245.帝国の獣の話
《お知らせします、迷宮幻想ルート地下40階フロアボス『フェル・ファーシ』が【烈火】により討伐されました》
「お?」
ワイバーンさんを倒してクルルカンのいた部屋に向かっていると、アナウンスが流れた。討伐アナウンスはパーティーリーダーの選択で個人名かパーティー名を流すか選べる。そして全員同じクランで構成されたパーティーのデフォルト名はクラン名になる。
「何だ?」
「いや、知り合いがフェル・ファーシを攻略した知らせがあってな」
ゲームアナウンスは住人には聞こえないようなので簡単に説明する。ロイたちより炎王たちのほうが早く倒したようだ。【烈火】は二十五から三十五層のパーティー討伐でもアナウンスが流れていたし、今回は【クロノス】とはスタート地点が違うと思うので順当だろう。
「ああ、入り口にいた奴らか」
「二組いたわよね」
「赤い長髪の方だ」
回廊にはどういう仕組みかまだ赤々と松明が燃えている。酸欠になったりしないよな?
「トリスタン卿と一緒にいた方だね」
イーグルの言葉に思い出したのは『トリスタンとイゾルデ』、二人のイゾルデといちゃいちゃして嫉妬が原因で死ぬ騎士トリスタンの話。もしかして円卓の騎士だったのか? まああちこちの物語の中の騎士を集めて円卓の騎士を作ったのだろうから……。
「ロイ――もう一組と一緒にいた方は誰だ?」
聞いても分かる自信がないが、もしかしたら知ってるかもしれんと聞いて見る。
「ラモラック卿だな。どっちもじじいの友人だ」
ガラハドが教えてくれたがやっぱり聞いてもわからなかった。十三人と見せかけて三百とかいるらしいからな、円卓の騎士。カルの友人なら強そうな気はする。
「それにしてもホムラが呼んでくれたのは正解かな」
「まったく『いかにも』な場所だ、先に大物がいそうだぜ」
「ふふ、助けになれるなら嬉しいわ」
ん?
「この先は留守だぞ?」
「留守?」
「留守というか、クルルカンがいたんだが」
「ぶっ!」
隣を歩いていたガラハドが突然蹴つまづく。
「ホムラ、それはレイドで行こうか? 戻ってランスロット様とレーノの予定を確認しよう」
ぴたりと立ち止まって笑顔のイーグル。大丈夫です、私・白プラス神々の十人レイドでした。クルルカンなら今俺の右手に収まってるぜ的な何か。
「待って。留守ってことはもうクリアした……のかしら?」
カミラが近距離からこちらを見上げてくる。顔を見ていいのか谷間を見ていいのか困るんですが。
「はい、こちらクルルカンさんです。今、人見知りしとるんで驚かせないように頼む」
持っていた杖を目立つように掲げると、手の中の杖が急に細くなったと思えば、翼が動く。一応挨拶するためにか蛇化したようだ。
「……」
「……」
「……」
無言でクルルカンを見つめる三人。
三人の視線を集めて固まるクルルカン、そしてしばしの沈黙の後、袖に逃げ込むクルルカン。ちょっと頑張った。
「このように絶賛人見知りです」
「……」
「……」
「……」
「いや? いやいや?」
先ほどまでクルルカンがいた場所を見つめて動かないままガラハドが言葉を繰り返す。
「ちょっと待とうか、ホムラ君」
眉間を揉んでいるイーグル。
「なんだかこの流れに覚えがあるのは気のせいかしら? 服の中に何匹飼ってるの?」
「白、黒、クルルカン。最大三匹?」
カミラの問いに答える。白はフード付きのローブを着ていると中に収まって半身を肩に預けてくる程度だが。
「そんな話じゃねぇつーか、なんで服の中に飼ってんだよ!」
ガラハドが叫ぶ。
「何から突っ込んでいいかわからないんだが。バハムートもいるだろう」
