262.雑貨屋
留守の間、雑貨屋には特に何事もなかった模様。
守る方のコアのポイントは一定だが、倒した分のコアから換算されるポイントはレベルに比例、そして戦闘職が生産職の二倍。ポイント的にもスキル的にもプレイヤーに狙われるとしたらラピスとノエルよりも実はカルやガラハドたちのようだ。
罠ダンジョンでの戦闘が掲示板にSS付きで書き込まれているそうで、酒呑童子と騎士たちは狙われるだろうとお茶漬とペテロから昨日注意を受けている。あと闘技場で派手だった私。
いっそ雑貨屋を閉めようか、と提案したのだが逃げるようで嫌だとのこと。全員転移できるようになっていることだし、とりあえず通常通り営業して襲撃を受けたら閉める方向になった。
ちなみにクランの参加者は菊姫を除いたメンバーだ。シンとレオはお茶漬と一緒にお茶漬の友達の大きめなクランが協定を組んだのに混じってコアを集めているはずだし、ペテロはソロでせっせと暗殺に勤しんでいるはず。
「何人かカウンターを越えようとした愚か者がいたそうですが、結界に阻まれて果たせずイーグルとカミラに排除されたようです」
「そいつら並んでた客に追い打ちかけられたってよ。ちょっと交代してくるわ」
状況の確認をしてきた二人に報告される。相変わらず私は衝立の向こうに行かせてもらえない。
「名残おしいが我もミスティフの元に行くぞ。入れ替わりでレーノをよこす」
パルティンがバハムートに視線を固定したままなのだが、バハムートは我関せずだ。
バハムートは私以外に触られることは好まないらしくパルティンに迫られても距離をとったり尻尾で素気無くバシッとやったりする。どうやら目下のところ自由に飛ぶことの方が楽しいらしい。
今回力を誇示するために本来の大きさ――たぶん――で飛んでもらったのだが、あの大きさではあっという間に星を一周してしまう。ヴェルスのお陰で小さくなれ相対的に飛ぶ世界が広がったことでご機嫌のようだ。
「すまんな、行く前によければちょっと食ってけ。パルティンも少し持って行くか?」
EP回復用におやつを用意し、島に戻るパルティンにはお弁当もつけた。
ザクッとした生地にふんわりピンクのイチゴクリーム、薄切りにしたストロベリーを挟み込んだ粉砂糖で化粧をしたエクレア。甘い物よりしょっぱい物好きのガラハド用に軽く焼いたパンに粒マスタードを塗ったソーセージを挟んだだけのシンプルなホットドッグ。
パルティンが転移プレートに乗るのを見送った後、嬉しそうに紅茶を淹れ始めるカルとかぶりつくガラハド。
「あ、やべー。ソーセージそのまま食ってるみてぇだな。最初にサクッとした歯ごたえがあるのにパンの存在が口で消える! もう一個!」
ソーセージはパリッと噛み切るとジュワッと肉汁が染み出てくる、そして私の好みでオーブンで表面に焦げ目をつけてある。ホットドッグでもそもそ口の中にパンがいつまでも残るのは却下で。
単独で美味しいのもいいけれど、組み合わせた時に他を引き立てて美味しくするパンも必要だと思います。
「甘味も絶品です」
ニコニコとエクレアをかじる男。よくクリームはみ出さないな、何かスキルでもあるのだろうか……。
カルの淹れてくれた紅茶を飲みながら男二人の食いっぷりを眺めていると外が騒がしい。
「何だ?」
「どっかの阿呆が突撃してきてんじゃねぇの?」
隣のガラハドが気楽な調子で言う。イーグルとカミラが気をつけてくれているのでラピスとノエルに何かあるということはないだろう。いざとなれば全員【転移】できるし。
「なんでまた雑貨屋に来るかな」
他にも騎士はいるのだしそっちに突撃して欲しい。
「首都も含め他の国が動くような情報は入ってきていませんし、おそらく異邦人の集団でしょう」
カルはどうやらメールか何かで情報を収集している模様。
メールというかこちらの世界の連絡手段は精霊の囁きだったり小鳥の姿をした物が顔の横に現れたりと様々で、一般的なのは幾つかの淡い光の粒が現れるタイプだ。ヴェルナのメールは蝶だったな。
「いよいよバハムートの出番かと思った」
「ぴぎゃ!」
元気な返事をくれたバハムートをなでる。
「けっこう国ごと潰すことに乗り気だよな」
「敵は殲滅したいタイプです」
呆れたようなガラハドに答える。今までロブスター侯爵を放置していたくせに紙一枚でトカゲの尻尾よろしく切り捨てた奴らも信用ならない。商業ギルドの副マスの様子ではやらかしまくっている侯爵を矢面に悪どい儲けを懐に入れていた貴族や商人は多そうだ。
――王都に知り合いがいないせいでゲーム脳に切り替わってる気がしないでもないが、生憎戦争で敵側のマトモな者を心配するほど優しくはない。
今回、警告を出したせいか入ってきたコアは随分少ない。そもそも冒険者ギルドで会った二人、侯爵家の者は一旦戻ったものの直ぐ馬車で逃げ出し、商業ギルドの副マスはファイナに戻りもしなかったと聞いている。冒険者ギルドの副マス曰く、再起不能だそうだ。根性無しが!
