277.終戦
「主の行く道を開けよ!」
叫んだカルが頭上に振り上げた剣に薄く光が宿る。いや、待って、開けられてもどうしていいか困る。
「はだかる者はヴェルスの光に消えよ! 流れよ【流星】!」
薄く光る剣にチカチカと強い光が幾つか生まれ、光同士が雷のようなもので結ばれる。最後の言葉とともに剣を振り下ろすとそこから光が離れ、それを追うように天から星が流れた。
乱戦になってからでは大ぶりな動作は隙となる、敵と距離のある今のうちに使っておくのが得策だろう。私は魔法として使ったが、カルは剣のスキルとして【流星】を使った模様。
敵陣に迫る味方の騎士を越して、星が降る。距離のあるこちらから見ると綺麗な光景だが、食らった方はそうは言っていられないだろう。
完璧騎士殿が使うと絵になるなあ。白と青、金基調の装備、金髪、白皙のイケメン。瞳の色は天気や感情で色が変わる湖の青を映した色、普段は薄い穏やかな水色だが、今は青がかっている。その顔が苦痛に歪む。
「ジジイ!」
ガラハドの焦ったような声がかかる。
「無茶すんじゃねぇよ!」
ガラハドが心配している。
だがしかし、私はカルが『兵糧丸』を口に含むのを見てしまった。不味いんですね、わかります。氷の盾、流星と立て続けに大技使ったらEPなくなるわな。無臭であることが救いなものの『兵糧丸』は苦いというかエグいというか渋いというか……とにかく不味い。
ガラハドの心配を取り除いてやるのが優しさなのか、黙っているのが優しさなのか悩む案件。
「乱戦になる前に行ってくる、お先に!」
イーグルの乗る騎獣が銀色の翼を振るうと滑るように敵陣へと進んで行く。【断罪の剣】を見た覚えがないので敵味方が入り混じる前に使ってしまう気なのだろう。
私、カルとガラハドはゆっくり進む。プレイヤーがスキル石やポイントを稼ぐ前に殲滅してしまってはさすがに申し訳ない、何せ本日はバハムートを出すと決めているので。主役のバハムートは左右の肩辺りを時々移動してそわそわしている様子。
どうせゆっくりだし腹が減るのを最小限に抑えるために時々【空中移動】で高さを保ちつつ、最初に動いた慣性でふわふわと【浮遊】して進む。最近種族を変えたプレイヤーをけっこう見かけるようになったが、天人はまだ見ない。カジノの景品では狐が人気なのか、店持ちの生産職で二、三人見かけた。うち一人は雑貨屋の隣のエリアスなのだが、狐の進化石を手にいれるためにギルヴァイツアは幾ら巻き上げられたのだろうか。
敵がーー主にプレイヤーが時々単身突っ込んで来ては、カルとガラハドに軽くあしらわれている。ここまで他の騎士やプレイヤーに攻撃くらっていて無傷で来るのも無理っぽいのに、何でわざわざ特攻を仕掛けて来るのか謎だ。
ホムラ:帝国の騎士に二人乗りさせてもらってるプレイヤー多いな
お茶漬:先生、倒せない壁感半端ない
ホムラ:うちの従業員と居候優秀
居候というと用心棒の先生みたいで強そうだが、実際には従業員さんのほうが強いという事実。いや、カルを雇ったのは雑貨屋の用心棒としてだからどっちも用心棒なのか。
ペテロ:私、今敵陣だけど、「レンガードが陣まで来たらブレス来て負けだぞ!」とか「止めろ!」とかw
シ ン:勝利条件なんだこれとかレンガードを止める方法とか悲鳴が飛び交ってんな
ペテロ:微妙に破壊不能オブジェクト扱いになってて笑う
ホムラ:いや、普通に敵が来たら戦うつもりなんだが
レ オ:無理だろ!
シ ン:どんだけNPC鍛えてんだよ!