「バハムートは服の中ではないだろう?」
バハムートは私の胸に下げた青をたたえた宝石に住まう。
「服の中に封印の獣が二匹プラスα、ぶら下げてるのに一匹、家に一匹ってね。いやまて、自分で羅列しといてなんだが八体中四体かよ!」
げんなりした顔でガラハドが言う。
「いや、最近家に一匹増えたんだが……」
「何が」
「クズノハが」
「……」
静かになった三人がゆっくりと通路に座り込む。
「何だろうよくわかんねぇ感情がこみ上げてくんだが」
「涙が出てきたわ……」
「ホムラが扶桑から戻った後、ランスロット様が鬼のことを心配していたが……」
「それどころじゃねぇもの連れて帰ってたっていうね」
小声で何か言っている三人。
アシャの封じる獣 雷獣鵺
ドゥルの封じる獣 狂った人形ハーメル
ファルの封じる獣 毒の鳥シレーネ
「残りは鵺とハーメルとシレーネか。鵺は帝国にいるんだろうが、他はどこにいるのか情報がないな」
残った封印の獣を思い出しながら名をあげる。
「……制覇するつもりかしら?」
「制覇するつもりだな?」
「制覇するみたいだね?」
わざとらしく三人が聞こえるように内緒話をする。
「まあ、ここまできたらコンプリートしたい気はしている」
「やっぱり……」
「あー! ヤダヤダこいつ! 国単位で選抜してレイド組むレベルなのに!」
「特に『鵺』には私たち帝国の騎士が存在も知れぬまま右往左往させられてるんだが」
話しているうちに壁のあった場所に着いた。時々石の崩れるような小さな音が響く、よく見ると崩れた壁がカラカラと音を立てて戻っている。床に崩れた小さな石が、重力に逆らい戻って崩れた壁に触れると最初から割れてなどいなかったかのようにその一部となる。きっと鍵持つ他のプレイヤーが来た時には壁がそびえているのだろう。
「クルルカンを置いてくれば、新たに生まれる翼ある蛇と戦うことができるらしいが、今回は留守だな」
「すげーな」
長い回廊を抜けた先の空間はガラハドを引きつけたらしく立ち止まって眺めている。初めて来た時は冒険心を煽るシチュエーションで私も期待した。
「いつかは挑みたいかな」
「手伝うぞ」
同じく暗い広大な空間を眺めてイーグルが言うのに答えながら『浮遊』をかけてゆく。
「刺さっている黒い石に見えるのはクルルカンの鱗だ。触れると毒に掛かるから気をつけろ」
「随分デカイのもあるな」
「ああ、初めてここで対峙した時はこの空間に見合うだけ大きかった」
今は袖に収まるサイズだがなと思って目を落とせば、自分のことだとわかったのかクルルカンがちょろりと顔を出してきた。
「鏃に良さそうね」
「ああ、私もそう思って前回採掘している」
「んじゃあちょっと取ってくか」
「了解」
ガラハドの一言を合図にしばしカミラのためにせっせと採掘。小さなものを少量ならば採取でもいけるようだ。矢はMPを消費して一時的に生み出すこともできるが、実物をつがえれば矢の能力にEPを消費してスキルを上乗せして使用できる。前者はレベルが上がるごとに様々な効果を持つ矢を出せるようになるらしい。後者は矢のランクによってのせられるスキルも変わってくるが、金がかかるだけあって強力なものが多いそうだ。
「この鱗なら強力な毒矢が出来そうね」
欠片をつまみ上げてカミラが言う。膝をついているせいで――『浮遊』がかかっているので地面からは少し離れているが――スカートのスリットが割れて白い太ももがですね。
「拾うだけで思いっきり毒になるしな。これで毒矢が出来なかったらサギだろ」
「毒の剣なんかも出来そうだけど量がいるかな」
