23.騎士
何か予定外な出来事があったが、騎士区に着いた。
領主に従う四家の騎士の屋敷とその従騎士、兵の住まいがある。四家と言っても過去のことで、現在はもっと騎士の数が多いため、新しい騎士の家があるはずだが、私には従騎士の家との見分けはつかない。
古くからある、四家の騎士の屋敷は敷地が広く、町家と違って広い庭がある。それぞれ高い塀や鉄柵で囲まれ、敷地と敷地の間の通路には所々門があり閉められるようになっている。広場と同じく街に攻め入られた時、住民を受け入れ魔物の侵入を防ぐための造りだ。
人通りがない事を幸いに立ち止まって、焼き魚をほおばる。実用一辺倒の塀や鉄柵から覗ける庭の木々の中には、時々個性が見える。月桂樹や実のなる木を植えている騎士宅の住人にはちょっと興味がわく。見咎められないように、隠蔽を延々かけてますよ!
人通りの少ない道を抜けると北の端には領主館がある。門番に挨拶をしつつ中を覗くと、綺麗な芝生が広がり奥に赤い屋根の建物が見える。門番の視線もあるので早々に通り過ぎ、隣の兵舎の前に来た。後行っていないのは南側の角だけか。
兵舎の領主館側の端には何やら外に向いた受付のある事務所が設置されていたので何なのか聞いてみると、各門にある衛兵の詰所の本部だった。住民の訴えをここで聞くらしい。
ついでに騎士による訓練体験が一日一回、五回まで有料でできるというので受けることにした。馬に乗れるだろうか?
馬じゃないです、剣術と盾術の訓練です。当たり前です。
得意武器をと言われて、刀剣を一本しか持っていなかったのでそのまま訓練を受けることにする。一応貸し出しもあるようだが。
「やあ、僕はテール。今日はよろしく頼むよ」
「ホムラだ、よろしく頼む」
テールから、一対一の打ち合いによる指導を受ける。
……訓練場の隅で延々樫の木の木刀を素振りするところから始まるのかと思ったがそんなこともなかった。
型通りに交互に「仕掛け」「受ける」を繰り返して打ち合ってゆくのだが、どんどん速くなってゆく。型の順番を間違えたら大怪我をするのではないだろうか? テールは私がついてゆけるギリギリのスピードで打ち合いを続ける。
EPが目に見えて減ってゆく。さっき食べておいてよかった。
一時間ほど打ち合うと、テールが剣を引いたので私も剣を納め礼をする。
スキルを使ったわけでもないのにEPが枯渇寸前でふらふらする、どんな体力なんだよ騎士様!
「君はどちらかというとスピードタイプのようだね、力押しの剣には向かないから長所を生かして手数が多くなるスキルを選ぶといいと思うよ」
最後にそう言われて訓練終了である。そんなことはわかっているのだが、まず初期スキルをほとんど取得していないので派生もなく、選べるスキルがほとんどないんです騎士様。
確認すると【剣術】と【刀】が1レベルずつ上がっていた、訓練でも上がるのか。これはいいんじゃないだろうか、毎日通いたいところ。
菊姫にも教えよう、デカイ武器でドッカンドッカンやりたいはずなのにパーティーで敵を引き受けるために盾を上げてくれている。
鍛錬場にある木陰で騎士と兵士たちの訓練を見ながら休憩を取らせてもらっている。騎士は個別に剣技を磨き、兵士たちは集団での動きを繰り返している。
EPが危なかったのでベリーティーを飲んでいる。固形物のほうは一応遠慮した。
訓練を見ているとテールが寄ってきた。
「すまん、ここ飲食禁止か?」
「いえ、水分補給は奨励されていますよ。たまに体験訓練をうけられる方はいるんですが冒険者の方は訓練を終えられるとそそくさと帰ってしまわれる方が多いので珍しく思いまして。騎士に興味はおありですか?」
「興味はあるが、なる気はないな。忠誠をささげる相手もモノもない」
「おや、残念です」
ある、と答えていたら職業に騎士がでるコースだったのだろうか?
