274.開戦
「ナルン出すならこれ以上身ばれしないよう用心しないと」
と、言ってペテロは隠蔽効果のある額当てを新調しに行った。なお、ペテロは錬金ではないが隠蔽装備を自力で作れるようになっている、そして私の作ったものより隠蔽効果が高い。それにプラスして髪の色を黒に変えていた変装系のスキルを併用している。
それだけ用心しても【眼】【視る】【瞳】系のスキル・称号に見破られてしまう可能性があることが怖い――なので一つではなく色々組み合わせているのだろう。よかった私『ヴェルスの眼』で相殺されてて。おっと、ギルドカードのダミー情報を更新しておかねば。
「ん? なんかメール来た」
「僕の方も」
ビールで完全に出来上がっているレオとシンはソファに放置して、お茶漬と話しているとメールが届いた。差出人はロイ。
ロ イ送信:一斉送信すまねぇ! 素材大募集!
「相変わらずこう……。分かるような分からないような」
「こっちのメールって打ち込みも出来るけど、音声でもいけるから喋って確認してないに一票。まあでも時差で説明くるでしょ」
などと話しているうちに着信があった。
クラウ送信:一斉送信失礼します。今回、クランハウスが破壊されたことで備蓄を失いました。明日は住人参加の本格的帝国戦開始となりますが、回復薬の類が不足しております。素材、完成品共に買い取りをしておりますのでご協力ください。なお、希望の方はイベント終了後のお支払いも受けております。
イベント中の稼ぎはポイントになってしまうので、純粋に金がいるならイベント終了後後払い対応か。信用のあるクランだから後払いを選ぶプレイヤーもいるだろう。
「なるほど。イエロードラゴンの被害ですね」
「私も雑貨屋に素材やら詰めてるから気をつけよう」
幸い雑貨屋には黒百合たちのイエロードラゴンのブレス被害はなかったのだが、生産用の素材を喪失したら怖い。薬の類とあと罠ダンジョンで大量に手に入れた素材をロイたちに回そう。
「……」
「なんだ?」
気づけばなんとも言えない目でこちらを見ているお茶漬。
「ホムラのとこってNPCいっぱいだよね?」
「家の定員ギリギリなかんじです」
イベント明けたら風呂をどうにかせねば。やっぱり酒屋をもう一階付け足して広げるのが現実的かな。
「その店員アホみたいに生産してるでしょ?」
「ああ、すごく勤勉に薬生産してる」
ノエルが気づくと生産部屋にいる。
「NPCは自分の生産レベルに合う素材を与えると生産始めてスキルレベル上がるんですよ? 戦闘も資金入れとくと勝手にクエスト行って素材とかアイテム拾って来るし。金はいいけど、素材のほうは別のことに使いたい素材消費されたりするから気をつけないと危険危険」
ノエルが生産しているのは私が生産で使う調薬の素材を突っ込んでおくせいか! 鍛冶用の生産設備を入れておいたらガラハドたちも始めてしまうのだろうか。
そして、資金が多ければ行く場所を指定しない限り、そのNPCの行ける一番難しいダンジョンかクエストに行くそうで……。やばい、ガラハドたちがカルにスパルタ受けてるの私のせいかもしれぬ……っ!
……聞かなかったことにしよう。
「とりあえずロイのところに、というかクラウのところに薬届けてくるかな」
「あ、じゃあ僕の分もお願い。後日現金受け取りでメール出しとく」
「了解」
ペテロに声をかけ毒薬を大量に受け取って、やってまいりました掘建小屋。掘建小屋は基礎石などを置かず、地中に柱を埋めて適当に作った住居のことだ。
その小屋に一斉送信メールで素材やらを持ち寄ったプレイヤーが群れている。ロイたちの人望が伝わる心温まる光景の筈だが、周囲の瓦礫と相まって見た目の印象は炊き出しだ。確かロイたち【クロノス】のクランハウスは実用一点張りみたいな感じではあったが、なかなか重厚で多少部外者が入るのに気後れする雰囲気のところだったのだが。イベント期間中に建て替えても損するだけなので仮小屋なのだろうな、とは思うがギャップに戸惑う。
「おう、どうした」
うわーと思いながら眺めていたら【クロノス】の格闘家、暁に声をかけられた。いや待て、暁?
