282.ウル・ロロ
「ウル・ロロと申します、どうぞよろしく。こちらドゥル様からです」
いきなりの登場に殺気立つ三人と、殺気は見せないものの笑顔が怖いカル。微妙に臨戦態勢な四人と、何だか出遅れた感で一人座ったままの私。いかん、これでは守られる立場になってしまう、住人の戦闘不能は大事だというのに。
とっさの反応や対応の差はステータスでは埋められない何か。
気づいているだろうに完全スルーして、綺麗な所作で挨拶をするウル・ロロ。野菜の入った籠は私ではなく、傍にいたイーグルに渡している。
「知り合いなのかい?」
「一応?」
困惑しつつも籠を渡してくれるイーグル。アスパラガス、トウモロコシ、枝豆、ラズベリー、さくらんぼ、そしてカルの嫌いなピーマン。……前回ピーマンなんて入っていたろうか? 思わずまじまじと眺める。
「あ、それは私の好物です」
……。これウル・ロロの押しかけに対するドゥルからの迷惑料じゃないのか?
「ちょうど収穫期でしたので、入れていただきました」
相変わらず人の心を読んでいるかのような受け答え。犯人は貴様か!
ちょっと時間がずれたら野菜が増えた。それにしても、さくらんぼとラズベリーは種が取れるかな? トウモロコシは種にするなら食べ頃の二週間ほど後のはずだし、枝豆も無理だろう。
「ホムラ、この姉ぇちゃんは何者だ?」
警戒を解かないままガラハドが聞いてくる。大規模戦期間中のことは本当にきれいさっぱり忘れているらしい。
「私はウル・ロロ、そこでぬくぬくと腕に巻きついているクルルカンの妹ですわ。愚兄からはここで上手くやりたいならホムラ様に紅茶だけは出すなと謎の助言を受けております」
「「「兄」」」
ガラハドたちが袖口のクルルカンを見る。みんなの視線を浴びて、半分袖口から体を出していたクルルカンがささっと袖口に逃げ込んだ後、そっと顔だけを覗かせて周囲を窺うのも前回と一緒だ。
「「「紅茶」」」
そして次にカルを見る、春の陽だまりの微笑み。……前回と寸分違わぬ反応をされるとやっぱりAIなんだな、と少々寂しくなる不思議。
「この袖にいるのは封印の獣『クルルカン』、現在私の杖だ。ウル・ロロはクルルカンの妹でドゥルの畑の番人。先日、神々との宴会で会った程度だ、上にもう一人姉がいるらしい」
「『封印の獣』の妹かよ」
顔をしかめるガラハド。
「神に従属していたモノか……」
眉間を揉むイーグル。
「まさかその姉とやらも来ないわよね? ホムラ、あんまり変なモノに引っかからないでね」
クルルカンの入っているほうの私の袖をつまむカミラ。
「強力な【認識阻害】を使っているようですね」
笑顔だが警戒を解いていないカル。
私が微妙に言葉を変えたせいか、はたまたピーマンのせいか、カルたちの口にしたセリフも反応も少々変わった。
「主、蛇の系統は狡猾・裏切りがつきものです。関わりを断つのが賢明かと」
カルににっこり笑って、ウル・ロロとまとめて切り捨て推奨された。
ピーマンのせい説濃厚。
「確かに我らは多淫で狡猾、愛する人ほど裏切ってみたくなる生き物。他に強い方が現れれば普通にそちらにつきます。愛することと従属することとでは別なのですわ」
「変態か」
引き気味でガラハドが言う。
「主、失礼を」
黙っていたらカルがクルルカンを引っこ抜いた。こっちに必死で伸びてくるクルルカンを微妙な気持ちで見る私。
「ああ、そのゴミクズを見る目! たまりませんわぁ」
頬を染めるのやめろ! 声を上ずらせるのもやめろ!
一応否定しておくが、前回のやりとりをなぞっているのに微妙な気持ちになっただけで、別にクルルカンの性癖をどうこう……いや、アウトだな。個人で楽しむ分には文句はないが、私に関係ない見えないところで頼みたい。
「ふふ。兄様がいけないんですわ、本性を隠して巻きついているなんて。その巻きつき心地のよい腕をひとりじめは許しませんわ」
「巻きつき心地って……。どんな腕だよ」
「こんな腕よね?」
ドン引きしまくっているガラハドと、私の腕に自分の腕というか体を巻きつけてくるカミラ。胸はウェルカムです。
その後、スキルの選択まで似たような流れで進んだ。
カルが【流星】を選んだのも変わらず。ヴェルス由来のスキルだが使えていたし、カルはヴェルスの祝福を持っているのではないかと思っている。扶桑へ向かう山道で使っていた騎士を跪かせるスキルもなんとなくヴェルスっぽい印象だ。
それにしても一連の流れは二度目だというのにぐったりなんだが、休憩の意味とは一体……。
「ヴァルノールって何が名物だ?」
「食べたことはないのですが、壺煮と聞きます」
名物と聞いて、すぐ食べ物を教えてくれるカル。
連れ立ってヴァルノールの街を歩く。ジアースの街はそれぞれ印象が違ったが、首都アルスナと同じ石畳と建築様式のせいか、アルバルもヴァルノールも受ける印象は一緒だ。もちろん首都の方が洗練されているし、主要な道も広いのだが、魔法国家アイルは街の場所も造りも全て計画的に行ったのだろう。
プレイヤーがたくさん居るのかと思っていたが、遭遇は今の所ない。現実時間で深夜なのと、冒険者ギルドも異邦人の居住区も反対の西の門側にあるのでそのせいだろう。
増えては来ているがアイルに拠点を構えるプレイヤーは移動の問題があるため、ファストほど多くはない。ファガットには闘技場と南国リゾートのおかげか結構住んでいるプレイヤーがいるのだが、それも一部転移が解放されていたことが大きい。今回転移が解放されたことで、ここも一気にクランハウスを建てるプレイヤーが増えそうだ。
