276.最終日の開始
『僕こんな敵のまん真ん中に来るつもりなかったんですが』
『帝国は前線にプレイヤーがいるみたいだし、入り込んじゃったほうが楽じゃない?』
『楽は楽なんだけど、安全なエリアに戻れない不安。まあ、いざとなったら『帰還石』で戻るけど』
ぼやくお茶漬とペテロの会話。
NPCの能力は高いのだろうが、こちらの仕掛けた攻撃に同じ動きを見せたり結構戦い方にパターンがある。なのでパーシバルのような『特殊個体』は別として、レベルや人数の割に帝国兵の相手は楽だった。炎王たちもそれを予測して敢えて敵陣内部に突っ込んできたのだろう。
『うぉおおお!! アドレナリンでるぜぇっ!!!』
多人数を相手に攻撃をかわしつつギリギリとはいえ、コンボが思うように決まり楽しそうなシン。
『ドゥルガー帰還してしまった……。さびしい』
ドゥルガーは炎王の黒獅子の名前だ。獅子に乗った戦いの神の名前だが、気のせいでなければ女神な気がする。立派なタテガミついてるのに。
『ホムラは戦闘について語ろうか?』
姿は見えないけれど黒い感じの笑顔の気配がするペテロ。
少し前にどこからか遠距離攻撃を食らって、同乗させてもらっていた炎王のドゥルガーが戦闘不能になって帰還してしまった。
攻撃を仕掛けた敵の姿を確認した時には、ギルヴァイツアとクルルによって討ち取られているところだった。どうやら向こうと戦っていて勝てないと分かって防御を固めている目の前の二人ではなく、同じクランの炎王に最期の攻撃を仕掛けたようだ。
装備からいってもプレイヤーだろう、さすがに少し目立ったようで目をつけられたようだ。
ドゥルガーから降りた敵陣真っ只中、大地と炎王は約束通り敵を近づけさせないよう動いてくれている。守りの中には魔法使いの私とハルナ、聖法士のお茶漬とコレト。守りの外へと行ったり来たりしているのはシンとギルヴァイツア。クルルはまだ騎獣に乗って周囲をつかず離れず動き回っている。
火を纏った大剣を振り回す炎王。大剣に燃える炎は時々意思があるかのようにうねり燃え上がる。炎王の使う炎は【火魔法】ではあるものの火の精霊によるものでなかなか強力だ。
『器用な人がいる』
お茶漬がハルナを横目で見ながら言う。
ハルナは動かないタイプの魔法使い。自分の周囲にウィンドウを複数展開し、呪文を選択し魔法を放つ。私のように単発でどっかんどっかんやるのではなく、発動の早い魔法をいくつか組み合わせて威力を高めているようだ。攻撃の合間にもエンチャントをかけたりとにかく手数が多く、ウィンドウを指で操作する様子はピアノか何かの楽器を弾いているようだ。闘技大会で見たときよりもウィンドウの数と一つ一つの長さが増えているせいで益々そう見える。
『個性的だな。私もなにかスタイル考えるかな』
ハルナのようにウィンドウ操作で戦うのは無理だしクラウのように色々パーティーの能力を総合的に底上げするような戦い方も苦手だ。せめてクラウみたいな呪文を考えるべきだろうか? 人が使っているのを見ると格好いいと思うのだが自分で唱えるのは抵抗がある。
以前戦闘を見たときよりも【烈火】も【クロノス】のメンバーもスキルが増えているし強くなっている。
「回復二人いると楽で嬉しいです。お茶漬さん上手いですね。攻撃のメンツ、結構動き回るでしょう?」
「みなさん、さすがそつのない感じなのでやりやすいですね」
コレトにちょっとよそ行きな感じで答える笑顔のお茶漬の言葉が「ちょっと目を離すと予想外なことになってる誰かより動きが読みやすいのでやりやすい」などと聞こえる私は変だろうか。
「ぬあああああああああああ!!!! 見つけたああああああ!!! でも止まると死ぬぅううううっ!!」
などと考えたせいか、地響きのような音と聞き慣れた声が響き、また遠くなってゆく。
「今、敵をはねながら赤い何かが横切って行ったであります!」
「「気のせいです」」
盾を構えて敵の攻撃を防ぎながら言う大地にお茶漬と私の返事が揃った。アルファ・ロメオの制御ができていない疑惑。
クランメンツが戦闘不能になることもなく無事迎えた最終日。死ななかったのは奇跡でもなんでもなく、プレイヤーが増えたらさっさと『帰還石』を使って戦場から離脱したせいだ。レオについてはまた別の話だが。
ホムラ:何だかプレイヤーが増えまくってる気がするんだが。
シ ン:最終日だからじゃね?
お茶漬:どう考えても最後バハムートの予告したからですね
レ オ:わははははは! 派手になるな!