二人はスルーなのか? この光景に慣れてるのか? 不審に思いながら時々回復をかける。
「生産も止まってたけど、レベル上げしなくちゃいけないわね。もっとも生産職じゃないしこの素材を扱えるまではいかないでしょうけれど」
カミラは自分で矢を作れるそうだ。矢は消費するばかりなので弓を扱う者ならば必然的に覚えることになるようだ。出先で作れないと不便なのだろう。
本日は食材ルートへと続く隠し部屋で野営だ。私はログアウト時間だし、回復も気力回復もあるが、長時間の戦いは消耗する。そして三人には睡眠も必要だ。
というわけで、翌日に残らない程度なら酒が解禁。本日のメインはこの先で出る『白玉ニンニク』を使った餃子。白い皮はもちっと焼き面はパリッと。揚げエビ餃子にマヨネーズ。たっぷり黒胡椒を効かせたもやし炒め、麻婆豆腐に卵スープ。箸休めに蕪の漬物、私にご飯、三人にビール。
「うを! これヒット!」
ガラハドは餃子を気に入ったようで口に放り込んではビールで流し込んでいる。もやし炒めはピリリと辛く私には塩胡椒が効きすぎているが飲んでいる三人には丁度いいようだ。現実世界の日本だと酒の種類によってアルコール度数の上限が法で決まっているが、ここではそんなものはないので今彼らが飲んでいるビールの度数は少々お高めだ。
「おい、少し加減しないと明日に残るぞ」
「ホムラの料理が美味しいからって、迷宮内であんまり飲まないでよ?」
「平気、平気! これぐらいじゃ酔わねーよ!」
イーグルとカミラがたしなめるがピッチを落とさないガラハド。気のせいじゃなければ大分陽気になっているのだが大丈夫だろうか。三人の中で一番酒に強いのはガラハドだが、ゆっくり酒を楽しむ二人に対して豪快な飲み方をするので一番先に酔うのもガラハドなのだ。
「ホムラ、鵺倒すんなら少し帝国の話をしようか」
ジョッキを置いて急に真面目な顔になるガラハド。
「……鵺を目指すならば、ホムラが国の事情に巻き込まれないためにも話しておいた方がいいね」
そのガラハドの様子にため息をついて同意するイーグル。
「正直よくわかっていないところもあるけどね」
食事を終えた私は茶を飲みながら三人の話を聞くことにした。鵺を除いても帝国の話は気になる、政治的抗争やら派閥やらはご免こうむりたいが周囲に関係者が多いしな。
「まず、ホムラから聞いて『九尾の玉藻』がいるのと『雷獣鵺』がいるのは確定。だが、これも俺たちは最初『白き獣ハスファーン』だと思い込まされてた」
「実際動いているらしい九尾と微妙に性質の似た封印の獣にすり替えて、本命の鵺は隠したままというのが狡猾だね」
「ホムラに出会わなかったら九尾はともかく、鵺にはたどり着けてなかったでしょうね」
「玉藻も怪しいだろ。傾国九尾クズノハが扶桑に封じられてるのは有名で身外身を残して本体が逃れてるなんて知らなかったんだからよ。それに鵺の情報を隠したのは彼の方だ」
「彼の方?」
ガラハドの呼び方に尊敬と若干の怖れを感じる。
「森の賢者マーリン。帝国の歴史より長いこと生きてる魔法使いだよ」
「そして多分、玉藻に取り憑かれている」
「彼の方も女性には弱かったのね」
あー、うん。物語のマーリンは女に騙されて塔に閉じ込められたり色々していたようなそんな記憶。ダメだ! 一気に慎重で狡猾な魔法使いから女にホイホイ騙される魔法使いにイメージが変わった! 脳内で知らないうっふ〜んな女性に誘われてほいほい部屋に入って閉じ込められるコントが展開。
ガラハドたちが言外に怖れを含ませるマーリンの話を神妙な顔して聞いているのが辛いんですがどうしたら……。




