249.肉
「不許葷酒入山門」
葷酒山門に入るを許さず。『葷』は『辛』の意味を持ち、ネギやニラ、ニンニク、ノビルなど強い匂いで辛味のある野菜のことだ、酒は言わずもがな。淫欲を高める強壮効果があるとして煩悩を遠ざけるために食べていたら山門に入れません! な決まりごと。――でも行者ニンニクってあるよな? 厳しい修行に強壮効果のあるニンニクは欠かせなかったとも言われる。屋内と野外の違いだろうか……臭い的に。
「肉を期待してもいいだろうか……」
葷ときて甲殻類・頭足類ときたのだ、ぜひ期待させて欲しい。
「いや、うん?」
ガラハドのなんとも要領を得ない返事に次いで小声で、食材集めなら正しいのか……とつぶやいているのが聞こえた。
「ここは他のルートの同じ階層より一段強い上、昔から伝わる迷宮の性質に従っているならこの階層から道中の敵も油断ならないものになる。気を引き締めていこうか」
「了解」
イーグルの言葉に態度を改める。手に入るのは食材で名前も食材だが敵は魔物だ。転移部屋から出て次の階層への扉を開ける。迷宮は次の層へ行くための境が下りの階段の形をとっていることが多く『階層』と表現されるが。今回のようにただ扉をくぐると次のエリアに変わる場合もあり、実際のところ本当に下へと広がっているのかはわからない。
新しいエリアはそこここにまばらに草の生える茶色い洞窟、そして石碑が一つ。
「なんだろうか?」
「『青はぶつかって黄色に。黄色はぶつかって爆発の後、赤に。全てが赤に染まる時、大爆発が起こりここにいる者は――』?」
イーグルが読み上げるのを追って私も石碑に刻まれた文字を黙読。ここにいる者は、の先は削られていて判読不能だ。
「何かしら?」
「わかんねぇけど赤には触らないほうがよさそうだぜ」
石碑の前で考えていても答えは出そうにないので、覚えるに止めて先へ進む。
「よかったな、肉だぞっと!」
進んだ途端、猛スピードで牙と角を持つデカイ豚の姿をした魔物が突っ込んできた。それをガラハドがいなして進路を微妙にそらす。ガキンっとなかなかすごい音をさせて大剣の表面を魔物の角が滑る、剥がれた微細な鉄片が火花を起こした。
ガラハドの大剣が鉄かどうかは定かではないというか、鉄よりも丈夫なもののはずだがそれを削る角ってどんな硬さだよと思い、私たちの脇をすり抜けた豚の角に目を向けると気のせいかキラっと光った。体格の割に器用に向きを変え鼻息荒く前足で地面を掻く。豚は家畜化した猪のはずだがなかなか凶暴、まあ魔物なのだし。
「赤身肉かな? とりあえず足止め」
【重魔法】レベル40『鉄塊の拘束』、拘束効果のある魔法は突進系の敵にも便利だ。
「火は敵を逃さず、囲いの中で燃えよ! 『ファイアフレーム』」
足止めの思考が被ったのか、カミラが炎の壁で敵の四方を覆う魔法を使う。私がまだ使えない魔法だがレベルいくつのものだろうか? 以前カミラが使っていた『クリムゾンノート』はレベル40で覚えたのだが『ファイアフレーム』はリストにない。
今回は手伝ってもらっているのでMP回復薬と食事は使い放題食べ放題、スキルレベル上げを勧めているため普段ガラハドたちが使わないスキルが見られる。ボス戦だとゆっくり見られないことも多いし、道中で軽口を叩きながら観察できるのは嬉しい。敵もだいぶ強くなっているのだが、スキルでごり押し道中である。なお、礼を言われつつイーグルにはこれに慣れるのは良くないと注意を受けた。
「丸焼きか……」
「カミラまで焼くなよ!」
「私はもともと魔法は火系統よ!」
スキルのことを考えていたらイーグルのつぶやきからあらぬ方向に話が進んでいた。
「さっき食ったばかりなのにもう腹が減ってるのか」
「誰のせいだ、誰の!」
「もう、誰のせいなの」
ガラハドが私の頬を、カミラが私の胸を人差し指でグリグリする。
「私まで毒されてきた……」
そして自分のこめかみをグリグリしているイーグル。
豚の魔物は『食材No.015』、本来の名前は『剛角豚』。あれか受験や試合の前にトンカツを作ればいいのかこれは。肉の他にも角がドロップしているのだが、これを市場に流して良いかどうかちょっと不安になる今日この頃。炎王とロイたちが到達している階層近辺までのドロップならいいだろうか? 私が使わないアイテムが結構溜まってきている。
「ずっと同じ広さ? 妙な感じだな」
五十三層に入ると道中は基本丸い洞窟で、時々小部屋がある作りになった。洞窟では豚を始めとして羊や牛の魔物にちょこちょこ遭遇するが今までのエリアからすると魔物の数は少ない。基本通路となる洞窟よりは小部屋に数頭群れている感じだ。
「何だろうな? 目立った障害物もないし全く代わり映えしないというか」
ガラハドの言う通り確かに妙な感じだ。人の手が入った気配はないのに一定の広さで続いていており水の気配もないのに滑らかな部分が壁と天井にある。
