259.レストラン『ルールズ』
タイトルからして間違えていた罠
こんにちは。コア関係のアナウンスを切ってアイルに逃げてきたホムラです。罠ダンジョンでパトカ投げられた時もひどかったが――パトカは思わずブロックしてしまったのだが、今は再び解放。イベントのせいで不安定な状況だし出来れば住人の知り合いを増やしたいところ。
「相変わらず忙しそうだな」
荷馬車が行き交うオルグじーさんの荷捌き場、現場で気性の荒い人足を束ねるやせた老人がオルグだ。様々な食材が運び込まれ、また運び出されてゆく。暖かいファガットからはオリーブやオレンジが、迷宮都市バロンからは魔物由来の食材が。麻袋や樽に入ったままのものも多いが、オルグに点検を受けるためかじーさんの周囲は中身が見えるものばかりだ。スーパーで見かけない食材が沢山あってなかなか楽しい、パックに入っていないせいでヨーロッパの市場のようだ。まあそもそもファンタジーゲーム世界なのだが。
「おう! 来たのか。二、三日中に戦が始まるぞ、ワシのとこの商隊も帝国からの略奪に遭った。接収するとかエラそうなこと言っとったらしいが。――隠しもしなくなってやがる」
歓迎の笑顔から、ここの現状の簡単な説明になり最後は吐き捨てるように。国同士の戦も込みの大規模戦なのか、国の思惑とか面倒なんだが期間限定のイベントならば多少気は軽いか。
「大丈夫そうなのか?」
「こっちよりのサディラス国の宰相が臥せってるのは痛えが、帝国も一枚岩じゃなかったしな。王都までは届かんだろう」
あれ、もしやその国はガラハドが言っていた寝込んどる国か。
届かないと予測しつつも苦い顔をしている。王都には届かないけれど他の都市は戦火に巻き込まれるということか。
帝国に近い都市の名前はアルバルだったかヴァルノールだったか? プレイヤーのクランハウスがあるはずだ。ファガットにある私たちのクランハウスも海賊たちの攻撃を受けやすい場所、国から使用の許可が下りるのは大体外敵に面した土地なのだ。敵襲があっても国は自国民の犠牲を抑えられるし、住民にとっては切実だがプレイヤーにとってはクエスト扱いだ。
クランハウスが解放された直後は店舗を優先するクランや、資金調達が間に合っていないクランばかりだったが今は結構増えている。一番人気は立地的に店舗と併用できるファストとバロンだ。ファストは住人関係のクエストが起こりがちだが、戦闘が伴わない場合が殆どだそうで戦闘をなるべくしたくないプレイヤーにも人気だ。住人関係のクエストなんて材木集めくらいしかやっておらんのだが、雑貨屋のカウンターに居たためしがないのでしかたない。
なお、ファガットのクランハウスは海賊が来る前に他のクランによって殲滅されている模様。最前線の島に職業漁師なクランがあるそうです、海の男強い!