いかん。ギルドでのやり取りを思い出してまた腹が立ってきた。
「……」
気づけばカルが困ったように私を見ている。ガラハド相手に敬語のままだったり挙動不審気味だったのだが好戦的な私にドン引きしてるのだろうか。そういえば戦闘で一緒になったことがないような……。
「……必要な殺人は私が引き受けるつもりでしたのに。いったいどこでお役に立てば……」
うん、何か違う方向だった。
「いや、カルが居てくれるだけで嬉しいぞ。お陰で好きなように出かけられるしもったいないくらいだ」
うん、本当になんで雑貨屋に最強さんがいるんだろうな?
「主……」
いや、待て。見つめられると恥ずかしいからやめろ! かといってここで視線をそらすのも雰囲気的にできない……っ!
「主! 外にドラゴンがいます」
「パルティンは帰ったし、バハムートはここにいるぞ」
「ぴぎゃ」
衝立の向うから聞こえるノエルの声。ナイスタイミング!
「黄色いのだそうです」
どうやら黄色い野良ドラゴンが外にいるらしい。
「ジジイがお偉いさんから名前だけとか籍だけ置いてくれとか、やんごとない感じの美女に側にいてくれるだけでって頼まれてるのよく見てるんだが……。なんか違う……」
カルが素早く表に行く後ろを追うと同じく後を追うガラハドがぼやいているのが聞こえた。
外に出ると確かに斜め前上空に黄色っぽいつるんとしたタイプのドラゴンが飛んでいる。バハムートは別格として、パルティンよりも随分小さい。
「あの方向は異邦人のクラン【黄金の槌】か【黒百合姫】の上部ですね」
カルさん、あちこち把握し過ぎじゃないですか?
「街中にドラゴン召喚するなんて過激ね」
カミラ、それ私にも刺さる。
「ブレスため始まったぞ! どう考えても狙いはここだ」
「ぴぎゃ!」
ガラハドの叫びにバハムートがやる気の鳴き声を上げる。
「無差別なの!?」
「うをおおお! ドラゴンもうテイムできたのかよ!」
「レンガード様のドラゴンの方が断然かっこいいけど!」
「ああああ、こっちブレス向けてる!!!!」
「どこの誰だよ!」
「黒百合んところがなんかイベント前に秘密兵器があるとか言ってたぞ! それじゃないか」
「おおおお、初めて間近で見た!!!」
「やべぇカッコイイ!」
「きゃー! 白レン様〜私のコア受け取ってぇ〜〜〜っ!」
コアを投げないでください!!! なんだか怖がっているのか余裕なのかよくわからん声が並んでいた客から上がっている。逃げるなら逃げればいいのに何故かその場にとどまっているプレイヤーがほとんどで、逃げ出しかけた者が戻って来る始末。
ちなみにイーグルは店の中、ドラゴンがもし陽動であった場合配置から動くのは愚策だ。
【黄金の槌】と【黒百合姫】はつるんでいてエリアスに嫌がらせをしているクランでもある。雑貨屋の目の前というかエリアスの店の前にデカイ軽鎧の店を出している。基本、街中では一人一店舗という規制はあるがクランメンバーに出資して出させているのだろう。
対策会議の際にカルのくれた勢力分布図みたいな色分けでもしっかりそうなっていた。というかカル、本当にいつの間にどこまで把握したんだろう。
「バハムート、すまん。もう少し我慢してくれまだ始まったばかりだしもっと思い切り暴れられる場所で頼むから」
前方が平野になる惨事しか思い浮かびません。
などと言ってる間にもブレスの準備が整って行く。ドラゴンのブレスは強力なだけにタメ時間が必要なのだ、とパルティンが言っていた。バハムートはほとんどタメなしで撃ってた気がするのだが。
