280.転職の石板の欠片
訂正と書き足ししました。
レア個体にしようとしていたことを完全に忘れておりました……っ!
「魔法弾くんだが」
「ここ遠距離物理が有利なんだよね」
「弓職がいない」
ぼやく私にペテロとお茶漬が答える。
ただいま迷宮でズーと対戦中。ペテロが転職の石板を手に入れたのもあり、職ルートで他のみんなの転職のための準備だ。転職した後は一旦迷宮から離れて、帝国やらまだ見ぬ土地に行ってみようと相談している。
ズーは巨大な鳥の魔物だが、翼の付け根はそれで飛べるのかと疑問に思うくらい、筋肉で厚く盛り上がり、嘴の代わりに蛇のように大きく裂けた口にはサメのような牙が並ぶ。そして羽根は魔法を弾くようで、大したダメージが与えられない。
一回目はレッサー・ズーでひょろりとして羽が少なかったはず。同じく魔法が通りにくかったが、ズーほどではない。羽根をむしったら魔法が効くようになるのかな? なおズーはレア個体だが、ロイたちがパーティーでの初討伐を済ましている。
いつもだったら飛んでいる敵は【風魔法】でたたき落として、『蔦』とかで絡め取って飛べなくするのだが、ズーは風属性らしく、効果が薄い。【金属性】もしかり。
「【気弾】!」
「わははははは! 【投擲】!」
そんな中、活躍する二人。
敵視を全く考えずにドスドスと攻撃を加える二人だが、ズーのタゲが菊姫から移ることはなかった。私たちがイベントをこなしている間、こちらでは経験値倍と【採取】【採掘】で出るレア率が上昇、菊姫もレベルが上がったそうだ。他のゲームと掛け持ちしていて、ログイン時間の短いアルムとシズルも大分レベルが上がったらしい。
「強いのはいいでしけど、レオは大丈夫でしか? お財布的に」
「ダメだと思います」
お茶漬がズーに視線を固定したまま答える様子に、結構お高い武器を投げているんじゃないかと不安になる。
「一応、自作らしいけどね。私ももっと作っておくべきだった」
ペテロが苦笑しながら付け加える。ペテロも自作の投擲具をたくさん持っているようだが、高ダメージを目指すより追加効果のほうに力を入れている。実際道中は敵につく【麻痺】やら【睡眠】やらで戦闘が楽だった。
魔防が高いだけならなんとでもなるのだが、他の理由で魔法を受け付けない敵への対抗手段は……うん、普通に正攻法で行けばいいか。
「【錬金魔法】『短剣』、【投擲】」
錬金魔法で作った『短剣』はしばらくすると消えるが、すぐに消費する分には問題ない。ただ、どうしても魔力を帯びるのか、ズーに対しては大ダメージとはいかない。魔法よりマシだが、後で投擲用の武器を買っておこう。
ソロだと力押しになり気味なのだが、パーティーで戦うと自分の不足がわかる。
「この周りの卵何かのギミックだと思うんだけど……」
ペテロが卵を調べている。
「そういえばそれ壊すとズーが降りてきた気がする」
「おお? まじか!」
「でも壊すと爆発……」
言い終わる前に目の前を何かが飛んだ。
「わっ!」
爆発するペテロ、じゃない卵。
「と、このように爆発したり敵が湧いたりします」
そしてそれ以上を知らない私です。
「何をしてるの何を」
そう言いながら急いでペテロを回復するお茶漬。
「私は無実ですよ!」
抗議するペテロ。
「わはははは!」
笑う犯人その1。
「ワニでし!?」
「え? ちょっ! こっち来る!」
割られた卵は一つではなかったらしく、ワニがのそのそとお茶漬に迫る。
「がはは! なんで鳥なのに卵壊すとワニなんだろうな!」
笑う犯人その2。
「【挑発】でし!」
ワニのタゲもとって盾になる幼女。
卵を割られて怒ったズーが降りてきた。一瞬、地面に足をついて浮かび上がるが、近接攻撃の届く範囲だ。私以外がここぞとばかりに攻撃を叩き込む。
ズーに対して魔法の効果はイマイチなので、私はワニの処理に回る。
「って、貫通攻撃で卵壊すのやめろ!」
「ちょっと使ってみたかった!!」
レオが一定の距離にいる敵に貫通して攻撃のあたるスキルを使いまくっている。見たことがないし、新しくとったスキルなのだろう。
「使ってもいいけど卵巻き込まないで」
お茶漬が釘をさす。まあ、貫通ならせっかくだし二連続狙いたいよな……。
「うを! 食うのかよ!」
「強化でしか!」
「餌だったのワニ」
「完全にズーの卵だと思ってた」
ええ、今の今まで。あからさまに生まれた姿違うのに。
ズーはある程度ダメージが蓄積されるとワニを食うこと、ズーのダメージを稼ぐ前にワニを倒すのだが、先に倒しきってしまうとズーが降りてこなくなることが分かった。
「ワニを誘導してズーを釣って爆発に当てると、ズーに大ダメージなのか」
ペテロが器用に実践してくれているが、ワニに攻撃を当てて爆発卵に誘導、うまくやるとワニを食う時に爆発卵も壊れてズーが燃える。
「それにしても逞しくなったね、幼女」
「微動だにしないな」
「太ったみたいに言わないで欲しいでし!」
お茶漬と二人で褒めたら叱られた。
《ズーの羽×4を手に入れました》
《ズーの牙×5を手に入れました》
《ズーの魔石を手に入れました》
《オニキス×5を手に入れました》
《『ズーの羽飾り』を手に入れました》
《『転職の石板の欠片【拳】』×2を手に入れました》
「わはははは! 出た!!! でも【弓】だ!」
「【剣】!」
「私も【弓】だなあ」