「なんで尻尾が生えてるんだ?」
目の前をひょいと横切った黒い尻尾を反射的にぎゅむと握って問いかける。確かこの間まで人間だった筈。
「いきなり掴むんじゃねぇよ」
取り返される尻尾。
「すまん、確かにマナー違反だったな。掴んでいいか?」
「そこで聞くのかよ? ダメだ」
おのれ、堅いこと言いおって。
「なんだ? もしかして物資届けに来てくれたのか?」
そう言う暁も肩に箱を乗せ片手で支えている。多分アイテムポーチに入りきらない分だろう、数はともかく種類がばらけるとすぐにいっぱいになってしまうのだ。
「ああ、だがあの人だかりに躊躇してた」
「出かけてる間に行列ができてんな、あれ全部物資の持ち込みか。俺も戻るから一緒に入っとけ――カエデとモミジなら触らせてくれるだろ」
「あの年齢に触ったら変態だろう」
「俺のに触ってても変態だと思うぞ」
などと話しながら小屋に向かえば、知らない顔がたくさん買い取りの対応をしており、そばでロイとシラユリがやってくる人たちに声をかけている。
暁は今、進化して黒豹の半獣人だそうだ。『進化石』は迷宮ではなく、拳士系のクエストで手に入れたそうだ。
半獣人の特徴は、獣化して各種能力が跳ね上がるのは獣人の進化先と一緒だが、獣化しつつもスキルが全て使えるそうだ。獣人のほうは能力値が半獣人より高くなるがスキルの使用はかなり制限される。
そして耳がなんと四つあるそうです。
人間の耳と頭の上に獣の耳。そして獣人と違って獣の特徴が隠せるそうで、暁は普段は耳だけでなく尻尾も隠している模様。ただHPが10%切ると両方出るそうで、戦闘後に仕舞い忘れたらしい。
「久しぶりです」
部屋に入ると相変わらず穏やかな笑顔のクラウ。裏のない穏やかな笑顔の持ち主って貴重だと思ってしまうのは、私の周囲が悪いと思います。カエデとモミジはでかけているそうだ。
「久しぶり。今回は大変だったな」
軽く挨拶を交わして、頼まれごとを済ませてしまおうとお茶漬とペテロから預かったものを渡し、伝言を伝える。
「よし、では私の分」
ダブつきがちだった薬の素材、料理の素材。迷宮産はどの程度まで出していいか迷ったがとりあえず妖精ルートのものは【烈火】が攻略を始めたあと、他のプレイヤーも行き始めたのか委託販売にチラホラ出ていたので。他は純粋に量があるものを出した。
ごく初期からあるアイテムが多いが、例えば『薬草』から出来た『回復薬』を素材にして、さらに効果の高いものを生産出来るので邪魔にはならないはず。完成品でなく素材を出したのは【クロノス】には生産職も多くいるからだ、せっかく参加したのだ働くがよい!
