241.杖の強化
陶器のような印象を与える美しい女の顔、その下にタコの足のようなたくさんの触手(?)。足は青白い半透明でクラゲに似た質感だが、太いタコ足を満たす液体は赤。まだ通常個体のフェル・ファーシさんとお会いしたことがないのだが、体液が青いそうだ。
足の一本が振り上げられ先ほどまで私のいた場所に打ち付けられる。振り上げたモーションですでに避けているのだが避けた先に蟹だ。蟹型モンスターのお約束で硬いのはいいのだが、弱点がわからんと【一閃】のダメージが上がらない。なので【火魔法】『ファイヤリング』で焼き蟹に、どの色の蟹も消える前は真っ赤に焼きあがってるのがなんとも美味しそうなんだが残念ながらすぐ光の粒子になって消えるのだった。
ドロップが『毛深い蟹』。他にもあったが目に入った字面のインパクトがこう……。毛蟹なんだろうな〜と思いつつ戦闘中なので確認は我慢する。蟹が長髪のヅラかぶってたらどうしよう。
再び攻撃をしてきたファル・ファーシの足を駆け上がり、陶器のような顔に攻撃を入れる。私の剣では大してダメージが入らない。それでもガラハドたちの剣と同じ素材が使われているので普通の剣よりは多い、はず。ファル・ファーシは物理防御が高いのではなく、物質的存在が薄いのだ。レイスに物理攻撃が効かないのと同じ理由で物理ダメージは薄く代わりに魔法はよく効く。
一回この顔を割ってしまえば魔法で大ダメージを与えられるようになる、とガラハドたちが言っていた。彼らはフェル・ファーシから物理でのダウンを取るため、特別な剣を打ってもらいにルバのいるファストに来たのだ。おかげでファル・ファーシを見るとちょっと嬉しいような懐かしいような不思議な心持ちがする。
前回はガラハドとイーグルの【断罪の大剣】【断罪の剣】の連発で沈めたのだが今回はどうしようか。一応【断罪の大剣】は撃てる状態にあるが、物理ダウン報酬の『ファル・ファーシの雫』をもらうべきか、まだ見ぬ次のボスのために温存しておくべきか。
迷いながらもう一度、顔に今度は魔法攻撃を入れると、独楽のように回転を始めるファル・ファーシ。そのまま本体から分かれたトルネードが蟹たちを蹂躙する。直接食わなくてもパワーアップする模様。前回は特に気にしていなかったが、トルネードは上に行くほど大きな渦を巻き、巻き上げた色々なものを吹っ飛ばしている。おかげで顔への攻撃は飛ぶより足を登ったほうが効率がいい。
ファルの祝福を受けているのか?
回転を終えると顔のヒビが綺麗に消えている。蟹に回復効果もあるのか、道中の敵のように神々の祝福を受けて能力が上がっているかのどちらか、あるいは両方か。祝福持ちは厄介だ。
土剋水。土は水を濁す、土は水を吸う、常にあふれようとする水をせき止める。
祝福的にも形状的にも水属性に傾いていると当たりをつけて【土魔法】を使ったが、イマイチ効きが悪い。本体は無傷、うねる足は地についているものの本体は浮いているので覚えている【土魔法】では足にしかダメージがゆかない。『グレイブ』の行動不能もレジストされた。
回復しやがるし。
半分浮いたファル・ファーシの足にはレベル40『クエイク』よりも、下から石の生えるレベル20の『ストーン』の方がダメージが多い。多いのだがそれでもレベル20相当、ほとんど回復している様子。
先ほどの回転後の回復とはまた違い【幻想魔法】のようだ。周囲にシャボンが現れ、ファル・ファーシが触れると弾けて回復する。私が触れるとダメージだ。
