287.私の疑惑、ユニちゃんの疑惑
「ミスティフ……?」
「ああ、すまん。お気になさらずに」
ズボッと出たままで固まっている黒の鼻面を押してそっと懐に戻す。一言物申すために出たものの見知らぬ人間を見て、あっやべっとなったのだろう。
「黒い、だと?」
「滅多にいないが茶色以外もいるぞ」
ほとんどのミスティフが全体的に茶色で短毛だ。
「イシュヴァーンの血族ではないか?」
「そこまで知らん」
それにしてもなんとかヴァーンという名前には聞き覚えがこう……。微妙に違う気がするので後で白に聞こう。性別に関しては白も黒も番を持っていないので無いはず、はずだよな?
「待って、ミスティフって話す?」
考えに沈みそうになっていると、ハディル王が戸惑ったような様子で聞いてきた。
「普通に話す、かな?」
言い切ろうとしてそういえば白と黒とファーリアとしか言葉を交わしていないことに気づく。もしかして力の強い個体しか話せない? 人間嫌いのミスティフ、根掘り葉掘り聞くのも嫌がるかと突っ込んで聞いたことがない。
「月光の下でもないのに存在するということは、エランの狩り人に術をかけられておるのか?」
次々上がる質問にあたりさわりないように答えておく。黒が物質界にいる理由も、習性も、当然ミスティフたちが私のハウスにいることも内緒だ。
「さあ? 狩り人はそんなスキルを持っているのか?」
エランの狩り人は以前私が【傾国】にかけた五人の一族だ。逆に宰相に聞き返すと、彼らは対ミスティフのスキルを持つらしく、その中にこの物質界から精霊界へ一定時間移動出来なくするものもあるという。
ハディル王はミスティフが人の言葉を話すことがショックだったらしく、固まっている。王のショックは、まさか意思疎通が図れる生き物を狩っていたなんて、ということらしい。
意思疎通できなくても一方的に手をだすなよとか、同種族同士で戦いになりそうな状態で何言ってるんだとかは口にしないでおく。がんばれ少年! 宰相も教育がんばれ! 王様にしては表情に丸出しだぞ!
あとカルは微笑みを私に向けるのをやめろ! ここは少年王に向けるところだろう! 心を読まれてるみたいで微妙にいたたまれない!
「話を戻してよろしいですか? 『香炉の代わりとなるもの』とは?」
イーグルがグラスを置いて宰相を見る。
「――ミスティフだ」
「あら」
「なるほど、では我らだけでも用は足りる」
「神殿地下はルートを二つ均等に進まねばなりません、人数が足りないのでは?」
カミラとイーグルが宰相とやりとりをしているところに、少年王が参加する。
シャラシャラと小さな音が足元で鳴る。気づけば模様が私の足元から変わってゆく。
「回廊からこっち見てたヤツらを連れて行けってか? 俺たちだけで二手に別れた方が効率よさそうだけどな?」
ガラハドが口に酒を運びながら発した言葉は少し挑発的。
「そんなことはありません!」
「ハディル様」
語尾を強くした少年王をたしなめる様に、静かに名を呼ぶ宰相。
「駆け引きの練習ならよそでやってくれ」
普段おおらかなガラハドが珍しくちょっと不機嫌そうだ。
地下に入れる権利を持っているのはこの国なのだから、二団体でゆくことを条件にあげてしまえばそれでよかったと思うのだが、もったいぶって微妙に駆け引きっぽいことをしたかった様子。一体何のためにどう駆け引きしたかったのかはさっぱりだが、駆け引きしたかったことだけは私にもわかった。表情もだが、声の抑揚って大切だな。
「主、どうされますか? どうやらこちらから同行を頼んで欲しい様ですが」
ああ、こっちから下手に出て手伝いを頼んで欲しかったのか。別にユニちゃんたちと共同戦線で行ってもいいのだが、それより気になることがある。
「守護獣の名前は本当にイシュヴァーンか? アルドヴァーンではないのか?」
ガラハドたちが持っていた杯を置き、こちらに向き直る。自分でも意識しないまま低くなった声に驚かせてしまったようだ。
急に姿勢を正した面々に少年王が息を飲む。
「『アルドヴァーン様の守護を得るために、ミスティフを捧げる』」
「『命は守護に、毛皮は金に』」
宰相を見ながら記憶にある言葉をたどり告げる。
「以前エランの狩り人が私に言った言葉だ。――『蓄魂の香炉』に一体何を入れている?」
静まり返った広間にシャラシャラとモザイクの動く音が響く。
「地下に納められた『蓄魂の香炉』にはミスティフの魂を留めてあると聞く。――但し、新しい贄を捧げているわけではない。我ら守護獣に関わる者は、遠い昔ハスファーンが破壊を行った時代のミスティフの魂を集めたものと認識している」