「僕【回復】、勝利!」
「私は【拳】だった、シンいるか?」
「欲しい!」
「あてちも【回復】だったでし」
「ウェルカム【回復】」
自分が欲しい職の欠片を引いたのはお茶漬だけだったようだ。シンの【剣】は菊姫に、菊姫の【回復】はお茶漬に渡り、私の【拳】はシンに渡った。私はお茶漬から相場のシルをもらう。欠片は売買が可能なのでこの層に来るプレイヤーが多くなれば簡単に揃うだろう。
持っているスキルや称号によって転職できる職は決まるのだが、完成させた『転職の石板』にも制限がある。だいたい付いている文字に関係した職には対応するようではあるのだが、特殊な職業や強力な職は専用の石板の欠片を集める必要があるようだ。ペテロの持っている【忍者】がいい例だろう。
ソロ報酬の『転職の石板』は、条件を揃えたすべての職に対応する破格のものだったのに今更気づいた。使っちゃったのもったいなかったのではなかろうか……。
「私も早くレベルあげなくちゃ」
ペテロは転職するのにINTが不足していたそうで、まだ忍者になれていない。
「俺、あがった!」
「俺はもうちょっと」
「私ももう少し。武器保持は増えた」
「何本まで増えるのそれ?」
「さあ?」
お茶漬に聞かれたが、私にも謎だ。
「普通は増えてもMP不足で浮いてるだけになると思うんだけどね……」
「今からMP大募集中」
ペテロが呆れたように言うが気にしない! どこまで杖が増えるか、ちょっと楽しみなのだ。
「さて、本日はここまでだけど、転移部屋で落ちる? 外出る?」
「金かかるからここで落ちる!」
「同じく!」
お茶漬の問いかけに獣二人が答える。
「私は報告とか色々あるから一旦出る」
ペテロの報告……、裏稼業のだろうか。
「あてちは明日のログイン時間、待ち合わせ時間と一緒だと思うからここでログアウトするでし」
「僕も出てもうちょっと生産してく」
「私も出る」
「サディラスで猫に……じゃない、宰相に会いたい」
「アローン殿に?」
ロイたちに使う予定のない素材を渡しに寄り、エリアスの店に炎王用のカレーを預け、現在雑貨屋でカルとガラハド相手に宰相への顔つなぎをお願いしている。
ユニちゃんにお願いしてもいいのだが、周りが鬱陶しい。そういえば通常サーバに戻るために一旦ログアウトしたら、異世界で私が使っているシャンプーの問い合わせがユニちゃんからメールで届いていた。こっちで聞けばいいのに……とつい思ってしまうのだが、乙女モードで聞かれても多分微妙な気になったろう。キリキリ吐け的な現実世界のメールもどうかと思うが、ご飯のお誘いもあったのでよしとする。
獣人対応のお高めのシャンプーなので正直に答えたが、カルの顔を見て私の髪が手入れの割にしっとりサラサラなのは数人がかりでのブラッシングによるものだと思い至った。このことを言ったらブラッシングに通われそうなので黙っていよう、ブラシは譲渡不可だし。――嘘はついていないので良しとする。
紅茶を淹れながら少々不思議そうな顔のカル、ちらりとガラハドを見やる。
「またコレが何か迷惑でも?」
「ジジイ! またってなんだ!?」
「火華果山」
抗議しようとしたガラハドにカルの一言、ぬぐぐっという顔で黙るガラハド。顔を背けるイーグル、たぶん攻略するために装備したブーメランパンツを思い出したのだろう。
『火華果山』は炎熱の病に侵されたカミラを助けるためにガラハドと一緒に行った場所だ。強制されたわけではないし、迷惑ではないのだがこの師弟のやりとりは大体いつものことなので口は出さない。
「そういえば、アシャとお揃いのパンツをもらったが使用予定がないな……」
渡された紅茶に口をつけ、飲む前にふと思い出して呟けば、なんとも言えない目でこちらを見ている面々。
「……サディラスの宰相ですね?」
カルが気を取り直したように確認してくる。
今回の甘味は桃のタルト。パイの中に敷いたカスタードと生クリームは抑えめにして、肉厚な桃をたっぷり。皿にしたパイは空気を多く含ませてざっくり軽く。なお、ドゥルの畑から持ち帰った疑惑の桃だが、特にカルたちに【房中術】がついた気配はない模様。
「あと石畳の細工があるのだろう?」
どこにあるんですか?
「ああ、サディラスの神殿に異邦人が最近作ったモザイクのことかな?」
「綺麗よね、赤い石が寄ってきてちょっと可愛いわ」
イーグルとカミラが教えてくれる。
「寄ってくる?」
「ふふ、行くのなら見てからのお楽しみにしたほうがいいわ」
笑って腕に抱きついてくるカミラ。
「行くなら僕が留守番してますよ。この桃おいしいですね」
「ないと物足りないけど、これはカスタードがしつこくないのがいいわ」
夏季に入った今、例の火竜がパルティン山脈付近をうろつき始めたらしく、気になるのであまり出歩きたくないらしい。
カミラは甘さ控えめを喜んでいるが、実はカルとレーノの分は濃厚な感じにカスタードを盛っている。フルーツタルトはフルーツの味を生かしたいのだが、甘い物をこよなく愛する二人にはそれこそ物足りないようなので。
「では偶には不肖の弟子とお供しましょうか」
カルが笑顔で言い、レーノの言葉に甘えて留守を任せることが決定した。
サディラスの名産は何かな? レーノにはもちろん、ラピスとノエルにも何か買ってこよう。今回は戦闘目的ではないので黒も連れて行けるし、楽しみだ。




