284.猫
「すまん!」
戻ってきたガラハドに開口一番謝られた。
「なんだいきなり? 宰相に面会を断られたとか?」
紅茶のカップを持ったまま扉の前にいるガラハドたちに聞く。
「いや、そうじゃねぇんだが」
「どうも完全には信用してくれてないみたいなのよね」
「それは仕方ない、その辺の馬の骨がコネでいきなり面会求めたんだし」
「ホムラ……」
「何だ?」
何か言いかけたイーグルを見るが続きを話す気配がない。そして残念な者を見る三人の目、何故だ。
「主、宰相の疑念はおそらく私のせいでしょう、マーリン殿とはそれなりに交流がありましたから。私を介して、ガラハドたちが無自覚にマーリン殿の思惑通りに動いている可能性を疑っているのかもしれません」
カルがカップを置いて言う。
「ランスロット様とは関係なく、今から思えば薬の素材集めを始めた時にはそうだったのかもしれません。そして今は操られていない、と確信は持てないでしょう」
「ホムラと出会わなかったら、疑いもせず忠告もせず、『病に効く薬』を作って良いことをしたつもりになっていたでしょうね。ゾッとするわ」
「なかなか面倒だな」
とりあえず猫は気楽でいいと思う私。
「あとは純粋に情報が足んねぇのかもな。アローン宰相がベッドから出られたのはつい最近だ」
「あら、すぐ手に入る噂だってあるじゃない」
「噂?」
「曰く、闘技大会で団体戦ソロ優勝。曰く、バハムートの幻影を喚ぶ。曰く、ランスロット様の主。曰く、ファガットの王族に食事を提供している……」
白い指を折りながらカミラが噂とやらを挙げて行く。
「神殿の上の方にお触り禁止の神託が降った」
「お触りってなんだ、お触りって」
ガラハドの付け足しに突っ込む私。
「……悪いが私でも眉唾だと疑うよ」
「やだわ、言ってて私もちょっとこれはないかな? って」
「しかも噂より事実の方がひどいのが混ざってるってのがな」
「情報が古いな。最近は幻影ではなく本物を飼っていると正しい噂が流れている」
カルから訂正が入る。
備えがない前に封印が解けていることをバラすのは混乱を招くと、闘技大会のバハムートは幻影だったと情報操作されていたはず。そして私にも口止めが来た、この場合私はカイル猊下に叱られるんだろうか……。
「まあでも宰相には会えるんだろう?」
「だが試されるぞ」
「何を?」
「神々の寵愛の大きさを」
「うん?」
ガラハドの言っている意味のわからない私です。
「帝国の鵺の話をした時に、情報源は知り合いに降りた神託だって伝えているからね、他の噂と合わせて今回ホムラと結びつけるのは難しくない。神々に会えば少なくとも加護はつく、良くも悪くも神殿はこの国の政にも民にも大きな影響を持っている。――寵愛持ちならば使命持ち、使命持ちには協力を、というお国柄だね」
イーグルの言葉に困って首をかしげる。使命ないんだが。
「あん時はホムラをここまで巻き込むとか思ってなかったし、まず特定はされないと思ってたんだがな。バレた、すまん」
「今は異邦人に祝福持ち増えて来てるし、バレてもそれはかまわんが。どうやって測るんだ?」
「例の石畳で、ね」
カミラが教えてくれたが、石畳でどうやって測るのか……。測るものがわかっても謎が増えた。
「それに加えて、アローン殿は【ファルの見透かす眼】で主を視るつもりでしょう。私の【暴キ視ル眼】よりも効力が高い」
カルの眼は発動が不安定で、しかも隠されたスキルや称号を視ることができる代わりに、それが魅了や呪いの類だと視ることでかかってしまうリスクがあった。なのだが、最近は順調に制御出来ており、不用意に視てしまうことはなくなったらしい。
「宰相は今はスキルは使えねぇそうだぞ」
「それを信じろと?」
ガラハドをジロリと見るカル。確かに少なくとも眼に関しては猫になっても使えていたっぽい。ウル・ロロのピーマンと同じで、時間がずれたことによって違っているかもしれないが……その場合は猫化が進んでいるとかそういうことだろうか?
「とりあえず行こうか。呼ばれているんだろう?」
「ああ。きっとホムラ、驚くぜ」
ニヤリと笑うガラハドと、笑みを浮かべるカミラとイーグル。大丈夫、猫なのは知っています。
そして執務室、扉を開けると机の上にお行儀よく座る猫と眼があった。尻尾が揃った前足にくるんですよ!
「に、にゃ〜ん」
眼が合うと戸惑ったように鳴く宰相。
「「にゃあん!?」」
ドアを開けるまではニヤニヤしていたのに、打って変わって驚愕するガラハドとイーグル。
「え? え?」
戸惑うカミラ。
「宰相〜」
わーい!