「一旗揚げたいならともかく、近づかねぇこった。二日後には転移の規制もはいるから移動しておいた方がいいぞ。うちもそのつもりで遠方からの仕入れをここ数日増やしてるとこだ」
交渉期間を終えたら神殿の転移は使えなくなるのか、面倒だな。それにしてもさすが情報が早い、やっぱり様々な情報を集めて機を見るに敏でないと大店の商人は務まらないのかと思いつつ、どこかから送られてきたらしいオレンジの詰まった樽の端に腰掛けているオルグを見る。
「今のところ帝国との戦争に参加するつもりはないが……」
鵺とかカルとガラハドたちの関連で絶対行くことになるだろうし、どんな戦力なんだか見ておきたい気はするが今はなんかたくさんコアを抱えてしまったしな。
「命を惜しむのはいいこった。ホムラのお仲間は簡単に生きけぇるせいか、自分の命も他人の命も軽く考えてやがるのが多いのが気にいらねぇ」
うっ! 崖から飛び降りて死に戻りしようとした過去がですね……っ! 迷宮も先に進みたくてですね。
「それについては反論できないな。生き返るのをいいことに迷宮や新しい土地に行く欲求を優先させている」
「そう言われるとまあ、儂も若い頃は食材探しであちこち行ったクチなんで自分の命の扱いについては何も言えねぇなぁ」
苦笑いして前言を半分引っ込めて来た。オルグも若い頃はあちこち行ったのか、事務所で書類だけ見ていればいいような年なのに矍鑠として現場に出ているのはそのせいかな。丈夫で何よりです。
「とりあえず水と食材を少し置いて行こう。あとこれ」
ここでも符を出して使い方の説明をする。生産スキル持ちでも戦闘スキル持ちでもなさそう――若い頃の話を聞いたら何かしら持ってそうな気はするが、少なくとも職業と見た目ではわからんだろうし、プレイヤーに襲われる心配は少ないはずだが用心に。いざとなったら貯蔵用の地下蔵に篭ると言うので少し安心した。
「ああ、これを持っていけ。ちったあ重しになるだろ」
《一名のコアを受け取りました》
《付随する百五十四名分のコアを引き受けました》
「いや、待て」
ちっとどころの重しではありません!!!! どんだけ手広く商売やってるんだ!
「人に預けると異邦人のように生き返るっつーんで、儂に預けてゆくのがここの者の他にもおってな。ほれ、邪魔だ。行った! 行った!」
話している間にも荷が届き、オルグの点検待ちの商品が積み上げられてゆく。言いたいことはあるが、本当に邪魔そうなのでおとなしく退散。
扶桑に一緒に行ったホップにも会いたかったがどうやら買い付けにファガットの田舎の方に行っているらしい、残念。
そしてレストラン『ルールズ』、徒歩で来るのが恥ずかしい店。だがしかし、辻馬車を拾って来ても恥ずかしい気がする。建物の前の馬車回しには相変わらずオーダーですか? という高そうな馬車が着いたところだ。一応料理長のルドルフには行く連絡メールを入れたのだが……付き合いがあるとは言えよく予約がとれてるな私。
「ホムラ」
などと眺めていたら降りて来たのはクリスティーナだった。馬車を降りるのに手を貸しているのは護衛のコンラッド君かな? なかなか見目の良い清潔感のある男だ。結構身分が高めの令嬢らしいので護衛の見た目も大切なのだろう。
「久しぶり。偶然だな」
「ふふ。いいえ、来ると教えていただいたのです。普段この店で客の予約を漏らすようなことはしないけれど、一度一緒に食事をしたことがあって、以前ホムラも私がいつ来るか聞いたことがあるでしょう? 双方に会う意思がある場合は別なの」
無表情気味で冷たそうに見えるが、種明かしをしつつ店の事情もさらりと説明する気配りさん。馬車から降りて目があった瞬間、緩んだ表情はつり目気味の目尻が少し下がってなかなか可愛らしい。
「それは良かった。ではご一緒しても?」
「ええ」
許可をもらったのはいいが、エスコートの方法ってどうだ? 腕を組むのは近すぎだろうから、右手を差し出す。手のひらは下向き、上向きはダンスの時の誘い方……間違ってそうだったら素早く上に変えよう。正解だったらしくクリスティーナが左手を乗せてくる。
後でこの国のマナーの本を購入しよう。このゲームの製作者がどんなとこにこだわっとるのかさっぱり分からん。堅苦しいのはご免こうむりたいが人との、特に異性との距離感が分からん時には便利だ。