焼くのは熱で体液が沸騰してしまいよくなかったはずだ。突き刺す系が効くならば『スティングシェイド』はどうかと【闇魔法】レベル40を発動させる。ファル・ファーシ自身の影から無数の黒い影の槍が伸び足を突き刺す。足を落とすには至らないものの満遍なくダメージが入るようだ。
同じレベルの光の方を使ったことがなかったのでついでに発動、『スティングハイ』は無数の光の槍が上から降ってきた。光と闇は対のような見た目と効果だな。そして『スティングハイ』ならば本体にダメージが入る。
あれ? 廻る力のエフェクトが出てるんだが。もしや闇と光だけで使える? とか思っているうちに回転。そして回復。
顔に魔法ダメージ入れると回転するってことか! 本体から分かれて迫ってくるトルネードを避けながら観察する。ダメージは一定以上だろうか、魔法攻撃なら少しでも回転するのだろうか。いや、魔法ではなく遠距離攻撃にかもしれないな、足を登らせるゲーム的都合のために。
回転後の回復は完全回復のようだ、ファル・ファーシの回転は足が何本か不足していると出来ないようなので顔にダメージを入れる前に地道に足を落として行くのが堅実か。
だが足の数が減ると叩きつける攻撃も激しくなり、何より【幻想魔法】を使ってくる。広範囲魔法なため避けることは不可。MPドレインやらHPドレイン、状態異常、状態異常を起こすものの中にはレジストできるものもあったのだがなかなかキツイ。魅了・混乱はレジストしたが、毒・アイテム使用封印・移動不能は食らった。回復効果のあるシャボン以外はランダム使用らしく、魅了などの精神系の攻撃が続くとラッキーなのだが状態異常の回復がソロはツライ!
動けないでいるとタコ足を食らうし、蟹にハサミでツマツマされるしでHPを削られる。
いつの間にかいっぱいに増えていた蟹を焼く。蟹もたくさん欲しいので増えるのはいいのだが、油断していると集られる。タコ足を避けつつ流れるドロップテロップを横目で捉える。もちろん『八色甲羅・火』や『キチン繊維』など食材以外も出ているが、目が行くのは蟹の名前だ。『香箱姫蟹』『大岡蟹』……もしや大岡越前蟹……?
ちょっと蟹ドロップの確認を早くしたい気になった、そして運営を問い詰めたい。回復と状態異常の強化がされたファル・ファーシはソロとは相性がよくなく、ピンチは感じないがHPを削るのに時間が掛かる。おかげで蟹が荷物に溢れた。ポーチから溢れた分は『ストレージ』に流れるのでいいのだが、普通だったらある程度捨てておかないと荷物がいっぱいでボスドロップが破棄されてしまうのではなかろうか。
足と蟹を狙って魔法攻撃。顔にダメージが行かないように単体攻撃を選びとって巡らせてゆく。蟹には遠慮なく全体をかけるがな。途中、光と闇で廻る力を実験したら行けました。先ほど使ったより多くの光の槍が降り注ぎ、ファル・ファーシの陶器のような顔を割る。さすがに六つの力を巡らせたほどではないが便利そうだ。
足を奪っているので回転をしようとしてよろけるファル・ファーシ。ふらつきながら回復のエフェクトがかかるが完全回復はしない様子。顔は割れたままなので魔法で大ダメージを入れられるようになった。手間はかかるがどうせやるなら派手に行こう。
今覚えている魔法の上の方は拘束系の魔法が多く、【金魔法】【土魔法】は効きが悪い。さて、何を選ぶかな?
再び私の周りにキラキラと呪文が輝くような光の帯が現れ、ゆっくりと回る。状態異常は放置して足を避け、蟹を倒し、巡って戻った魔法は【火魔法】『クリムゾンノート』。カミラが使っていたレベル40の火魔法、私も使えるようになったと思うと感慨深い。狙う中心はファル・ファーシの頭、沸騰する前に沈める!
