272.思いがけない展開
喚び出すは分かたれた『封印の獣』。
現れた二人の少女。
黒いフリルたっぷりなワンピースにヘッドドレス、流れるさらさらとした淡い金髪。少女特有のすんなりとした手足、人形のような白い顔に青い瞳。同じ二つの顔。
『A.L.I.C.E殲滅を』
『Yes,Master』
『リデル、殲滅を』
『はい、マスター』
一方の少女A.L.I.C.Eは気だるげな目をした無表情なまま両手に銀色のダガーを出す。一方の少女リデルはほんの少し微笑んで試験管を手のひらに浮かべる。
『ペテロさんや、A.L.I.C.EがRの発音巻き舌なんだが英語で指示出してるの?』
『殲滅は日本語ですよ』
笑いを含んで軽く返された。リデルに英語が感染しないだろうな?
さすがに大きな魔力を検知したのか、二人の登場のときの光のせいか金属音を伴った複数の足音が迫る。
『対象にNo.044『防御低下剤』を投擲』
廊下の角から敵が姿を現した途端、リデルがフラスコを投げる。以前は試験管だったのだが、どうやら薬によってかそれとも対象の人数によってか容器が違う様子。
『【即死判定開始】対象『防御ダウン中』。……Masterのために死んで?』
「な、なんだと!?」
敵の叫びを聞きつつうちの子の攻撃を見ていたらA.L.I.C.Eから不穏な囁き。敵の喉に次々と突き刺さる細身の短剣。敵の半分が廊下に崩れ落ち、残った敵が驚いて、あるいは警戒してか、足を止める。
『今なんか凶悪なコンボが来たような……』
『アリスと言ったらスキルは即死でしょう。――ぼやきながら残りに魔法を打ち込むのもどうかと』
そういうペテロも同じように攻撃を加えており、残った敵もあっという間に床に倒れた。
『雑魚には即死良く効くよ。まあ、A.L.I.C.Eは闇属性がずば抜けてるのもあるけど』
最近はペテロが状態異常を振りまいてA.L.I.C.Eが即死を仕掛けるのが定番だそうだ。指定できる状態異常はスキルのレベルアップで増え、指定した状態が一般的に掛かり辛いものであるほど即死が効きやすいそうだ。
『はやく銃が欲しい。チラチラ情報は拾えてるんだけど、武器解放ドワーフのいる大陸まで進んでからとかありそうで』
『二丁銃ですね、わかります』
そのうちA.L.I.C.Eには猫耳もはえそうだな、と銃の話題にそっとペテロの趣味を思う私。
「いたぞ!」
「こっちだ!」
出てくる敵に一撃を入れながら当主の部屋に向かって館内を移動。死ななかった者たちは無視して走る。当然追ってくるが、止まらずに走る。当主は執務室に居るらしく場所は二階東南の角、これはペテロの集めた事前情報とスキルで確定。
『昼番の連中も起きてきたんだろうけど、思ったより追って来たの多いね』
『【誘引】使用中だからな』
装飾の入った扉の前で二人して悪い顔で笑い合う。
そして紡がれる言葉。
『我はリデルの融合を願う』
『我はA.L.I.C.Eの融合を願う』
『Masterの願いのままに』
『マスターの心のままに』
二人のアリスが両手を繋ぎ額を合わせると『白ウサギの懐中時計』のエフェクトが現れ、その針が音を立てて十二時になると――この場合零時かもしれんが――こちらも見たことのある黒いオベリスクが二人の姿を隠す。驚いた敵が足を止め様子を見る中、漆黒の石から白い指先が現れスカートの端、華奢な膝が続く。オベリスクから再び姿を現したのは封印の獣『アリス』。
「アナタの時も 止めてあげる」
にっこり微笑んで小さな口から紡がれる言葉とともにアリスの足元に鏡のような幻想の湖が現れ、燭で明るく照らされた館の廊下と暗い洞窟の湖の底のようなアリスとの戦闘ステージが二重写しになったような、交互に変わるような不思議な状態になる。
ちゃぽんと小さな音を立てて水でできた小さな動物達が水面に浮かび上がる。ネズミ、ウサギ、カメ、フラミンゴ、などなど。カメはウミガメかもしれない……出てきたのは鏡の国のアリスだったかな? だいぶ昔に読んだきりなので記憶が曖昧だ。相変わらずネズミの数が多く、皿から溢れる水のように湖が広がるにつれちょろちょろと動き回る範囲を大きくしてゆく。
「賊が! がぁっ!」
向かってくる途中、わざわざその小さな水の動物を踏み潰した敵が吹き飛んだ。動物が連鎖して次々爆発し湖に足を踏み入れていた、もしくは足元まで湖が広がっていた敵が巻き込まれてゆく。
『動物の数が多い気がする……』
『【幻想魔法】なんだろうし相手の人数多いからかな?』
【幻想魔法】は敵の人数が多いほど威力や効果があがる魔法だ。それにしても闇をたたえたこの湖は一体どこまで広がっているのだろう。壁を越えてどこまでも行っているのだが、ここは二階だ。庭から見たらどうなっているのだろうか。
「おのれ! 妖がっ!」
『ちょっとなんか視線がこっちを向いている気がするんだが……』
『まあ、怪しい幼女のその後ろに立つ怪しい男二人でしょうな』
困惑している私に対し、ペテロは冷静な模様。アリス越しに敵を眺めながら、大勢でのアリスとの戦闘はこうなるのかと納得する。なにせアリスを倒した時、こちらは二人だったもので。