ホムラ:敵方にもたくさんいるんだがどういう心境なんだ? 痛いのに
ペテロ:どれだけ耐えられるか試してみたいんじゃない?w
ホムラ:私、バハムートのブレス受けて0.01秒たりとも耐えられる自信ないぞ
お茶漬:ちょっと飼い主、しっかり!
予告を書き込んでくれたのはお茶漬とペテロだ。住民の噂として掲示板に流してくれたらしい。
ホムラ:とりあえず予告感謝します。
お茶漬:『帰還石』回してもらってるしね
ペテロ:感謝はいいからその格好でもぐもぐしないでねw
本日は神器装備でバハムートを肩に、カルとガラハドの間でふわふわと浮いているお仕事です。早く空を飛ぶもふもふの騎獣が欲しい、白虎が飛べるようになるのが一番なのだが。【浮遊】ではがんばっても20センチほどしか浮いていられないので、空飛ぶ騎獣にまざるためには【空中移動】【空中行動】を常時発動することになる。なので長丁場はEPが心配なのだが、この格好で食事をするなとペテロに釘を刺されてしまった。
純粋に不味いので『兵糧丸』をあまり多用したくない私がここにいる。一番大きいのはEPの減りが緩やかになる――腹もちが良くなる効果だが、本来の携帯保存食としての効果ももちろんある。だがしかし不味いものを食って腹をいっぱいにしたくない。
「主に捧ぐは我が身、我が忠誠!【氷楔の盾】!」
よそ事を考えていたら突然氷の楔が地面に何本も突き立ち壁を作った。そこに巨大な馬上の騎士がランスを構えて突っ込んできた。
「ああ、くそっ! パーシバルか! 初戦で開幕【断罪の大剣】ぶっこんだお返しかよ!」
ガラハドの叫びにこの巨大な騎士はパーシバルのスキルなのだと理解する。幾重もの氷の楔に遮られてこちらの陣営には届いていないが、もしそのまま食らったら大惨事だったろう。パーシバルはガラハドの【断罪の大剣】で仕留めたかと思っていたのだが違ったようだ。
「なんと、盾のスキルも手に入れたのか!」
何か驚いているのは兎娘のところの騎士ガウェイン。兎娘とそのパーティーメンバーもいるのだが、絶賛スルーしてガウェインとだけ挨拶した大人気のない私です。正義感が強いのだろうが人の話を聞かないというか、正義が一つではないということを分かっていない。正義の価値観が合った人から見たら頼もしいのだろうが私とは合わない。
私の心を察したカルやガラハドが動く前に、他のプレイヤーが兎娘とその仲間たちの口を塞いで回収してくれたので助かった。ありがとう、名も知らぬ人!
キンキンとランスの先が氷にぶつかって高い音を立て、幻影の騎士の乗る馬の足が宙を掻く。音が消え、やがて幻影も薄れ消えていった。あるのは幾つも連なった透明に近い氷の楔のみ。
「隠れたる光の神ヴェルスの裁定を受けよ! 【断罪の矢】!」
お返しとばかりにカミラがスキルを放つ。開幕は大技の応酬か。
氷の楔を透かして見える敵陣は、こちらと同じく幾人かが盾のスキルを使ったようだが、その盾のエフェクトごと装備している盾を貫き結構な被害を与えた様子。
【断罪の矢】は初めて見たが、金色の光の矢が雨あられと降り注ぎその矢の刺さった者は大ダメージを、耐えきれず戦闘不能になったらしい者は塩の柱になった。敵陣でおこる大量の回復魔法のエフェクトが氷越しに淡く輝く。
「氷楔が消えたら一斉に行くぞ!」
「おう!」
カルの言葉に後ろから大勢の声が上がり、驚いて一瞬固まる私。アイルの王子も参加してるはずなんだが、なんでカルが指揮とってるんだろう? 聞いたら教えてくれる気がするがなんだか怖いので聞かずにいる。
声が広がってゆく間にもアイルの聖法士や魔法使いから付与やエンチャントが飛んでくる。吟遊詩人は戦いの歌を高らかに歌い気分を高揚させ、そのリズムに合わせて槍の柄で地面を叩く者が現れると歩兵は足を踏み鳴らし地鳴りがするような迫力だ。
全部私の後ろの出来事なのだが、振り返るのも間抜けだし黙って前を向いていると氷楔に亀裂が走った。
「ああ、き……」
指をさし亀裂が出来たと言おうとしたら一斉に後ろの騎士が走り出し、どんどん白く筋が走り亀裂が増える氷楔の壁に突っ込んでいった。
衝撃で派手に割れる氷の壁、流れ出すように敵陣に向かう騎士たち。隣で微笑むカルと呆れ顔のガラハド。びっくりして指差したまま固まる私。
ペテロ:ホムラが指揮取ることになったの?www
ホムラ:イイエ
お茶漬:どう見てもホムラが敵陣指してGOしたようにしか見えなかったですね
シ ン:よっしゃあ!!!! 派手な開幕だぜっ!
レ オ:行くぜぇ!!!
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