265.選び直し
午後の営業にかかってしまいそうだったので結局ステータスの公開は夜になった。
近所の店舗と商業ギルドからお礼の来客もあったので落ち着かなかったのもある。自分の店舗の防衛ついでだったので礼はいらんのだが。
とりあえず一日くらいは雑貨屋の様子を見たいので何処へも出かけず自分の部屋でごろごろして過ごし、買ってそのままになっていた本をだいぶ読んだ。綺麗にする魔法があるもののベッドでおやつを食べる習慣がないので、寝椅子か何かを設置したいところ。
私はごろごろしていたのだが勤勉な友人たちはあちこちで真面目にイベントをこなしているらしくクラン会話が時々入ってくる。
お茶漬:ちょっとホムラ、ファイナ潰したって?
ペテロ:潰したんじゃなくて制圧でしょ?w
レ オ:わははははは
ホムラ:どっちも違います
シ ン:王都にいんだけど、南の空がなんかすげぇことになってたぞ
お茶漬:王都で悪辣貴族狩りおいしいです。
レ オ:ゲリラ戦! 侵入! ターゲットォ!
ホムラ:レオ語の通訳頼む。
シ ン:けっこうバラけてっから個別撃破なんだよ。隠れてる場所は情報屋から買ってる。
お茶漬:侯爵潰しても王宮でてこないのがわかっちゃったから、
我慢してた住人が討ち入り状態よ便乗便乗。
ペテロ:商業ギルドと組んでこそこそやってた貴族多いけど、
ロブスター潰されて集団行動できないみたい。
お茶漬:王宮もでてこないし、住人には感謝されるしいい感じ。でもそろそろ移動かな。
ホムラ:みんな一緒にいるのか?
ペテロ:ソロですw 暗殺おいしいwww
お茶漬:シンとレオと一緒だけど阿鼻叫喚ですね。
レ オ:わはははははは!
他にもクラン同士で戦闘をしていたり、ナヴァイで海賊狩りしていたり、アルスナで浮気男狩りや浮気女狩りをしていたりと色々あるらしい。……アルスナって人間関係爛れてるんだろうか。
クラン戦はロイのところの【クロノス】と黒百合のところの【黒百合姫】を中心とした連合同士の戦闘が中心だったらしいです。――そういえばロイのところもブレスの範囲内にあったな、無事だったんだろうか。てっきりエリアスの店を狙ったのかと思ったのだが、一石二鳥狙ったのかな? 巻き込みは迷惑だから止めて欲しい。
などと思いつつ、リストに上がってきたスキル石の一覧を改めて確認する。貴族を屠ったせいか【ダンス】とか出てるんですが……。【飽食】【審美眼】【暴君】【美食】【圧力】【特権乱用】など、各種鑑定から始まって【甘言】【もうかりまっか?】【おいしい話】【誘惑】【恫喝】【二重帳簿】【詐欺】とか、貴族も商人もロクなのいないんじゃないかこれ? 護衛系スキルはともかく、暗殺者もいたらしく【隠蔽】【忍び足】【変装】【毒】とかこう……。
リスト後半の生産スキルは黄色いドラゴンを倒した時のものだ。戦闘職のスキルもけっこう混じっている。【ヴァルの悪戯】【アシャの腕力】【ルシャの金床】【ルシャの鉱脈】が神名付きスキル。他にテイマー系のスキルや精霊使い系の見たことのないスキルが目を引く。
どうしても欲しいというスキルがないというか、ありすぎてわからないというか。まあ、後でゆっくり決めよう。
「これは……」
「ちょっと増えただけです」
ステータスを開示したら相変わらず絶句されたのだが、そろそろ慣れて欲しい。私はもう流すことに決めたぞ! 把握しきれていないので有用な称号やスキルを取得した実感が薄いとも言う。
酒屋の三階でくつろぎながら――何かガラハドたちの顔が引きつっている気がするが。ついでに時々雑貨屋に押し入ろうとして弾かれている音もする、そこはプレイヤーの死んでも生き返る気軽さだな。
今このイベント用サーバにいるのはお祭り騒ぎに乗った者も多数いるだろうが、基本プレイヤー同士もしくは住人との戦闘を覚悟している。というか、そういうイベントなので嫌な人は菊姫のように最初から不参加で通常サーバでいつも通りの日常を送っているはずだ。
様々な職業に分岐したお陰でプレイヤー間で需要と供給が足りてしまうので、住人の好感度を気にしないプレイヤーも多い。中には好感度が悪くならないと起きないクエストもあるらしくわざと下げているプレイヤーもいると聞く、私はわざわざ嫌われるつもりはないが。
とりあえず雑貨屋の隣はプレイヤーの店舗なので巻き添え被弾していても気にしない。角の商業ギルドの支店は襲撃というか泥棒との攻防がすごいようだが、力技ではなくあの手この手で忍び込もうとしているらしく捕まっては牢屋に叩き込まれているらしい。牢屋も普段はペナルティ扱いで入れられると何もできないのだが、このサーバは脱獄ができる仕様だそうな。
雑貨屋の行列で衛兵の詰所を襲撃してクランメンバーを脱獄させる話をしていたアホがいて、イーグルがサクッと通報したそうなので今夜の脱獄は失敗するだろう。なんでパーティー会話でなく周囲会話でそんな話をしたのか。
「主、昼間使われたのは【流星】でしょうか?」
「ああ、ヴェルスからもらったスキルだな」
「神の名を冠するものが多すぎる……」
頭痛がしています、みたいな顔でイーグルが呻く。
「『封印の獣』はコンプリートしそうな勢いね」
もうこうなったらいっそ……っと思わないでもないが、食材ルートの開拓も進めたい。鵺が帝国にいるというし、今ならやり直しが利くし下見にいってみようか?