「ちょ、ちょっと待ってください」
途中でクラウと暁がアイテムポーチを空けるために倉庫に預けに行く。調薬の材料は『家』でリデルが育ててくれているため、初期のものなら量だけはあるのだ。
「あと罠ダンジョンの素材もあるが、これはイベント終えてからのほうがいいか?」
「助かる」
「有り難いのですが、量によっては一括で支払うことが難しいかもしれません」
礼を言う二人だが、どうやらクランの資金を把握しているのはクラウのようだ。
「ああ、構わん。あとこれ――」
紅茶、黒ビール、豚の角煮、ロールキャベツ、シープルカレー、ナスとひき肉の味噌炒めなどなど。
「おお、酒が! 相変わらず料理してるのか」
暁のいかつい顔が緩む。
「……って、これ全部レンガードの!」
クラウは慌てている。――銘消し忘れました、というか半ば在庫一掃のつもりで適当に持って来たら完全に銘の存在を忘れてた。
「……来る途中で。差し入れだそうだ、金はいらん。絡まれそうだから私が持って来たことは内緒で頼む!」
心の中で汗をかきつつにっこり笑って何か言われる前にそそくさと退散する私。クラウたちにはバラしてもいいんだが、【クロノス】はクランの規模が大きいので芋づる式に他にもバレるのが怖い。
逃げ出した翌日。
とても何か言いたそうな暁とクラウの視線。ロイやシラユリからは向けられないので、どうやら完全に内緒にしてくれた様子。
【クロノス】のメンバーは全員、種類は違うものの金色の体毛を持つ騎獣で揃え、鎧やローブの上から青に白抜きのクランの紋章のある布をつけている。人数が多いこともあってなかなか壮観だ。
「昨日、うちのクランにレンガード様から食事の差し入れあった!」
「えー!」
「白レン様の手作りの証拠の名前入り! 美味しかった〜」
「いいなあ〜。イエロードラゴンの被害者だからかな?」
「この帝国戦で指揮とってる住人、雑貨屋さんの騎士入ってるみたいだからそれでかな?」
「並んでも並んでも売り切れてたカレーが……っ! クロノスに入ってよかった!」
「レンガード様の食事ならなんでも嬉しいけど、カレーいいなあ。白飯が恋しい!」
振り返って眺めていたら会話が聞こえて来た。
そして反対側からも視線が……、気配の先には黒獅子に乗った【烈火】の炎王たち。炎王の眉間のシワがとても深い。カレーか、カレーなのか? 【クロノス】に炎王が好物のカレーを流したことが不満なのか!?
『この二つのクランに挟まれる場違い感すごい』
『緩衝材になった気分です』
パーティー会話でお茶漬とペテロ。
『左右のクランが有名なのはともかく、騎獣と装備が揃っているのがいたたまれない罠。お茶漬さんの黒焼き、最前線にいるの凄いと思います』
色も種類も装備も揃っていない挙句、高さもまちまち。特に黒焼きに乗ったお茶漬は埋もれそうだ。
『わはははは』
『笑ってるレオのアルファ・ロメオも目立つからね?』
レオの乗る真っ赤な暴走狸は実は結構有名らしい。
『ヤベェ、早く突撃しちまいてぇ』
そわそわしているシンの武田くんは馬なので一番違和感がない騎獣なのだが、本人は落ち着かない様子。私とペテロの白虎と黒天も珍しくない虎の騎獣だ。毛並みを褒める者たちよ、もっと言っていいぞ。
最初に距離を詰めるために騎獣に乗っているが、戦闘が始まった後は騎獣たちは帰還させる予定だ。住人の中には戦闘用に訓練された騎獣に乗る者もいるようだが、プレイヤーのほうはまだそこまで至っていない。
本日は住人の騎士団に続いて傭兵団みたいな立場で帝国と戦う予定だ。今は合図待ちで帝国と睨み合っている。
住人の隊でひときわ目立つ白い天馬に乗った騎士と黒い天馬に乗った騎士。片方はカル、片方は兎娘のところのガウェインのようだ。ガラハドたちはと視線を動かすと、すぐそばに炎を足に纏った黒い馬に乗ったガラハドと、コウモリのような翼を持つ銀色の馬に乗ったイーグル、金色のグリフィンに乗ったカミラを見つけた。
住人の騎士は馬型の騎獣に乗った者が多く、魔法使いは猫や狼が多いようだ。空を飛ぶ騎獣に乗る者は帝国を含め全体でも少ない。珍しい空飛ぶ騎獣に乗る者が帝国騎士か元帝国騎士なのは、該当の騎獣が帝国を抜けたエルフの大陸で得られるせいだろう。
「覚悟せよ! もはやこの進軍、皇帝を討つまで止まらぬ!」
カルの声が聞こえて来る。剣を掲げ青い裏打ちのマントをなびかせる姿は、遠くから見ている分には格好良い。
「進め!」
短く力強い鼓舞の後、さらに短い号令と共に剣が振り下ろされ戦いが始まった。