260.挨拶回り終了
「あー。クリスティーナ、そのレンガードとやらの神職や王族との交流はどんな話なんだ?」
思わず額に手を当てて目を閉じてクリスティーナに聞く。
「詳しくは知らないのだけれど、アルスナにある六つの神殿の長たちにレンガードに関する神託があったそうよ、内容は極秘です。でも秘密はどこからかは漏れるものでしょう? 神職たちとの交流の噂は漏れ出てきた話をつなぎ合わせた予測だわね」
まったく心当たりのないことだった!! カイル猊下もエカテリーナも関係ない!!!
「王族とのことは定期的に会食をしてらっしゃるとか。闘技大会の優勝者ですし実際にファガットの王宮でレンガードの姿を見た者やレンガードの料理の毒見をした者もいるのでこちらは確かでしょうね」
まったく確かではありません。誤解の原因はあれか、竜を見に行った時と変態隊長に料理渡したせいか!
こう、カルの件がなければ別人だと思うところなんだが。なんか今回、カルが傾国にかかっていた頃の名残が噴出しているような、そうでないような……。いや、帝国にいたころの騎士時代の名残だとそう思いたい。
「ファストのレンガードの店では宝飾品を扱うことはないので何とか誤解は解いたのですけど、ありもしない関係を根ほり葉ほりされた挙句、ホムラと交換した『黒鳥水晶のアミュレット』を献上しろと匂わせてきて困りましたわ」
いえ、話題の中で貴方だけが交流のある人ですよ。ああ、そういえばガルガノスのデザインを流用するわけにもいかず憑依よけの装飾品はちょっとだけしか店に並べたことがない、なにせ出来栄えが恥ずかしい。結局コンスタントに出しているのは『帰還石』・『転移石』や薬の類、弁当を中心に料理だ。
「隠していたのですけれど、羽根が飛んで――内緒だと言われたのにごめんなさい」
『黒鳥水晶のアミュレット』は精神守護と呪い・精神攻撃を受けたときの肩代わり、攻撃をしてきた対象に羽根が飛ぶ、だったか。
少し泣きそうですよ、公爵令嬢! こんなに弱そうだったろうか。いや、戦争が始まりかけているのだから不安定にもなるか。思えばクリスティーナと出会った時はまだ店舗も持っておらず、迷宮にも行く前だ。
「クリスティーナ」
『アシャ白炎の仮面』の認識阻害は声を聞こうが顔の半分が見えていようが、仮面を被る前と後では同一人物と認識できない。解除の条件は「目の前で仮面を着脱する」か、「仮面をかぶった状態で自分から名乗る」かのどちらか。
「雑貨屋でランスロットの主人というならレンガードは私だ」
クリスティーナの前で仮面を被ってみせる。着替えはしないが、幸いお高いレストランに入るためにそこそこ見栄えのいい格好をしている。あ、ちょっと格好つけて【畏怖】を発動していいですか? ――ダメですね。まあ、『アシャ白炎の仮面』だけでも十分神々しい、神器だし。ただ私の中で顔だけ浮いてる疑惑が払拭できないのだが。
「レンガード……様……?」
唖然とした顔で固まるクリスティーナ。
「王族やアルスナの神職との直接の交流はデマだ。この国で私が親しいと思うのはここの料理長とドゥル神殿そばの卸屋の主人、あとはクリスティーナだけだ」
若干恥ずかしいんだが、もしかしてこのやり取りはイベント終了後にもう一度やらんとダメか?
