261.部分消失
「さて、王も貴族も本当に大人しくしているかな?」
金竜パルティンの上から風に吹かれて王都を眺める。
「……それはもう」
「これ見たら手出し出来ねぇだろ」
私の乗るパルティンの頭の左右には真っ白な天馬に乗ったカルと真っ黒な馬に乗ったガラハド。ガラハドの二匹目の騎獣は蹄の上にある球節に炎が燃え時々炎の息を吐く馬型の魔獣だった。――『アシャの庭の騎士』は全員空飛ぶ騎獣持ちだそうで、その中でも見た目も騎士な奴らはほぼ馬系の魔物を選ぶそうだ。
おのれ、左右がかっこいい。
なお私はバハムートにハートマーク飛ばしている金竜の頭の上に立っています。パルティンさん、思いの外鱗の重なりがゴツゴツしていて座ると尻が痛いのだ。それでいて鱗の表面自体は滑らかなので滑るという……。立っていればローブが風にさらわれてはためこうが何をしようが【運び】のおかげで安定していられる。
空をゆく二匹について行くため、最初バハムートに頼んだのだが比較的乗り気だった本竜をよそに私の騎獣争いがあった。
「バハムート様に乗るなど恐れ多い! それなら私が!」
とパルティンが言えば
「パルティン様が騎獣などと……っ! もともと騎獣は僕のはずです!」
とレーノ。
私の騎獣争いなのだが誰も私のために争っているわけではないという。結局レーノはパルティンが留守の間のミスティフの護衛を命じられ脱落、バハムートも大きすぎて乗ったら下が見えないのでは疑惑が出たのでパルティンに乗せてもらっている。
そっとカルから自分の騎獣に乗るか申し出があったが、あの目立つ白馬にタンデムするくらいならご飯をもぐもぐしながらスキルで飛びます。
眼下には水路が網の目のように走る王都ファイナ。そして崩れた水路からあっという間に水が流れ込んで隣り合う水路同士がくっついて溜池のようになったロブスター侯爵の屋敷跡。侯爵家らしく四方を水路に囲まれた広い敷地が水没している、沈んだと言うよりはえぐった穴に水が流れ込んでいるのだが。
端にかろうじて残っていた土地も勢い良く流れ込む水に耐えられず崩れ落ちてゆく。パルティンのブレスで、屋敷の他に商業ギルドのあった区画がえぐり取られている。それぞれの跡地は水の色が群青に変わっているのでだいぶ深く穴が空いているのだろうと想像できる。
「ぴぎゃっ!」
「バハムートがやる気満々なんだが」
神々の宴会の時に起き出したのに大人しくしていてくれたのは私の頼みで大規模戦に備えていたからだ。発散する機会がすぐあれば無茶なことはしないようだ。ファストの上空からファイナまではバハムートも元の大きさで飛んでいたので、パルティンがブレスを吐く前に二度大きく旋回した姿は多くの人に目撃されているはずだ。竜の大きさに羽と尻尾は含めるのだろうか? バハムートさん王都より大きい疑惑。
「主……。ロブスター侯は貴族間でも評判はよろしくないようでしたし、商業ギルドも加盟している者たちに配分せず自分達に利権を集めすぎました。むしろこうなって喜ぶ者の方が多いでしょう」
「マジに王都が綺麗さっぱり水没するからやめて差し上げろ」
左右から思いとどまれの声。
ファイナに知り合いおらんし、イベント終われば復活するからいいかな、などという思考は住人には受け入れられないことだろう。どうにも街中を歩いて知り合いを作らないことにはゲーム的考えが優先されがちな上、今は上空から街を見下ろすという現実ではあり得ない状態がその考えを助長している。ちょっと反省。
上空は風が強めだが、パーティー会話なので問題なく話せる。これも住人たちには自動発動のスキルの一種とみなされとるらしい。パーティーメンバー同士の会話を妨げる、妨害効果のある場所やスキルなどもあるそうだ。
「我とて範囲を絞っておるぞ、その代わり深く穿たれたろうが。――バハムート様のブレスも見てみたいがその者らの言うとおりここら一帯消し飛ぶだろうな。森がある場所にはミスティフがいる可能性があるので森がない場所で」
