257.対策
コア関係修正
「主、私の命を貴方に」
雑貨屋にゆくなりカルに跪かれました、なんやねん。
白が主体の詰襟で、たまには皺とかよっててもいいんじゃないかと思うのだが相変わらず隙のない着こなし。穏やかでどこか曖昧な微笑みを浮かべていることが多いのに、決して弱そうには見えず、侮ってはならない雰囲気なのはこんなところから来るのだろうか。だがしかし、その左手に持っているのは黒ですか? シャーシャー言ってますが。あとここ廊下です。
「主、ラピスも!」
「僕も」
カルが跪いているのにも構わず、ちびっ子二人の左右からのホールドが来た。雑貨屋で格好をつけようとしても無駄だぞ、イケメン騎士。そう思いながらぽふぽふな手触りのラピスとしっとりサラサラなノエルの髪と耳をなでる。出会った頃から想像できないほどいい手触りになった。ラピスのぷにぷにの頬、ノエルは体質なのか子供にしてはすっとした面立ちをしているがどちらも健康的な姿だ。
なでつつ渡されたアイテムを確認するとイベントアイテムだった。好感度の高い住人、もしくは交渉によって得られる住人たちのコア。持っている状態で戦闘不能にされると相手にコアが移り、イベント終了時に持っていたコアの数だけポイントとなる。他にコアを預かっていなくとも住人を守るとお礼という形でポイントが貰えるそうだ。
プレイヤーもコアを預けることが可能。プレイヤーがプレイヤーに預け、さらにそのプレイヤーが別のプレイヤーに預け……、大抵最終はクランリーダーがコアを持つことになる。
リーダーがお互いに交換をすることで同盟を組むことが可能。大規模戦というだけあって、大きな同盟を組んだ方がポイントが入りやすい。
預かったあと誰かにコアを預けても、預かった分はポイントが入るようだ。ただし、最終的にコアを持つ者が倒されなかったら……ということだ。なのでなるべく生存率が高そうな者にコアを預けることになる。
コアを受け取るとカルも立ち上がっていつも通り懐に黒を格納してくる。懐に潜り込んで体勢を変えると襟元から首を出してカルに向かってシャーシャー言ってる黒。黒は不満のようだが、お陰で噛みつかれずに済んでいる私、カルを悪者にしているようで少々申し訳ない。
「すまんな、ありがとう」
黒の喉元をなでつつ、カルに礼を言う。
「おう、来たか。俺の命、お前に預けるぜ」
酒屋の三階、居間に移動すると軽い感じでガラハド。
「ホムラ、受け取って」
腕を絡ませて頬にキスをしてくるカミラ。
「君に預ければ安全だからね」
小さな微笑を浮かべながら渡してくるイーグル。
ゲーム時間で二十四日間のイベント、準備に当てられた三日間の初日。このサーバは法定速度ギリギリ……じゃない時の流れの現実世界との認識差が法定ぎりぎり。
ログイン時に大規模戦に参加を選んだのだが、風景も生活も変わらんままに住人だけがいつもと違う反応をよこすので何か変な気分だ。
住人が全員どういうイベントだか知っている状態になっている。と、言ってもゲームイベントと認識しているわけではなく、魔素の加減か生物がことごとく好戦的になり欲望と混乱の戦が起こる期間のような捉え方のようだ。
「さて、雑貨屋も襲撃されるかもしれんので対策を取りたいと思う」
「はい」
居間に全員集まって対応の協議を始めた。軽食も用意したがお茶の他は手付かずでみんな真剣な顔をしている。ラピスとノエルも参加しているのだが、怯えた様子がないのに安心するというよりは雑貨屋に来るまで結構な修羅場があったんだろうかなどと逆に心配になってしまう。
「対策というか方向性はどうされますか? 強力なスキル、自分には発現しないはずのスキルを手にいれるチャンスではありますが、主の場合は狙われる可能性も高いです。いくつかすでに協力要請も来ていますので褒賞や縁を願うならそこから選ぶのもいいかと」
カルが聞いているのは攻めに出るのか守りに入るのかということのようだ。ついでにどこからか――近所の店とかか? 協力要請が来ているらしい。
全員集まると大体カルが私の意見を聞いて、ガラハドが対案を出したりイーグルやカミラが補足、レーノが一歩引いた状態から疑問を口にする、みたいな進行になる。今回もそうだ。
「取り敢えずラピスとノエルは危ないので家に避難してもらって、私とクズノハで傾国全開で接客する方向で……」
なので、ここしばらく考えた穏便に済みそうな方法を口にする私。
「主……」
「ホムラ……」
カルとガラハドが棒でも飲み込んだような顔で見てくるのだが。
「どうしてそんな結論になるのかしら?」
「本当に」
カミラとイーグルも頭痛が痛いみたいな顔してため息つくのはやめてください!