結果、固まられました。だいぶショックだったらしくフォローしきれたか不安なほど。……思ったよりもクリスティーナの王家への忠誠というものが高い上に真っ直ぐらしく、レンガードだとバラしたら『黒鳥水晶のアミュレット』の件で悩まれてしまった。
今までは件のレンガードではないと思っていたのでそう言って断っていたらしいのだが、意図せず嘘をついてしまったこと、黙っているのはともかくまた問われた場合、王家に嘘をつかなくてはならないというのがきついようだ。
話してしまってかまわんと言ったら今度は初めて友人と交換したものを手放すのも辛いそうで……。
クリスティーナからは親密度が足らんのかコアは渡されなかった、公爵令嬢が二度会っただけの男に渡してきたら困るのでこれが普通だろう。彼女の兄が初めて戦場に出るそうで公爵家は全員当主経由で忠誠の証に国王にコアを捧げたそうだ。
クリスティーナにも符と回復薬の類を渡して別れる。
イベント後にもう一回このやり取り面倒だとか思ってすまぬ! 次回はバラさない方向で行こう。やり直し万歳! などと思いながらパルティンとの待ち合わせ時間が近いので『家』へ移動。先にレーノと黒が行ってパルティンとミスティフたちときゃっきゃうふふしているはず。
青竜ナルンの水の属性のおかげでナルン山脈に近いサーやアイルが豊かな水と森を持つのに対し、パルティンの金属性のお陰でねぐらと狩場のあるバロン側は岩山だ。ついでにガラハドたちが帝国は鉱物資源がある代わり緑が少ないとか言っていたのだが、それを聞いて騎獣たちが住まうアイル側を迂回するせいで反対側の帝国が緑が少ない疑惑を持つ私。もふもふ好きなのに長く触れ合っているともふもふがもれなく針金のような体毛になってしまうという悲劇の体質。
「ここに棲みたい」
レーノに迎えられて案内された夜の森、その悲劇の体質の金髪美少女が挨拶する間もなく訴えてくる。満月ではないものの、人の来ない島だと分かってからは月がなくともミスティフが姿を現わすようになっている。触らせてくれるどころか近寄っても来ないが、付かず離れずの距離でもこの淡い交流もなかなかだ。
「いいんではないかの。属性の件もあるしこの男に降れば解決じゃ」
もふもふに囲まれて至福な感じのパルティンとそれを私の肩で呆れた目で眺める白。
「パルティン様になんという言い草!!」
そして私の胸元から白にパンチを食らわす黒。
「そっちこそ物質界のドラゴンなぞの下につくとは何事じゃ!」
バシッと白の反撃。
「お前だってこの男に飼われてるだろうが!」
ビシビシッっと黒の連打。
「我は飼われた覚えなぞないのじゃ! 貴様こそ隙さえあれば懐に潜り込んでおるじゃろが!」
白がパリングして黒の手を払いながらドカッと。
「他所でやってくれんか?」
「うるさいのじゃ!」
「うるさい!」
べしっとダブルで肉球食らったのだが、何故だ。隣のレーノが憐れむような目を向けつつハンカチを差し出してくる。足型がついているのだろうか、もしかして。
色々あったがパルティンからコアを預かった、自動的にレーノの分も来た様子。あとどさくさに紛れて黒からも来た。イベント終了後にパルティンと会ったら居候が増えそうな予感。個人的には別に配下に降ろうが降るまいが居てもいいのだが、パルティンが正式に仲間になったらレーノが心情的に楽になるかな? 人型を見てしまうと上下関係を作るより友人になりたいところ。
ミスティフたちに森は居心地が良くなったとパルティン経由で感謝された。『庭』ではないが私の島なのでせっせと木を植えていい感じの森にしようと適当に手を入れている。人の手が入らない自然の状態では、六百年から千年という時間をかけて構成する植物の繁栄と淘汰を繰り返し、ゆっくりとその土地固有の種として植物が定着し森を作る。
だが、環境にあった五十から百種類の多様な植物を植え、森の地面に日が差すよう枝を払ったり、肥料や水をやったりと二、三年手をかけてやる必要はあるが人の手を入れればもっと早く森はできる。
まあ、この島の場合はもともと木々は茂っているので気が向いたときに枝を払って気候にあった実の生るものやリデルの好きなオークを増やしているだけだが。