狙いはエリアスの店舗及び雑貨屋か。エリアスは【烈火】と行動を共にしていて留守なのだが、消耗品が消えたら生産職にとっては大打撃。通常商業ギルドに登録してある倉庫は許可なく開けられないのだが、建物ごと破壊はどうだろう? 謎だ。念のため私の荷物はハウスの倉庫に移してあるので安心だが……。
心配しつつも慌てて『食溜絶食』の符を使って『兵糧丸』を涙目になりながら二つ口に放り込む。この符の効果はEPゲージが満タンでもあと一ゲージ分食え、単純にEPが二倍になること。
先ず使うのは【ドゥルの優しき繭玉】。かけるのは店の外に並んでいた客とラピスノエルを含めた店内の人。次に【堅固なる地の盾】、対象はパーティーメンバー……と、店舗にもかかった。
真っ白な綿の花のような、いやもっと繊細で柔らかそうなもこもこしたものが周囲のプレイヤーを包み込む。あれだ、人をダメにするクッションみたいな何か。効果は私が戦闘不能になるかEPが0になるまでの防御と回復、そしてかけている間の私のMP回復。
「混血竜か」
「黄色で鱗が小せぇならブレスはそう強くはねぇな!」
「来たわ!」
カルとガラハドに知識量で断然負けてるなあと会話を聞きながら少々凹んだところにブレスの到達。雷というには弱いピリピリとした電気をまとった光のブレス。
カルの発動した防御スキルで【堅固なる地の盾】が使われることなく終わった。EPがワンゲージ分減っているので客の方には少々ダメージが飛んだ模様。
どんなスキルを使ったのか謎だがさっきまでエクレアかじってた人と同一人物とは思えない凛々しさ。青い裏打ちマントが翻るのは遠くで見ている分にはかっこいい。ただ目立つイケメンがそばにいるとついでに見られて比べられるのでやめていただきたい現在。
背後の様子を確認するフリをしてゆっくり店舗の方を見る。店舗も無事だし、客が戦闘不能になった様子もないのをついでに確認。なんでこいつ戦闘中に敵に背を向けてるんだみたいになんかぽかんとした顔でこっちを見とるが気にしないことにする。
「【ヴェルスの真実の楔】」
そして振り返ってドラゴン相手にスキルを発動。このスキル、ヴェルスのよくやるローブをひらめかせながら振り返るモーションやらないといけないんですよ……。私の場合マントさんもやる気で風もないのに無駄に大きくひるがえってますが。
使ったことのないスキルなので少々不安だったが、やはりバハムートを縫い止めていた楔が出た。私が出したのはそれより随分小さいが、対象のドラゴンも小さいので問題ないようだ。
空から落ちてきた最初の楔がドスっとエグい音を立ててドラゴンを墜落させ、下にあった建物はメキメキと音を立てる間もなくドラゴンの巨体に潰される。舞い上がった埃がドラゴンの姿を隠したが、楔はさらに降り注ぎ、時々埃の間から黄色い尻尾や翼が大きく跳ねては楔に打ち付けられているのが見えた。
繭玉が存在している間、私のMPが回復することだしせっかくだしだめ押ししよう。
カルがくれた地図を元に対象の地形を範囲に指定。ヴェルスの【流星】魔法バージョン、剣からの発動は強力だが範囲が限定されるのだが、魔法は融通が利く。降る数がMP依存なので広くしすぎると弱くなるのだが今は普段の回復に加えて繭玉の回復もある。一回恥ずかしいことやったのでもう今回はヴェルスで行きますよ!
「墜ちよ流星!」