「ホムラ、それ一番不穏な手段だから。一見争いはないかもしれねぇけど色々ダメだからな? どこがどうとは言えないがダメだ」
「主、騎士としては正々堂々と普通に戦闘させていただけるとありがたいです。それは敵になるかもしれない騎士としても同じかと」
ガラハドが私に言い聞かせるように、カルも気を取り直した感じで言ってくる。おかしい……まるで私が正々堂々としてないみたいだ。扶桑とか島に隠れる選択は破棄したのだが表に出ていてもダメな手段だったろうか。
「ホムラはどの方向に向かうつもりなのかしら?」
「妖狐に堕とされた帝国より酷そうなんだが……どこがどう酷くなるのかはっきり言えないところがまた酷いね……」
イーグルとカミラの話していることも酷い。だが広範囲洗脳と考えると確かに酷い気がしなくもない、反省。
「えー。じゃあ全員無事とできれば雑貨屋を壊されない方向で。他は自由に?」
どうやら好戦的になっているというのは本当のようで、なんとなく彼らが戦いたがっているのがわかる。騎士ではない一般の住人もこうであるのならば、後ろめたくもなくイベントに参加できる。
「協力要請は受けてしまってもよろしいですか?」
「無理のない範囲でならば」
幾つかの確認をカルがしてくるのに答えてゆく。
「ホムラ、できればパルティン様に会いに行っていただけませんか?」
ひと段落ついたところでレーノが言ってくる。
「ああ、構わんが。どうした?」
「コアを人に預ければ預けた者が死なぬ限り、間が空くものの異邦人のように復活できると聞きます。パルティン様もまた強大ですが狙われやすい。誇り高いパルティン様は今まで他人にコアを預けることを良しとしませんでしたが貴方にならば」
イベント期間中、ユニットとして使える住人もプレイヤーのように復活すると解説があった。ただし、すぐ神殿に飛んで〜ではなく、一日間が空くらしい。そしてプレイヤーも住人も神殿ではなく拠点に設定した場所での復活となる。神殿と敵対してたらそこで復活はマズイなんてもんではないので妥当だろう。私は自分の『家』に設定しており、コアを預かったカルたちもまた『家』で復活することになる。
住人をユニットと書かれるとまるでシミュレーションゲームのようで馴染まないが、大規模戦は実際戦略を楽しむイベントなのかもしれない。いろんな意味で私には無理だ。
「了解。パルティンがどう反応するかわからんが会うだけ会おうか」
「お願いします」
ちなみにレーノはパルティンにコアを預けているそうだ。パルティンからコアを受け取ったら自動的にレーノの分も預かることになる。
「主、私も知人のコアを預かろうと思うのですが問題はありませんか?」
「ああ、復活が目的ならばいいんじゃないか? 襲撃を防げとかカルに負担があるなら考えなくてはならんが」
「承知しました。主、確認しますが、こちらから特定の団体を攻めるつもりはありますか?」
「ないが安全のために必要ならば攻める方向で」
スキルを入手するチャンスではあるが、持っているスキルさえ覚えきれていないというのに増やしてどうするというかんじだ。
しいて言うなら【仕手】が欲しい。決まるとレオでさえ格好良く見えるし、パーティーの安全のためには敵のスキルを止めるというのは大きい。が、私はパーティーでは後衛なので意味がない気もする。
「俺苦手だっつって放置してたけど、マジメに調略学んどきゃ良かった」
「ようやくか。だが今回は間に合わん」
いや、待て。何で敵をまかしたり内通させたり策謀を巡らす話になっているんだ?
「主、付近の地図があります。幸いこの地区には商業ギルドと神殿の支部があります。神殿所属の異邦人の動きは把握できていませんが、カイル猊下には全面的に協力いただけるかと。商業ギルドも同様です。領主にも話は通しておきますが、領主館も襲われる可能性があります。兵を貸されても邪魔なだけですし情報収集の手段、こちらの味方だと認識している程度でいいでしょう」
そう言いながらカルが広げた地図は住宅地図のように詳細で。近隣の住民と異邦人把握済みですかそうですか。
「商業ギルドは酒屋の従業員を通じて連絡を取り合っていますが、この機会に一部たちのよくない貴族が酒の製造レシピを狙っているようです。――売り上げの割に小さな店で襲いやすいと勘違いしている輩もいるようですね」
「阿呆がよく湧くこって」
ガラハドがニヤリと笑う。
「暗殺者ギルド、盗賊ギルドはまとまってはおらず、積極的に異邦人のコアを預かることはしていない様子です。他はともかく、『黒の暗殺者』と呼ばれる最近現れた暗殺者は敵対すると危険ですね」
黒の暗殺者……。カルから出た名前に爽やか笑顔のペテロが浮かぶ、一緒に出た単語は暗殺なんだが。
「正体は異邦人、スラムのボスを殺ったヤツって噂だな」
「幼児趣味の貴族も。凄腕だな、異邦人ならば現れてから短い期間に立て続けだ」
「最初は誰が暗殺したのだか全くわからなかったけど、異邦人からの噂で最近聞くようになったわね。噂に上がらない仕事もあるはずだわ」
ガラハドたちからも情報が上がってくる。私と違って勤勉に色々お仕事している様子。
「その暗殺者はどう考えても知り合いだから心配しなくていいが、他も来るかもしれんのか。いつ来るかわからんのは厄介だな、一応『結界符』を作ってあるのでカウンターに貼っておくか」
鍵を設置すると家も店も鍵を渡した者しか入れないシステムで、店舗は開店時間中は陳列場所だけフリーになる。普段も鍵を破って盗みに入ることは可能というなかなか嫌なシステムなのだが、イベント中はそれを積極的に行ってくることが考えられる。一番高い鍵にしてはいるのだが、用心しよう。――ちなみにブラックリストに放り込むとフリースペースにも入れなくなるのだが、やはり鍵を破ると入れるそうな。開店時間中開いている鍵を破るって変な感じだ。なお、衛兵に突き出されるとペナルティはきついとのこと。
「主……。一度交友関係をお伺いしても?」
防犯対策に考えを巡らせていたら、呆れた顔でみんながこっちを見ていた。私が何かやらかしたわけではないぞ! ペテロに言ってください、ペテロに!