271.聞こえる声
『ペテロは忍者らしい忍者だな』
『レオと比べないで。まだ忍者になれてないんだけどね、欠片が中々集まらない』
にこやかにそう言うペテロは、レオと違っていかにも暗殺業も兼ねています、な忍者だ。
和服をベースに装具もつや消しの黒、スキルで髪も黒く変えている。いつも薄く笑っている口元は布で隠され、髪の間から覗く白い肌と緑がかった青い瞳だけが目立つ。
この髪の色を変えるスキルは変装スキルの劣化版だそうだが、青い髪を見慣れているとだいぶ印象が違って別人に見える。以前クランハウスで全員かけてもらったのだが、【看破】などのスキルに引っかからないかわりに黒にしか変えられないそうで、もともと黒髪のシンがすねていた思い出。
『ホムラは現代っぽいね。こっちでネクタイみるとは思わなかった』
『ワイバーンのコートがちょっとトレンチコートみたいだったから揃えてみた』
ユニちゃんと会う時に、ズボンはともかくコートに合う中に着るものに困った。私が持っているのがやたらかさばるものやファンタジーを主張しまくるものばかりだったからだ。いっそカルかイーグルに借りようかとも思ったが、結局『ファル白流の下着』がピッタリしているとはいえ、ハイネックノースリーブで黒かったのでそう変ではないだろうと判断して、その上に羽織った。
今はワイバーンのコートも黒に色を変え、中は黒のズボンとベスト、白のシャツ、技巧の手袋だ。靴は黒の革靴。ポケットにはアルバートチェーンをつけた懐中時計を装備、ベストにわざわざチェーンホールをつけてもらったのだ。こちらの世界は布も皮も見てくれを無視してジャージ並みの伸縮性を持つ素材があるのがいいところ。INT・DEXは上がるが防御力はコート頼り。
『レオがいい餌……じゃない、巡回兵を引きつけてくれたおかげで結構楽にこられたね』
『きれいな感じに言い直さなくてもいいぞ』
ペテロの言うように目標だった貴族の住む区域に到着した。レオがパーティーから抜けているのだが、別エリアに移動したのか、死に戻ったのか常時笑い声と悲鳴だったのでどちらだか判別がつかない。死に戻った旨のメールが来ないので前者だろう、たぶん。
『ここの警備は従騎士や平の兵士じゃなくって騎士だから積極的に狩ろう。スキル石あたりが出たら終了後高く売れるから、自分の欲しいスキル石出なかった時の保険になるよ』
『あたりって何だ? 防御系?』
解説してくれるペテロに聞き返す。
『防御系と回復系はよく落とすみたい。人気なのは回復職が使って割れない防御スキルと、盾職が使っても回復量がそこそこあるスキルとか』
割れない、とは防御しきれず大ダメージを受けることがないという意味だ。自分がついている職では出にくく、弱点が補えるものが人気のようだ。
例えば普通の【回復】もよく落ちるが、回復職の基本なので本職はわざわざ買わないし、MIDの低い職ではスズメの涙ほどしか回復しないためやっぱり需要はない。売れたとしても神殿のお布施以下の値段でだろう。
もちろん強力なスキルの方が欲しいのだろうが、そんなスキル石を落とす敵は強いし、さらに値段が跳ね上がる。
『まあ、ホムラはスキル石は山ほど持ってそうだけど。気分でね』
ペテロの予想する通りにファイナの二箇所を沈め、ファストで派手にやらかしたせいでスキル石は玉石混交でたくさん持っている。
『一般の感覚って大切ですよ?』
『私も目標があった方が楽しい』
同じ能力だと分かっていても色違いを全部集めたいタイプです。それに一度手に入れると図鑑に載るので出来れば全部埋めたい。プレイヤー作のものは別として、最初からこの世界に用意されているアイテムは白ページになっているのだ。
事故もなく目標の屋敷側まで到着。暗がりでロブスターロールをもぐもぐしながら、道中事故もなかったが程よいドロップもなかった悲しみを語り合う。
『やばい、ロブスターおいしい。この鼻に抜けるの何?』
バターを塗ってさくっとするように軽く焼いたパン。マヨネーズを塗ったそのパンに挟むのは程よく身のしまったぷりぷりしつつもやわらかいロブスターの爪。その身はレモンバターと香辛料で味付けしてある。
『オレガノかな?』
『ほんのりニンニクも効いてるね』
暗がりで黒い服二人、しかも忍装束とコート姿でもぐもぐと。これから屋敷に潜入するのでEPの回復だ。