爆発を恐れ、その場から動かずアリスに魔法攻撃をしてきた魔法剣士の周辺に魔法が跳ね返る。この湖、魔法跳ね返すから水面に着弾しないようなやつがいいぞ、などと口には出さないが思う。すごく同じことをやった覚えがある私です。いやそんなことよりも……
『アリスが今【闇魔法】受けて回復したんだけど、何で?』
同じことを思ったらしいペテロが聞いてくる、語尾にwwwが見えるような笑いを含んだ微妙な声。
『A.L.I.C.Eもリデルも【闇属性】が高いからくらいしか思いつかん』
だいぶ後に判明したが、全部同じ属性で集めるとその属性を吸収し回復するようになり、三分の二以上同じ属性を集めるとその属性を無効化する。普通は十二人集めて初めて『アリス』になるのだ。
「ふふ……」
アリスが笑う。目の前にいるのに湖と闇のどこから聞こえてきたのか判別がつかない不思議な声。鈴の音色のようだ、と思う間に赤と白のバラの花弁が舞い散る。
『うわ、一瞬でMP回復した』
『回復効果、アリスにだけじゃないのか』
道中MPを消費するスキルを使っていたペテロは減った分があっという間に回復したらしい。なお私は減ってないので効果を体感できない。
『そうみたいね』
『アリスと戦った時は微妙なスキルだと思ったんだが中々凶悪』
『あちらさん人数多いから』
微笑みを浮かべて廊下の左右から迫る敵の方を見るペテロ。幻想的な風景にちょっと気をとられている間に、敵の一人は混乱して味方に斬りかかり、一人は毒、一人は麻痺となかなかひどい。
『ここはアリスに任せて私たちは扉の中の敵やろうか?』
『了解』
『アリス、部屋に通さないで』
『アリス、好きに遊べ』
命を出すペテロと私。アリスが命令を聞く順番は設定した順か、元のアリスのレベルの高い順。ほかの人の命令をどうしても反故にしたい場合は統合を解除するのが手っ取り早いが、好感度が高いと統合したままで他のアリスを抑えることもある。
私とペテロの場合は順番設定をしておらず、A.L.I.C.Eのレベルの方が高かったのでペテロの命令が優先される。ただ、両立できる命令は有効だ。私は面倒なので命令する気はないが、ちょっとペテロに合わせてセリフを吐いてみただけである。
『うわ、ひど』
『何が?』
扉に手をかけたところでペテロの言葉に動きを止め、聞き返す。
『『封印の獣』に敵で遊べってなかなかエグいでしょ』
『!?』
後ろを振り返ったらなんか敵の姿が無く、右往左往と飛び回るカエルの群れが水でできた動物に追いかけ回されているのが目にはいる。
「解剖かしら 瓶詰めかしら」
小声でつぶやき、可愛らしく首をかしげるアリス。
『よし、行こうか』
見なかったふりをして扉を開ける私と声を出さずに笑っている雰囲気のペテロ。前半の解剖は絶対ペテロのA.L.I.C.Eだろう! ――後半はリデルです……。気が付いたらクルルカンが瓶詰めされてゼリービーンズとかの小瓶と一緒に棚に飾られていたことがですね……。
「何者だ!?」
『聞かれて名乗るのは正義の味方だけです』
『ははは』
間髪入れずに答えたらペテロがお付き合いで笑ってくれた。
一番偉い人っぽいのが騎士二人に警護されながら誰何してきたのだが、執務する机に三人とも立っているのは何故だ。まあ、この部屋にも湖が侵食してるからだろうけど。
『愉快なことになってるね』
さすがにこの対面はペテロも予想外だったらしい。
が、とりあえずそっちはオマケで私とペテロのメインは死角にいる暗殺者。気づかれたと分かったのか、暗殺者が武器を構えて腰を落とす。暗殺者といっても秘書みたいな雰囲気の神経質そうな男で、文官系の従者のフリをして目立たない場所に控えるフリで擬態していた、というのが正しい。が、残念ながら湖中に普通に立っている時点で怪しすぎる。
騎士の一人が私に斬りかかってきたのを剣で受け、弾いてそのまま横に払う。その間に暗殺者が踏み込んできたが、こちらはペテロが割って入って相手をする。
勝敗はあっという間。
装備をもう少し減らしてきた方がよかったろうか。神々からの装備に比べれば格段に落ちるし、マントのおかげでどんとステータスが落ちるのだが、よく考えたらワイバーンのコートも今出回っている装備から性能が頭一つ抜きん出ている。
『危なげなくていいじゃない』
期待していたスキル石が出てご機嫌なペテロ、幸運なことに私の方にも同じスキル石がドロップしている。王都の二箇所を潰した時に手に入れた暗殺系の石よりいいものっぽい。
そういえばこれ以上装備を落とすとペテロについて行けなくなった可能性の方が高いな、と思いながら廊下の方を見る。廊下に人影はない。
『アリスがいないんですが』
『さっき窓をすり抜けて外に行ったね』
ペテロは戦闘の最中もアリスの動きをチェックしていた様子。
「わはははは! たーすけてぇえ〜〜〜〜っ!」
そして外から聞こえる聞きなれた声。
ペテロと顔を見合わせて、窓の外を覗きに行くと外ではアリスVSレオの戦いが繰り広げられていた。
『ああ……』
パーティーに入ってないのでアリスの敵扱いなんですね、わかります。
『死屍累々なんだけど、あれ全部レオが釣ってきた?』
宙に浮いたアリスの下には逃げ回るレオと、蘇生のタイムリミットを過ぎたのか次々に消えてゆく倒れた人影。
二人並んで予想外な大虐殺現場と半泣きで逃げ回るレオを呆然と眺める。