「飲むか?」
ベリーティーを差し出す。
「紅茶ですか」
「コーヒーのほうがよかったか」
「いえ、いただきます」
「今、下からのすり上げで一本とった男はリブ、堅実な剣を使う男です」
テールは紅茶の礼のつもりか、騎士同士の対戦を解説してくれている。
「負けたほうはランプ、力強い剣を使う」
ランプはいかにも力が強そうながっしりした男だ。がっしりというか足が私の胴回りほどの太さがある。それを下したリブはむしろ小柄なくらいだ。
「あちらの二組は双剣使いがミスジ、突剣を使っているのはネクス」
ミスジは紅一点で二人でスピード対技巧の華麗な剣技を見せているが、……肉の部位の名前にしか聞こえない罠よ。リブといいテールといい牛の部位から名前をとってないかおい?
馬車に乗る、折角なので広場まで。北の端と南の端だ。
結果、スキルってすばらしいな! と思いながらレストランで9,000シルだしてレシピ9を購入しました。コーンスープ・ベリージャム・トビウサギのシチューが載っていて、「煮込む」料理ができるようになる。レシピは9だがチートくさい得意料理数のおかげで「野菜」「果物」「肉」で最低でも評価は3になるので製作失敗となることはないため一回ずつ作っただけで取得が可能だ。
だが本当に作れるようになるだけ。評価4を超えないのなら割高だがレストランで食べたほうがいい。美味しくない料理は嫌です。
ところで広場に沢山人が座り込んでアイテムを買わないかと声を上げている。あれか、フォスに行っている間にプレイヤーの自主的なバザー広場になっているのかここ。
声を上げているだけでなく、売っているものをパトカのコメント欄に書いて公開にしているようだ。これ露店商に叱られないのかね? 古本屋が留守番でいた香草屋の話だとなかなかシビアな印象だったが。と、思いながらも生産素材を買うかと覗いてみると薬草やトビウサギの肉といった生産初期で使うだろう素材がやたら高く、逆に素材としてRankが高い物が安かった。
需要と供給の関係か、今生産レベルを上げる為に初期の素材を買いまくっている人が多いのだろう。安くチョトツの肉と魚を大量に購入できて喜び、薬草の高さに溜息を吐きたくなっていると、声を掛けられた。
「ホムラー」
「ホムラ〜」
モミジとカエデだ。
「こんにちは。フォスじゃなかったのか?」
「補給に戻りましたー」
「戻りました〜」
「武器はファストのほうがたくさん扱ってますー」
「防具はファストのほうがたくさん扱ってます〜」
微妙に副音声。
「それでですねー」
「料理売って貰えませんか〜」
「いいが、私は評価10出したことないぞ? あと、相場がわからん」
レシピ通りにつくればベリージュースでなら行けるかもしれんが。
「評価10はバザーでもほとんど売ってませんー」
「売っててもRankは高くないので効果はすぐ切れます~」
「レストランで多少割高でも買えるせいか、そもそも料理はあんまり売ってませんー」
「付加の効果もあんまり高くないです〜」
「かろうじて焼く系の肉系が売ってますー」
「焼く系の肉系だけレストランよりお買い得です〜」
「ホムラの食材Rankの高い料理がいいですー」
「おなかが空くのが遅くなるのです~」
「スキルを使うとおなかへりへりですー」
「戦闘中にもぐもぐしなくてすみます~」
双子が交互にしゃべる、だんだんどっちがしゃべっているのかわからなくなってきたが、語尾が一本調子なのがモミジ、抑揚がついてるのがカエデだ。
そろいっぽい黒の衣装は短いスカートと半ズボンにハーフコート&ニーソックス装備でなかなかかわいい。生足より絶対領域派です。
まとめると、どうせ評価10の料理でもRankが低いので効果はそう期待できないし、もう評価10の付加効果は考えずEPの減りが遅くなるRankの高い飯が欲しい、と。
「じゃあ食材を買って渡しますのでお願いしますー」
「食材持込で1つにつき15シル払います~」
「持込なら別にタダでいいぞ?」
「そういうわけには行きませんー」
「次回も頼みたいので~」
「長いお付き合いのコツはお金のことはしっかりすることですー」