「ってレンガード、今宰相って言ったわよね?」
「分かるのですか?」
「猫になってるってどうやって知った!?」
何か驚いた声というか、詰問調というかな声を上げるガラハドとカミラ、カルの声だけがのんびりしている。
「やわらかやわらか」
とりあえずスルーして宰相をなでる私。漢字の柔らかじゃなくひらがなでやわらかと表したいところ、ひらがなのほうがより柔らかそうに感じる。
「ちょっとなんでそれで宰相は猫のフリなのよ!?」
「さっき喋ってましたよね!? 何故ゴロゴロ言ってるんですか!」
「アローン殿、鳴き真似下手ですね」
「そこなのかよ、ジジイ!」
外野がうるさいが、私は猫の柔らかさを堪能するのに忙しい。
「ちょ、レンガード! やめろ!」
「相手は宰相です!」
「顔知ってるだけに絵面浮かんでヤバいっての!」
「なでるなら黒がいるじゃない!」
抱き上げようとしたら待ったがかかった。なでるのはともかく、黒も白もよっぽど気が向かないと抱っこさせてくれんのだ。多分拘束というか身体の自由を制限させるのが嫌なのだろう。その点宰相は抱っこもさせてくれる。
「白も黒も可愛い。だが猫もいい」
と、言った途端にばほんとね。
ばほんと白い煙が出て、煙が治ると居たのは初老の男性。
「……」
「……」
見つめ合うことしばし。
「私の宰相が……」
打ちひしがれて五体投地したいんだが。
「主、雑貨屋で猫を飼いましょうか?」
「ダメです、私が外に出られなくなる」
心配そうに背中に手を添えられてカルとカミラに介護される私。
「あーもう、後でタイル喚んでやるから。で、宰相の方は何で戻ったんだ?」
ガラハドが私になぐさめの言葉を投げた後、宰相に向き直る。
猫改め、神経質そうな目元と頑固そうな口元、グレイの髪の人物。抱きあげる前でセーフ……、うんセーフだったんだよと自分に言い聞かせる。
「解呪の条件が、体に触れた状態で『猫でもいい、側にいて欲しい』と心から思いながら、それに類似する言葉をかけること、だった」
憮然とした表情でアローン宰相が言う。
「ホムラの場合は、『猫でもいい』じゃなくて『猫がいい』だったけどね……」
微妙に宰相を見ているようで少し遠くを見ているイーグル。
「猫の姿を許容することが条件ですか」
「姿変えの魔法が使えたら、時々猫になってあげるのに」
左右から耳元で声が。
「何はともあれ礼を言わせてもらおう。感謝する」
宰相がこちらに向かってゆっくり頭をさげる。
「ところで何故猫の真似を?」
「……っ、それを聞くのか」
カルの問いかけに、あからさまに「うっ」っという顔をして言葉に詰まる宰相。
「何故か顔を見た途端、そうせねばならぬ気がしたのだ。そうした方が喜ぶような……。あの時の自身の心持ちがよくわからぬ」
すごくばつが悪そうです。
「レンガードは何故宰相を知っていたんだい?」
「もふもふ情報網からです」
イベント中はイーグルも宰相が猫なのは知っていたんだが。とりあえず今現在猫なのは、ユニちゃんの本体にメールで確認した。
当面猫だから好きなら適当にもふっとけばいいだろう、と興味なさげな返事だったことを思い出す。ヤツが熱くなるのは理想の女子を語る時だけだし、理想の女子を演じているこの世界でならともかく、現実世界ではかなりドライなのだ。
「もふもふ……」
「妙な情報網だなおい」
戸惑うイーグルと呆れた感じのガラハド。
「名前はともかくとして、情報が早い上に本来秘匿されてしかるべきものも正確に伝わるようですね」
「ウル・ロロといいレンガードの交際範囲って結構謎よね?」
「どっと疲れた。混乱はこの後だと思ってたんだがな」
げんなりした顔のガラハド。
「さすがランスロット様は泰然自若としてらっしゃる」
「主が獣絡みとはいえ、権力者に積極的に近づこうとされるのに違和感があった。むしろ先ほどの状況の方が腑に落ちる」
イーグルの言葉にさらりと答えるカル。
「主、楽しみにされていたモザイクへ移動です。――猫は残念でしたね」
私に話しかけつつ、宰相に目で案内を促すカル。
「視えない、か。眉唾かと思っておったが……。少なくとも湖の騎士が仕えているというのは事実のようだな」
微妙に驚いたような胡散臭いものを見るような目でこちらを見ながら案内に立つ宰相。
半円の回廊を歩く。この回廊も神殿や城と同じ青灰色、円の外側には尖塔アーチが並び明かり取りの窓がある。内側は等間隔に壁龕――現実世界では聖像を祭るための壁の窪み――が設けられ眷属神の像が並ぶ。片側が壁なのだが、円形状の天井は高く造形的な美しさを見せ息苦しさを感じさせない。
「普通は内側に窓とか開口部があるのに珍しいな」
「中庭にはごく一部のもの以外足を踏み入れることはできぬ。中央にある小さな神殿は王になる者が戴冠の前夜一人こもる礼拝堂でもある。もう少し詳しく知りたいのなら神殿の書庫で資料が閲覧できる」
宰相から思いの外丁寧な説明が返って来た。初見は頑固で神経質そうなイメージだったのだが、意外とフレンドリー。だが目があうと微妙に逸らされる、もうお互い猫の時にあったことは忘れたいところ。
「俺の時は書庫へ行けの一言だったような?」
「雑談はバッサリ切られていた気がするね」
ガラハドとイーグルが後ろで何か言い合っている。
「この人数、祈りの間に入れるのかしら?」
カミラが首をかしげ、柔らかな髪がするりと肩を滑る。
「狭いんだったか」
「公開しているものは試作にすぎん。今から行くのは聖女の拝殿に続く奥の区画にある広間だ」
個人で祈るための小さな部屋だと聞いたのだが、どうやらもっと大きなモザイクがある模様。
「おお、とうとう四人の秘密が一部明らかに」
ガラハドたちがアシャの加護とか祝福持ちなのは知っているが、どの程度なのかとか、カルの祝福とかこう、ね!
「そっちか!?」
「何で微妙に浮かれているのかと思ったら」
「隠すつもりはないけれど、そう言われると見られるのがちょっと恥ずかしいわ」
「主……、聞いていただけたら全てをお見せいたしますのに」
「……」
私たちの会話を聞いて、宰相の指が落ち着かないかんじに動く。
マント鑑定結果【自分はいいのか自分は、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
いつも感想・評価ありがとうございます。
誤字報告も修正追いついていないですがありがとうございます!