「これは同じ位置を何度も擦ったような……」
イーグルがすべすべした部分に触れながら推測を述べる。
があああああああああああああああああああぁぁッッッ
「うをう!?」
「きゃあ!」
「なんっ!?」
「おお?」
いきなり何かの鳴き声と、体が揺れるほどの地響き。慌てて【黒耀】を喚び出し防御を上げ、戦闘態勢に入る。ドドドドッという音と揺れが近づき、現れたのは洞窟の形に丸く詰まった顔だけ竜っぽい何か。いや、巨体と巨体を包む羽で丸く見えるだけでちゃんと野太い足で走っている。結構早いというか猛スピードだ。
考える間もなく、ガラハドに襟首を引っ張られ近くの小部屋に連れ込まれる。その部屋の前を速度を落とさず通り過ぎてゆく竜っぽい何か、ついでに侵入者に対してヤル気を見せる羊。ガラハドに礼を言いつつ、こういうときの反射を鍛えねばと反省、とりあえず目の前の敵である羊を屠る。
「かかってくるかと思ったら通り過ぎたみてぇだな」
「ほとんど洞窟と同じ大きさだからターンはできないんじゃない?」
私とイーグルが羊を倒している間に、小部屋から竜っぽいものが通り過ぎた通路を覗いて確認をするガラハドとカミラ。
「額に青い角、あれが石碑の青なんじゃないか?」
羊を倒し終えたイーグルの言葉にかぶせるようにしてガコッ!っという大きな音がする、そして再び地響きが鳴る。
「うをっ!」
慌てて小部屋に体を引っ込める二人。
「今のは角が黄色かったわよ」
「あれか、何匹かいて戦わなくても勝手にどこかでぶつかって全部赤くなったらエリアごと大爆発とかそういうギミックか」
ガコッという音は竜っぽいもの同士がぶつかった音ではないだろうか。
「うぇっ!」
私の予想に変な声をあげるガラハド。
「嫌だけどホムラの予想が当たってる気がする。早く進んだほうがよさそうだ」
イーグルに促されて部屋を出て進む。
「倒せるのかしら、あれ」
「倒したら最後の爆発は緩くなるのかな?」
「出口確保したら倒せるかどうか一回くらいやってみてもいいが、エリアごと吹っ飛ばされるのはごめんだぜ」
ガラハドの言葉通り、ちょっと試すにはリスクが大きいので竜もどきを避けつつ出口に向かう。途中、小部屋に逃げ込めないタイミングで青い角と遭遇し、轢かれないように足止めして交戦したのだが一定以上ダメージを与えると角が黄色く変わって何事もなかったかのように来た方向に戻っていった。
「轢かれなかったけれど、足止めも無効にされたわね」
「ありゃ倒せない迷宮の一部だな」
「トラップの一種だ」
迷宮やダンジョンには爆発床やら槍衾やら、人間の手が入っていないはずの場所にまで自然に出来たとは思えないトラップがある。理屈は謎だが宝箱と同じくダンジョン内に発生するものとして住人にはそういうものだと受け入れられている。いろいろ考察はされているようだが中々メカニズムの解明には至らないそうだ。うん、すまんゲームだからだ。
それにしても肉の確保をゆっくりさせてくれない実質タイムアタックエリアとはなかなかひどい。一定のパターンがあるのかもしれないが、それを研究するには何度か潜らねばならないし何度か死ななくてはならない気がする。石碑の文句から考えるに強制的に死に戻りだろう。黄色の爆発も防御力に関わらず全員一律のダメージを食らったし。
とりあえず五十二層までで肉を確保して三層、四層は走り抜ける方向で行こう。パターン解明は検証好きな人に任せた!
「うっわ。ホムラの魔法全開は酷ぇわ」
「おかしいわ、同じ魔法じゃないみたい」
「フロストフラワーの時も驚いたけどますます酷くなってる気が」
「酷いって言うな!」
そして無事ボス部屋前に到着、道中急いだら呆れられたのだが何故だ。
「いつ爆発するか分かんねぇのは気が急いてヤダな」
惣菜パンにかぶりつきながらガラハドが落ち着かない様子だ。惣菜パンはベーコンエッグを乗せたパンと焼きそばパンの二種。飲み物は私とガラハドが牛乳でカミラがオレンジジュース、イーグルがコーヒー。ボス部屋前の休息を兼ねたEP回復なのだがちょっと落ち着かない。
「黄身の焼き加減が絶妙だね」
イーグルはベーコンエッグパンを気に入った様子、私も含めてそわそわしているのに一人落ち着いている。
「なんで落ちついてんだよ」
「どういうわけかぶつかる音は必ず聞こえるようだし、ここへ着く前に青色とすれ違ったろう? もう一回あれが黄色に変わる音が聞こえない限り爆発はしないさ」
ガラハドの問いに涼しい顔でイーグルが答える。
「なるほど」
これで何匹いるかわかればぶつかる音を数えてもう少し精度の高い予想が出来そうだが、今はこれで十分だ。ガラハドとカミラも納得したようで、落ち着いた様子。
そしてボス部屋、待ち構えていたのは巨大な斧を構えた赤銅色のミノタウロス。
「肉……?」
「ボス見て不思議そうに首をかしげるな!」
再びの疑惑肉の気配。