お茶漬:完全にタイムアタックです、本当にありがとうございました
レ オ:わはははははは!
などと話していたら下を騎獣の一隊が通り抜ける。同じ紋章をつけた前半分が騎士で後ろの半分がローブ姿の一団なのでアイルの軍なのだろう。通り抜けるときに先頭の騎士に黙礼を受ける、股下通られるの微妙な気分になるので、ちょっと下通りますよの挨拶は抜きにして真っ直ぐ前を向いて通り抜けて欲しいところ。
「アイルの第一王子です」
「王子が前線に出るのか?」
偉い人は後ろにいるんじゃないのか? 前に突出して討ち取られたり捕虜となったら、戦況が有利であろうと最悪そこで終了になると思うのだが。
「自分の軍を進ませることはあっても普通本人は前には出ねぇな」
「第二王子も優秀らしいですね。戦況的にはイーグルとカミラがすでに道を開けていますし、今回は捕虜となった場合でも最悪自刃すれば戻れますから人質は意味をなしません」
実績を作っておきたいのでしょうとカルが説明してくれる。
王子がカルに挨拶してったのは軍の指揮者だからだろうか。今、大規模なパーティー同士を繋ぐアライアンスを組んでいるのだが、そのリーダーがカルだ。カルたちとパーティーを組んだらアライアンスのリーダーになっていて慌ててパーティーリーダーをカルにパスしたのはいい思い出。
さすがに人数制限もあるしアライアンス全体に影響を及ぼすスキルなども存在するので、全てが同一のアライアンスを組んでいるわけではない。相変わらず伝令もいれば、クラン会話を利用した伝令のためにわざとそれぞれ他のパーティーに分かれた場合もあるようだ。
「くそおおお!! 止まれえぇっ!」
などと思っていたら突っ込んできたのはパーシバル……と、その後ろに乗ったアキラくん。今まで突っ込んできた騎獣より機敏で、前方にいた味方の騎士をすり抜け、ほぼノーダメージ。
薄く光をまとっているので何か強力な付与を受けているのだろう。カミラの妹が回復職っぽかったので、それか? カルやガラハドと同じ特殊個体からの支援を受けていると考えると侮れない。
ましてや玉藻や鵺に一番近いところにいる存在。
「受けろ!」
「――【堅固なる地の盾】」
受けません。
「アシャに選ばれし勇者の剣!」
「【凍てつく落水】!」
「【風火の剣】!」
「【火天の剛剣】!」
スキルを最初に放ったのはカル、ガラハドとパーシバルはほぼ同時。だが、スキル名からして風属性のついたパーシバルのスキルが若干早い。
先に放ったカルのスキルとぶつかった場所でスキル同士がぶつかり爆煙、いや爆発の水蒸気がもうもうと上がる。ゆっくりこちらに広がってくるその白い靄はすぐにガラハドのスキルに破られることになる。
危ない、アキラくんがのろのろセリフ並べ立てるから先にパーシバルのスキルが届いて【堅固なる地の盾】が一枚割れるとこだった!
「くそっ! 優等生かよ!」
ガラハドが悪態をついたのはパーシバルがスキルを――おそらく騎士の身代わり系のスキルを使ったらしく、アキラくんと騎獣が無傷だからだ。騎獣にすがるようにパーシバルが倒れている、戦闘不能のようだ。
「アシャの勇者が技【掃討の剣】!」
掲げられた剣が伸び上がりアキラくんの背丈を越えたところで燃える鎖が巻き付いた刀身が横に払われる。あれ、大きさからいってレプリカの方かこれ。というか、パーシバルに蘇生を使わないと死に戻りしてしまう気がするのだが気にしないのか?