パルティンの言葉は森のない場所でブレスを見せて欲しい、と続くのだろう。なお、侯爵家の立地は城に近いのでちょっとずれたら本丸が落ちていた模様。大雑把なようでいてミスティフや騎獣相手に力加減を覚えたらしく存外器用なパルティンさん。
「何か出てくる気配もないし帰るか」
バハムートをなでつつ仕方ないから森がない帝国にでもブレス吐きに行こうかなどと先ほどの反省をまるっと無視したことを考える。何故なら私もバハムートが飛んでブレスを吐く姿を見てみたい。イベント終了後元どおりなんて機会は滅多にないし、バハムートは格好いいのだ。
「はい」
「おうよ」
二人の答えにパルティンに転移することを伝え雑貨屋にさっさと帰る。パルティンには人型になってもらわんと大惨事なのだ。
何故イベント開幕こんなことになっているのかというと話は二日前まで遡る。
冒険者ギルドの副マスに呼ばれて行ってみれば、ロブスター侯爵からの使いとかいうのが二人待っていた。どうやら紹介を頼まれただけでギルドの仕事ではないようで、相手方の要求も断って構わないとの前置きが部屋に入る前にあった。
「商業ギルドのモスに話を持って行ったのですが断られましてね。最近こちらの商業ギルドは何かと本部の思惑から外れた行動をとるので困るのですよ。ドロイツ様にもご足労願う羽目になってしまいました」
笑顔で言う男は王都の商業ギルドの副マスだそうだ。一回断られてるって嫌な予感しかせんし、笑顔で不平を述べてくるのも嫌な感じだ。
冒険者ギルドの会議室というか応接室、ソファにかけているのは私とドロイツと呼ばれた体格のいい男、その隣に仕立てのいい服を着た商業ギルドの副マス。他はマルコスを含め立っている、カルとガラハドに斜め後ろに揃って立たれると圧迫感がすごい。
あとドロイツはともかく、商業ギルドの副マスは私ではなくカルの方を気にしているらしく、顔はこちらを向いているが視線の半分以上はカルに行っている。
「モスの態度はロブスター様に伝えておく。いらん手間をかけさせたんだ相応の覚悟はしているだろう」
こちらはカイゼル髭のロブスター家の家令、名前はドロイツ。
「単刀直入に言う。お前の飼っている白と黒の狼の獣人二人、こちらで買い取らせてもらおう」
はい?
「異邦人では珍しくもなんともないが在来の獣人では珍しい、ロブスター様が御所望だ。そいつらも侯爵家に飼われれば幸せだろう。特に白はいざとなれば――」
「……おい」
ペラペラとしゃべり続けるドロイツを遮り、ガラハドが低く声を放つ。
「ひっ」
放ったのは声だけではない、殺気に当てられてドロイツが短く悲鳴をあげる。
「おやおや、こちらはレンガード様に聞いているのです。主人の返事を待たず口を出すとはどういう使用人でしょう?」
ドロイツよりも商業ギルドの副マスの方が肝が据わっている模様。
「おいおい、ここでおっぱじめるなよ。レンガード殿が断れば大人しく引くって約束なんだ」
冒険者ギルドの副マスターマルコスが間に入る。ランクアップの時に会っているのだが、その時は年齢的に「元」冒険者だと思っていた。後から聞いたら現役だそうだ、しかもなかなか強いらしい。
「当然断る。それにガラハドは友であって使用人ではない」
「ホムラ」
「主もこう言っているのでお引き取りを」
いや、あのガラハドとの関係について否定した途端隣で主とか言い出さないでカル! 笑顔にうっすら殺気をにじませるのもどうなんですか。
「即答しなかったということは条件によっては考えるということでしょう? こう言ってはなんですが相場より出しますし、あなた様のファストでの酒の販売を王都が専業として保証してもいい」
食い下がってくる商業ギルドの副マス。名前を忘れたのだがどうやらドロイツよりもこっちが曲者だ。
「王都からの保証は商業ギルドと王宮からの二つを意味します。――たかが獣人二人で破格でしょう?」
薄ら笑いを浮かべる男の顔をまじまじと見る。
「残念。私が迷っていたのは阿呆なことを言い出したロブスター侯爵家を潰すのが先か、潰した後に他の貴族がどうせ出てくるなら王都ごと最初に更地にした方が効率的か、そっちだ」