『ビールが欲しい』
『炭酸水でよければ』
『せめてコーラでお願いします』
『飲みなれた味ではないだろうけど。コカの葉がございませんので悪しからず』
そう答えてコーラを出す。
コカの葉はコカインの原料だ。当初頭痛薬として売り出されたというそれは、麻薬の成分が含まれていることに対する世の中の非難を受けることになったが、コカの葉からコカイン成分を抜くことに成功し独特なフレーバーを今も保っている。――商品名はあえて言わないが。
シャーロック・ホームズの書かれた時代、コカインは合法で煙草より少し悪い程度の嗜好品扱い、やっぱりちょっと気分が優れなかったり、頭痛がするだけで勧められていたそうなのでごく短い間そういう時代があったのだろう。
コーラはごくたまに飲みたくはなるのだが、やっぱり飲み物は甘くないほうが好きなので私はロゼロワイヤルのアイスティー。華やかなスパークリングワインの香りの中にほんのり苺の甘い香りが混じる爽やかな味の紅茶だ。そしてデザートはバナナチョコクレープ。
『立ったまま食べやすい物となるとマンネリ化しそうだな』
『同じ物でもいいよ、むしろまた食べたい』
普通に会話を交わしているのだが、忍者ルックで甘い匂いを漂わせてクレープ食ってるのはなかなかシュールだなとペテロを眺めている私です。
マント鑑定結果【自分のことは棚上げ、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
……スーツにクレープはいいと思います! 狐面だけど!
マントは今回、マフラー風に前に垂れている。どうやらはためければいいらしい? 色々謎だ。なおファストは初夏だが、帝国は涼しい……。
『この下に海竜が通る海底洞窟があるらしいよ』
と、ペテロが言っていたのでそのせいだろう、スーンのまとう海流は冷たかった。
そっと庭に忍び入り、周囲を窺う。ペテロ曰く、それなりの貴族の庭ではスキルを発動するとバレる仕掛けが夜間に施されていることが多いらしい。ただその魔道具なり結界は、生活のためのスキルや魔道具の発動と分けることが難しく建物の中はほぼ範囲外だそうだ。
なお、魔道具の研究の進んだアイルや、さらに上の貴族の邸宅にはもっといい装備や人材がいるので油断ならないとのこと。密偵系のスキルとのせめぎ合いだそうだが、私にはないスキルなのでペテロが忍び込んだ後、そこに『ヴァルの風の靴』で転移しちゃダメだろうか。
この屋敷の主は、情報収集及び操作担当だそうで中もやばい気がするんですが。まあ仕方がない、ここで暗殺者のメインスキルというか独自スキルを取ることができればどうやら「バレたらスキル消えるから!」の暗殺者ギルドの掟から逸脱できるそうなので。
さて、そんなわけで無事天窓から侵入。スキル無しで壁登りをする羽目になるとは思わなかった、まあ先に登ったペテロに鉤縄の先を降ろしてもらったので私は楽だった……はず。
床に降り立った途端、鳴り響く警戒音と怒号。
『重さ感知!?』
『そんな馬鹿な。でも何でばれたんだろう? 事前に調べたより大物がいるのかも、ごめん』
「わははははは……」
短く言い合う中、庭の方からこだまする笑い声。
『うん。あれだレオも無事来たんだな』
『私でも追えないくらい、レオは逃げ足と避けるのだけは早いからね……』
どうやら私たちではなく他の侵入者の発見に殺気立っているようだ。レオは完全に釣り特化というかなんというかで、ワイバーンの飛び交うナルン山脈の山頂付近などで釣り、ついでに採取や採掘をし無事帰ってくるためのステータスの振り方とスキル構成になっているそうだ。
『レオは【潜伏】とか【同化】とかもレベルけっこう高いはずなんだけどね』
『釣りのポイントまでは慎重なのに、帰りは大体追いかけられてる印象だな』
そっと糸を這わせ周囲の状況を確認する、さすが騒ぎが起きても要所要所の警備はそのままだ。レオを追っていったのは非番の者か警護対象の割り当てのない者だろう。
『スキル石目的だし、レオの方にいかれちゃうと困るね』
『派手に行こうか?』
『了解。ここの主がいるのは二階の東南の部屋だからとりあえずそこ目指そうか』
そう言って懐から懐中時計を取り出すペテロ、それを見て私も同じデザインの懐中時計を取り出す。
『A.L.I.C.E』
『リデル』