわね……」
「【誘引】を使ってまで戦うミスティフというのはどうなんだろうね?」
「イーグル! 運ぶの替われ!」
「断る」
後ろで何が起こってるんだ? 振り向いて状況を確認したいが、目を離したら白を見失いそうでできない。なんだか神官が不憫なことになってそうな気配がするが、振り返れない。うん、そんな暇はないから仕方ないね!
全力で後ろを見ないまま――じゃない、敵を払いながら白を追いかけることしばし。
「なんじゃ、行き止まりか」
ふんすふんすと鼻息荒く、壁の前で仁王立ちする白。
「白、ここは他を進むもう片方のパーティーと協力しないと進めないダンジョンだ」
「効率が悪いのじゃ!」
ぷりぷりしている白をなだめながら、初めて後ろを見る。
ああうん。神官が死にそうな顔をしてガラハドに運ばれて来た。肩に担ぎ上げられているその横に笑顔のカルが付き添う、ため息をつきながら歩みを止め武器を降ろすイーグルとカミラ。
「ちょっとホムラ、放し飼いやめようか?」
「すまん」
どうしてこんな好戦的になってしまったのだろうか。
「神官殿、王女に着いたと連絡を」
「は、はい」
ガラハドがスイグを降ろすと、カルが依頼した。担いでいたガラハドより、担がれてここまで来たスイグの方が息を切らし、よほど疲れて見えるのだが。
「白、いきなり駆け出すのは他を危険にさらす、レベル上げ可能かどうか最初に確認してくれ」
懐に黒もいるし!
「ふん、お主がいれば大概平気じゃろ」
白が小さくなって肩に乗ってきた。ああ、頬に触る毛並みの柔らかさよ。
「丸め込まれてるわね」
「その前に何故レベル上げがああだという認識なのかな?」
カミラとイーグルの言い合う声が聞こえる。
白は一度言えば聞いてくれると思うが、同じ注意をクズノハにもしておかねば。
「連絡が取れました。すごく、すごく驚いておられましたが」
息切れは治まったようだが、座り込んだままのスイグ。
「まあ早すぎるわな」
ガラハドが地面に突き刺した大剣に凭れるようにして呆れたような声でいう。
「ダッシュよ、ダッシュ」
カミラの靴はピンヒールのようなのだが、足場の悪い場所でよく走れるなと思う。
「すまんな、お茶にしようか」
平らなところを選んでテーブルを出す。
「茶じゃなくって飯がいいな、今日はもう菓子は遠慮したい」
ああ、お菓子とお茶が続いたからな。
「私は先に解放の術式を」
スイグがそう言って立ち上がり、指で壁をたどり始めると黒い壁に彼の指を追って白い線が現れ複雑な文様を描く。
『ライト』で明るくしようと思ったのだが、終わるまで待った方がよさそうだ。
『剛角豚』のバラ肉に薄く片栗粉をつけて塩こしょうをしてごま油で焼き、ほうれん草を投入してオイスターソース、酒、砂糖で甘辛く味付けした具を炊きたてのご飯にどん! と乗せた丼。通常はそこに卵黄を乗せて七味をふって出来上がりなのだが、苦手な人もいるかと思い卵黄と七味は別に出した。
箸休めにさっぱりと大根と人参の紅白なます、きのこのピリ辛マリネ。汁物にワカメと豆腐の味噌汁。白に紅茶。
「え、私も頂けるんですか?」
「遠慮なくどうぞ?」
いや、この状況で一人だけ食べさせないなんてことはないだろう? どんな鬼畜だ。
ちょっと嬉しそうにスイグが椅子に座ったところでいただきます。
「ああ、やっぱり俺パンよりコメ好きだわ」
美味そうに食べるガラハド。
「生卵食べる習慣なんてなかったんだけど、この絡んでくる甘さがたまらないわ」
カミラが好き嫌いなく女性の割にがっつり食べてくれるのが嬉しい。
「ごめん、ホムラ、スプーンくれるか?」
イーグルは器用だが、ぽろぽろと崩れる丼物のご飯をまとめるのが苦手な様子。ガラハドは最終的に口を丼につけてかっこんでしまうので平気なようだ。
そして丼物さえ優雅に食べる男が、なますに人参が混じっているのに気がついて一瞬動きが止まった。
スイグは一口食べてため息をついたと思ったら、固まったまま動いていない。お箸が握り箸になっているようだし、そっと手元にスプーンを置いてみた。
さて、食後のお茶になったら白に話を聞かねば。