コンラッド君的にも正解だったようでホッとした顔をされました、大変だな護衛。
思いがけず二人での食事になった、食前酒はベリーブランデーのソーダ割り。未成年&下戸のコンビなのでソーダ多めだ。
コンラッド君も誘ったのだが、護衛的にNGだそうで……普通は同じ部屋の壁際に立っているらしいのだが、それは私が落ち着かないので前回と同じく控えの間で食事にしてもらった。
「おいしい。長く通っているけれど最近はどんどん腕を上げているわ」
「ああ。味も見た目も一級品だ」
次は一口サイズのキュウリのタルトレット、ヨーグルトで癖の少ないチーズと和えてある? タルト生地はどこまでも薄くて香ばしい。添えてあるのはとうもろこしを揚げたもの、衣が少なくそれでいてさっくさくに揚がっている。
クリームとチーズだけのシンプルなマカロニグラタンは大きめのマカロニの表面が焦げて香ばしく、絡んだクリームとチーズは濃厚だが優しい味。もう少し食べたいな、と感じる量で出されるのもポイントだろう。料理が待ち遠しい。
「ホムラ、お礼が遅くなりましたけれどネックレスをありがとう」
胸元に軽く指先で触れて礼を言ってくる、そこにネックレスがあるのだろう。
「起きないかもしれないことに対してのお守りだ。意味がないかもしれないぞ」
あんまり喜ばれると少々不安になる。
「このデザインも気に入っていますもの」
「そう言ってもらえると嬉しい」
はにかむ姿はなかなか目の保養。ゲームの世界だけあって美男美女、美形でなくとも特徴的な外見の住人が多い。特殊個体以外は美形であっても目に光がないというかどこかモブくさいのだが、ファストの宿屋の夫婦のように特殊個体になると途端に生き生きして存在感を増す。クリスティーナも特殊キャラなのだろうが、それは私が案内を頼んだから成ったのか、それとも最初からなのか。
青唐・烏賊・生ハム・金蓮花の冷たいスープ。おおぶりに切られた野菜、イカはぷりっぷりで甘い絶妙な半生。
「以前交換した水晶にもこちらにもレンガードの銘が入っているでしょう? 実はちょっとした騒ぎになりましたのよ」
「騒ぎ?」
よく冷えた青唐と金蓮花の辛味のあるスープが味を締める。さっきはトロンとしたクリームとチーズだったので口の中もスッキリした。
「ええ、レンガードという同じ名前を持つ方がいらっしゃるの」
もしや名乗ってはいないし手に入れる前だし仮面の効果発動中だろうか。いや、アイルの街中で変なことをしたことはない、普通に食材調達してレストランで飯食ってるだけだ。
「生産も巧み、強さも保証付。高位神職やファガットの王族とも交流がある方で、我が国にもなんとか友誼を結びたいと思っている者が多いのですけど、配下の方が全て排除されてしまうので直接お会いしたことは誰もないのですわ。主の気が向いたらと可能性は残してくださっているみたいですけれど」
……自意識過剰だった。ファガットでまともに話したのは闘技場の変態と変態竜騎士しかいない。神職は無表情な一本調子の笑い声と慈愛に満ちた顔に胡散臭い笑い声が浮かんだり聞こえたりしなくもないが、あっちも大っぴらにはしないと言っていたし。というかあの二人、本当に高位なんだろうか……。
「なんか過保護にされとるな。王族と交流なんて堅苦しい上に貴族まで増えたら鬱陶しそうではあるが」
「私もその堅苦しい方よりなんですけれど。――ホムラはそのままでいてくれたほうが嬉しいですわね」
「失礼、寛大なお心遣い感謝します」
クリスティーナの言葉におどけて礼をする私。さっきパトカの交換したら公爵令嬢だったんですよ……。まあいいところのお嬢さんだとは思っていたのだが王族を除いてこの国の筆頭の家柄ですね!
お次は差し入れた『騎獣海老』の料理。肉厚な海老の身に味の濃い野菜と濃厚で少し刺激のあるスパイシーなソース。こちらも火の通し方が絶妙で食感が抜群、海老の殻と味噌で出汁をとったらしいソースと絡めて絶品。
「それにしても見目麗しいそうですし、見るくらいは見てみたいですわね。『湖の騎士』ランスロット様の主という方を」
ぶっ!!!!!!!!!!!!!
ちょっと待て、高位の神職とか王族と交流とかどこから出てきた!!!?
え、やっぱりカイル猊下って偉いのか!? 王族とは話したこともございません!!!!!
誰だそれは!!!!!