炎が雪崩のようにファル・ファーシの頭上から流れ、焼き尽くしてゆく。本体も足も蟹も等しく炎に包まれる。
《ソロ初討伐称号【秘された赤き幻想者】を手に入れました》
《【赤き幻想者】は【秘された赤き幻想者】に統合されます》
《ソロ初討伐報酬『幻想魔法石』を手に入れました》
《迷宮食材ルート地下50階フロアボス『食材No.10』をソロ討伐しました》
《なお、この情報は秘匿されます》
《ファル・ファーシの絹×4を手に入れました》
《ファル・ファーシの魔石を手に入れました》
《ファル・ファーシの雫を手に入れました》
《『金時タコ大将』×5を手に入れました》
《『幻想の葉』×10を手に入れました》
《『進化石・花人の欠片』を手に入れました》
なかなかの消耗戦だった。思うように動けない戦闘はストレスがたまるが、勝つと開放感がすごい。それはいいのだが、進化石の欠片が出た。しかも聞いたことがない種族のものだ、タコ人じゃないことを喜ぶべきか。食材は予想を裏切らずタコだった。
ダウンする前に回復行動に移ってしまい魔法ではダウンが取れないとガラハドが言っていた気がするが、大ダメージで倒しきれば別ということだろうか? 『ファル・ファーシの雫』が出ている。そして『幻想の種』はなく、『幻想の葉』が十枚。
【秘された赤き幻想者】は与えたダメージ量の15%のMP回復と2%の精神強化。【赤き幻想者】が10%回復だった気がするので5%アップとおまけ付き。統合されなかったら10%のままだったのかな? 1.1倍とかだと効果が重複しないが、%の方は相性さえ問題なければ重複するのでお得感が。
『幻想魔法石』が再びポッケに来た。
「クルルカン、スキル石来たけど」
クルルカンの杖に向かって『幻想魔法石』を差し出すと、金属の棒のようだった手の中のものがにゅるんと他の質感に変わり腕に絡んでくる。私がクルルカンの胴体を持って、尻尾が腕に巻きついている状態だ。胴体を持っているといっても、元に戻ったクルルカンは杖より細くなっているので輪にした私の指の間をくぐっているような形だ。
差し出した『幻想魔法石』をぽりぽりと食べるクルルカン。スキル石ではないが、レーノもぽりぽりしてたし騎獣も石を食べる。世界全体で見ても結構な消費量になり石の売買も盛んになってきた。低レベル層や、戦闘も行う生産層の安定した資金稼ぎになっている。
シンが騎獣の武田くんの餌が〜〜!! と言ってモブ狩りに行くことがあるのだが、お茶漬から石は買って他のところで戦闘しろと教育的指導を受けていた。何気にうちのクランメンバーはレベルが高い方なので、適正レベル帯で狩りをしてドロップを売り払った方が効率がいいのだ。
ドロップアイテムの名前が『食材No.10の絹』とかじゃなくってよかったな、と思いながらクルルカンの微妙に冷たい腹を撫で食べる様子を眺める。なかなか可愛い気がしてきた。
《クルルカンの杖が『幻想魔法』強化》
食べ終わるとアナウンスが流れ、無事強化されたことを知らされる。そしてペテロが幻想魔法を探していたことを思い出す。いかん、忘れてた! 大丈夫、言わなければわからない! 後で黙って蟹を振る舞おう!
『毛深い蟹』は毛蟹、外見は毛蟹の毛(?)が少し黒いかな程度で、蟹がカツラかぶった外見ではなかった。よかったよかった。
『香箱姫蟹』『大岡蟹』はズワイガニ。『花咲蟹』は蟹の王様みたいな顔してヤドカリの仲間なタラバ。『津々蟹』は上海蟹とかで有名なモクズガニ。『深海赤蟹』、『発狂蟹』――マッドクラブかもしかして。レアなのか量の少ない『柔甲蟹』。
食べ終えたクルルカンはまた袖口から潜り込んで隠れてしまった。すっかり引きこもりのようで話し相手になってくれそうにない。白の再召喚までまだ時間がかかるし、この突っ込みどころ満載なルートをソロで進むのは少し寂しい私です。ちょっと雑貨屋に顔を出して、ガラハドたちが暇かどうか様子を窺ってみようかな?
いろいろ間違えていたので修正……(吐血