今の会話で王都の商業ギルドも潰す方向になったので王都ごとがいいかな。
「貴方はそれができると? こちらは様々な複数の有力者に圧力をかけていただくこともできますが。そちらにいくらランスロット様がいらっしゃるとはいえ、貴方の返事次第ではファストごとまずい立場に追い込まれますよ」
「そ、そうだ。ロブスター侯爵家に逆らってタダで済むとは思うまいな!」
棒でも飲み込んだかのように黙った後、微妙にずれたことを聞いてくる商業ギルドの副マスとなんだかすごく三下の悪役っぽいことを言い出したドロイツ。
「ホムラ……。潰す、つうのは物理?」
「ああ、バハムートのブレスで一発なんじゃないかと。今ならパルティンもいるし」
パルティンの名を出したら若干嫌な顔をした二人。どうやらバハムートよりもパルティンのほうが身近にいた恐怖、というやつらしい。彼女はよく帝国上空も飛ぶし現役の悪竜扱いだったなそういえば。
バハムートが手加減するの面倒そうだし王都ごとでいいかなって。アイルの王都には結界がバシバシだし、ファガットにも結界はある。だがファイナは冒険者ギルドや神殿など個々にバリア的なものがあるだけで、国規模でのそういったものの存在は感じられない。本当に何も仕掛けがないなら一発でいけると思うのだ。
「いや、うん。潰すに混じって更地って聞こえたからよ、……本気か」
「主、こういう場合の潰すは普通は社会的制裁のことを指すのでは……」
先ほどの殺気は綺麗さっぱり消えて若干戸惑った顔で聞いてくる二人。
「そちらは不得意分野なのでパスする」
相手の得意分野で勝負することはないと思います!
「何か先ほどより不穏な内容の会話が軽くされている気がするんだが……」
マルコスが困惑している。
「夢物語を吐くのも大概にしていただきたい。途中で獣人を差し出してきてももう対価はありませんよ」
「ロブスター侯爵家に逆らったことを後悔しろ!」
どうやら出来ないと思っている二人が言い募るのをガラハドとカルが可哀想なものを見る目で見ている。
「そうだな、明日中に王宮はロブスター侯爵に与しないと確認が取れなかったら王都ごとゆこうか」
「現実を見ていないようですね。たかが獣人の子二匹で侯爵家に逆らうとは馬鹿――」
「いい加減にラピスとノエルをたかがだとか言うのを止めろ」
副マスの言葉を遮って【畏敬】の発動。発動したくて出したわけではないのだが、【畏敬】や【畏怖】などは感情に左右される。
要するに私だって怒るのだ。
ゆっくりまばたきして目を開く間に正面にいた二人、ドロイツは呼吸ができなくなって倒れ商業ギルドの副マスも同じく汗びっしょりになって意識を飛ばしていた。
怒っていて私は認識していないのだが、物理的に空気が重くなって気温が下がりピリピリと細かい雷が走るようだった、とあとからガラハドに言われた。
次の日には冒険者ギルドを通して王宮は今回のロブスター侯爵家の行動とは何の関係もないと書簡が届いた。昼間、パルティンとバハムートに上空を飛んでもらったのが効いたのだろう。あとギルドから帰るとカルとガラハドがバタバタと出て行ったので何かしたのかもしれない。
そういうわけで破壊行動をするつもりのなかったイベント開幕、王都ファイナの一区画に穴を開けました。予告をしてあったことだし、逃げる暇はあったろう。ただ一切合切、家財や書類を持ち出す暇まではなかったと思うのでそこは諦めろ。
「俺が言うのもなんだが、話し合いって知ってるか?」
「主がどういう人物か知らなければ交渉にならないでしょうし結果は同じだったかもしれませんが……。よい機会だったのかもしれません」
「それにしても普通、侯爵家沈めるか後から加勢するかもしれねぇから王都ごと行こうかとか迷うか?」
「多くの有力者の協力を匂わせたのはあちらですから……」
ガラハドが私に向かって愚痴ってくるのを、カルがフォローしてくれる。だが二人とも視線を合わせようとしないのはなぜだ!