振るわれた【掃討の剣】は赤い線となって空を走り、その後を遅れてその赤い線がガソリンででもあるかのように火炎が燃え上がって迫る。
【堅固なる地の盾】で最初の物理攻撃はノーダメージ、次ぐ火のダメージは半減。さらに私は【火の制圧者】、ガラハドもフェニックス戦で耐火系のスキルを得ている。心配なのはカルだがほんのわずかHPが減っただけのようだ。
帝国騎士は火属性が多いのは分かっていること、カルが対策を取ってないなどとは考えられない。涼しい顔をしているカルをちらっと確認して安堵する。
なお、衝撃波と火炎が後ろに走って行ったが、後続の回復隊の皆様は兎娘のところの騎士が守っているはずなので気にしない。騎士ガウェインは守りという点では私を凌駕するとカルが言っていたので。
「うわぁ!」
お返しをしようと思ったら、主たるパーシバルが光の粒となって消えて暴れ始めた騎獣に悲鳴を上げるアキラくん。
「アシャ掃討の大剣」
腕を伸ばして大剣を呼び出す、腕を伸ばしたのはアシャの大剣がデカイからだ。伸ばした先、手のひらから火が生まれ広がるように厚みのある無骨な大剣が姿を現わす。きらびやかなヴェルスの大剣と見た目は大分違うが、どちらも背丈ほどもある大きさのせいか対の印象を受ける。
「【掃討の大剣】」
さらば、さらば!
騎獣に放り出されて落ちてゆくアキラくん相手ではもったいない気もする広範囲スキル。敵陣の主力に落とすには横薙ぎにダメージの広がるこれは交戦中の味方を巻き込む。なので一番ダメージの大きい攻撃に敵の主力を巻き込むのは諦めて、距離の出る衝撃波と火炎が敵陣の味方のいないあたりに落ちるように調整する。それができるほどには近づいている。
敵の後方で一直線に走る火炎の壁。
「回復と支援を先に潰しますか」
「……味方がいないようなところで当てられるところがあそこだった」
「そんなこったろうと思った!」
感心したようにつぶやいたカルの言葉を否定すれば、ガラハドがヤケのように語気強く言う。
ペテロ:そろそろ? 解放お願い
ホムラ:はいはい
「『来い! 我が剣 我が盾! 我が影よ!』」
「『主が呼び声に答えるは闇を纏うモノ…… 我が身主の剣……っ!』」
あれです、格好つけて現れたペテロが落ちてった。
ホムラ:ちょっと左右からの視線が痛い。
ペテロ:気のせいということでひとつ。
「『守るべき者、我が背にあり。契約により畏き竜の影を借りる! 我呼ぶ幻影は青竜ナルン!』」
何事もなかったように地面に膝を折ってスチャっと着地したペテロがナルンを呼び出す。私の右手にはめられたナルンの鱗で作られた『暗殺者の矜恃』から光が漏れ出し、同じくペテロの指輪から漏れた光と合わさる。
私とペテロとの間に現れたナルンの幻影はペテロが指差す先、敵陣に向かって飛んで行く。
「主、味方が退きます」
「ありがとう。バハムート、待たせた」
カルの言葉を受けてバハムートに声をかける。
「ぴぎゃ!」
「いってらっしゃい」
胸のあたりに現れたバハムートに軽く触れて送り出す。
膨れ上がるバハムート。それに伴い飛ぶ高度を上げてゆき、軍を余裕で覆い尽くすほどの大きさに変わった。大きくなりすぎて今は一体なんなのか近くでは判別できないくらいなのだが、全体が視界に収まっている間、バハムートはやっぱり竜の中で一番格好いいと思った。
大地を揺するほどの咆哮が上がったかと思うと風が渦巻きマントが強く煽られる。バハムートが翼を開いたのだろう。
間をおかずに白く染まる視界と下からくる震えに大気が揺れ、一瞬上下がわからなくなる。空中でこれでは地上にいる人たちは立っていられないだろう。
……バハムートの本気ブレスって、敵軍どころかその先の帝都も存続怪しいんじゃないだろうか。
いつも感想くださる方、二巻ご購入いただいた方ありがとうございます!
お陰様でコミカライズ決定いたしました。