「相場がわかったらその金額払いますので今回はおまけしてください~」
「チョトツステーキ評価5で70シルしてましたー」
「高いなおい」
「チョトツの肉が45シルくらい、他の材料考えたら妥当じゃないですかー?」
「一回で三枚焼けるのに?」
案の定一回に一枚しか焼けないと思っていたらしい。だがバザーでそれで出てるし払うというのを、料理をして私のレベルも上がるうちは10シルでいいと話し、折り合いをつけた。
とりあえず持ち込まれた食材で、座り込まなくとも食べられるような料理を選んで作ってゆく。
チョトツとクレソンのサンドイッチ、フライドポテト、白身魚のフライ、マルゲリータピザ、ビスケット。カエデモミジのリクエストでベリーのタルト、コーヒー、紅茶、ビール。
どうやらパーティーのメンツにも分けるらしい。広場の端で作っている間に、カエデがバザーで足りない食材を露店で購入してきた。お茶漬や菊姫からログインしたよとメールが届くのに返事をしつつ料理をする。
「ビールはすぐに出来ないから、手持ちから。あとスパゲティも味見してくれ」
ビールは約三名のために多めに作ってあるので手持ちから渡しても大丈夫、かわりに渡された食材を補充用に仕込む。料理レベルが1つ上がったしスパゲティはカエデモミジにおまけだ。自分でバザーをするのは面倒だしNPCの買取は赤字、私としては大変有難かったのだ。
そろそろロイたちと合流の時間だという二人と広場でお互いに礼をいって別れ、ギルドに向かう。二階の資料室を思い出したので見てみたいのだが、果たして空いているのか。
冒険者ギルドは思っていたより空いていたのでほっとした。最初のインパクトが強すぎたため、何回か報告に来ているのにぎゅうぎゅうなイメージが払拭できないでいる。カウンターに向かい受付に声を掛ける、そう言えば初日に名前を聞こうと思ってそのままだ。
「すまん、上の資料室は入れるか?」
「はい、利用できます。中に係がいますので声を掛けてください。飲食禁止になりますのでご注意を」
「ありがとう」
「こちらこそありがとうございます、少し前に混雑を整理してくれた方ですよね? 助かりました。私はプラムと申します、何かありましたら声を掛けて下さい」
覚えられていたのは予想外だったが、受付のプロは人の顔を一発で覚えるとか聞くしな、私には無理な技能だ。
「ありがとう、私はホムラだ。そう言えば広場で冒険者がバザーを開いているが、あれは大丈夫なのか? さっきつい利用してしまったが」
「ダメです、取り締まられますよ。現行犯なので今後利用しなければ大丈夫ですから、利用しないでくださいね?」
うわぁ危ないところだった。
「売買の場所は権利を商業ギルドが割振りしてるんですが、ただ禁止するのも問題が有りそうなので今南西地区を冒険者バザー用に整備しているそうですので興味がおありなら今顔を出しておくといいかもしれません」
「ありがとう、資料室に行く前に行ってこよう」
商人になるつもりはないが情報は入れておきたい。
商業ギルドは冒険者ギルドの大通りを挟んで向かい、当然広場に面している。権利持ちの正面で不法販売ってすごいよな。あの状態ではバザーなのかフレンド同士のやりとりなのか見分けがつかないだろうしカエデモミジとのやりとりも危なかった気がする。
冒険者Rank上げのために大抵のものを冒険者ギルドで売り払っていたので、商業ギルドはロビーを覗いたことがある程度で訪ねるのは初めてだ。
ロビーの真ん中に案内のカウンターがある。カウンターの中に一人、外に二人そろいの制服を着た職員がいる。
「すまん、冒険者による販売について知りたいのだが」
「はい、買取の方ではなく、販売ですね。ただ今ご案内します」
外にいた一人が案内してくれるようなのでついて行く。一階は広場に面した側が売り場に、通りに面した側が買取の場所となっているようだ。
私は三階に案内され、やたら重厚な扉の前に連れてこられた。
「ギルド長、冒険者の方が販売の件でいらっしゃいました」
まて、何故いきなりトップ。暇なの? 暇なのかギルド長!