「ミ、ミスティフはこの国では法で保護されることになっています。ユニ……先ほどいた一団の指導者が連れている他は、ここ数年は姿を見たという話も出ませんが、決して害することはないです!」
脅した覚えはないのだが、少年王がちょっと涙目。
「随分広いのですね」
ユニちゃんが言うように小さな神殿があるという中庭は、庭と言えないくらい広い。城の一つ二つは建ちそうだ。
「この下には守護獣がおる。最近は国の中央に何も置かないのは贅沢だと言う輩もいるが、もし守護獣が動けばこの範囲は崩れ落ちる」
魔法の明かりを灯したカンテラを掲げ宰相が先頭を歩く、一番後ろには若い神官がやはりカンテラを持ち従う。中庭の中央に位置する古い神殿は夜しか扉が開かないそうで、日が落ちるのを待っての出発になった。
ここが聖地とされ禁足されているのには伝説やら奇跡やらの他にも合理的な理由があったのだなと考えながら黙って後ろに続く。結局、攻略はユニちゃんたちと合同ですることになった。
そして道案内でシルヴィア王女がユニちゃんのパーティーに、私のパーティーには学者みたいな神官がついた。先にフラグを立てていたのも向こうだし、好感度も上げているだろうから順当だろう。パーティーの人数にはカウントがなく、マップの神官の表示が護衛対象の色だ。守りながらとか苦手なのだが、カルがいるので押し付ける気満々だ。
王女が来てしまうあたりさすが初討伐、と思いつつ神殿に入る。小さな神殿は部屋が一つしかなく、正面に紺色の天鵞絨っぽいずっしりとしたカーテンがかかっていた。この作りならばカーテンの向こうは神像だろう。
宰相が入った途端、神殿の柱や壁に取り付けられた燭がカンテラに反応して灯ったので中は明るい。
「何故隠されているのですか?」
同じことを思ったらしいユニちゃんが聞く。今までの流れからしてここの神像は多分ヴェルナ、怒りに任せて自ら神像を破壊したヴェルスと違って人の手で破壊されたヴェルナの神殿と神像。特定の者しか入ることができない秘密に満ちた神殿、邪神と混同された時代に分厚いカーテンと関係者の沈黙で隠されたのだろう。
それにしても神殿でカーテンで隠されてるシチュエーションは、フランダースの犬のラストを思い出す。最後、辿り着いた教会でカーテンで隠されていたのはルーベンスのだったかな?
「サディラスは決して邪神の国などではございません」
人間はどうでもいいけどパトラッシュが可哀想とか考えていたら話が進んでいました。どうやらユニちゃんたちが王女と宰相に疑惑をぶつけている模様。ちゃんとストーリーに沿って進めたら私もそうした疑惑を抱いていたのだろうか。
「差し支えなければ神像を見せてはどうだ? 闇の女神なのだろう?」
地下にゆく条件が月の女神の加護や祝福ならば、ここにいる面々は確実にヴェルナかヴェルナの化身に会っているはず。とりあえず早くダンジョンに行きたいので解決お願いします。
「――何故知って」
「闇の女神が邪神でないことは知っている。隠すのは無意味だ」
王女の疑問には答えず適当に言ってみたが、プレイヤーは闇の女神と邪神を同一視した上で、普通に邪神の加護も喜んでもらいそうだ。ただ、ユニちゃんに限ってそれはないはず。
果たして宰相が開けたカーテンの奥から姿を見せたのは、青白い石で出来たヴェルナの神像。色も石材も冷たく固いのに石像から受ける印象は柔らかい。造ったのはよほど腕のいい彫刻師なのだろう。
「遠い昔、人々は闇の女神を邪神と同一視し、神殿や神像を打ち壊した。人々を見限った闇の女神は姿を消し、残ったのは化身だけ。化身に出会っても月の女神としか分からぬはず。私が闇の女神と思わず口走っても動揺も見えず、御身の持つ寵愛はやはり直接授けられたものか」
えーと。そんな設定だったのか!! むしろ本体にしか会ったことないよ!!!! とりあえず視線が痛いです。
「姿をお隠しになられた闇と光の神、闇の女神はこの地にお戻りになって……」
なんか感動に打ち震えている感じの王女が涙を浮かべて言うのに、全力で目を背けている雑貨屋の面々。
「ホムラあああああああああ!!!!!」
「うっかり普通に受け入れていた……。まさか私もずれてきている……?」
「もう昔の話だもの、そんなに大事じゃないわよ。たぶん……」
パーティー会話がなんか私のせいっぽい方向なんだが。私悪くない! はず。パーティー会話の内容はパーティー以外には理解できないとはいえ、顔に出さずに叫ぶ三人は器用だな。
「地下へ案内していただけますか? 夜が明ける前に戻れなくなります」
微笑みを浮かべてカルが促す、冷静でなによりです。
フランダースの犬部分を修正しました。ルーベンスの絵、キリスト昇天と降架だと思っていたら、書くにあたって調べたら聖母だったし変だなーと思ったら原作とアニメで違うのね……。