「ここの壺煮は春に採れる『クグタ』っつう野草の芽を干したやつと、この辺に出る魔物の『ノール』を皮付きで四角く切ったやつが、蓋つきの小さな壺に入ってる」
「煮るんじゃなくて実際は壺ごと並べて蒸してるね。ノールは『ノール豚』とも呼ばれて姿はまったく違うけど味は豚系だ。蒸されたノールは皮が溶けて、柔らかくなった肉とクグタを一緒に食べると絶品、でも冬向きの食べ物かな」
「ノールもこの時期は味が落ちるんじゃない?」
ガラハドたちが教えてくれる。
「むー、残念。冬を狙って来ようか」
「ふふ、その時はオススメの店を教えてあげる」
適当な店に入って食事を済ませ、サディラスへ。あまりタイルに負担をかけるのもなんなので、おとなしくヴァイセに乗せてもらっている私。白虎を喚びたいところだが、サディラスにプレイヤーがいるのは確実なので、道中どこで遭遇するかわからない。
つやつやな馬の毛をなでつつ傍を走るタイルたちを眺める。イヌ科とネコ科って結構走り方違うな。ヴァイセはさすがの乗り心地で少々眠くなる、居眠りをしても落ちることはないんじゃないかと思うくらい移動が滑らかだ。
「サディラスは今いるアイルの大森林の端に位置する国です。そこから先は木もまばらになり、金竜パルティンの狩場と呼ばれる荒地になります」
「その荒地から帝国だ」
カルの説明に面白くなさそうにガラハドが付け加える。
「荒地にある涸れ川からが帝国だったのを、最近広げたんだけどね。隣接する小国も幾つか属国にしたし」
イーグルのフォローに、ガラハドの不機嫌の原因は最近の帝国のやり方について不満があったからだと気づく。武力を背景に難癖つけて……みたいな感じなのか? 行商人のホップを含めアイル側の住人の話しか聞いていないが漏れ聞く帝国の噂はよろしくない。
「人口が増えるのと荒野が広がるのが重なりました。狐や鵺の件を別にしても食料問題が起きて他国に侵攻せねばやっていけなくなったでしょう。帝国は大きくなりすぎたのです」
「そういえばジジイも小麦からライ麦に変えろとか言ってたな」
「そんな荒地で小麦が育ってたのか?」
そっちの方がびっくりなんだが。
「ドゥルの加護持ちを中心としてかなり無理を。作付けの割りに収穫量が少ないので論外なのですが、白いパンは一種のステータスでしたのでなかなか……」
小麦と違ってライ麦は環境の厳しい土地でも育てやすい。カルの言う通り、荒地が広がった時点でライ麦に変えていったら食料問題はなんとかなったかもしれない。
肉は魔物を狩るという手段があるので、欲しいのは安定して手に入る穀物と野菜だろう。ただ、自国が貧しく隣の国が豊かな環境になるならば、妬む心も出てくるのでやっぱり時間の問題だった気もする。
「食べ慣れていないのもあるけれど、ずっとライ麦のパンが続くのはきついと思うわ。いっそ店頭から無くなってしまえば諦めもつくんでしょうけれど。私も店に並んでいたら多少割高でも小麦のパンを買ってしまうもの」
帝国には白パン信仰があるらしい、小麦からは柔らかい白パンが、ライ麦からは硬い黒パンが出来る。小麦は荒地では栽培が難しい上、硬いフスマがありパンにするには無駄にする部分が多い。現実世界でも昔、貧しい農村では挽き割り粥にして硬いフスマを食べていたようだが、誰とは言わないが「パンは私の肉〜」の宣言でますますステータスアップしてパンを食べなきゃ!!! になったんだっけか。
「そういえば、帝国の東側に森があるんじゃなかったのか? そっちは?」
「魔法使いマーリンの住む森は元々魔力に歪められた地です。あの地で採れたものは葉も肉も人には毒。マーリン殿が森に篭っていたのは、性格もありましたがあの森の魔力を正常にする研究をされていたのです」
「なるほど」
ただ閉じこもってたとか、女に閉じ込められたとかじゃなかったのか。
「小国でも小麦の収穫量は落ちているんだよ。最近はこのアイルの森もジリジリと狭まっているし、パルティンの影響ならば鉱物資源が豊かになるはずなのにそれは変わらない。もしかしたら邪神の復活の兆しかもしれないと危ぶんでいたらホムラから、ね」
イーグルが言うのは、獣と、人の中身を何かと変えるモノの封印が緩んでいる話を迷宮でしたことだろう。神々は邪神とは言わなかった気もするが、住人はその存在のことを邪神と呼んでいるようだ。
「そういえばそんな話もあった」
「おい」
ガラハドが間髪いれずにツッコミを入れてくる。
邪神の話は人の乗っ取りといい、環境の変化といい、気がつかないところで静かにジリジリ侵攻しているようだ。
「そちらも情報収集したいところですが、今は分かり易い脅威の相手で手が回りません」
「とっとと帝国のこと片づけちまいたいな」
「鵺の情報を聞くためにも、とりあえずはサディラスだわ」
「陣営のほうは整いつつありますしね」
……。とりあえずサディラスは猫と石畳の神なんですが大丈夫だろうか。
猫……じゃない宰相とのアポイントメントはカルではなく、最近まで依頼で動いていたガラハドがつけてくれている。
現在猫なのはユニちゃんに確認済みなんだが。
264話と会話が被っているのは、264話がイベント中のことで住人にとって無かったことになっているため、繰り返しています。分かりづらくて申し訳ありません。