とりあえずコアを預けるまでもなく島にいれば誰も来ないんじゃなかろうかと思いつつミスティフときゃっきゃうふふしているパルティンを放置してファストに帰る。そしてギャグではないが夜でも開いている冒険者ギルドに寄る。戦略はおろか根回しでさえなくなってただの友人知人に符を配り歩いているだけになってきた。まあこのイベントで無事でいてくれればそれでいいのだが。
「こんばんは。質問してもいいか?」
「こんばんは。はい、もちろんです」
エメルとナナのところはなんだかナンパ男というかコアくれ男が絡んでいるが、会話の間にどんどん納品させられている。イベント期間中、納品してもポイントにならない上に消耗品はもどらんのだが……。強く生きろ。先ほどまでプラムのところでもコアくれ幼女が同じやり取りをしていたのだが、入り口でちょっとうわあと立ち止まった私と目があったらさっさと排除された。ここにいる野郎どもはギルドの客じゃないんですね、わかります。
「基本は街の住人に寄り添うことになっていますが、ギルドによって国と近しいもの、商業ギルドと近しいものと様々です。中には一定の立場のものへの便宜を優先するギルドもあります。ファストは財政的にも採算が取れていますし、完全に中立ですが街に危険が迫れば各ギルドや国とも連携します」
プラムに質問したのはイベント期間中の冒険者ギルドの立ち位置だ。
特に大規模な戦争などがこの街で起きない限り営業。この期間閉めてしまう小売店の代わりに普段は扱わない商品を代理販売、コアは職員一同ギルドマスターのアベーに預けているため、現役SSSランクのアベーが倒されない限り復活可能とのこと。
元Sランクの副マス常駐だそうで単独でギルドに襲撃をかけたら返り討ちの上、ギルドへの出入り不可になるのがオチだそうだ。
冒険者ギルドも様々で国にコアを預けてしまうところもあるし、何よりも財布を握っている大きな商会を優先するところまであるらしい。とりあえずここファストと、冒険者が集まる迷宮のあるバロン、北の森からちょくちょく魔物が顔を出すアイルの冒険者ギルド本部は財政的にも政治的にも健全だそうです。いざとなったら中立だから駆け込めってことだろうか。
プラムはギルド内にいる他の者にも聞かせるためか大きめの声でにこやかに説明してくれた。他にも対策はありますけどね、とこれは小声で。どうやら冒険者ギルドは大丈夫なようだ。
用事は済んだがアルのところに顔を出して行こう。私が手出しするまでもなく、籠城できるようにアイテムも食料も揃えていそうだが来たついでだし甘いものを置いて帰る。準備期間が短いとはいえ、今日はよく移動した。
「主、冒険者ギルドのマルコス殿から呼び出しがかかっています」
人気のないところで雑貨屋に転移したら冒険者ギルドからの呼び出しをカルから告げられる、誰だマルコス。というかさっき行ってきたところなんだが。
「私、ランク低いし呼び出し食らう覚えがないのだが」
イベント関係の呼び出しだろうか? クランのみんながランクを上げるのなら専用クエストあるとのことだし上げてもいいのだが他にやることもあるし絶賛後回し中だ。
「ホムラがランク低いのをおかしいと思えばいいのか、冒険者になってから日が浅いし当然だと思えばいいのか迷うんだけどな」
ガラハドがため息をつきそうな顔で言ってくる。
「まあ行ってみるか」
「お伴します」
え、いや。目立つんで止めて頂きたいんだが。いつも留守番なのに珍しいカルの申し出に戸惑う私。
結局カルとガラハドと連れ立って大通りを歩いている、『雑貨屋』への呼び出しだったので仮面装備だ。何やら距離をとってついてくる輩がいるんだが、まあ帰りは転移で帰ればいいし。仮面も眼帯も別に珍しくはないだろうと思うのだが、装備が装備なので鑑定されてるんだろうな〜と思いつつ。
あと隣の涼しい顔したイケメンが目立つのがいけないと思います。反対隣の大男もおどけた表情が多いせいで話しているとそっちに印象が行くが男らしいハンサム。並ばないでくれんかお前ら。
そして私は大規模戦初日、王都ファイナの一角を潰すことになる。
クリスティーナさんはイベントこなさないと好感度高くても仲が進まないタイプ。