「黒白の魔剣士ってどんな職業だ?」
「知らぬ」
ガラハドの問いに答える私。
「……」
「いや、待て。本人、それでいいのか!」
ちょっと間があってからツッコミが来た。
「ラピスは【心眼】大事!」
「僕も主から最初に頂いた【攻撃回復・魔力】が大事です」
ラピスとノエルはダンジョンの攻略を始めているようで、気が付いたらレベルが上がっている上、雑貨屋の倉庫にアイテムが増えているのだが、個室の収納を増やすべきだろうか。必ず誰かが付いて行っているようなので心配しなくて済むのはありがたい。
「レベルが上がって選び直せるようになったけど、【神聖魔法】はもう外せない」
「俺も【物理・効】を外すつもりはねぇがこんだけあると目移りするのはしょうがないだろ」
「私も【行動詠唱】がないのは考えられないわ」
そういいつつ私にオススメのスキルを聞いてくる面々。
「いや、自分が必要としてるスキルが一番じゃないか?」
そういえば私の持っているスキルから一つ選べるんだったな。この会話はもしかしてガラハドたちの意思に反して私がスキルセットできるとかそういうアレだろうか。
「カルは何か替えるか?」
そういうイベント会話だとするならば、自己申告してこないカルは新しく取得した中に欲しい物がある、と。
「はい、では【錬金魔法】を【流星】に」
うわっ! 派手なのきた!!!! 私より似合いそう!!!
「うわー、ジジイがやばいの取ってるし!」
「主従揃って手がつけられない……」
「ハーレムに入ればもう一つ選べるのよね……」
カミラが色っぽい流し目を送ってくるのに全力で気づかないふりをする私。リアル友人がいるのに名目だけとかでもハーレムを作る勇者にはなれない!
「来る帝国との戦いにおいて強化しておくに越したことはない」
腕を組んだカルがこちらはガラハドたちに不穏な流し目。
「ちょっ! こっち見んなジジイ!!」
「ええ、はい。迷宮に籠らせていただきます」
ガラハドたちに発破をかけるのにハーレムを利用するカル。ガラハドがドン引き、イーグルはそつなく答えているが額に汗が見える。私もいたたまれなくなるので止めてやってください、あと若干【傾国】にかかっているのではないかと不安になる。
黒はミスティフの護衛だといって張り切って島に行ってしまったし、バハムートも休息中。戦闘予定がないのに白を喚び出したら怒るだろうか? 私の精神安定剤が不在……っ!
「健全にレベルあげしに行こうか」
視線を合わせないまま提案する私、イベント終えたらガラハドたちと迷宮にこもってスパルタレベル上げしよう。
雑貨屋の夜。
やけくそのようにどっかんどっかんうるさいのを【結界】で静かにしようかと思ったのだが、カルたちに止められた。いざという時に音の情報が入らないのは確かにまずかった。
私の『符』とカミラの【炎の知らせ】カルの【拠点防衛】とかいうスキルで雑貨屋が丈夫になっている。
【炎の知らせ】は魔法陣を描きアイテムを使う準備に時間も金もかかるものだったが、準備に充てられた二日を使ってリビングの床に。酒屋の三階では狭く、複雑な模様を描き切るにはギリギリだったそうだ。
描いている最中に帰って目撃した、ガラハドとイーグルがソファをあっちへ持って行ったりこっちへもっていったり、縁を踏むなと叱られていたりの現場はなかなかの修羅場だった。うん、倉庫に家具をそっと全部しまいました。
今現在は家具の下にある魔法陣は侵入しようとして、扉はおろか壁に手をかけると火が吹き出して相手を攻撃し、さらにそれを越えられた場合は魔法陣が光ってお知らせしてくれるという優れもの。発動は閉店後から開店まで。
【拠点防衛】はカルが発動したのだが、ガラハドが「雑貨屋でそれかけんのかよ」とドン引きしていたので怖くて効果を聞き損ねた。こっちも何か宝石を使っていたので強力なものなのだろう、発動に対価を求められるのは大体広範囲だったり強力なスキルが多い。
現在の雑貨屋は入って来られるものなら来てみろ! みたいな場所になっているらしい。「過剰防衛……」とイーグルがげっそりしていたのが印象的だった。
傍らには紅茶、読みさしの本。そして代わる代わるブラッシングをしてくる四人を呆れた目で見ているガラハドとイーグル。
……そろそろシルを払わないと異邦人の髪型は固定されないと教えたほうがいいのだろうか。ストレートにされても十五分で元通り、つい「何故!?」という顔になるのが面白くて黙っているのだが。
右下にぴっこんぴっこんしている金額表示のウィンドウを眺めているとメールが入る。珍しくユニちゃんからだ。
 




